<第一章:狂宴の兎>6


 キャンプ地を帰ると、エアが焚き火をして待っていた。彼女はワイシャツ一枚というあられもない恰好だ。接近探知があるとはいえ、黒パンツが見えている。

「お帰り、お兄ちゃん。と、ランシール」

「ただ今、妹よ」

「ただ今戻りました。妹よ」

「なんでランシールまで妹いうの?」

「え、でもワタシがソーヤの愛人になったら、あなたは妹ですよ」

「え、そうなの?」

「え、そうなのか?」

 と、エアと一緒に僕も驚く。

「今からでも始めましょう。お姉ちゃん………は似合わないのでお姉様で。さあ」

「イヤよ」

「残念です。では、何もないならワタシは眠りますが良いですか? ソーヤ」

「ああ、すまないな。急に城まで案内させて」

「構いません。あなたこそ、今日は冒険お疲れ様でした」

 ランシールはペコリと頭を下げて、自分のテントに入って行った。

『ソーヤさん、お帰りなさい』

「ただ今、今日はもう何もない。お前も休んでくれ」

 滑って来たマキナに命令して休ませる。

『接近探知センサーを起動させて待機モードに移行します。お疲れさまでした。お休みなさい』

 マキナ・ポットが待機中の薄い点灯を残して停止する。

 飲料水を溜めた洗面台から自分の歯ブラシを取る。歯を磨きながら、キャンプ地を見回って異常がないか確認。

 菜園では、小さいゴーレムが土に潜って眠っていた。テントの縁に羽兎が塊になって眠っている。最近、増えたな。菜園に入った兎は、ラーズが持ち運んで移動しているが。兎は遊んでくれていると勘違いして彼を揉みくちゃにしている。

 魔王様には悪いが、これ以上増えたら串焼きにします。

 歯磨きを済ませ、火を消すと、今日の疲れが一気に襲ってきた。

 限界というか電池切れだ。

 気を抜くと倒れそうになる。自分のテントに戻ろうとして、ラナがいる事に憂鬱になる。今は、気まずい。どんな顔をして会えばいいんだ。

「お兄ちゃん」

「ん?」

 妹に手を取られた。引っ張られる。

「今日は、アタシのテントで寝よ。ね?」

「あ、ああ」

 疲れのせいで頭が回らない。エアの顔が夜の闇にぼやけて見える。されるがまま、妹のテントに入る。柑橘系の匂いがする。翔光石のカンテラが淡い明かりを浮かべている。

 四人用のテントを一人で使わせているのでスペースは余っているが、

「最近、妙に減りが早いと思ったら」

 エアの私物と共に、大量のインスタント食品が積まれていた。

「お兄ちゃんの物は、アタシの物」

「あ、はい」

 ツッコむ体力がないので適当に流す。

 装備を外してテントの隅に置いた。

「雪風。待機モード。お疲れ様」

『お休みであります』

 雪風のミニ・ポットも外した。ポンチョを適当に畳んで、

「はい、これ。アタシの物は、お兄ちゃんの物なのだ」

 妹に着替えを貰った。Tシャツとホットパンツ。妹の匂いがする。いかん、睡魔と疲労のせいで色々と脳がやばい。

「ああもう、フラフラしない」

 妹に服を引っぺがされて着替えさせられる。

「お兄ちゃんって、アタシがいないとダメよね」

「そうだな」

 Tシャツ裏返しだが、もういいや。

「じゃ、寝よ寝よ」

 一個しかない枕に二人で頭を置く。近い。近いな。しかし、疲労がピークで下賤な心まで元気がない。大き目の毛布をかけて、カンテラを消した。

 静かな闇が訪れた。

 人の温かみが浸みる。

 妹は自然と抱き着いて来る。こいつは、眠る時に抱き着き癖がある。何か不安があるのだろうか? ただの甘えん坊か。

「ね」

「ん?」

「アタシには聞かないの? 戦争の事」

 こいつは被害者だ。当事者ではない。遠くから見渡せる位置にもいない。それに、

「嫌な思いしたろ。撃たれて死にかけて」

「そう、だけど。優しいよね、そういう所」

 人の心に踏み入るのが苦手なだけだ。

 エアの頬に手をやると、嬉しそうに目を細める。

「ごめんね、お兄ちゃん。アタシ、どっちにしろ役に立たないの。意識を失って気付いた時には、森は焼けていた。お腹を撃たれていた。人のやり取りは、お姉ちゃんアタシを避けてやっていたから、詳細も分からない。ごめんね」

「謝るな。お前の問題じゃない」

「わかった」

 エアは僕の胸に顔を寄せて来る。耳を痛めないよう腕枕をして背中に手を回した。

「んふふ、こういうのも良いかも」

 ご機嫌なようだ。こんな事で良いなら、これから先いくらでも。

 心地良い温もり。冒険のご褒美にしては破格だ。

 眠ろう。目をつぶれば即眠れるだろう。

「エア、眠りましたか? 一人では眠れないと聞きましたので一緒に」

 邪魔が入らなければ。

「あら、まあ」

 ランシールの声が聞こえた。

 月明りと共に影がテントに入って来る。声はすぐ近くに。

「ソーヤ、妻以外、愛人以外の女と同衾するのはいただけません。不貞に繋がります」

「ランシール、静かに。妹が起きる」

 エアは寝つきが良い。胸元に天使の寝顔が見える。

「はい、ではワタシも」

 逆らう気力がないのでお好きにどうぞ。

 毛布を捲ってランシールが侵入してきた。僕の背後に着く。頭を撫でられる。何故か、彼女はよく僕の頭を撫でる。

「ランシール、もしかして」

「何か?」

 背中に当たる感触がいつもと違う。

 これは、

「裸か?」

「破廉恥なので、ここに来るまでにタオルは掛けましたが」

「裸なのか?」

「眠る時は脱ぎますが?」

 こんな状況で眠れるか。

 と、思っては見たが、五秒で眠りに落ちた。たぶん、処理の限界で意識が落ちたのだろう。

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