<近域の魔王>9


【79th day】


 翌朝。

 勇者の称号を持つ冒険者、フレイ・ディス・ギャストルフォ。そのお付きのメイド、ラザリッサ。

 加えて、異邦人である僕と、偽装結婚したエルフ妻のラウアリュナ。

 以上四人が、魔王退治に草原に揃った、即席の勇者御一行である。

 エアとシュナとベル(の中の人)を呼ぶか、呼ばないか迷ったが止めた。こんなくだらない事で、パーティメンバーに怪我をさせたくない。本当はラナも連れて来たくなかったが、色々と本末転倒になるから仕方なく同行を許した。

「では、勇者様。何か策は?」

「よく聞きなさい。ソーヤ」

「………」

 フレイの死角でラナが頬を膨らませている。

 僕が、フレイに敬語なのが気に入らないらしい。

「わたくしとラナさんが、特別特性特大の魔法を唱え、“この草原ごと”魔王を一撃で消滅させてあげますわ」

「勇者様。朝食中の話、聞いていませんでしたか?」

「朝食? ああ、あのイモを潰した料理と海産物の入った油鍋。大変美味しかったですわ。お茶は0点でしたが、田舎の料理人にそれを求めるのは酷でしょう」

 朝飯を食べながら状況を説明したのだが、こいつ一切聞いていなかったようだ。

 ラナが頬を膨らませたまま、フレイを睨み付けている。

「ではもう一度、廃棄ダンジョン付近にある赤い花。あれは魔王が植え付けた物で、下手に刺激すると広範囲に猛毒を発します。被害は草原だけに留まらないかと」

「致し方のない犠牲ですわ」

 致し方なくねぇよ。

「お嬢様、この草原はレムリアの農耕地と隣接しています。そんな所を毒で侵せば、勇者の名が、ギャストルフォの名前が、冥府まで落ちますよ。後、補償問題が実家にまで及びます」

「………では、どうしますか?」

「ラザリッサに聞かないでください」

 ホーエンス学派の魔法使いって、常識というネジが何本も足りていない連中だが、この人もそれ系だな。一芸に秀で過ぎた弊害か?

「僕に良い考えがあります。進言して良いでしょうか?」

「ええ、よろしくてよ。ええと………ゾナさん?」

 面倒なので名前の訂正はしない。

「まず、僕が魔王を誘導して、ダンジョン近域から引き離します。十分に距離を取った後、勇者様の魔法で魔王の四方を囲み、止めに二人の魔法を叩き込み滅する。どうでしょうか?」

「単純な作戦ですわね」

 ラナが更に頬を膨らませ、フレイを睨み付ける。

「ラザリッサが意見をしても良いでしょうか?」

「はい、どうぞ」

 ラザリッサの意見を聞く。

「ソーヤ様。ラザリッサの目には、あなたが前衛を務められる方には見えません。弓をお使いになられるようですが、ゴルムレイス相手には効果が薄いかと。囮や誘導なら、ラザリッサが代わりますが?」

「それには心配及びません」

 矢筒からアガチオンを引き抜く。柄に触れず、手をかざした誘導で。

 中空で停止した魔剣を見て、フレイも、ラザリッサも、驚きの表情を見せる。こういう魔力を帯びた物品は珍しいのだ。

「これは、聖リリディアス教に伝わる聖剣アガチオン。を、異邦技術で模して作り上げた。魔剣フレイムスグレイン。手をかざすだけで無双の剣戟が放たれ、己の意思で僕を守り、敵を射殺す。これがあれば、魔王にも引けは取らないかと」

 ま、聖剣アガチオンその物なのだが、これは下手に明かすとまずい。

「素敵」

 ラザリッサが顔を紅潮させて、アガチオンを指で撫でる。

 官能的な指使いだ。

「赤い輝石を敷き詰めて作り上げた様な、一見自然物の有り様を未知の物へと収束させている。一体、どんな技術で錬成、練磨と、研磨したのか何一つ理解できない。無骨だけど、でも美しい」

 うっとり顔のラザリッサをフレイが杖で突く。

「欲情するのは止めなさい」

「はい、お嬢様。未知数ですが、自信が有られるようですし。ソーヤ様にお任せします。ラザリッサは、お嬢様とラウアリュナ様の護衛に付きます」

 ラザリッサは、すぐ無表情に戻った。無機物萌えの人なのかな?

「作戦をまとめて再確認します」

 ラナが嬉しそうな顔をして、僕の隣に並ぶ。

「まず、僕が突っ込み魔王に斬りかかります。昨夜の内に用意して置いた目印に誘導。勇者様が魔王を閉じ込め、二人で止めを刺す。ラザリッサさんは、不測の事態に備えて二人の護衛。こんな感じです」

「まあ、それでよろしくてよ」

 ラナが瞬時に不機嫌顔になる。

 フレイといるとラナが表情豊かだ。

「では」

 いざ魔王の元へ。

 ぽてぽて四人並んで歩きだす。

 戦い前のわずかな時間、リラックスさせる為に関係のない話題を振る。

 ホーエンスの学徒時代のラナの話、フレイの話、揃って歴史的建造物を破壊した話。ラザリッサに色目を使われた気がしたが、童貞特有の勘違いだろう。

「この花ですね。前に見た時は、そんな危険な物だとは気付きませんでしたわ」

 フレイが薊を避けながらそういう。

 薊の数は、昨日より更に増えていた。この花の特性で、土壌に呪いがあると短期間で成長して花を咲かせ、呪いを浄化し枯れ朽ち、種を落とす。その種もすぐ成長して、呪いを吸い育ち咲く。

 このサイクルを呪いがなくなるまで行うのだ。

 この薊、魔王様達が死赤花と呼ぶ浄華。これは、彼女達が作り上げた物ではないらしい。魔王様が生前発見した、特定できないほど昔の時代の種。普通の薊が存在している事から、これは誰かが品種改良を行い作り上げた植物だ。

 よりにもよって魔王の手にあるとは、皮肉な運命を辿った種である。


 そして、

 赤く、赤い草原の中、黒い影一つ。僕らを待ち構えていた。


「ラナさん、ラザリッサ、ヌー………何とか、ええと、ラナさんの夫! 行きますわよ」

 影が形を取り、黒いマントを羽織った骸骨を形取る。小柄だが威圧的、目には青い光、首には簒奪者の証。右手には鉄製の錫杖。

 魔王ゴルムレイス。

 カレーと兎が大好きなゴブリンの王。この草原に羽兎が多いのは、この人が定期的に餌やりと病気の治療に面倒、敵対種の根絶を行っているからだ。

 寒冷耐性が強い羽兎は、魔王様の冷たい手でもモフモフできる数少ない生き物である。

 なるほど、である。

 さておき、

「よくぞきた勇者フレイよ! わしが王の中の王、魔王ゴルムレイスである!」

 雄々しくも渋い声が響く。

 隠れた場所で、ゴブリンのギャスラークさんがアフレコしているのは秘密である。

「わしは待っておった。そなたのような若者があらわれることを! もし、わしの味方になれば世界の半分を勇者にやろう! どうじゃ? わしの味方にならぬか?」

「な、なんですって」

 フレイが驚愕のあまり顔を歪ませる。

 原稿を用意したのはマキナだ。しかしあいつも、古典的なゲームから引用したな。

 全国の小学生でも、そう間違えなかった二択だが。

「世界の半分、半分ですって!」

 こっちの勇者は滅茶動揺している。

「富、名声、権力、素敵な旦那様。それも年下で、わたくしの欲望を全身に――――――」

「お嬢様、どう考えても詐欺です」

「ハッ何てこと。魔王め、恐ろしい手を」

 色々駄目だな、この人。ラナがイライラする理由が分かった。

 さて、進行するか。

「おのれ魔王め! 狂言で勇者様を惑わすとは! 我が剣の錆にしてくれる!」

 僕は、アガチオンを引き抜き駆る。

(武器だけに当てろ)

 小声で命令した。

 大剣と錫杖が火花を散らす。

 離さないように柄を握っているだけだが、衝撃で右腕が痺れる。気を使っていたが、この人は本物の魔王だ。アガチオンを受けて微動だにしないとは。

 金属の不協和音が草原に響く。

 迫真の剣戟を繰り広げ、立ち位置を何度も変える。

「くっ」

 腕の衝撃が背骨まで響く。早いが、限界だ。

 目配せを一つ。

 それを合図に互いに大きく振りかぶる。剣と杖を噛み合わせ、力比べのように身を寄せる。

 眼球を動かして指定の場所を探した。

 ピンコン、という音と共に遠くに三角の旗が生える。

 マキナ、変な仕掛けは止めろ。

 武器を噛み合わせたまま、目的地に向かい魔王様と並走する。

『移動するまではいいけど、代役はどうするの? 流石に土塊じゃ誤魔化せないでしょ』

「大丈夫です。とっておきにヤバい代役を置いています。心配なのはアレを滅ぼせるかです」

『じゃ、いいけど』

「じゃ、合図したら姿を」

『はーい』

 旗の元に到着。周囲に赤い花はない。あるのは土をかぶった小さい山だ。ラナ達とは50メートルの距離が開いている。

 アガチオンを手放す、

「思いっきり叩け」

 回転して勢いを足した大剣が地面を叩く。爆音と共に土埃が舞い上がった。魔王様が影となって消えるのを確認して、僕も急いで離れる。

「勇者様! 今です!」

 土埃から抜き出て、ラナ達の所に走る。

 フレイの詠唱が始まる。杖を構えてすらいない。

「ギャストルフォの名において命じる。土塊よ、従え」

 間一髪、僕が数瞬前に居た場所に土壁が突出する。

 魔王様が居た場所が、瞬時に四方囲まれた。

 早っ。

 こんなに発動が早い魔法は初めて見た。しかも規模が並大抵じゃないぞ。

「“ラウアリュナ”さん、行きますわよ」

「フレイ、まず私が唱えます。あなたはそれに続きなさい」

「仕方ありません。今回だけですわよ」

 ラナが杖を地面に突き刺し、両手を掲げる。フレイも同じように続く。

「我が神エズスよ。原初の一片をこの卑しき眷属に与えたまえ」

 ラナの声に、

『舞い詠い彷徨うもの、“我々”の血よりも赤く熱きもの、火よ劫火なれ、炎よ数多を飲み込め』

 フレイの声が重なる。

「これは竜の吐息のように、天の浄火の如く。定命の世界を喰らい尽さん」

 また、ラナが一節を一人で唱え。

 残りの詠唱を、フレイと共に唱える。

『我ら二人が力ここに集約す。赤く赤き破滅と厄災の似姿よ、我々が腕の先に襲い掛かれッ! 今、この始原の理を以って汝を滅ぼす! ホーエンス・ロメア・オルテンス・ドラグベイン!』

 土壁の上に生まれた火球は、小さく黒かった。黒く、それでも眩く輝き、しかも放電を起こしている。 

 ゆっくりと、黒い火球が降る。

 マキナから緊急通信が入った。

『ソーヤさん、マキナのセンサーが局所的に熱核融合の反応を検知したのですが、センサーの故障でしょうか? これが本当なら、ソーヤさん達は余熱で蒸発していますし。そもそも大陸全土が焼き尽くされるレベルですよね。あ、すみません。やっぱり星に穴が空くレベルです』

「故障じゃないと思うぞ」

 大神の加護というやつがあるらしく。

 世界が壊れるような破壊は、この加護が局所に押さえ消すのだという。発動の大元はすぐ消されないが、その余熱や余波の影響はすぐ消えるそうだ。

 今も、体感温度70度くらいだが、即死ぬほどではない。

「告げる。汝に逃げ場なし」

 フレイが唱え、土壁一画が伸びて蓋のように倒れて閉まる。黒い火球に封をして。

「更に告げる。土塊よ、土塊よ、飲み込み耐え喰らえ、そして―――――」

 土が隆起して対象を厚く包む。

 土中の水分を混ぜたのか、まるで焼く前の陶器のようだ。

「潰しなさい!」

 フレイの雄々しい声に熱波が渦巻く。中がとんでもない事になっているのは想像に容易い。

 証拠に、4メートル大の立派な土器が出来ていた。

「やりましたか?!」

 あ、やってないな。

 というのは、条件反射で。あんなもんをくらって生きている化け物が。

「フレイ、まだです」

 いたようだ。

 いつになく緊張したラナの声。

 衝撃音、陶器にヒビが走る。重い音が同じテンポで響く。

 あの中には、ラナが料理の失敗で作り出した魔法生物がいる。

 魔王様の死体代わりに置いた。ついでに処分できればと思ったのだが、耐えるのか。しかも、さっきの魔法で封印が溶けたようだ。

 陶器を粉々に砕いて、アレが出て来る。

「え? 鍋」

 フレイの疑問にすかさず答えた。

「勇者様、あれは魔王の第二形態です!」

「第二形態ですって?!」

 大きい声で叫んで通す。

 確かに鍋だ。

 黒いゲル状の物体が鍋を被っている。

 数億度の局所的な熱核融合を耐えるのか、あのテフロン鍋。いや、もうあれは鍋に見えるだけで違う常識の中にある物だ。

 ラナ一人の馬火力では駄目なら、二人掛かりで。そんな僕の作戦は見事に失敗した。

「お嬢様、ラウアリュナ様、来ますよ」

「アガチオン!」

 僕とラザリッサが前に出た。

 鍋のゲル部分が震えて、

「防げ!」

 無数の触手が僕らを襲った。

 回る魔剣と獣人の拳が、針状になった触手を防ぐ。眼前に火花が舞う。

 怒涛の勢い、滝を浴びた様な攻撃だ。

 アガチオンならまだしも、それを生身で、しかも素手で防ぐラザリッサは、並みの冒険者ではない。

『ソーヤさん、魔王様からご伝言です。アレはお鍋の部分がコアになっているそうで、そこを攻撃すれば形態を保てなくなるそうです。ただ、魔法耐性が非常に強いので物理的な手段で。かつ、完全に叩き潰す形が望ましいそうです』

 それは確かに盲点だ。

 中身が漏れる事を恐れて、鍋自体には攻撃していなかった。

「魔王の弱点を見つけた。な、いや金属部分が弱点だ」

「なるほど。少し借ります」

 ラザリッサがアガチオンを手に取る。

「え」

 剣の一振り。

 それが風と衝撃を生んだ。怒涛の触手を一薙ぎで消し飛ばす。嵐を払うような剣風。まるで、英雄のおとぎ話を見ているような光景。

「す、素晴らしい」

 感動に震えるラザリッサ。

 余裕にも思えたが、本当に余裕だった。

 彼女が駆ける。というより脚力で自分の体を打ち出す。真正面から、迫る触手を薙ぎ払い。50メートルの距離を瞬時に埋めた。

 僕の反射神経では、剣線が捉えられなかった。

 見えたのは結果だけ。

 鍋に十文字の剣痕。ゲル状の液体が悲鳴を上げて溶け―――――

「やったか?!」

 叫んで………しまったと思う。

 再構成した液体が膨らみ、太い触手がラザリッサを突き刺す。

 彼女の体がポーンと飛ぶ。20メートル近く舞い上がっている。そのまま僕らの元に落下して、綺麗に着地した。

「手強いですね」

 ガードが間に合ったのか無傷だ。

 この人、強い。ランシール以上、上級冒険者クラスだろうか。

「お嬢様、もう一度行きます」

「危険です、許しません。防御に徹しなさい」

「了解です」

 フレイの言葉にラザリッサは一礼する。僕はアガチオンを返してもらい。フレイに意見を求める。

「勇者様、何か手は?」

 アレは、様子見のように警戒して震えている。ラナは無表情だが冷や汗を浮かべていた。

 勇者の称号が伊達でないなら、この人に頼るしかない。

 最悪の場合。

 取りあえず逃げて、アレをマキナに封印させ(何故か、人工知能には攻撃しないので)実は魔王様を倒していた体の猿芝居を打つ。

 これで騙せるかな? 苦しいか。苦しい。

「ラウアリュナさん、次はわたくしに合わせなさい」

「いいですけど、別系統の魔法が通用するとは」

「物理的な魔法で叩き潰しますわ」

 フレイが杖を掲げる。

「ラザリッサ、ソーヤさん、全力でわたくし達を守りなさい」

「了解です、お嬢様」

「了解です、勇者様」

 再び、僕らは彼女達の前に。ラザリッサが拳を構え、僕はアガチオンに防御命令を下し、弓に矢を番える。

「大いなる血脈の祖に、フレイ・ディス・ギャストルフォが願い奉る。豊穣の聖名<みな>に、大地よ従え、我は命を与えし者なり」

 フレイの力強い詠唱。

 僕らの背後が隆起した。土塊が大きな人型を取る。スケールの大きさに矢を放しそうになる。

 ラナが歌う。

「我が神エズスよ。古き森の祖よ。この恩寵により、根を骨に、実を瞳に、楡の木に結ぶ数多な豊潤の如く育て。雨はなくとも、光はなくとも、大地はなくとも、恵みはなくとも奇跡はこれを育む。しかしとて今、恵みは全て揃い繁栄は約束された。さあ、立ち上がれ」

 あやふやだった土塊の輪郭が、纏わりついた木と根によって確かなものになる。

 土を肉に、樹木を骨に鎧に、果実を瞳に、生まれ出た巨人が立つ。

 サイズ18メートルのゴーレム。

 ラナとフレイが杖を交差させた。二人の声が重なる。

『我ら、ホーエンス。破壊の信奉者。神威に至る者、終炎の導き手なり』

「汝に、名を与える」

 フレイが巨人の足に触れた。

 女神が土塊から生命を生み出し、名を与える。それはまるで神話の一端だ。

「草原の王ラーズ。汝の名を刻め。造物主、フレイが命じる。拳を以って、魔王を滅ぼせ!」

 巨人が、鍋と反対方向に歩き出す。廃棄ダンジョンの方向だ。

 あ、こいつ微妙に賢い。

 あ、こけた。巨人の右膝がぐんにゃりと曲がっている。

「あ、ごめんなさい。私が原因です。木に栄養が足りなかったかも」

 ラナの告白。素直でよろしい。

「ちょっとラウアリュナさん!」

「フレイ。あなた私が、生命付与する魔法が苦手なのを忘れたのですか?」

「そんな事、忘れましたわ!」

 隙あり、と鍋が二人を狙い触手を伸ばす。

 アガチオンとラザリッサが止め。

「これはいけませんね」

 鍋の触手は、アガチオンとラザリッサを“掴んで”投げ飛ばした。

 一人と一本は、草原をバウンドしながら遠くに行く。

「ラーズ! 今すぐアレを倒しなさい!」

「ボオオオオオオオオ」

 フレイに対して巨人は、ムリィィィィィィィといっているように聞こえた。よく見ると左足の根も皺々でヘタっている。これでは立ち上がれないだろう。

「ちっ」

 僕は矢を放つ。

 ぺシンと叩かれて迎撃された。

 鍋は触手を一本伸ばして、指のように『チッチッ』と振る。

「このッ、鍋如きが」

 矢を持てるだけ持ち、番えられるだけ番えて弓を引いた。

「隠れ名の恩寵を」

 英雄の力をもって放つ。

 四矢は全て命中した。鍋のゲル部分に。ノーダメージ、しかも、

「冗談」

 触手が弓を形取り、矢を番える。

「二人共! ゴーレムを盾にッ」

 衝撃で自分の体が吹っ飛ぶ。

 景色が何回転もして止まった。左肩に鈍痛。ポンチョの防刃素材のおかげで矢は刺さらなかったが、骨が痺れて片腕の感覚がない。

 鍋を見据えると、触手は弓の数を増やして三矢を番えていた。

 さっきの矢も並みの威力じゃなかった。僕の弓技をコピーしたのか? 英雄の力だぞ。

「あなた!」

 ラナはフレイに、ゴーレムの陰へと引きずり込まれる。ひと先ず安心して、あれ? これ僕詰んだかな、と。放たれた矢を妙に冷静な気持ちで眺めた。

 残念、僕の冒険は終わってしま―――――

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