<第二章:囚われの冒険者>1
<第二章:囚われの冒険者>
目覚めると、ラナがいなくなっていた。
雪風のミニ・ポットもなくなっていた。
ミスラニカ様も消えていた。
マキナに聞くと、彼女は朝早く所用で出掛けたそうだ。念の為にと雪風を同伴させた、との事。何故かミスラニカ様も着いて行った。
朝食に大きいおにぎりが用意してあった。ラナが作った塩むすびである。
ゲトさんが持って来た売れ残りの小エビと小魚でアヒージョを作り、豚汁と付け合わせに色んな野菜のピクルス。カレー粉で炒めたベーコン。朝食のメニューはそんな感じだ。
異邦人、魚人、エルフ、獣人という。世間的にはおかしい種族の集まりで今日も朝食を取る。食後、ゲトさんに港の様子を聞く。今日も中央大陸から船がやって来たそうだ。
エアとランシールがオチのない会話を繰り広げている。
ゲトさんが海に帰り、僕は家庭菜園の様子見。もう全体的に芽が生え、支柱にツタが伸び絡んでいる。朝露に濡れたそれを、木造のゴーレムが一つ一つ丁寧に状態を確認していた。
ゴーレム、ラーズと一緒にジョウロで水をやって、離れた場所で羽兎に餌をやる。今の所、こいつらは菜園に手を出していないが、実が成り出してからは危ない。
いかん、つい餌をやっているが。日に日に数が増えている。前回の餌やりの時には七匹だったが、今は十匹に増えている。そろそろ食べるか、追い払うかしないと。
朝の作業を終わらせ、テントに戻り着替えた。
いつも通り、野戦服にポンチョを羽織る。魔剣アガチオンを革製の鞘に入れて腰に下げた。ラウカンの弓と矢筒は、軽く出るだけなので今日は置いて行く。
慣れたメガネ型デバイスを付けて準備完了。
「僕は冒険の準備に街に出るが、二人はどうする?」
「ワタシは洗濯と装備の補修点検。それが済んだら、マキナに料理の勉強を見てもらいます」
と、ランシール。
「あ、んじゃアタシも料理習う。新しいカレーを覚えたい」
と、妹。
「ソーヤ、お昼には帰られますか?」
「ああ、戻れると思う」
「それでは、エアと共に腕を振るって待っています。いってらっしゃい」
『ソーヤさん、いってらっしゃいませ』
「いってらー」
皆に送られキャンプ地を後にした。こういうのは、良いものである。
街に着き。
まず足を運んだのは商会。彼女らの所在を聞く。
で、次に足を運んだのは冒険者専用の安宿、の馬小屋。
冒険者の登録さえしていれば、無料で使える空間だ。しかし、冒険者の多くは馬など持っていないので、こういう宿の馬小屋とはつまり、
『新米冒険者さん、稼げるようになったら宿の方も利用してね?』
という、宿屋組合の善意と寄付。
それに、冒険者が道端で眠るような、国の景観や治安を脅かす事を防ぐ為の、国の補助金で成り立っている。
ちなみに馬一頭は、仔馬や老馬で金貨50枚。若馬で病気や体に問題のない物なら90枚。駿馬になると200枚の値が付く。優秀な血統で、英雄と関わりがあると1000や2000は当たり前。現代世界でいう、車の価値観と似ている。
馬小屋の新米冒険者達を眺めて、何人か顔見知りに挨拶をして、目的の人物を見つけた、
並ぶ馬小屋の隅のスペース。
かなりの荷物を積んで占有している。ふと思い浮かんだ言葉は“成金の夜逃げ”である。
「あら、ソーヤ様」
ラザリッサに見つかり、おはようと挨拶。メイド服の彼女に、高そうなパジャマ姿のフレイが間抜けな顔で藁に寝転がっている。
「お嬢様、起きてください。ソーヤ様ですよ」
「ぬー、ヌー?」
髪もボサボサで、成人女性が見せてはいけない隙だらけの姿だ。
「ソーヤ様、少しお時間をください」
「はい」
ラザリッサが、豪快にフレイを脱がすと身支度を始める。背を向けて、アガチオンの柄を弄って時間を潰した。
他の冒険者は、新米冒険者だろう。装備が中古でくたびれて、年若く、顔に希望が満ちている。僕も同じ新米冒険者なのだが、何だろう、この疎外感。
同じ冒険者とは思えない。
僕も夢と希望とか、冒険へのロマンがあれば良いのだが、そうだよな。それがあれば冒険者の神に弾かれたりしないか。
「ソーヤ様、お待たせしました」
振り向くと、いつものドレス姿で金髪縦ロールのフレイがいた。
凄い手際だ。これで商売できるんじゃないのか?
「あらヌートリアさん。今日は朝早くどんな御用かしら?」
僕の名前は………まあ、もうそれでいいや。一応、顔と知り合いという区分では彼女の記憶にあるようだ。諦めた。
「まず、これから聞く方が良いのかな。茶葉の鑑定代と独占契約費で、当面の生活費と宿代くらいは渡しているはずだが」
「全部使いましたわ」
おふ。
「それは、ラザリッサからも弁解させてください。まとまったお金が入ったので、つい調子に乗ってしまい。ラザリッサは武器、お嬢様は衣類を大量購入して、気付いたらすっからかんに」
積まれた荷物がそれか。
場合によっては、シュナとベルをこいつらに託さなければならないが、不安しかない。ちょっと、ローンウェルに金の管理をやらせよう。
この二人の前パーティリーダー。たぶん苦労したんだろうな。心中察します。
「お金の話は、日を改めてしっかり話しましょう。今日は冒険の用件です」
「あら、もしかして。わたくし達と組んだ事が忘れられず、パーティにお誘いかしら? うふふ、でもわたくし達。安くなくてよ」
そうだね、浪費家ですものね。
「お嬢様、組んだといっても倒れて、吐いて、ぐったりしていただけです」
「うぐ、でも次こそは、あんな醜態を晒さず本当のわたくしの力を」
「まあ、あなたの力は知っています」
ラナの作った料理相手に、並みの魔法使いではできない技を見せてくれた。その残滓は、今は家庭菜園で働いてくれている。
「明日から僕のパーティはダンジョンに潜り、強行日程で一気に五階層を降ります。フレイ様とラザリッサさんに同行していただきたい。報酬は金貨20枚。ダンジョンの探索費用は全て僕が持ちます」
「金貨10枚でよろしいわ」
値切られるとは思わなかった。
ふっかけられると思って少なく見積もったのに。
「お嬢様、良いのですか?」
「いいのラザリッサ。過ぎたる財は身の破滅を呼びます」
冒険者はその日暮らしが多いが、あんたらはもう少し消費の計画性を学びなさい。それ以外は、立派な冒険者なのに。
「そういえば、ギャスラークさんは?」
ドワーフに偽装したゴブリンさんの姿が見えない。
「彼は住まいがあるそうで帰宅しています。わたくし達も、そこに住もうかしら」
「お嬢様、それは流石に厚かましいかと」
ラザリッサが焦り顔になる。
魔王の住み家に居候する勇者とは………新しいか、これ?
「彼には僕の方から連絡しておきます。では前金の金貨10枚」
袋から取り出した金貨をラザリッサに渡す。
「残り10枚は、ダンジョンから帰還してからで。しっかりした宿を取って、温かくしてください。美味しい物を食べて、英気を養ってください。暴飲暴食は駄目です。体を労わってください」
「ヌートリアさんがそういうのなら。致し方ありません。いただきます」
「お嬢様は、健康かつ、どこでも安眠できる方です。お構いなく」
「では、明日。早朝の鐘が鳴る頃、冒険者組合の前で待ち合わせを」
「ええ、分かりましたわ」
最初の交渉は上手くいった。
さて次だ。
宿を離れ、目抜き通りを経由して、路地裏に。
警務官の駐屯所、その裏。そこにそのお店はあった。
入店の許可書の鎖を手に巻き付けて、店の前に立つ。
『睡魔と豊穣の女神館』
立派な趣の娼館である。意を決して店の鉄扉を開く。
前と違って静かで落ち着いた雰囲気。前に来た時より焚かれている香の匂いも少ない。
夜が本番の店だからか、出待ちの人数も少なかった。若く慣れていない、新鮮な感じの娼婦と男娼がいる。
「いらっしゃいませ、ああ。お客様は」
「あ、どうも」
前に吹っ飛ばされた獣人のおじさんがいた。怪我も残っていない様子。
「テュテュですね。最近、客入りが悪くて不貞腐れていた所です。丁度良い」
良くない良くない。
「あの今日はですね、親」
「ソーヤ!」
飛んできた何かに捕縛される。
「あんたいい加減にするニャ! 来るっていってから、どれだけ待たせるニャー!」
猫の獣人に飛び着かれて文句をいわれる。
小柄でしなやかな体。波打った癖の長い金髪。ピンと尖った耳に、ボリュームのある尻尾が特徴的。ここの娼婦らしく首輪に薄絹の恰好。
朝なら出会わないと思ったが、出会ってしまったか。
「テュテュ、ごめん今日は」
「いい加減、覚悟を決めるニャ。これ以上放置されたらニャーの沽券に関わるニャ」
「ではお客様。上の階に」
おじさんに案内される。いかん、このままズルズルでは本当にやばい。そもそも、妻に手を出していないのに他の女性に手を出すとは。
「待つニャ」
テュテュの声が冷たくなる。
首筋辺りをもの凄く嗅がれる。
「ソーヤ、知らない獣人女の匂いがするニャ。誰ニャ?」
「うぐ」
テュテュの爪が、うなじに食い込む。
なるほど。別の獣人女は駄目なのか、僕一つ覚えた。次に活かせるといいな。生き延びる事ができれば。
「最近、住み込みで世話をしてくれる人がいてな」
「どこの、誰、ニャ?」
尻をがっしり掴まれる。だから爪が痛い。
仕方ない。別に隠しているわけじゃないし。
「ランシールという獣人だ」
「え? ランシール? 銀髪の狐で、レムリア王の私生児ニャ?」
「そうそう」
彼女って有名なのか。愛人の子とはいえ王の娘だし当たり前か。
「それはそれは」
獣人のおじさんも何故か頷く。
テュテュが離れて、両手を着いて倒れた。
「旗印の女には勝てないニャ」
しかしすぐ立ち直って抱き着いて来る。押し付けてくる。多くの獣人女性がそうであるように、彼女も性に対して大らかというか、積極的である。まだ午前中なのに気分がイケなくなる。
「お願いニャ! 何でもするから捨てないでニャー!」
「いや、テュテュ。人が聞いたら誤解を受けそうな発言は止せ」
「じゃ、人数増やすかニャ! 丁度、暇な新人が」
「おい、騒がしいな」
奥から中年の男性が出て来た。
黒髪黒目で無精髭、左目は閉じられ、眠そうな顔つき。ゆったりとした寝間着を着て、片手には鞘に収まったロングソード。
「すみません、親父さん。ちょっと話が」
メディム、またの名を冒険者の父という。
「おう。奥に来い」
「ソーヤ! ニャーは!」
「すまんテュテュ。ホントすまん。そのうち絶対、埋め合わせするから」
「死んでもそれ忘れないニャ!」
テュテュを何とか引き離して、親父さんに続いて奥の部屋に入る。
広いが物置のような部屋だ。窓が一つ。隅に綺麗に、武器防具と冒険の必需品が積まれている。人の生活スペースは端のベッドと、長い机を挟んだソファくらい。
ダンジョンに潜る以外、他に何もないような部屋だ。
親父さんは、ソファにどっかり座ると紙巻の煙草に火を点ける。煙いというより、妙に良い匂いがする。香草か薬草の煙草なのかな。
「で、話って何だ?」
僕も無遠慮にソファに座る。
良い座り心地。絶対高いやつだ。
「昨日十五階層に到達。明日から二十階層に挑戦します。強行日程で一気に潜ります」
「一気に狂階層に挑戦するのか」
「狂階層?」
何やら聞きなれぬ言葉。
「古い冒険者は、十九階層をそう呼んでいる。しかし、お前は慎重に下調べして降りる人間だと思っていたが。何かあったな?」
「はい、ラナに。レムリアとヒューレスの戦争について訊ねた所。まあ、無視というか拒絶されまして。それでレムリア王に聞いた所、二十階層を被害なく踏破したら教えるといわれました」
「ああ、なるほどな。………例の兎を前にして、ラウアリュナ姫の様子はどうだった?」
「いたって平静でした。ああいうものには耐性があるそうで」
「そんな事が出来るのは神の領域に居るものだろう。人の身では無理な事だ。つまりはな」
「それは、いわなくても分かっています」
ラナに耐性があるとは最初から思っていない。
彼女は嘘を吐く時、感情を抑えて早口で喋る。
「ま、腹に何か隠している奴をパーティに入れては、この先の冒険は立ち行かなくなる。お前の判断は正しいさ」
話が逸れそうなので本題を切り出す。
「僕が聞きたいのは、親父さんが追っている敵です」
この人は優秀な冒険者だ。そんな人から30年以上を奪っている、敵。
素通りできるなら問題はない。はっきりいって僕は、他人の人生など知った事ではない。好きなように生きて朽ちれば良いと思っている。力になりたいなどと不相応な事も口にしない。
「あいつの情報か、どの道エルフを連れているお前にはいうつもりだった。だが、あんま期待するんじゃねぇぞ。30年追っているが、俺が知る情報は少ない」
「少ない?」
この人が、30年かけても情報が少ないのか。
「まず、姿が見えない。音も気配もない。するりと冒険者を攫う。足跡も痕跡も残さず。神出鬼没に。ほんの一瞬、隙ともいえない一拍で人を消す。そうなった冒険者で見つかった者はいない。俺が記録しているだけで被害者は28人。30年で、たった28人だ。
ダンジョン豚の被害者数だけでも、年に300人。最弱のチョチョでも年に200人の被害が出る。色々なものと比べて、犠牲が少なすぎる。俺以外の冒険者、そして組合が動かないのはそういう理由だ。
一人が行方をくらました後、一年近くの間隔を空けて次の行方不明者が出る。
これは獲物を長い時間かけて捕食しているのか、冬眠しているのか、そも死体すら出ていないので判断不能だ。
消えた冒険者の特徴は、魔法の術に長けている事。だが、潜在的に魔法の適性が高い者は魔法使いでなくとも対象となる。エルフは種族特性的に魔法の才が高い。ほぼ全てのエルフが対象といってもいい」
直感的にフレイを誘った事が、吉とでるか凶とでるか。
「十九階層に巣くっているのは間違いない。一度、階層の上下階段を封鎖して捜索した事がある」
「階段以外に階層を移動する手段があるのでは?」
「それはない。少なくとも俺が調べた中では、そんな抜け道は十九階層に存在しない。一つだけ気になるのは、一部の壁に違和感が。いやこれは、口にするほどの事ではないか」
「壁とは?」
気になる。
そういう当たり前と思っている情報が突破口になる。
「一応、話しておくか。変な模様の付いた壁があった。色々な人間に解析させたが、記録に残っているどの文明とも整合しない文字と、意味の分からない図形が記されていた。恐らくは、先人の落書きだろう。敵と関係はない」
そういうのは珍しくない。
この異世界は、何度も文明の繁栄と滅亡を繰り返している。その残り香は、何故かダンジョンに保管されている。々の尖塔は歴史が長い。暇な冒険者の仕業とも考えられる。今は絶えた魔法の痕跡かもしれない。それ以外は、知ったこっちゃない。
「昔、お前のように再生点や魔力の少ない冒険者がいてな。スルスオーヴに憧れた貴族の好事家で、冒険費用を出す事以外はただのお荷物だったが、こいつがこの敵を目撃したというのだ。
細い曲刀のような二爪に、髑髏のように皺枯れた顔、下半身は存在せず、骨だけの上半身にマントのように漂う外皮。
ほんの一瞬だけだったが、十九階層の闇に消えるそれを見たそうだ。
名声欲しさのホラと思われて誰も取り合わなかったが、俺は一つ仮説を持っている。
十九階層に潜む敵。こいつは、普通の冒険者の目を誤魔化す術を持っている。だから、例の好事家には見えた。確かめようにも、そんな無能が十九階層まで降りた例は少ない。
丁度、目の前にそんな無能がいる。しかも、エルフの魔法使いをパーティに入れて。そして、前回の行方不明者が出てから一年近くが経つ。
………………俺は幸運を感じている。いいや、もしくは。そろそろ諦めろ、という合図か」
「つまり?」
幸運は僕の方かもしれない。
というか、この世界に来て不幸続きがようやく転じたか。
「手を貸してやる。明日からといったな。時間は?」
「朝一です」
「おう、了解した。俺も立場がある以上、大っぴらに新米の冒険には付き合えない。十五階層で合流してやる」
「ありがとうございます」
「礼は無事に踏破してからいえ。前にもいったよな、俺は大した冒険者ではない。仲間を捨てて、死んだ仲間を追っている愚か者だ」
30年、同じ敵に苦心している冒険者。だが、実力は折り紙付きだ。僕は片鱗しか見ていないが、この人の実力はここで出会った冒険者の誰よりも強い。
強く、そして僕は、この人だけは簡単に見捨てる事ができる。
アーヴィン。君を殺した相手に頼り、ダンジョンを潜る事になるとは。
何て皮肉だよ、畜生。
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