<第一章:狂宴の兎>2
「………………はい、お願いします」
ラナが半泣きで心が痛い。魔法を使い出すと二人共息ぴったりだが、ラナ的には、それでフレイに引きずられるのが屈辱らしい。自尊心が強いエルフには、特に魔法の腕に無類の自信を持っている彼女には耐え難い事だ。
すまんラナ。
今回だけ、今回だけは耐えてくれ。それと、僕の名前はヌートリアではない!
「ソーヤ様。重ね重ねご迷惑を」
「ホントなー、なんかゴメンなー」
状況を察したお付き二人に謝られる。ラナが僕のポンチョを掴んでブンブン振り回した。
「それじゃエヴェッタさん。僕とフレイ様の合同パーティで登録を」
「了解です」
エヴェッタさんは、バインダーの書類に僕らの名前を記帳する。
「では最後尾に。横入りや列を乱すような行為をしたら、潰しますよ」
怖っ。
実力が計り知れないので素直に並ぶ。
しかし、
かれこれ三組以上中に入っているが、全員戻ってきていない。簡単に倒せる相手なのだろうか? それとも先の三組が実力者だったのか。二組目は僕らより圧倒的に弱そうだったけど、それなら安心の材料になるけど。
「あの、簡単に打ち合わせを」
「ふふ、そんなもの。わたくしの魔法で全てを焼き尽くして差し上げます」
「お嬢様、少し黙っていてください」
「うぐッ」
フレイはラザリッサに一蹴されて、シュナに抱き着く。シュナもまんざらでもなく顔を赤らめている。
「シュナ、軽く遊んで捨てるくらいなら構わないが、その女との深い付き合いは、お兄さん許さないからな」
「何をいっているんだ、お前は」
シュナの冷静な返しに我を取り戻す。すまん、君に変な虫が付くと思ってつい。
「ソーヤ様、前衛はラザリッサとギャスラークが担当します。よろしいですか?」
話が進まないのでメイドさんが進行してくれた。
それはありがたい提案だが、
「はい、最前衛はお二人に任せます。すぐ後ろにシュナを置いて良いですか?」
「ええ、構いません。ですが下手な連携は混乱を招きます。ラザリッサとギャスラークが倒れた時にのみ、シュナ様は前に出る。そういう約束で良いでしょうか?」
「シュナ、良いな?」
「ああ、わかった」
シュナとラザリッサは手合わせをした事がある。
結果は、ワンパンでラザリッサの勝利だ。シュナは、女性には剣を使わないという矜持があるので、それが原因といえば原因だ。けれども実力差は感じたのか素直に従う。
「それとリズ、お前は僕の隣。フレイ様とラナを守る」
「………………」
はい、返事なし。僕はリズの両頬を掴む。むにむにしてやる。
「返事は?」
「うるひゃい、やめれ」
「返事は?」
軽く引っ張る。無表情を無理やり笑顔にした。手を弾かれる。
「面倒」
「従わなかったら、次の冒険食は乾パンと干し芋だけだ」
「ちっ………分かった」
よし。取りあえず守りはクリア。
「お兄ちゃん、アタシは?」
「エアは、不測の事態に備えて最後尾で待機。場合によっては自由に撃っていい。いうまでもないが、敵と味方の射線は気を付けてな」
「うん、この弓の性能確かめたい」
エアの持っている弓は、異世界では一つしかない物だ。
いわゆる現代弓。コンパウンドボウ<化合弓>。
弓の両端に滑車を付け、交差させ重く張った弦を引く補助にしている。それに保持力の負担もかなり軽減されている。素材も軽いカーボン。
前まで持っていたエルフ伝統のコンポジットボウは、僕が壊してしまったので代わりだ。
色々と勝手が違うはずなのだが、妹は何の苦も無く使いこなしている。
威力が上がり、射手の負担も減らしている。問題があるなら、整備性の悪さと部品が増えた事による耐久性の低下か。
「あら、変わった弓ですね」
武器に目ざといラザリッサが食いつく。
「いいでしょう? お兄ちゃんと雪風が作ってくれたのよ。世界に一つだけのアタシだけの弓よ」
他のパーティもエアの弓を注視する。
ああ、人の目を引くのも問題か。弓を持つ冒険者は多くないが、珍しい物には皆目ざとい。カバーを付けて偽装する事も考えたが、速射ができないと妹が嫌がったので止めた。
「あなた、私には?」
「ああ、うん。そのうちに何か」
姉が嫉妬している事も問題か。
しかし、
「ソーヤ様、気付きましたか?」
「ああ」
ラザリッサの問いに頷く。
どのパーティも戻って来ていない。
流石にこれは異常だ。
扉を開く瞬間は何度か見ているが、すぐ番人と戦うわけではなく。長い通路が見えるのみ。
これはどういう事だ? 全員問題なく勝ち進むなどあり得ない。そんな楽なモノが番人であろうはずがない。
気付けば、次で僕らの番。
一旦引いて作戦を練る事も大事だ。
「ヌートリアさん、あなた臆していますわね」
「え、それは………はい」
できる限りのポーカーフェイスをしているが、まさかのフレイに見抜かれる。
「なら安心しなさい。あなたはこのフレイと共にいるのです。それに、わたくしに勝るとも劣らないララナンナさんもいるのです。これで負けるはずがありません」
確かに、二人共凄い魔法使いだが、それだけで進めるほどダンジョンは甘くない。
僕らは一度それを経験している。
「ソーヤ様、今回だけはお嬢様のいう通りです。最悪の場合、ラザリッサが皆様を抱えて逃亡します。お嬢様の無茶な戦いには散々付き合っていますので、逃げ技には自信がありますので」
女性にそこまでいわれたら、男として臆していられない。
冒険者とは本来、未知と戦う者だ。立ち向かう勇気を持つものが冒険者だ。それを忘れていた。
「ありがとう、ラザリッサ………………でもアガチオンは返してくれ」
「いけませんか?」
「いけませんね」
ラザリッサは、自然な動作で革鞘にアガチオンを収めようとした。
「戻れ」
魔剣は彼女の手元から離れ、矢筒に収まる。
こういう風に呼んだら来るから無駄だけどね。
「ソーヤ、どうぞ。各パーティ別々の扉に」
僕らの番が来た。
エヴェッタさんが両扉を開く。僕らのパーティは右の扉、フレイは左を潜る。長い通路だ。先が見えない。何となしの感覚で、フレイ達と歩幅を合わせ歩く。
打ち合わせの移動陣形で、シュナを先頭、その次にリズ、僕、ラナ、エアと並ぶ。
「雪風、パルスを起動。地形のスキャン。あ、エア。耳キーンってなるぞ」
「はーい」
妹が耳栓を付ける。耳の大きいエルフは聴覚が鋭い、と思っていたのだが、ラナのようにヒームと対して変わらない者も多い。
『パルス了解であります。カウント5、4、3、2、1』
腰のカンテラに偽装した人工知能が音波探知を行う。僕のメガネ型デバイスにマップが表示された。
一本道の先に広い空間。
その広い空間の周囲に小さい部屋が幾つか。
パルスによるマッピングは便利だが、この音波が敵を引き寄せる事もある。それに、ミニ・ポットの電力をかなり消費する。下手に使い過ぎると疑似水溶脳が休眠状態になり、接近探知やパーティ管理などのサポートが停止する。使い所は難しい。携帯用のバッテリーが損失していなければ良かったのだが、何でも便利で予定通りとは行かないものだ。
『半径30メートル、敵性探知なし』
「ん?」
それだと、広間にも敵がいない事になるが。いや、この逡巡はいらない。何が現れても、倒すという気概を持つ。腹を括る。
冒険者とは、ぶっつけ本番が常だ。臆病風に吹かれてそれを忘れていた。
闇の先に、扉が見えた。
その先に、何がいようが叩き潰す。
パーティは扉の前に。
シュナが扉に手を付けて、開ける前に僕を見る。パーティを全員見回して問題がないか最終確認。頷いて、シュナに扉を開けさせる。
中は広く、天井の高い空間だ。
同時に隣の扉からフレイ達が現れた。
僕らの前には小山がある。朽ちた武具が積まれた山。その頂上に、白く赤い瞳をした小さい生き物がいた。
『?』
僕ら全員が疑問符を浮かべた。
この異世界では、それは羽があるのが当たり前だ。しかし、その“兎”には羽がなかった。つまりは現代世界の兎そのもの。
一応、打ち合わせ通り。ラザリッサとギャスラークさんが前に出る。
「ええーと」
流石のフレイも困惑している。僕も、たかが兎一匹にどうしようかと迷う。エアが矢を番えるのを見て、つられて僕も矢を番えるが、兎を殺すのは抵抗がある。
キャンプ地で餌をやっている羽兎もいるし。あいつら、家庭菜園の雑草や害虫を食べてくれるし。たまに苗も食べて管理ゴーレムに持ち運ばれるが。
どうしよう? たぶんこれ、敵じゃなくて。どっかから迷い込んだ奴だと思われる。
「お嬢様、今晩の夕食にしましょう」
ラザリッサがギャスラークさんと共に前に出て。
兎の姿が掻き消えた。
前衛二人の首が跳んだ。
一瞬の事で、脳が付いていけない。
「え?」
と、間抜けな声が自分の口から洩れた。
同時、凄まじい怖気が走る。
「シュナ!」
名を叫ぶのが精一杯。
退け、という僕の声より先に、兎はシュナの首を刈った。転がる首を見て、絶望と怒りが同時に沸く。同時に放たれた僕とエアの矢を、兎はすり抜けフレイに取り付く。
彼女は、首を捥がれるその瞬間まで冷静に詠唱を止めなかった。
赤いドレスが鮮血で更に赤く染みる。数瞬で、四人を失った。兎はリズの盾をすり抜け、次は妹の元に。
声にならない声が口から漏れる。
魔剣に命令するが、何もかも遅い。血が吹き上がったのは見えた。脳が潰れるようなショックに光景を直視できない。
魔剣とリズの剣が兎に迫る。
魔剣が砕かれ、リズも首を落とされた。雪風が何かをいっている。聞こえない。そんな言葉より優先する事がある。
せめてこの身に賭けて、山刀を引き抜きラナと兎の間に立つ。
持つ持たないではない。
やるかやらないかの違い。
無駄だと確信している行為。
ただ祈るように山刀を振るう。
無常だった。
刃はかすりもしない。
背後で何かが転がる音。
股下を潜り、ラナの頭が転がって来る。悲しそうな瞳と目が合う。
「あ」
自分の中の、感情の堰<せき>が壊れた。
遅いのは分かっている。だが、お前だけは殺す。
赤い目を睨み、破滅を詠唱する僕は――――――
口を塞がれ、地べたに伏せられた。
鼻にツンっとした匂い。景色が歪んだ。誰かの叫び声と悲鳴が聞こえる。
僕は一人の女に取り押さえられていた。銀髪で二本角。エヴェッタさんに押し倒され、布を口に当てられている。
僕と同様な状況なのが、シュナ、エア、ラザリッサ、ギャスラークさん。特にフレイの状況が酷く、暴れる彼女は三人がかりで抑えられている。
リズとラナだけが、普通に立っていた。
皆の顔を見る。首を見る。付いている。
僕らを押さえているのは、全員冒険者組合の人間だ。何故ここに? 何だこれは?
「よし、今日はこいつらで最後だ。移動するぞ」
小さい翼のある少年が、組合員に指令を出す。彼は小脇に兎を抱えている。
僕とパーティメンバーは組合員に肩を借りたり、抱えられたりして移動する。
促されるまま別室に移動した。簡単に椅子があるだけの部屋だ。
隣の部屋から女性の悲鳴や男の怒号が聞こえる。恐らくは、先に入った冒険者達。
「心的障害で心身に異常を来たしている者はいるか?」
少年、冒険者組合の組合長が僕らを見回す。
僕は吐きそうな気分だ。顔色も悪いのか、エヴェッタさんが気を利かして背中をさすってくれる。フレイは、担当が用意した革袋にリバースしている。
「う」
僕も釣られそうになる。何とか耐えた。
「まず、お前ら。そこの青白い顔をしている自分達のリーダーを見ろ」
組合長の言葉で、情けない状態の僕とフレイに皆が注目。
シュナとエアも酷い顔色だ。
ラザリッサは無表情だがちょっと震えている。ギャスラークさんは兜のせいで分からない。平常通りなのはラナとリズだけ。
「それが、お前らが死んだ時に浮かべるリーダーの顔だ。そしてリーダー二人。今、お前らを見ている顔も、お前らが死んだ時に浮かべる仲間の顔だ」
え? どういう事だ。
「この兎。可愛いだろ? 羽のない珍しい品種で少なくとも500年は生きている。昔は、こいつのせいで同士討ちの被害が多く。今は組合で管理して使用している」
「組合長、つまり十四階層の番人というのは?」
僕らは負けたのか?
また十階層からやり直しか?
「こいつだが、正確にいえばこいつではない。お前達の絆が、この階層の番人だ。ソーヤ、お前は何を見た?」
先ほどの映像が思い浮かぶ。
当分、夢に出そうだ。
「ここにいる。僕以外のメンバーの死です」
「フレイよ、お前は?」
「わたくしも、同じく、でウェエエエ」
またフレイが吐く。
「この兎は、戦闘能力がない代わりに“死”の幻を見せる。自分が大事にしている者の、守りたいと思う者の死を見せる。何故、合同でパーティを組ませたかというと、死を区別する為だ。お前ら二人には無駄だったようだな。個人の正否であるがリーダーとしては合格だ。
そしてこれは、メンバーにいう事だが、この二人のリーダーは自分の命を軽視している。真っ先に死ぬタイプである。
立派な責任感だが、忘れるなよ。パーティ全滅の原因になると。それに、すまし顔の奴は分かっているな? ………そういう事だ」
組合長が人の悪そうな綺麗な笑顔を浮かべる。
リズは分かる。こいつはベルの本心ではない。だが、ラナも………か?
「私はああいうモノに耐性があります」
「さ、流石わたくしの相棒」
僕の視線にラナがそう答える。
組合長が指を振って、再度注目を命令する。
「もう一度いう。この階層の番人はお前らの絆だ。そして、これから先の冒険には、体験したような理不尽な死が必ず付きまとう。冒険者の仕事とは、つまりはこういうモノだ。よく考えろ。よく話し合え。よく、今の仲間の顔を思い出せ。互いが命を預け合うに相応しい関係か。よく思考しろ。それが、この階層の番人だ」
以上、と組合長が解散を促す。
皆は担当に付き添われて移動開始。
十四階層を降り、すぐ設置されていた十五階層のポータルを認証。帰還を果たした。
絆か。
場合によっては、一番えげつない番人になる。パーティによってはここで解散する組もあるだろう。利害の一致だけや、嘘で固められたパーティはここで終わる。
信に命を預け合う仲間としか、この先は進めないだろう。
僕らも、保留にしてあった事を話す時が来たようだ。
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