<近域の魔王>10
「このバカッ!」
―――――わなかった。
矢が長剣によって全て弾かれる。
「こういう事をするなら、おれを呼べよ! 呼べよ!」
赤髪の少年が現れた。
中性的な顔立ちで男子的には小柄、革製の軽装に身を包み、手には不釣り合いな長剣。
改修してから人の目を奪うようになった剣だ。元々、頑丈で長いだけの直剣だったが、衝撃を受けると刀身の修繕跡が血管のように光る。
何故か、それに合わせてシュナの剣技も上昇する。理由は不明である。
「シュナ、良い所に」
グッドタイミングだ。
少し離れた場所、ベルも歩いている。
「昼飯たかりに行こうとしたら、何か騒いでいたからもしやと思って。そしたら、やっぱりだ。なんか、やんなら呼べよ! まず、おれを!」
「うん、次からはそうする」
「で、あれなに?」
シュナが鍋を指す。
「魔王ゴルムレイスだ」
「え………鍋だろ?」
「いや、魔王だ。第二形態だッ!」
「なんじゃそりゃ」
気にしないでくれ。
散歩みたいにベルが歩いて来た。僕らと鍋の間に入る。
ちょ。
「ベル危ない! 後ろ! 後ろ!」
僕の声をぼんやり聞き流している。後ろで鍋が震えて、無数の触手が彼女を襲った。
「防げ」
彼女が串刺しにされる杞憂は、言葉一つで阻まれる。
何度か見た事のある魔法だ。
ドーム状の光が鍋を包む。それに驚いたのか鍋が触手を振り回し、暴れ狂う。
防壁は強固で、触手の攻撃に容易く受け止める。
これは、こんな頑丈な魔法なのか? しかも即発したぞ。ベルの中の人はなんなのだ?
「ラウアリュナさんの夫、この、素敵な赤髪の少年は?」
フレイがほけっとした顔でシュナを見ている。ちょっと頬を赤らめ熱っぽい視線、シュナがそれに気づくと、フレイは慌てて視線を逸らした。
えーと。
僕は、人が恋に落ちる瞬間を見た。
いや今、それ所じゃないだろ。
「フレイ、ゴーレムを立ち上がらせなさい」
ラナの声にフレイは正気に戻る。
「いえ、ラ・ニャウニャウさん。わたくしの魔法は十全ですわ。あなたの根が原因で、足が壊れたのですよ」
ポンコツに戻ったぞ。
「私は生命付与が苦手だって、ホーエンス時代から知っているでしょうが」
「あなたが成長するのは胸だけですか? 魔法の腕は成長しないのですか?」
「むしろ胸は昔より減りました。魔法の腕は上がりました!」
「そうですかぁ? 両方減ったのではなくて」
はい、喧嘩しなーい。
放置されたゴーレムが困っているぞ。
しかし、この二人に任せるしか………………あれ。でも確か、何か。
「根? それなら、おれが」
シュナがゴーレムの壊れた足を見て、何か思いついた様子。
同時に僕も、恐らく同じ案が浮かんだ。
「ラナ、僕らに任せてくれないか。このゴーレムの足を修復すれば良いのだな?」
「そうですけど。あなたにそんな力は」
『ある』
僕とシュナの声がハモる。
そもそも、彼の神は植林が本業だ。美味しい野菜だけでなく、樹木の成長も促せるはず。
「ベル、防御はどのくらい持つ?」
「さあ」
こいつとのコミュニケーション不足は後で何とか解消しないと。
「出来るだけ長く持たせてくれ、頼む」
「………………」
返事なし。
「シュナ頼む。僕も詠唱の後に続く」
今見たホーエンスのようには行かないだろうが、やってみるだけの価値はある。
「おれも、ガキの時に庭の木を直した程度だけど」
「駄目なら別の策を考える。失敗した時の事は、失敗した時に考えるさ。気楽に頼む」
「ま………やるけどよ」
シュナは長剣を地面に突き刺すと、指を揃えて両手を合わせる。
僕も同じように合掌した。
「樹霊王ウカゾール。アゾリッドのシュナが、たてまつる神に奇跡をこう。枯れ木に命を、朽ち木に再生を、小さくともこれを望む者たちに………………ええと」
「樹霊王ウカゾール。異邦の宗谷が、仮初めなりし契約により神に奇跡を乞う。枯れ木に命を、朽ち木に再生を………?」
シュナの言葉に続く。
だがシュナはしばらく言葉に詰まり。
「………ええと、お願いします。大きくなれ、大きくなれ! お願いします。お願いします!」
そんなんでいいのか?!
あ、いや。でも魔法ってようは神様に奇跡をお願いしているわけだから、最悪こんな感じでも良いのか?
純朴な祈りの言葉を僕も続ける。
「大きくなれ! 大きくなれ! お願いします! ありがとう!」
女性陣の目が冷たいのを余所に、僕とシュナはゴーレムに向かい声をかける。
ブラック企業の研修みたいだ。なんて、思っていると。
「ボオオオオオオオオ」
祈りは、届いた。
ウカゾール様の奇跡により、ゴーレムの足が修復されて行く。新たな根が絡まり、厚く、太く、それだけではない。ゴーレム全身の樹木が瑞々しく育ち、若葉が生え、果樹が実を付ける。
草原の王が立ち上がる。
しかりと両足を着け、両手で力こぶを作るポーズ。
「ボオオオオオオオォオォォォォォォォォォ!」
ゴーレムが鍋を威嚇して吠える。
「壊れる」
ベルの声通り、彼女の作り出した光が砕けた。
「ニュゥウゥゥゥゥニュゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!」
鍋も膨らみゴーレムと同じ18メートル大に膨らむ。
頭に鍋を被った黒い巨人だ。
やっぱりこいつ、真似をしている。マキナに何もしなかったのは、あいつが無害だからか。
「ラーズ! 頭だ! 金属部分が弱点だ! 一撃で決めろッ!」
命令して見たものの。
これで勝負が着くのか?
「ボオオオオオオ」
ラーズの返事。
樹木の成長は未だ続いている。いや、成長し過ぎている。右腕だけが倍以上に伸びていた。
「まさか」
伸びた右腕の樹木が爆ぜる。
ラーズは右腕を伸ばしていたのではなかった。武器を作っていた。
「え、これ何ですの? ラ・ニャンニャンさん?」
フレイが驚きを隠せない。
「知りません」
ラナもよくわかっていない。
それは、木造ではあるが、丸鍔があり、反りがあり、細身片刃のデザイン。つまり日本刀にとても似ている。
これがウカゾール様の力なら、彼の故郷は大分限られてくるが。
「ニュゥウゥゥゥゥ」
鍋も同じように刀を作ろうとする。
それがこいつの弱点だ。見てから真似るのでは、戦いにおいて一歩遅い。
風が唸り、刀が掲げられる。両手持ちの大上段の構え。
いわゆる示現流。
彼我の距離は、まだ40メートル近くある。
刀の範囲ではないが、構わず、ラーズは振り下ろした。
(後日談になるが、
この時の破壊模様はレムリア国内でも観測され、僕は王に事情聴取をされた)
突風に目をつぶる。
とてつもない音と風。小石が耳や頬を叩く。爆撃の余波を浴びたようだ。薄目で確認するも土煙で何も見えない。誰かがぶつかって来たので抱きしめて守る。まともに呼吸できない。ポンチョを上げて口元を覆いて呼吸を助けた。
誰かの体を抱えたまま、身を低くして耐える。
しばらくして、
風音が止み、耳鳴りが響く。
閉じた目が光を感じ、ゆっくりと目を開けた。
「おおう」
ラーズの斬撃は、生み出した衝撃波で、鍋と黒い巨人を真っ二つにしていた。その後ろ、草原の彼方までも一緒に。
よし、全て勇者のせいにしよう。
こんな規模の事後処理、またダンジョンに潜れなくなる。
「口の中に土が入った」
うぇ、っと唾を吐くシュナ。頭の土を払っている。
ラナは綺麗なままだ。
盾にされたフレイは全身土まみれ。
「邪魔だ」
腕の中にいたベルが、僕を払いのける。
前のベルなら、可愛い反応をしたのだが。
「終わりましたわね」
戻って来たラザリッサが、フレイをバッサバッサと叩いて汚れを払う。乱暴な手つきだ。軽く哀れ。
「魔王ゴルムレイス、強敵でしたね」
僕の感慨深い言葉に、
「………そうですね」
ラナが真っ青な顔で答えた。あんなもん生み出した料理の才を嘆いているのだろう。
「皆さん。よくやりましたわ。お礼は後で、今は取りあえず」
フレイがラーズと見つめ合う。
「恐縮ですわ。ラーズ、良いというまで歩きなさい。赤い花がある方向は駄目でしてよ」
「ボオオオオ」
ゴーレムが歩き出す。
ラーズは『まだ?』と時々振り返る。『まだですわ』とフレイが声をかける。
大体、100メートルを離れて。
「よいですわー」
「ボオオォォォォ」
フレイの声にラーズが手を振る。
あれ、何故だろう。凄く嫌な予感がするよ。
「ラウアリュナさん、もう一回くらい撃てますわね?」
「ええ」
「それじゃ」
ちょ、待てよ。
僕が止める間もなく、終炎の導き手が詠唱を開始して魔法を放つ。
『ドラグベイン!』
少し疲れ気味の二人の声。
バレーボールのように火球が飛んで、ラーズを着火した。
「ボオオオオオオオォオォォォォォォォォォ」
長い断末魔を上げてラーズが燃える。
だがすぐ、全ての運命を受け入れて静かになる。
暴れもせず両膝を着いて凛々しくも雄々しく。まるで殉教者のように。切腹するお侍さんのように。
「ラァァァァァァァアズズウウウゥゥゥゥゥゥゥ!」
僕の叫びに応えるように、ラーズが親指を立てて燃えて朽ちていった。
炭しか残らなかった。
「………何も燃やさなくても」
あんまりだ。
ホーエンスの魔法使い、あんまりだ。
「ええ? ゴーレムなんか面倒見切れませんわ。維持費も馬鹿にならないし、寿命も不安定だから売り物にならないし、変に賢く育った物は面倒を起こすのですよ? 造ったのなら、しっかり処分もしないと」
「………そうですか」
最後は、切ない終わり方だった。
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