<近域の魔王>12


 キャンプ地に戻ると少し騒ぎになっていた。猫に戻ったミスラニカ様は、テントに戻って行った。

「ソーヤ!」

 シュナが僕を見て手招きをする。

 急かされて席に着いた。

「なに? どうした」

「この人、勇者だって!」

 シュナのこんなキラキラした瞳は初めて見たぞ。

「いえよ、先にいえよ」

「いわなかったっけ?」

「いってねーよ!」

 最近の子は、勇者とか興味ないと思っていたが。異世界じゃそんな事はないみたいだ。

「勇者って、ヒームの勇者でしょ。エルフには関係なーい」

「シュナさん、勇者なんてロクなものではないですよ」

 エルフ姉妹は冷めに冷めている。

「そうですよ、シュナ様。勇者なんて食い詰めて馬小屋寝起きですよ。生活環境をしっかり整えて、美味しいご飯を用意して、パーティを養っているソーヤ様の方が何倍も立派です」

 ラザリッサ、あんたは擁護しろよ。

「う、うぎぎ」

 勇者本人は、勇者にあるまじき表情だ。

 でも言い返す言葉がないのか、カレーをガツガツ食べている。それ、僕の分だけど。

 各自自由におかわりしつつ、カレー鍋を綺麗に空にして、お茶を飲みながら一息。

「しかし、お茶は駄目駄目ですわ。安い茶葉ですこと」

「確かに、お嬢様のいう通りです」

 フレイとラザリッサにお茶の駄目出しをされる。

 ギロッとラナが二人を睨む。

 茶葉は、実は問題があって解決方法を探している所だ。丁度良いから聞いて見る。

「あの、僕が相談役をやっている商会なんですが、お茶ッ葉の鑑定できる人材探しているんですけど。お二人はその、目利きだったりします?」

「します!」

 ラザリッサがテーブルから身を乗り出して僕に近づく。

「このラザリッサ。左、中央、大陸の茶葉に付いては、ちょっとした造詣があります。して、ソーヤ様。その商会に紹介して頂けるのでしょうか? 賃金はお幾らいただけますか?!」

 必死であった。

 そうだよね、悪さしていない魔王倒してもお金にならないものね。

「ラザリッサ、お止めなさい。勇者の従者たるものが、茶葉の鑑定など。わたくし許しませんよ」

「お嬢様、今日限りでお暇をいただきます。ラザリッサは、ソーヤ様の愛人になります。今まで楽しくありませんでした、さようなら」

『ちょっと!』

 ラナ、エア、フレイの声がハモった。

 ランシールがいなくてよかった。血が流れたぞ。

「ラザリッサさん、愛人は間に合っている」

「銀髪で胸の大きい狐のねーちゃんがいるからな」

 シュナがザクリと刺してくる。

「賃金は、破格を約束するよ。ただし、僕が指定した商会以外とは取引しない、という誓約付きだけど」

 茶葉の鑑定人は、中央大陸の商人勢にまとめて取られてしまった。こっちの専属として働いてくれるなら、かなり優遇して雇える。しかも、勇者のお付き、凄腕の冒険者だ。中央商人が雇ったゴロツキの脅しなど、鼻で笑ってボコれるレベルである。

「はい、ラザリッサはそれで構いません」

「では早い方が良い。この後すぐ紹介する。当面の衣食住も面倒見る。至れり尽くすよ」

「たまりませんね」

 ラザリッサは、無表情だが嬉しそうだ。フレイが彼女の袖を引っ張っている。目が潤んでいる。何か可哀想なので付け足す。

「勇者が鑑定したというハクを付けたいので、フレイ様も一緒という事で」

「それは、ううむ。ですが」

 ラザリッサは複雑な表情だ。

 いっては見たものの、確かに勇者が茶葉の鑑定など、

「勇者が鑑定したお茶ッ葉となればそれは値が付くでしょう。更に、お金もはずんでいただきますわ」

 結局、フレイがノリノリなので良しとした。現金な方だ。

 彼女はいきなり僕の手を取る。ラナの目が、怖い。

「では、色々と遅れましたがお礼を。フレイ・ディス・ギャストルフォの名において、ソーヤ、及びそのパーティメンバーに心から感謝を致します。あなた達の平和を守ろうとする心は輝石より価値のある物。その心が人にある限り、世界が滅びる事はないでしょう」

 純心な言葉に胸が痛い。

「勇者を守る者も、また勇者です」

 ん?

「ギャストルフォの名において、ここに“新たな勇者”を認定します」

 え?

「異邦のソーヤよ。受け取りなさい」

「ちょと、待ってください」

 力が強い。離せない。フレイの掌が温かく輝く。

 まずいぞ。予想外過ぎて全く対応できない。

「あなたを第1432番目の勇者として、ここに証を授けます。この名に恥じぬ行為を、この名に相応しい振る舞いを、この名を栄えあるものとする為に、さあ、勇者よ。頑張りなさい」

 左の掌に熱い痛み、顔をしかめ、フレイがその手を離すと。

 歪んだVの字の模様が付いてた。

「なんじゃこりゃ!」

「勇者の証です、ソーヤ。いつの日か、魔王が再誕した日、あなたはその証に導かれるでしょう」

「ソーヤ、すげぇぇ!」

 シュナが更に目を輝かせる。すまん僕、勇者とかいいから、本当にいいから!

「いりません! 解除してください!」

「駄目ーですわ。勇者は解除できません。死ぬまで勇者です」

「悪質だ!」

 呪いか!

「例え、左腕を切り落としても別の場所にその証が現れるでしょう。諦めて務めなさい。逃げる事はできません。あなたにはその資格があります」

 呪いだ!

 冒険業が、僕の冒険業の予定がまた狂って行く。

 もう、グズグズだよ。



【81st day】


 様々な人間と出会い、様々なイベントを経て、紆余曲折、日進月歩、付和雷同して、数日後、僕はようやく安寧を取り戻した。

 長かった。

 この数日間は特に長く感じた。

 大体勇者のせいと、その事後処理が原因だ。幸いな事に、草原にできた破壊の痕は、不思議な事に一晩明けたら綺麗に直っていたので問題にならなかった。

 問題になったのは、草原を修復した方法だ。

 レムリア草原の奇跡と名付けられ。レムリア国内の知的好奇心に溢れる冒険者や、ジュミクラ学派の魔法使い達が、クエストを貼ってまで調査を開始した。

 ちょっとした観光地のように人が溢れ、草原に隠れ住む者達を脅かした。

 冒険者達の気を逸らす為に、レムリアを挟んだ反対側の草原で別の騒ぎを起こし、人を誘導。その隙に、ラナとフレイの署名付きの解明書類を作成。

 レムリア草原の奇跡は、自然現象という事で片付けた。 

 魔王様の存在を隠す事はフレイも同意してくれた。近域にそんな者が眠っていたと聞いて、喜ぶ民草はいない。

 加えて、30以上の偽装解明書類を発行。それで、他の魔法使いが上げた真実に近い書類を圧し潰した。大量の嘘があると、人間は真実がどうでも良くなる。

 僕、こんな事ばかりやっている気がする。

 そしてようやく、


 ようやく、


 家庭菜園を始める事ができた。


「ラーズ、雑草はしっかり取ってくれ。掘り起こしたら貝殻を撒いて、その上に腐葉土をふんわりする感じで混ぜて、種はお前の拳四つ分くらい離して植えろ。土地はあるから贅沢に使おう」

「ボオオオオ」

 50㎝大の木造ゴーレムが答える。こいつは丁重に雑草を毟りながら、僕の指示通りに動いている。

 これは、魔王様のお礼であった。

 ゴーレムの残骸から彼女が再生して小さく作り直した。僕の命令に従い、一年くらいは安定して動くそうだ。目下の命令は家庭菜園を育て、守る事。

 人間の魔法が破壊をもたらし、魔王の魔法がそれを再生するとは、なんか皮肉である。

 それと、シュナにウカゾール様の事を聞いたのだが、


『なあ、シュナ。もしかしてウカゾール様って帽子を取ると』

『おう、ハゲてる。生前は剃ってたらしい。一回見たことあるけど、変な髪型だった』


 ラーズの腰に木刀があるのは、その影響だろう。

 ポータルだけが異世界に落ちる手段と思っていたが、違うのか? 別の方法が? それともポータル自体が不安定に人を呼び込むものか? ウカゾール様が、ファッションでマゲを結っているわけじゃないなら、現代世界は1946年より前から異世界と関係があった事になる。

 一方通行の可能性もあるが、そうなると………………。

 どうなるんだ? 

 異世界の技術が、現代の世界に影響を与えたとか? そう例えば、例えば………何でしょうね。

 ここらが、一般人の考えられる限界だ。

 分からない事は考えない。保留。こう、変に考え事した時こそ土弄りだな。

 こんな事、小学校以来だが妙に楽しい。

 食べる事、調理する事、育てる事、全て違う。試行錯誤が必要だ。

 ラナの魔法で食物を急速に育てる事はできる。しかしこれは、土壌の栄養を根こそぎ奪い連作障害を起こす。

 野菜の品種改良から始めるので、取りあえずは魔法で急速成長させるが、品種を定めて交配を繰り返して、美味しくしてから、のんびり育てるつもりだ。

 ウカゾール様の加護を使えば、時間がかかる事はないだろう。荒らした土地を直すのも、マキナの知識やラーズが居れば難しくはない。

 うん、いける。

 いいぞ。

 先が楽しみだ。まず、プチトマトに白ナス、キュウリ辺りから手始め。唐辛子も育てたいし、シソにネギ、ラディッシュもいけるかな。パスタ用にバジルやハーブ。あ、枝豆もやってみるか。何もかも全て最初から上手く行くとは思わないが、それでも夢が広がる。

 あれ、そもそも、何か忘れている気がするが。

 気のせいかな? 

 気のせいだな。

「ん」

 と、馬の蹄が聞こえた。

 草原を黒い馬を駆って冒険者が一人近づいて来る。

 知っている顔だ。

 黒髪黒目で無精髭、左目に眼帯。使い込まれた冒険者の装備。年齢は三十後半か、四十前半くらい。三船敏郎にとても似ている。個人的に、着物と刀が似合う異世界人ナンバーワンである。

 何の用だろうか? 姉妹やランシールは、まだ眠っているので騒がしくしたくないが。

「おはようございます」

「おう、おはよう。ソーヤ、お前ここ最近何をしている?」

 冒険者の父、そう呼ばれる冒険者メディム。

「最近ですか? 人の面倒事を処理したり、仕事を紹介したり、今日は菜園を作ろうかと」

「なるほど、お前のように微妙に羽振りの良い冒険者がよく陥る状況だな。俺から一つ、お前に言葉をかける。おい………………ダンジョンに潜れ! 以上ッ!」

 親父さんは馬を翻して帰って行った。

 ちなみに、激おこの表情だった。年上にあんな剣幕で怒られたのは久しぶりだった。

 少し、風を浴びて佇む。

 その間にもラーズがせくせくと菜園の準備をしている。忘れていた。そういえば、そうだ。僕はここに、そんな理由で来たんだった。

『ソーヤさん。マキナと雪風からも、一つ良いですか?』

「あ、はい」

 雪風を頭に乗せたマキナが滑って来る。

『ダンジョンに潜ってください』

『ダンジョンに潜るであります』

「………………はい」

 今日から潜りに行きます。


 <おわり>

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