<第一章:狂宴の兎>4


 お風呂場でサッパリした後、パーティはバラバラに国営酒場に集まった。

 僕とエアが到着すると、ラナとシュナ、リズがもう食事と酒を進めている。昼を少し過ぎていたが、テーブル席は八割ほど埋まっていた。中にはさっきダンジョンにいたパーティも。

 広い丸テーブルには、適当に頼まれた料理と酒の空き瓶がズラリ。

「シュナ、これ?」

 席に着いて酒瓶を指す。彼はラナを見た。彼女は今も、瓶から直に酒を飲んでいる。水を飲むように、いつもの三倍は速いペースだ。

 酒精の権化とまでいわれる彼女だが、流石に大丈夫か?

 エアがテーブルに並んだ料理を食べ始めた。僕も、慣れ親しんだ厚いベーコンを口にする。後、酸っぱい豆も。空腹時は何もかも旨い。

 いつもと違い。

 皆無言で飲み食いする。しかも全体的に早食いである。他所のテーブルも、というかさっき同じ体験をしたパーティも、同じような様<さま>だ。

 後ろの席で女性の泣き声が聞こえた。

 慰める男の声。

 ヒステリーに泣き叫ぶ声。

 急激に飯が不味くなった。タイミング悪く追加の料理が来る。僕は青い顔で、もったいないという感覚だけでカルボナーラを完食した。

 味が全く脳に入ってこない。

 お茶を飲み干す。

「さて」

 酒の空き瓶の量が凄い事に。ラナとリズは無表情で、妹はいつも通り。シュナは少し顔色が悪い。

 しんどさを感じるのは、僕がリーダー向きではない証拠だろう。

 こういう時にこそ、ゼノビアや、アーヴィンがいて欲しかったと心底思う。

「リズ、ベルは今聞いているのか?」

「………」

 無反応を睨み付ける。

「聞いてる」

「ここいる全員に、リーダーとして聞きたい事がある」

 パーティ皆が僕を見る。

「これから先、君らはパーティ全員を守るつもりはあるか? そして、守る為に死ぬ選択をできるか? 守る為に誰かを見殺しにできるか? パーティを一人でも多く生かす為に、見捨てる事はできるか?」

 一拍の沈黙。

 最初に答えたのはシュナ。

「当たり前だ。師の剣に誓ってもいい」

 次はエア。

「もちろん」

 続いて、

「任せてください、お兄さん。リズも絶対に従わせます」

 ベルが答えた。

「私も」

 ラナが答えるが、僕はそれを遮るように聞く。

「ラナ、君に別に聞きたい事がある」

「え?」

 話題を振られたのが意外だったのか、彼女はキョトンとする。

「これを話すのは辛い事だと思う。でも今回の事で踏ん切りがついた。何があっても僕は君を守るし、ここにいるパーティの皆も同じ気持ち。だから」

 あの、クソ性犯罪者王子の言葉を思い出す。


“てめぇの民を焼き殺した女が、これ以上どこに堕ちるっていうんだ?”


「自分の森を焼き、自分の民を殺した事を、話して欲しい」

 ラナの目の色が変わる。一瞬、別人を見ているかと錯覚した。

 困惑するシュナとベルに僕は話す。

「一年前、レムリアとヒューレスの森。ヒームとエルフの間で戦争が起こった。姉妹が冒険者に落とされた原因だ。この争いは、どちらかが一方的に悪いという事はない」

 双方の言い分をまとめると、土地売買の距離単位の違いが原因だ。

 しかし、そもそも書類が偽装されたとも、エルフが金だけ奪うつもりだったとも、ヒームが土地を奪うつもりだったとも、色々な情報が錯綜している。種族が違えばいう事も違う。

 皆誰しも、自分が、自分達が正しいと思い込みたい。

 愚かだと認めて生きるのは辛い事だ。

 ラナが焼き払った土地は、今は農耕地としてレムリアが利用している。いや、正確にいえば、レムリアの同盟国であるエリュシオンの農奴が利用している。ここで生産される食糧は、全てがレムリアに行くのではない。エリュシオンに送られる物も多い。

 ここが引っかかるのだ。

 僕個人としては、彼女は利用されたと思い込みたい。

 彼女がそういうなら死ぬまで信じる。

「ラナは戦争終焉時、ヒューレスの森を、民を巻き込んで焼き払った。そのせいで恨みも買っている。すまない。これを隠していたのは僕の一存だ」

 パーティを組む時に、最初にいうべきだった。

 だがこんな事、最初にいえるのか? こんにちは、こちらは僕の妻です。彼女は自分の住み家を民ごと焼き払ったエルフです、とでも? 冗談ではない。

 それに、この情報は人伝のもの。

 正確ではない。

 誰かの意図というフィルター越しだ。当事者を尋問すれば分かる事もあるだろうが、それをやる時は、戻る事を諦めた時だ。

「ラナ、辛い事だと思う。だがこれを放置して先に進むと、必ず不和が生まれる。パーティの致命傷になる。いざという時に君を守る手が、足が、鈍る」

 ラナは席を立つ。

 僕は、逃げようとする彼女の手を取った。

「君の口から聞きたい。君の思う事実を、理由を。ここにいる皆は君を裏切るような事はしない」

「離しなさい。冒険者如きが触れてよい事ではありません。その逸脱こそ、命を危険に晒します」

「君の口から語られる事なら、どんな不条理でも受け止める。ここにいる皆にも受け止めさせる」

「ッ………」

 悲痛な彼女の表情に胸が痛い。

「僕が調べて皆に話す事と、君が今話す事では、信頼の価値が違う」

 これは脅しだ。

 彼女と、今までこれを見ようとしなかった僕への。

 これは放置するだけで癒える傷ではない。いつか必ず治療しなければならない。冒険を続けるなら、ダンジョンに潜るというなら、可及的速やかに。

 ラナは迷いを見せたが、

 僕の手を振り払って酒場を出て行った。

「お姉ちゃん!」

 エアが後を追う。

「すまん」

 残ったシュナとベルに詫びを呟く。二人共、何をどうしてよいのか困り顔だ。

 失敗した。

 振り払われた手で、僕は自分の顔を覆った。

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