<近域の魔王>8


 という事で。


「すみません、魔王様。明日ちょっと勇者を連れてあなたを倒しにきます」

『は?』

 僕の宣言に、その場にいた全員が声の語尾に疑問符を付けた。

 ちなみに、エアがうどんを茹で、マキナがカレーをよそっている。立食パーティの感じでゴブリン30人ほど、カレーうどんをフォークで食べていた。

 今も、おかわりの列が出来ていた。礼儀正しく魔王様も列に並んでいる。

 シュールだが平和な光景である。

「あれが本当に魔王? それにゴブリンが沢山………」

 一緒に来たラナがこの光景を見て驚く。

「お姉ちゃんも食べる? 美味しいよ。食べるなら並んでね」

「あ、はい」

 妹にいわれ、ラナも列に並ぶ。周りのゴブリンに注目されていた。

「なんやー自分。いきなり勇者て」

 カレーうどんを持った、ギャスラークさんが近寄って来た。助かる。ゴブリンの個体差を見分けられなかったので。

「あらましを話します。どこか落ち着ける場所を」

「いやーここで良いよー」

「あ、はい」

 良いというなら、ここで話すが。

「魔王様ー異邦人が話あるてー」

『おかわり取ってからでいい?』

「これあげるからー」

『はーい』

 列中央から、魔王様がやって来る。ギャスラークさんからカレーうどんを受け取り、草原の上に乙女座り。うどんを食べ出す。

 色々と破壊力のある光景だ。

「で、なんやー?」

 ギャスラークさんも魔王様の隣に腰を降ろす。突っ立っているのも失礼なので僕も座した。

「先ほど。勇者を名乗る、フレイ・ディス・ギャストルフォという冒険者が僕のキャンプ地にやってきました。要件は、魔王討伐の協力要請です。今は、腹一杯飯を食べて獣のように眠っていますが」

「ああ、もうそんな季節かー」

 勇者は季節ものだったのか………

 魔王様はチュルチュルうどんをすすっている。

「僕が壊してしまった結界って、いつ修復できます?」

「もう直ってるよー」

「え、じゃ勇者はここに近づけないのですか?」

「この結界はなー認識を誤魔化すもんだからね。一回でも見破られると効果ないなー。自分らも普通に来れただろー? それと………………」

 ギャスラークさんが魔王様をチラチラ見る。

『いいよギャスラーク、話して。うどんに免じて真実を明かしましょう』

「魔王様の生前の血を媒介にしているから、身内には効果ないなー」

 やっぱり身内か。

『その、フレイなる勇者は知らないけど。たぶん、妹か姉の子孫だと思う』

「なるほど」

 勇者の家系に魔王がいるとか、そりゃ秘密裏に封印するよな。いやそれとも、身内に魔王が出たから、ギャストルフォの末裔は勇者になったのかな?

「強いんかー?」

「それはええと」

 カレーうどんを持ったラナを手招きする。彼女は僕の隣に座った。

「あなた、外套貸してください。ローブが汚れるので」

「あいよ」

 ポンチョを外して、ラナの首元に着けてあげた。

 彼女はにっこり笑う。

「僕の妻で、ラウアリュナ・ラウア・ヒューレスです」

「夫の紹介に与<あずか>ります、魔王様。ラウアリュナといいます。ヒューレス家とは絶縁したので、ただのラウアリュナです。急なお目通りの為、何の準備もできず無作法をお許しください」

『うわっ大きい………妬ましい』

 魔王様が何故か、邪悪な感じで歯軋りをする。

 ラナが『え、どうすれば?』というヘルプの目線。

「まあ、ラナ。こちらの方々は基本無礼講なんで気にするな。それより、フレイの事を話してもらえるか?」

「はい、あなた」

 魔王様の歯軋りが大きくなる。

 本当に気にせずラナが喋り出す。肝が据わっている女だ。

「フレイ・ディス・ギャストルフォは、ホーエンス学派始まって以来、十三人しか授与されていない終炎の導き手です」

「終炎の導き手?」

 いきなり話を折って訊ねてしまった。

「これが、同じ時代に五人揃うと世界すら焼き滅ぼせる。大炎術師ロブの残した、迷信に連なる称号です。後、私もその称号持っています」

 ドヤっとしたラナ。

 おい、後三人で世界滅ぶぞ。

『わ、わたしも、魔法使いの称号なら。落陽の導き手という称号を持っていますわ』

 何故か張り合う魔王様。

「落陽の導き手、ああ古い称号ですが崩国の称号ですね。………フフ」

 ラナが静かに嘲笑する。

 彼女は、魔法の事になると人が変わるというか、これだけは負けないという自尊心が全面に出て来る。だからか、ちょっとだけ傲慢に見えた。

「それで、ラナ」

「はい、あなた………んぐ」

 ラナはチュルチュルうどんを食べ出す。実は、さっきからチラチラと見ていたので、我慢の限界だったようだ。

 魔王様も負けじとうどんを食べる。

「フレイが本気になったら、どの程度の破壊力が?」

「それは、じゅる。で………むぐ。ず、ず………亀の、んく。草原が、ずず。半………」

 はーい、無礼講だけど食べながら喋らなーい。

『なる………ど。困……り………全焼………れない………ちゅる、ちゅる』

 声帯も食道もないはず魔王様も、食べながら風に話す。というか、ラナの話の内容理解している様子。

 その後も、食べながら途切れ途切れの言葉で会話する。

 僕とギャスラークさんは、行儀の悪い二人をチベット砂狐のような目で見つめた。

 一定ライン以上の強力な魔法使いって、どこかしら似た部分があるのかな? という、教訓を一つ得た。

 約、五分後。

「まとめるとなー」

 二人の断片的な情報を、ギャスラークさんがまとめてくれる。

 この人の聞き取れていたのか。

「フレイなる勇者の魔法は、本気を出せば草原を半分は焼け野原に出来るのなー、魔王様を倒せるかどうかは知らんがー、今それをやると、死赤花の浄化できていない呪いが灰と一緒に飛ぶから、二次被害が出るのなー、ダンジョンに潜って逃げても、他の勇者がやって来る。困ったなー」

『でも、ギャストルフォの末裔に、そこまで強力な魔法使いが生まれるとは。少し、嬉しくもありますわ』

「魔王様、あなたフレイに似ていますね」

『でも呪いの灰が出るのは不味いですわ。経年浄化だと、少なくとも100年は必要ですし。その間、生態系にどんな影響が出るか。もし普通のヒムがこれに触れたら新たな――――』

 ラナの皮肉を魔王様は華麗にスルー。

「魔王様ー、研究と考察は後なー、つまり、勇者にこの辺を破壊されるのはマズイー。でも、魔王様はこの周辺から離れられないー。どうしよー?」

 ギャスラークさんが、僕を指でツンツンしてくる。

「てか自分なー、本当に魔王様討伐する気なんー?」

「まっさかー」

「だよなー」

 ハッハッハッ、とギャスラークさんと笑い合う。僕、この人と気が合うわぁ。根本の部分で理解し合っている感じ? フィーリングでネゴシエーションしている感じ? 意味わからないけど。魚人のゲトさんとも気が合うし、僕って色々な意味で人外寄りなのかな。

「うむ」

 まとまった情報を吟味して、頭の中で軽く予定を立てた。

 まあよし、いけると思う。

「つまり、この廃棄ダンジョン周辺を破壊せず、かつ魔王様を討伐した、もしくは封印した。そう勇者に思い込ませる。これで十全かと」

『ううーん。難しくない? 勇者もバカじゃないと思うし』

 魔王様の心配はごもっとも。

 今日出会った人をしっかり評価はできないが、

「いえ、いけます。僕は、悪業の神ミスラニカの信徒。欺瞞と謀略はお手の物。必ずや勇者を騙し、この草原の安寧と、魔王様の御身、そしてゴブリンの生活を守りましょう。お任せあれ」

 ま、三回目だ。

 手慣れたモノだよ。

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