異邦人、ダンジョンに潜る。Ⅲ 狂階層のロラ 【3部前編】

<第一章:狂宴の兎>1


 これが結局、どんな話だったかというと。

 女と男が一つの約束を交わし、女が去った後でも男は律儀にそれを守った。

 それだけの話。

 まるで呪いのように。

 醒めない悪夢に囚われて。

 終わりのない戦いを刃に滑らせて。

 彼にも、夢はあった。仲間があった。命を賭ける矜持があった。きっとその先の、富と名声も。けれども男は、それらを全て捨てた。

 まるで熱に浮かされたように、

 狂信的な神への信仰のように、

 それしか知らぬ子供のように、

 いいや、他人の僕が、彼の価値に付いて深く語る事はできない。

 もしかしたら、極々シンプルな一つ事なのかも。

 他人には、愚かにも見えた約束の話。

 きっかけは、単純な女と男の約束。

 最早叶う事のない憧憬に似た思いが、そこに。

 それだけの事。


 それだけに僕は――――――



<第一章:狂宴の兎>


【82nd day】


 冒険者の仕事は、ダンジョンに潜る事である。

 それは異世界・三大大陸の中でも、有数の巨大ダンジョン『々の尖塔』を抱えるレムリア王国なら極当たり前の事である。

 冒険者はダンジョンに潜り、素材を売り、生活の糧にして、金を回して連なる人や国を育てる。単純にいえば、それがこの国の冒険者の務めである。

 で、僕はというと。

 現代世界から持ち込んだ知識や、人工知能のおかげで、別にダンジョンに潜らなくても生活はできていた。

 特にここ最近、生来のよく分からない拘りのせいで、ダンジョンと全く関係のない事ばかりしていた。そんな人間が、商会の繋がりのせいで多少羽振りが良いのだ。

 これは駄目である。

 仮に、何かの勘違いや思い込みで“僕のような冒険者”を目標にする冒険者が出て来たとしよう。彼が、偶然にも上手く事が進んで羽振りが良くなったとしよう。

 冒険者が、ダンジョンに潜るという生業が揺らぐ。

 また、ダンジョンに負けて挫けた者への逃げ場にもなる。

 もちろん、冒険者の仕事はダンジョンに潜るだけではない。商会のお使いから護衛、ダンジョン外の素材採取、モンスター退治もある。

 しかし、やはり、レムリアの冒険者はダンジョンに潜らないといけない。そして羨望を集め、次の次の、また次の冒険者を呼び込む礎になるのだ。

 それが、この国の冒険者の国務である。

 つまり僕は、悪い冒険者の見本である。

 僕のように商会と繋がり儲けている冒険者は他にもいる。しかし、その冒険者達は名声を持って引退した冒険者である。僕のような新米冒険者ではない。

 正直な話。

 僕はダンジョンに潜る目的を失っている。

 この世界に来ることになった理由は金銭だ。ある企業の唐突な誘いに乗り異世界に来た。目的は、ダンジョン五十六階層にある素材の入手。

 その日暮らしをしていた僕には法外な報酬だった。今思うと、何故飛び付いたのか疑問だが。

 ある程度、信用できるコネを得た今、上級冒険者を雇い彼らに目的階層の探索を依頼する事はできる。

 所が、素材の情報開示は、僕がその階層に到達した時にしか行われない。人工知能に、そうプロテクトがかけられている。

 つまり、危険を冒しダンジョンに潜らなければならない。

 危険なのが僕一人ならいい。

 こんな命、どんな事だって賭けてやる。

 だが、仲間が死ぬのだけは二度とゴメンだ。次にあんな事が起こったら、僕は耐えられないと思う。繕って人の形をしている物が壊れる。

 そう僕は、ダンジョンに潜る事が怖い。

 誰かを失うのがこんなにも辛いとは。現代世界で、ろくな友情や交友を持っていなかった僕が、異世界でこんな思いをするとは、皮肉である。

 だがしかし、

 今、僕らは、々の尖塔の十四階層に来ていた。

 冒険者の父に急かされ、人工知能にハヤシ立てられ、担当に尻を叩かれ、街行く人まで『おい、ダンジョンに潜れ!』といっているような、軽いノイローゼに陥りながら、ダンジョンに潜った。

 敵の正確な情報と地図がある為、それにパーティメンバーの性能が中級冒険者クラスなのも手伝い。拍子抜けするほど簡単に十四階層まで来れた。

 々の尖塔は、五階層毎にポータルが存在する。

 潜る事で、冒険者組合が存在する一階層まで瞬時に転移できる。一度でも認証すれば、ここから冒険を再開できる。

 ただ、ポータルのある一つ上の階層。そこには、何かしらの番人がいるのだ。

 十四階層にも番人がいる。

 強力無比で、種々雑多、多種多様、千差万別、人類の知恵とは別のラインにある存在。古代の英知であり、奇跡の産物。または狂気。

 共通しているのは、冒険者にもれなく敵意を持っている事。


「さて」


 どうしようか? という僕の呟きは流石に飲み込む。

 現在のパーティは、十四階層の敵の前でつまずいていた。

 ちなみにこれ、二回目である。

 前は敵の様子見もできず、この扉の前で引き返した。

 薄暗い通路の中、僕らの前には赤色の扉が二つあった。その間に、冒険者組合から派遣されている組員が立っている。

 今日の担当は、たまたま僕の担当でもあるエヴェッタさん。

 二本角の無表情な女性である。長い銀髪が素敵で、スレンダーな体に事務服。今は引退した身だが、“磨り潰すエヴェッタ”という名前で恐れられた冒険者であった。

「ソーヤ、声をかけない事には始まりませんよ」

「はい」

 エヴェッタさんの、ありがたいお言葉。

 今回の番人。狂宴の兎は、二組以上のパーティ合同でないと挑戦させてもらえない。

 僕らのように、待機中のパーティは十二組。

 通路で各自、談笑しながら、交渉しながら、自分達と合ったパーティを探している。

 そう、まず声をかけて交渉する事が大事なのだ。

 はっきりいって、僕は商会の仕事を手伝っている件で交渉力があると思い込んでいた。

 だが違う。違うのだ。

 メンバーの加入は、性能や、損得勘定、向き不向き、色々とあるが、パーティ同士の交渉は、フィーリングが大事だ。人徳というか、人当たりだ。

 即席で組んで、即戦うのだ。

 互いに理解し合う時間などない。感覚に頼るしかない。そこで大事なのが、見た目と普段の行い。加えて、種族。

 さて僕はいうと、


「すみません。一緒に組みませんか?」

「………………」

 キラっと笑って見せる。獣人パーティに無視される。


「すみません。一緒に組―――――」

「ムリ!」

 女性オンリーのパーティに即答される。


「すみません。一緒に組みませんか?」

「あなたのパーティって、そこにいる方々で?」

「え、はい」

 人の良さそうなヒームの若者が、僕のパーティに目線を移す。

 僕のパーティは、ヒームの少年剣士、ヒームの少女騎士、エルフの射手、エルフの魔法使い、である。

「あ、悪いね。エルフはちょっと」

「あ、すみません。何か」

 こっちが悪いみたいに頭を下げられる。種族問題は仕方ない。


「すみません。一緒に組みませんか?」

「あんたのパーティ、あれ?」

 少し歳の行った冒険者である。新米冒険者にしては装備が使い込まれているので、兵士か傭兵辺りの転向組だろう。

「あ、はい」

「お、全員女じゃねぇか」

「誰が女だッ!」

「シュナ! 止めろぉぉ!」

 破談した。


「すみません。一緒に組みませんか?」

「お前、商会子飼の冒険者だろ? パスタ茹でてるの見た事あるぞ」

「いや、相談役で」

「そういうの嫌いでな。何か卑怯くさいんだよ」

「あ、はい」

 次だ。次。


「すみません、一緒に」

「げっ、異邦人」

「あ、こいつまさか関わるとやばいって噂の」

「すみません、大丈夫です」

 前に流した噂だ。危なかった。


「すみません。一緒に組みませんか?」

「う~ん、お前の顔がないな。陰険メガネ」

 ガタッ、と背後でエルフの魔法使いが立ち上がる。

「私の幻聴でしょうか? なら、その音を消さないと」

 バキバキと拳が鳴る。

「ラナ! 止めろぉぉ!」

 破綻した。


「すみません。あの、その、一緒に」

「いや、あんたら。隣で見ていてないと思うわ」

 ですよねー。


「すみません。あの」

「ごめんなさい!」

「きゃぁぁぁぁ!」

「いやぁぁぁぁ!」

 逃げられた。


 十二組中、二組と乱闘になり、六組に断られ、四組に逃げられた。

 全滅である。

「うん、お兄ちゃん頑張った。頑張ったと思うよ」

「そうですよ。悪いのは、あなたを悪くいう不埒者です」

「それを殴り飛ばすお姉ちゃんも」

「何か?」

「何でもないー」

 偽装結婚した妻のラナと、その妹エアに慰められる。二人共エルフで、美しく可愛い。

「ソーヤ、だっせぇな」

「女扱いされただけでキレる奴は黙んなさい」

「うぐ、でもよー」

「男のエルフじゃ褒め言葉なのよ! むしろ喜びなさい!」

「いや、おれエルフじゃないんだけど」

 少年剣士シュナが、エアに怒られ小さくなる。

 こいつはこれで、女の押しに弱い。なんでも姉五人に、揉みくちゃにされて育った後遺症だそうな。一人っ子の僕には羨ましい限りだ。

「ベルも何かいってやってよ」

 エアが、ぼんやり座っている少女騎士に話題を振る。

「………………」

「エア、今はリズだ」

 諸般の事情により、少女ベルトリーチェの体は、リズと名乗っている者に乗っ取られている。色々な神様曰く、悪い者ではなく利用してやれ、との事。

「じゃ、リズ。何とかいってやって」

「………何とか」

 ベタな返しだな。エアが『何これ?』という視線を送って来る。

「何だろうね」

 と返した。

 確かにこいつは強い。聖リリディアス教の騎士系上級魔法、それに剣技は半端ない。

 しかし、コミュニケーション能力が酷い。唐突にモノを聞いて来たと思ったら、知るかと反論。戦闘中に急にいなくなって、全員で捜索していたら、フラッと戻って『用を足していた』という。

 奇行。

 不愛想。

 空気が読めない。

 止めに好き嫌いが多い。

 ベル………ベル戻って来てくれ。君の外受けの良さと笑顔が今とっても必要だ。ぶっちゃけ、パーティの対外交渉、全て君の双肩にかかっていたのに。勝手にこんな奴を取り憑かせるとは。戻ってきたらお説教だ。

 てか、お兄さん挫けそうだ。

「ソーヤ」

「あ、はい」

 エヴェッタさんに話しかけられる。

 僕が落ち込んでいる間に、他のパーティは綺麗に組んで扉の前に並んでいた。昔、体育の授業で一人余った事を思い出す。

「相変わらずですね、安心しました」

「そこは見損なってください」

 あなたと一緒に、街中の神様から契約断られましたよね。

 彼女は、僕のツッコミをスルーして他のパーティを案内する。

「あなた、どうします? 帰ります?」

「え、いや」

 ラナの提案に迷う。

 十階層から十四階層まで道のりは丸一日。道と敵は慣れたモノなので、休憩と睡眠を入れても次は15時間ほどで到達できるだろう。

 でも、また来るのが面倒くさい。

 非常に面倒くさい。

 今のモチベーションだと、たぶん、次ダンジョンに潜るのは最低でも5日、いや10日? 下手すると20日以上。

 急ぐ理由も、そもそも仕事を完遂する気合いもない。

 僕の素直な気持ちを述べれば、帰って土を弄りたい。

 せめて他のパーティが急かすのなら良いが、一番名声を得たかった彼はもういない。僕が守れなかった。

 二番目に名声を得たかった、いや師の名声を得たかったシュナは、もう叶ってしまった。

 シュナの師匠、優美のレグレの名は、シュナの“竜甲斬り”の名と共にレムリアでは名声を得た。後は、これを汚さないように命を賭けるのがシュナの務めである。

 姉妹は元から冒険業に積極的ではない。

 約一名は不明。

 うん、この状況で帰ったら絶対駄目だね。

 余談だけど、王様から療養地の案内が来ているから、パーティみんなで水着に着替えて羽を伸ばすというイベントが。

 これ、そのまま長期滞在すると思う。二ヶ月くらいかな?

「ラナ………………待とう。他のパーティが来るまで」

「はい、わかりました」

 キリ良く十五階層に到達してから、後顧の憂い無くラナの水着を拝みたい。

 ただ今、凄いデザインの水着を人工知能に作らせている。サンプル画像を見たが本当に凄かった。食い込みとか。面積とか。隠したせいで、逆にイヤラシクなる事があるのだと、ただでさえラナは、ナチュラルボーンエロスなのに、そこから更にエロくなったら、僕の中の天使と悪魔が同時に『やっちまえ』と合唱するだろう。理性など薄氷の一枚だ。

 それでもって、いい加減に、

「あら、あなたは」

 あら、知り合いが現れた。

 金髪縦ドリルのお嬢様風冒険者と、爬虫類系獣人のメイド、それと身長130cmほどの小柄な騎士。全身を隙間なく鎧で覆い、体に対して大きな兜を被っている。鳥の嘴のようなデザインだ。武器は丸盾にレイピア。何か玩具の騎士に見えた。前述の二人は知っているが、この騎士は知らない。

「ラウラウさんと、その夫のヌー………トリアさんに、まあシュナ様!」

 お嬢様風冒険者のフレイが、僕とラナの名前を相変わらず間違えて、シュナの元に駆け寄る。僕、完全に違う動物の名前になっている。ラナの顔が無表情になる。

「こんな所で会うなんて、運命ですわ!」

「お、おう」

 シュナはフレイに両手を取られてブンブン振られる。

「あなた、これとは絶対に嫌です」

「うん気持ちは分かる。だが」

 フレイはトラブルメーカーだが、強力な魔法使いだ。五人揃うと世界を滅ぼせる、素敵な魔法使いの一人なのだ。性格とトラブル体質と勇者というクソ面倒な称号と、それに性格に目を瞑れば、使い方では凄い冒険者である。

 後、お付きのメイド、ラザリッサ。彼女は純粋に強い。実力の底を見ていないが、もしかすると上級の冒険者に匹敵する。

「数日ぶりですね。ソーヤ様」

「うおわっ」

 ラザリッサが視界にいないと思ったら、背後から熱い吐息を首筋にかけられる。

「ああ、やはり素敵な輝き」

 彼女は、僕の矢筒に入れてあった魔剣をスルッと盗んで、刀身に頬ずりしながらハアハアしている。これがなければ良い人なんですがね。

 後、もう一人は、

「おうー」

「え」

 玩具の騎士は僕を見て片手を上げた。知ってる人の声だった。

 フレイがシュナの手を握ったまま、彼の紹介をしてくれる。

「ヌートリアさん、その人は“ドワーフ”の冒険者ですわ。珍しいでしょ? 先々日どーしてもというので、わたくしのパーティに入れて差し上げたのよ」

「そういうことなー」

「ちょっと良いですか」

 自称ドワーフさんとパーティから離れる。屈んでヒソヒソ話をする。

(ギャスラークさん、何しているんですか?)

(魔王様に、フレイがあれなんで助けてやれいわれたん。ラザリッサには通知済みやでー)

 ドワーフには会った事がないが、この鎧の中身はゴブリンである。てか、いくら血縁とはいえ魔王に憐れまれ部下まで付けられる勇者とは一体………。

(冒険者の登録とか良く通りましたね?)

 いやそもそも、先々日登録して一気にここまで来るとは考えにくいが。

(昔、登録してたのが残ってたー)

 ゴブリンでも登録できるのか。

(ちなみに、何階層まで踏破しています?)

(三十階層やでー、でも、今の番人のアドバイスはできんからなー)

 ワオ、先輩じゃないか。

「あれ、こいつ」

 エアが僕らの背中に持たれて来る。

(エア! いうなよ! 絶対いうなよ!)

(エアー! エルフ余計な事いうなー!)

「まあ、何となく察したから黙るけど」

 並んでいる冒険者達に奇異の目を向けられる。類友とか思われているんだろうな。

 ようやく他の冒険者に気付いたのか。フレイはエヴェッタさんに話しかける。

「そこのホーンズ。これは何の行列かしら?」

「番人との戦闘待ちです。参加するには、二組以上のパーティ登録が必要になります」

「ふぅーん」

 フレイが僕らを見る。ラナが心底嫌そうな顔で僕を見た。

「ヌートリアさん、あなたがどーしてもというのなら。組んでもよろしくてよ?」

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