<第一章:狂宴の兎>5
【83rd day】
パーティと別れ、ランシールと連絡を取る。
ラナとエアはキャンプ地に戻ったようだ。二人共、激しい口論をした後、別々のテントでふて寝している。
深夜に、街でランシールと合流する事を約束した。待ち合わせ場所はザヴァ商会の二階。待つ間、気晴らしに商会の仕事を手伝う。
色々な帳簿に目を通した。
ちょっと前に売り出したパスタの売れ行きが凄い。
凄いというか、僕のざっくばらんな計算だと、半年持たずにリーベラが持ち込んだ小麦が全て消費される。
レムリアでも左大陸小麦を生産しているが、この消費には間に合わないだろう。土地力をかなり消費するので嫌われている手段だが、最悪、魔法による急速成長を行う事になる。
マキナの計算によると三年分だったが、あれはそもそも参考にした数字の出典が怪しい。
商人達の暗黙の了解なのだが、レムリアがエリュシオン向けに発表している食糧消費量と、実際の食糧消費量は、かなりズレている。
しかし、レムリアに滞在している辺境伯が『問題ない』といっているので、双国は一応納得しているし、商人は口を出さない。こういう政治に深入りすると命が幾つあっても足りない。
食糧の問題だけではない。
防衛体制や貿易を覘くだけでも、レムリアの今後は見える。
中央大陸最大の人間国家エリュシオンと、辺境の小国レムリア。同盟関係といっても対等な訳がなく。武力や食料を盾に、搾取が行われていた。
その搾取の中に、ダンジョンから回収された貴重な技術、武具、素材がある。そして、あくまでも黒い噂に過ぎないが、貴重な人材も。人攫いのような手段で。
少し前に王が体調を崩していた原因も、エリュシオンと無関係とはいえない。あれで、レムリア王が崩御したら継ぐのはあの馬鹿王子である。
阿呆が権力を握れば反乱が起こる事も“不自然”ではない。それを制圧するのは同盟国の仕事でもある。
国の中心に軍を置かれたら、後はもうなし崩しだ。
冒険者は自由である、そのレムリアが掲げるお題目。戦時下ではどうなるのやら。確かなのは、正義であれ、復讐であれ、何かしらの新しい旗がないと人はまとまらない。動かない。
だがこんなもの、この異世界では平和な方だ。
今現在、争いは起こっていない。まだまだできる猶予はある。予防も行っている。
当のエリュシオンは、疑心暗鬼で身内を売り、民を吊るし、欠けた法王の椅子を廻り権力闘争に明け暮れる魔境である。血と獣の件も含め。中央大陸は人の怨嗟に満ちている。
左大陸も平和には程遠い。
黒エルフを陣頭に置いた諸王と、エリュシオンに組みする諸王が真っ二つに割れ、戦乱の大地となっている。
そして一つだけ確かなのは、こんな事、僕が憂いても意味がない。
僕はただの日本人、異邦人、一つの冒険者に過ぎない。
たまたま、忌血の獣と戦う手段を持っているだけの、普通の人間だ。あの獣とは対等以上の条件で戦えるが、だからといって他の敵を容易く倒せる訳ではない。
僕の気が狂って、呪いを振りまく悪鬼にでもならない限り。ワイルドハントは、二度と使わないつもりだ。
いや、聖リリディアスの騎士が再び立ち塞がるのなら、或いは。
そうならない事を願うが。
僕は友の名誉を守りたかった。必死に戦った。その末に手に入れた力は、人を守る事のできない力だ。死の呪いを起爆剤にする、英雄殺しの力。
その結果、周囲にいる人間は死ぬだろう。
誰も守れない。力を振るうのは、守るべきものが居なくなった後、一人で戦う時だけだ。あまりにも非力な力。
本当に、神の御業は皮肉に満ちている。
コンコン、とノックの音。
「どうぞ」
僕の返事の後、戸が開いて銀髪の獣人が顔を出す。
狐の獣人である。
本当は、女騎士なんぞやっている彼女だ。黙っていると冷たい美人系の顔つき。凛とした雰囲気で、感情を外に出す事を恥としている。恥ずかしがって笑顔を隠す様がたまらない。グラマラスで健康的な体つき、今はメイド服を着ている。
僕のあ―――――友人であり、こっちが申し訳なくなるほど甲斐甲斐しくサポートしてくれている。最近の家事は彼女に頼りきりである。最初は慣れずに失敗していたが、努力家で覚えが良いのですぐ戦力になった。
「ランシール、出ようか」
「はい」
荷物を手にして商会を後にした。ランシールが半分持ってくれる。
二人で夜の街を歩く。日が暮れると街は淡い光に包まれ混沌となる。
冒険者は酒や女に酔い。熱に頭と体を火照らせる。夜の活気は、性と死の匂いがする。
最初に来た頃は、うんざりしながら見ていたが、馬鹿騒ぎを起こす理由が分かった今は簡単に否定できない。
冒険者は命を賭けるのだ。生き延びた喜びを仲間と大いに語り騒ぐ。果てた仲間の名誉を酒の肴に、臆病風に吹かれた冒険者を笑い話に、そして果てない夢の話を。
僕のような辛気臭い顔の奴はいない。
喧嘩のせいで足を止める。
獣人の女と体格の良い男のヒームが殴り合っている。この世界、男女や種族の違いで区別するのは難しい。その証拠に、男が、女にいいパンチをくらって回転して吹っ飛ぶ。
周囲から歓声が沸いた。女は回りに愛想を振りまいている。お金が飛ぶ。
ありふれた普通の光景だ。
「ランシールは、こういうの好きなのか?」
「え?」
ランシールがドキっと驚いた顔をする。
「いやだって顔が」
頬を紅潮させて争いを眺めていた。
「なっ、ワタシ」
彼女は自分の頬に触れる。
「すみません、つい血が騒いで。まだまだ自制ができていません。修行不足ですね」
人が空いて道が開く。また二人で歩き始めた。
「君は、ずっとレムリアに?」
「ええ、生まれた時からこの国にいます」
「他所の大陸を見たいと思った事は?」
「大陸ですか………」
最悪の場合を想定して、質問だけはしておく。結果は分かっているが、それでも何もいわないよりは誠意がある。
「ワタシは泳げません。海、怖いです。凄く」
「ぷっ」
「ソーヤ! 笑い事ではありません!」
反応が可愛くて笑ってしまった。
「それじゃ泳ぎ方教えてあげるよ。ゲトさんに許可貰って、キャンプ地の川で」
「なっ、ソーヤ。あなた泳げるのですか?!」
「え、まあ。人並に」
めっちゃ驚かれた。
日本人なら小学校の時に普通に習うというか、慣れるが。
「水夫でもないのに。あ、故郷では漁師を? それとも水神の加護を?」
「海関係の仕事はした事はないよ。小さい時に学校の授業があった」
でもカニ漁は、報酬を見て考えた事はあったが。
「良い教育を受けていますね」
「そうかなぁ」
でも歴史は自虐史観ばっかりだ。神風が吹いて外敵を撃退したとか、そんな馬鹿な作り話を今でも教えているのだが。
「泳ぎは教えていただきます。是非。是非!」
「了解だ」
詰め寄られる。
近い近い。腕におっぱいが当たっている。
「でも、そうですね。レムリアの外に憧れがないかと言われれば嘘になります。小さい頃に母から聞いた、勇猛果敢な諸王の逸話。ドラゴンの去った雪原を、馬で駆る夢を今でも見ます。でも、すみません。今はレムリアを離れるわけには」
「そうだよな」
不安な情勢下。父親から離れる彼女ではない。
僕は………難しい感情だ。考えがまとまらない。どうするのが最良なのか? そんなものがこの選択にあるのか? そして、ランシールが腕に抱き着いて来る。更に考えがまとまらなくなる。ここで引き剥がすのも無粋だし、不自然だから、何もいわない。お礼はいいたいが。
妹の時もそうだったが、女性と触れ合っていると時間の経過が早い。
ゆっくり歩いていたはずだったが、もう城の前に着いてしまった。ランシールに案内され、裏口から城内へ。護衛の兵士に挨拶して、廊下を渡りキッチンの前に。
ノックして、返事を確認してから戸口を開けた。
「夜分の参上。大変ご無礼を。レムリア王」
「構わぬ。余もお前に話したい事がある」
入室してレムリア王に頭を下げる。ランシールも同じように頭を下げた。彼女は戸口の近くにそのまま立つ。
僕は許可を貰って、王と同じように作業台を挟んだ椅子に腰をかけた。
「レムリア王、こちらはザヴァ商会で扱うようになった高級茶葉です。中央大陸の勇者が鑑定した箔付きの品です」
茶葉の入った袋を作業台に置く。
取り合えず、贈り物で機嫌取り。
「うむ、少し前から聞いている。ギャストルフォのお騒がせ娘だな。仲間集めに難儀していると聞いていたが、お前とパーティを組んだのか」
「パーティは組んでいません。仕事の斡旋はしましたが」
「あれでいて、魔法の腕は一流だぞ。仲間にして損はあるまい」
「妻が嫌がるもので」
「ああ、フレイ殿はラウアリュナ姫とホーエンスの学友であったな。不仲なのか?」
「不仲です。というか、ラナが一方的に嫌っているだけですが」
ただ、フレイはラナの事は好いている。強い魔法使いは孤独な存在であり。自分と並ぶような使い手にはシンパシーを覚えるのだ。
まあラナは、エルフの自尊心と性格の不一致でフレイを嫌っているのだが。
「話は変わるが、ソーヤよ。十五階層に到達したと聞いたが」
「はい。今日はその事で」
「余もその事で話がある」
まず、レムリア王の話を聞く。
「メディムの事だ」
意外な名前が出た。そういえば今日は姿が見えない。
「あやつの到達階層を知っているか?」
「はい、二十階層と聞きました」
「おかしいとは思わぬか? “冒険者の父”といわれた男の到達階層が、たかが二十階層とは」
確かにおかしい。しかし、本人の談によると。
「親父さんは、助けられた者が恥隠しに付けた名前だといっていました。そもそも自分は大した冒険者ではない、とも」
「あやつが大した冒険者でないなら、余も含め、レムリアの冒険者、その殆どが低劣になる。ただの謙遜だ。昔からそうなのだ。完璧主義が祟って、一つの失敗をずっと引きずっている。
あれは囚われているのだ。十九階層に棲む魔に………………。
もう、三十三年も昔になるか。
ソーヤ、ヒューレスを妻に持ったお前にも無関係な話ではない。前にも一度か二度、話した事があったな。ラウアリュナ姫の父、メルム・ラウア・ヒューレスは、冒険の輩<ともがら>であった。メルムの妹、アルマ。ランシールの母、ヴァルシーナ。そして、メディム。これが余の最初のパーティだ。
メディムは、左大陸から流れて来た傭兵でな。剣技と生存力は一流だったが、クソ生意気なガキであった。
特に、メルムとは馬が合わなくて目が合うだけで剣を抜く始末。アルマとヴァルシーナが間に立たなければ、殺し合っていただろう。余も苦労させられた。
当時は、今ほど冒険者組合の力はなく。ダンジョンに潜る事は過酷であった。そのせいか生き延びる内に、憎しみや妬みは揺るがない信頼に変わった。冒険者とはそういうものだ。
命を賭け、命を預け、互いに力があるのなら、認めざるを得ない。
余のパーティは、同時期のパーティに比べ頭角を現すのが早かったからな。外からの軋轢があった。エルフに獣人、ヒームが混在した珍しいパーティだ。人の目を引いた。良くも悪くも、それが結束に繋がった。
これは揺るがない結束だと、アルマが消えるまで、そう思っていた。
アルマは十九階層で行方不明になった。パーティ行動中に、忽然とな。
探した。
探したさ、必死でな。
だが見つからなかった。
それが最初のパーティの終わりだ。
メルムは冒険者を辞め森に帰り、余は新しい仲間とダンジョンに潜り、メディムは今も尚、アルマを探している。
あいつが新米冒険者の面倒を見るようになったのは、自分のような冒険者を作りたくない、という戒めだろう。
ソーヤ、お前がどういう冒険者として生きるか、余には計り知れぬ。どちらにせよ、メディムのような妄執に囚われた生き方は選ぶな。時には、犠牲を踏み越える勇気が必要だ。遺志を継いで進む勇気が。立ち止まり囚われるのは、冒険者としてあまりにも歪である。
それが冒険者の父と呼ばれた男の本質。そしてこれが、冒険者の王の助言だ」
「ありがとうございます。痛み入ります」
飲み込みの難しい話だ。これから先、冒険者を止めるかもしれない僕には。
しかし、忽然と姿を消したエルフか。それもヒューレスの血筋。嫌な予感がする。偶然にも、一つだけ心当たりがある。
「む、いかんな。余も歳のせいか話が長くなった。お前の食の話よりは短いと思うが」
「なんか、すみません」
さらっと嫌味をいわれた。
最近、方々からいわれる事なので自重しているのだが。傷付くな。
「で、ソーヤ。お前の用とは?」
「はい」
深呼吸を一つ。
下手をすればこの国の暗部に触れる。覚悟はあるが、何が出て来るやら。
「今日、妻に、ヒューレスの森を焼失させた件について質問しました。パーティの皆の前で」
「それは、うむ」
レムリア王の顔が陰る。
「先を見通して、不和の原因は取り除きたいと思って」
「姫は答えたのか?」
「逃げました」
「で、あろうな」
王が苦渋の顔を浮かべる。ラナの心中を察した顔だ。さて、どうなる?
「ソーヤ。余から一つ聞きたい。それは、冒険者としての質問か? それともエルフの夫としての質問か?」
「………………」
難しい選択肢だ。
「冒険者としての質問です」
だから即答した。
考えても仕方ない事は即決して時間を浮かせる。我ながら冒険者らしい選択だと思う。
「ならば、余から答える事は出来ぬ。新米冒険者が触れてよい事ではない」
「では、どの程度の冒険者なら答えていただけますか?」
「最低でも三十………………いや、お前なら二十階層だな。条件付きで」
「条件とは?」
「ヒューレスの子を、その犠牲なく階層を降れ。それが条件だ」
ラナやエアの犠牲なく? 当たり前の事だ。
ああ、でもそうか。王は、消えたアルマという仲間に、ラナ達を被らせている。彼女達がその階層を踏破するのは、王の心理に何か意味があるのだろう。
「了解しました。二十階層を犠牲なく踏破して見せます」
「期待しているぞ。冒険者よ」
結局、終わりを見定める事すら、ダンジョンに潜って決めるのか。
皮肉だ。
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