<近域の魔王>11



「こちらは終わりました。そちらに問題はありませんか?」

『あ、これで話せるのね。面白ーい。はいは~い、ゴルムレイスですわ~、問題なーし☆』

 キャルーンっとした声。

 声だけ聴くと本当に萌え萌えしい方だ。声を先に聞いて姿を見たら、卒倒する人いると思うぞ。ちょっとしたトラウマかも。

「何とか、ごまかし通せました。今は祝勝会です」

『ちなみに………何食べているのかしら?』

「カツカレーです。後でマキナに運ばせます」

『まだカレーの種類があるの?! 奥深い。カレー奥深い』

「揚げ物にかけただけですが、それは後で。あの聞きたい事が」

『答えられる範囲なら、お答えしますわ』

「魔王様。過去に何度か、封印されたと聞きましたが?」

 これが本当なら、過去の事例と照らし合わせて、今回の事が後でバレる危険性がある。

『ああそれ、やられたフリしただけよ。久々に子孫の顔を見て満足したから、適当に合わせてあげたわ』

 あ、はい。

「ギャストルフォの末裔は、魔王様が自分達の血縁だと気付いているので?」

『昔は気付いていたみたいだけど、最近の子達は知らないと思うわ。一度、戦火の影響で血筋が絶えかけた時に、その辺りの情報は絶えているはず』

「なるほど。それなら、もう大丈夫かと」

 僕らがボロを出さなければ。

『しかしねぇ、あなたどこであんなモンスターを?』

「妻の料理です」

『え?』

「妻の料理からです」

『あ………はい』

 自分でいっておいて何だが、ラナの料理だ。

 アレを倒した事でラナのお料理は解禁になるが、調理のさいは最大レベルの監視体制で見守るつもりだ。次は、勝てないかもしれない。

「魔王様、今回は辛くもごまかす事ができましたが、フレイが最後の勇者というわけではありません。第二、第三の勇者が必ず現れるでしょう。その時は」

『忘らるるまで引きこもりますわ。廃棄されたとて、わたし達のダンジョンは広く。人が追うには余りにも深い。中にはまだまだ、わたしの知らない英知が眠っています。もしかしたら、更に美味しいカレーのレシピもあるかも』

 それは、英知なのか?

『ともあれ、ソーヤよ。大義でありました。かくして、草原の平和は守られたのです。大地の傷跡は、今夜にでもこっそり手の者が治します。お礼は後日、マキナに何か渡しておきますわ。受け取りなさい』

「はい、ありがとうございます」

『しかし、人の身でありながら、魔王と関するのは危険が伴います。だから綺麗さっぱり、あなた個人と会うのは、これっきりにしましょう。では、さようなら』

「え? ………さようなら」

『あ、ごめんなさいな。最後に一つ、ラザリッサによろしくいってください。でわー』

「はい」

『マキナー、これどうやって切るのかしら?』

『そこの青いボタンですよー』

 通信が切れた。

 魔王様との縁が切れてしまった。

 確かに、ただでさえ評判の悪い僕が魔王と関係があると分かったら、国外追放ものだ。この辺りをドライに別けられるのは、魔王様の年の功か。ま、変にしみったれた別れよりは良い。それに、マキナとの関係は続けてくれるようだし。

 てか………………。

 魔王様、ラザリッサと面識あるという事は、やっぱりマッチポンプじゃねぇか。

 独り相撲。僕また、独り相撲した。

 異邦人、何もせずとも、世はこともなし。

 変な一句ができてしまった。

「ソーヤ、誰と話しておった?」

 猫が、しゅるんと足に絡みついて来た。

 灰色で金目の、モフモフな猫だ。

「最近、出会って今日別れた、草原の友達です。ゴルムレイスって人ですが、知っていますか?」

「そんな女、知らぬ。それよりエアがカレーを辛くしようとしておる。止めぬか」

「エア! 辛くするなら自分の分だけにしろ!」

 急いでテントに出て、カレー鍋に唐辛子をぶち込む妹を制止した。



 そして、昼食である。

 ベル、シュナ、勇者、メイド、に合わせてエルフの姉妹。ミスラニカ様はいつものようにテントに食事を置いて、そこで食べている。

 ランシールは午前中の騒ぎが原因で王城に。ホント、ごめん。後で埋め合わせする。

「今日の働き、実に見事でしたわ。ええと、ノ………何とかさん」

「ソーヤ様です。お嬢様」

「知っていますわ。今言おうとしていましたわ」

「そうですか」

 テーブルに着いたフレイが咳払いする。メイドさんはその隣で、変わらず涼しい瞳。勇者のメイドのくせに、魔王様と面識のある人。深くツッコむのは止めよう。面倒になる。

 二人共、まだ昼食のカレーには手をつけていない。

 儀礼ばったものを優先している。

 ちなみに今日のカレー。シュナへの当て付けに、蒸かしたジャガイモと煮豆に、野菜を沢山入れた中辛カレーだ。それにinトンカツ。下茹でした豚肉を揚げた物で、外はサクサク中はふんわり。たぶん、異世界に来て一番美味しく作れた料理だと思う。

「フレイ・ディス・ギャストルフォの名において、ソーヤ、及びそのパーティメンバーに………………誰か、聞きなさい」

「おーい、みんな」

 他のテーブルのメンバーが誰も注目していない。

「このね、むぐ、カツ。サクサクなのにカレーかけるとか、お兄ちゃん頭がおかしくなったと思ったけど。もむ、衣に染み付いたカレーの味がまた違って、それに、サクサクをあえて汚すという背徳感がまた、もぐ」

「豆が、イモが、カレーをかけると美味い。バカな、どんな魔法なんだ」

「あなた達、静かに食べなさい」

 カレーに夢中で聞いちゃいない。

「お嬢様、ラザリッサ達も食べましょう」

「な、しかしですわね。勇者としての最後の務めが」

 限界だったのか、ラザリッサはカレーをスプーンですくい口にする。

「むっ、これは。苦味にも似た香辛料の味が一瞬で通り過ぎると 複雑なコクと甘み、いえこれは肉汁や野菜の味を統合した………………すみません、味に集中したいので黙ります」

 はふはふ、食べ始める。

「こ、こんな野蛮で美しくない料理の何が良くて」

 嫌そうな顔でフレイもカレーを一口。

「しかも全く、揚げ物を浸すとは」

 カツも一口。

「………………」

 黙って食べ続ける。

 僕も食事開始。感想は長くなるので割愛する。

 妹が嬉しそうに話しかけてきた。

「お兄ちゃん。アタシ、とんでもない事を思いついたかもしれない。カレーとラーメン、これを合わせたら最強じゃない?」

「そこに気付くとは、お前やはり天才か」

「もっと褒めていいよ」

 ドドヤヤァーン、とした妹の顔。

「ソーヤ」

 シュナも何か思いついた様子。

「カレーとピザ。これを合わせたら、すごいだろ?」

「まあまあかな」

「この野郎、妹ひいきしているだけだろ」

「だったらお前も妹になってみるか?」

「意味がわからない」

 あ、いかん。忘れる所だった。

 席を立って、別皿にカツカレーを用意した。キャンプ地から少し離れた場所。小さめのテーブルと椅子に座ったベルの所に。

「遅い」

 一人だけ別席を用意した。こいつには、色々と聞かなければならない。

 彼女のテーブルにはカレーを置かず、まず質問が先。

「ベル………の中の人。お前の名前を聞きたい」

「断る」

「そうか、なら仕方ない」

 テーブルに長方形の物体を置く。加えて、サプリメントも転がす。

「こいつは、一般的な冒険者の携帯食だ。バターと小麦粉、それによく分からない保存料を練り込んでカッチカチに焼いた物。質問に答えないなら、これからのお前の食事は全てこれになる。ま、栄養面はその薬で問題ない」

「うう、お兄さん、それはあんまりです―――――――うるさい」

 ちょっとベルに戻った。

「それがどうした?」

 中の人に戻る。すまし顔である。

 手でカレーを扇ぐ。

 匂いで『くっ殺せ』という顔つきになった。ちょっとエロスを感じた。

「まあ、試しにそれ食べてみろよ」

 携帯食の油紙を捲ってベル(の中の人)が、黄色い塊をかじる。

「………………お兄さん。これはあんまりです」

 またベルが少し戻って来た。すぐ中の人と交代するが、涙目になっている。

 後一押しだ。

「取りあえず、お前。これから命を賭け合う仲で名前も分からないのは困る。今のお前を咄嗟にどう呼んでいいのか迷う。本名じゃなくても良い、愛称でも」

 ベルが急に肩を掴んで抱き着いて来た。

 彼女から甘い匂いがする。

「—————————————リリディアスだ。異邦の下種。貴様らは、リズと呼ぶが良い」

 僕の手からカレーが消えていた。

 再びテーブルに着いたリズ。カレーを黙々と食べ出す。

「ふん、まあまあだな。ボクはもっと辛いのが良い。次から間違えるなよ」

「え?」

 こいつ今、リリディアスっていったのか? 

 冗談だろ。

「おいまさか」

「黙れ。名前は答えたぞ。これ以上、何もいう事はない」

「飲み物は?」

「酒。甘いやつ」

「付け合わせは?」

「ナスの酢漬け。赤い野菜は絶対駄目だ」

「デザートは?」

「この娘が前に食べたという、甘く冷たく白いやつ」

「了解です………」

 こいつの扱い方はしばらくこれでいいか。いいのか? 

 神よ。何ということでしょう。頭がパンクしそうです。あ、でも。一周廻ってどうでも良くなって来た。全く良くないが。どうすればいいのだ。ヘルプ、我が神よ、ヘルプ。

「こんな所で何をしておる?」

 祈りが届いた。

 灰色の猫が僕の肩に乗って来る。

「ほぉ~これはこれは、誰かと思えば、誰かではないか」

 ミスラニカ様の複雑な感情がこもった声。

 肩にかかる重量が変わる。猫一匹から、少女一人分に。

 顔を見ようとするとヘッドロックされた。一度見ているのに、この照れ屋さんめ。

「ソーヤ、こやつ名乗ったか?」

「え、はい。リリディアスさんだ、そうで」

「ぷっ、よりにもよってその名を語るか。淫売」

「なっ、ぼ、ボクは。き、貴様にだけはッ。いわれたくない! この売女!」

 はい、女の子同士でそんな言葉を投げ合わなーい。

「その平たい胸で、妾の信徒をたぶらかせると思うなよ」

「ぐっ」

 ミスラニカ様が更に体重をかけてくる。

 肩と肩甲骨に、むんにゃりした感触。今バリバリに信仰心が上がっています。一生付いていきます。

「ふ、不愉快だ。このミスラニカめ。帰るッ!」

 リズが立ち上がり、でもカレーがまだ残っていたので急いでかきこんで、リスみたいに頬を膨らませて帰っていった。

 彼女の背中を眺めて、ミスラニカ様に聞く。

「あの、彼女は。本当に聖リリディアス教の、リリディアスで?」

「そんな訳あるか、騙<かた>りじゃ。あやつの事は気にするな。どーせ、また何もできぬ。せいぜいコキ使って利用してやるがよい」

「は、はあ」

 ちょっと受け取り方が難しい。しかし神様のお墨付きだ。上手い事、使ってみるか。

「で、彼女の正体は?」

「それは秘密じゃ」

 女の秘密に立ち入るとロクなことにならない。深入りしないでおこう。

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