<近域の魔王>7



【78th day】


「ラナ、前にも聞いた事だけど」

「はい」

 冒険業休暇日。ただ今も更新中、たぶん今日で10日くらい。

 うららかな、お昼である。

 キャンプ地で珍しくラナと二人きり。

 いつもいるエアは、マキナと共に魔王様の所に。

 早朝、エアは僕を起こすとこういった。


『お兄ちゃん。アタシ、とんでもない事を思いついたかもしれない。うどんとカレー、これを合わせたら最強じゃない?!』

『それに気が付くとは、お前天才だな』

『でしょ、もっと褒めていいよ!』


 という事でエアは、ゴブリンと魔王様をアッといわせる為に、朝一番にうどんを練って和風出汁も合わせて持って、意気揚々とキャンプ地を後にした。

 昨日、驚かされた仕返しだそうな。豪気な妹である。流石、エルフ王族の血筋。凡人にはできない行動だ。いや、子供なだけか。

 ランシールは雑務の為にお城に。

 ミスラニカ様は草原で羽兎とたわむれている。たまに空にさらわれるので、時々注意しないといけない。

「ラナが好きな食べ物。というか、味付けを知りたい」

「味? これは美味しいですよ」

 彼女と僕はカレーを食べている。しかもお米付きだ。

 美味い。お米、美味い。甘口のカレーとお米の甘み。豚肉の旨みと米の旨み。味のツープラトンやー。あ、いかん。軽く正気を失っていた。

「もっと、辛いとか酸っぱいとか塩分糖分の分量とか、硬いとか柔らかいとか、好みを知りたい」

 ラナには、エプロンをかけてもらっている。

 白いローブにカレーが付いたら洗濯物なので。

「難しいですね。私、あなたの料理に何一つ文句がありません。毎日、違う物が食べられるだけでも凄く贅沢な事で、それが美味しいのですよ? この環境に意見があるのは、それこそ贅の限りを尽くした王の中の王でしょう。ヒューレス家はエルフの氏族として王の立場ではありますが、生活は質素でしたので、私の趣向などあなたの料理には参考にならないかと」

 彼女は根本的な勘違いをしていた。

「ラナ、僕は料理の腕を上げたくて君に意見を聞いているのではない」

「う?」

 スプーンを咥えながら首をかしげた。彼女にしては珍しく行儀が悪い。可愛いが。メガネの高解像度カメラモードで瞬時に撮影して、個人フォルダに保存したが。

「君の好みに寄った味付けをしたいので、趣向を聞いている」

「はぁ、そうですか」

 あれ、反応が悪い。

「おかわり、いただきます」

「どうぞ」

 ラナは席を立ちキッチンに移動。空の皿にご飯を大盛よそい、カレーをドバドバかける。

 着席。無言でカレーをかきこむ。

 上品だが、素早く、的確に、一切の無駄なく。しかも良く噛んで。時々、付け合わせに置いたピクルスを口にしながら、ラナはカレーを食べる。

 会話の糸口を失ったので僕もカレーに集中する。

 しまった。

 生卵を忘れていた。失態だ。

「ラナ、ちょっと待ってくれ」

「はい」

 ピタリとスプーンが止まる。

 食糧庫から鶏卵を持ってくる。

「ラナ、これをご飯に混ぜてくれ」

 まず、僕が割って見せてご飯と混ぜる。醤油をすこーし垂らした。

 食べて見せる。

 醤油の混じった生卵、お米。絡み、交わるマイルドな味わい。シンプルが故に、時々無性に食べたくなる。そこに、カレー。甘口のスパイスが卵かけご飯に絡む。贅沢な豚肉も絡む。誰も喧嘩をしていない。何という平和な味。

 卵かけご飯とカレー。日本食二大巨頭の共演である。不味かろうはずがない。まさか、異世界で堪能できるとは。

「うま、うま」

 ラナのギョッとした顔。

「あなた………以前もテッカドンが生の魚と聞いて驚きましたが。卵も生で? 異邦人というのは胃が特殊なのですか?」

「食中毒の原因は殻にあるから、徹底的に消毒した。新鮮な卵だし問題ないよ。気になるなら、温泉卵か、ポーチドエッグにしようか?」

 実は、生卵洗浄キットなる物を物資の中から見つけたのだ。

 日本人の素材を生かした生食に対する情熱は軽く狂気でもある。しらすとか、タコの踊り食いとか。日本人、先祖魚人説。あると思います。

「いえ、あなたの手は煩わせません。生、で。食べてみます。もし体を病んでも捨てないでください」

 涙目でいわれた。

「そんな嫌なら茹でるから」

「いえ!」

 卵を取ろうとしたらブロックされた。

「夫がやれといった事をッ、妻が反対するわけありません!」

 僕、そんな亭主関白じゃないぞー。

 ラナは不器用に卵を割ってご飯に混ぜる。醤油をちょっと多め垂らして。混ぜ混ぜ。

 モンスターと戦うような覚悟の表情で、卵かけご飯を口にする。

「………………」

 注目。

 緊張。

「あれ、普通に美味しいです」

 普通のリアクションだ。

 心なしかスプーンが早くなる。カレーが見る見る減る。

 冒険者は良く食べる連中だが、ラナも良く食べる。しかもエルフは脂肪がほぼ付かない体質なのだから、現代の女性が聞いたら歯ぎしり必須だろう。こっちの女性がギリギリしているのは実際見た。

 だがエルフは、不摂生が続くとすぐ体調を崩すらしいので気を付けないと。

「これはもしや、卵かけご飯で、おにぎりを作れば美味しいのでは?」

「ベシャベシャになるから、ちょっと駄目かな。海苔作らないと」

「くっ」

 普通に塩むすびで良いです。君、卵以外の物を絶対入れるでしょ。アレンジ禁止。

 天災魔法使いに料理の才能はないのだ。

『ソーヤ隊員。一つ疑問があります』

「何だ?」

 最近暇で不機嫌な雪風が文句をいってくる。彼女はただ今、キッチンの上で作業中である。

『この作業に何の意味が?』

 ミニポットのアームが、パンを握りゴリゴリとおろし金の上を走らせている。

「お前にはパン粉を作ってもらっている。ミキサーが破損して修理待ちだからな」

『はあ、何の意味が?』

「トンカツを作りたい。そしてカツカレーを作りたい。妹が絶対に喜ぶから」

 エアには、色んなカレーがある事を教えてあげたい。ひいてはそこから人生の糧を。

 ないな。

 僕の自己満足だ。

「それに雪風。待機命令より、手を動かした方がストレス溜まらないだろ」

『確かにそれはありますが、広域戦闘プログラムにパン粉を作らせたのは、あなたが最初で最後であります』

「あ、はい」

 雪風は、黙ってパン粉作りに戻る。

 ラナを見ると、皿が空になっていた。

「ご馳走様でした。今日も美味しかったです」

「おそまつさま」

 自分の分をゆっくり味わって食べる。貴重なお米だからな。

 今の昼食だけで四合消費。そろそろラナに、お米が少ない事を伝えないと。

「あなた」

「ん」

「何故、私の趣向に添った料理を?」

「え?」

「え?」

 疑問符に疑問符をぶつける。いや、何でってあなた。

「そりゃ、ラナが喜ぶ料理を作りたいからだろ」

「え」

 恥ずかしいので察してくれ。

 ラナは、天然の気がある。普通な事が時々すっぱ抜けているのだ。

「つまりあなたは、私の好意を得る為、料理に工夫をこらそうと画策していたわけですね」

「あ、はい」

 ラナがろくろを回すポーズを取る。そのろくろを、上げたり下げたり覗いたりする。彼女は混乱するとこんな動きをする。

 しばらくして、ふと我に返り青ざめた顔をテーブルにひれ伏した。

「すみません! 今まで全然気付きもしないで見当違いな返事を! だって私、あなたに好意を振りまかれても、今以上、心境の変化はありませんもの!」

 それはポイントがカンストしているから、変化がないと受け取っても良いのでしょうか? 喜んでいいのかな。

「だって、男女関係なんて本で知った事しかありませんし。しかもそれは誇張していたり、肝心な部分が抜けていたりで。父が母の機嫌を取っていた時は、裏で口にできないような事をしていた時ですし。あなたも、もしや? などと勘ぐってすらいました。………………申し訳ないです」

 いえない事は、僕も裏で沢山している。

 誓って君らを不幸にする事ではないが。

「ランシールではありませんが、私に何かお詫びをさせてくださいッ」

 ガタッとラナがテーブルに身を乗り出す。

「詫びも何も、僕は損をしていないし」

「私の考え違いは十分罪に値します。罰してください」

 ラナが更にテーブルに身を乗り出す。

 たぷんとした二房に目が釘付けになる。お仕置きか、本人が望んだお仕置きってそれもうご褒美な気がするけど。

 ま、僕もノリノリだしここは――――――


『ソーヤ隊員、接近警報であります。武装したヒームと獣人、計二名。敵性率は15パーセント。2時方向、距離30メートル』


 デジャヴュを覚える横やり。

 この先も、こういうのがあるのだろうか?

「さあ、あなた。どうぞ」

 え、続けるの?

 視界の隅に、近づく人物を捉えたのだが。

「ランシールは嫌いながらも認めている部分があります。あの牝狐を見て、私には積極性が足りないと常々感じていました。時には考えなしの後先考えない淫行が、突破口になるのだと」

 そんな事はない。

 ラナ、ちょっともうすぐそこに人がいるのですが。

「落ち着いて二人きりになるチャンスは逃せないのです。あ、あなた、取りあえず、ハァ、ハァ。さ、さわ、触ってください。胸とか、うなじとか、本当によろしければ耳も」


「見つけましたわよ! ラウア“ニュナ”さん!」


「あ゛?」

 ラナが、恐ろしい顔で声の主に振り返る。後、ラウア“リュナ”が正しい名前だ。

 そこには冒険者が二人いた。

 叫んだのは仁王立ちした冒険者。セミロングの金髪を縦ロールにした魔法使い。年頃は二十歳くらいだろうか。エネルギッシュで利発的な瞳。明るく愛嬌のある美人。グラマーな体つき。

 冒険装束に改造した緋色のドレスを着ている。右手には大きな杖。杖の先端に輝石をはめ込んでいる。石を称える大樹の意匠だ。

 良い所のご令嬢なのだろう。そんな雰囲気がある。

 後ろには、メイドさん。

 身長の高い爬虫類獣人のお姉さんだ。細い縦長の瞳孔、頬の一部に鱗、スカートの中身には尻尾が隠されているだろう。長い黒髪をツインテールにしていた。

 彼女も服装に、冒険者の装飾を付け足している。武装は見当たらない。

「誰ですか?」

「あ、あなたね! わたくしの名前を忘れたと?!」

「変わらず騒がしい人ですね、フレイ。うるさい足音であなたの存在には気付いていました」

「流石、ラニャウリュナさん。わたくしが認めた唯一の魔法使い。長い耳は飾りではなくてね」

「ラウアリュナ、です。あなたこそ人の名前を忘れましたか?」

 メイドさんが一歩前に出る。

「お久しぶりです、ラウアリュナ様。お嬢様は忘れてはいません。覚える気がないだけです」

 彼女は、綺麗なお辞儀をしてラナに挨拶する。

「久しぶりです、ラザリッサ。家命とはいえ、未だにフレイの付き人とは。心労が絶えないでしょう」

「はい」

「ラザリッサ、そこは否定なさい」

 お嬢様はメイドさんにツッコミを入れる。異世界でこんな鮮やかなツッコミが見れるとは。

 というか、

「ラナ、知り合いなら紹介してくれないか?」

 新鮮だ。

 ラナがこんな風に人と絡むのは新鮮だ。知り合い相手でも静かに佇んでいるだけなのに、こんな堂々と話しているとは。

「これは」

 ラナが嫌そうに紹介しようとすると、

「お聞きなさい。そこの凡夫。わたくしの名は、フレイ・ディス・ギャストルフォ。豊穣の神ギャストルフォの末裔にして、栄光あるホーエンス学派の修了免状を持つ最高の魔法使い。そして、中央大陸冒険者組合に代々と認められた“勇者”の称号を持つ冒険者ですわ!」

 ドドヤァと胸を張るフレイさん。

 高笑いが似合いそうな人だ。

 ギャストルフォ、昨日も聞いた名前だ。その末裔が、片や魔王、片や勇者。偶然だろうか。頼むから偶然であってくれ。

「ホーエンスの学友です」

「なるほど」

 ラナの紹介は一言だった。

 フレイさんが僕を見る。じーっと見て来る。

「ラニャニャリュナさん。この方は? どこかで見た気が………」

「お嬢様、この方は商店の前でパスタを販売していた人です」

「なるほど、出張販売ですか」

 あ、この二人。

 パスタ販売で試食に来た冒険者の中にいたな。

「私の夫です」

『え?』

 ラナの声に、フレイさんとメイドさんの声がハモる。

「私、この人と結婚しました。異邦人の宗谷といいます。レムリア王の正式な書状もあります」

「あ、どうも」

 改めていわれると照れる。偽装だがな。

「な、な、何ですって」

 フレイさんは、ガクンっとバランスを崩して倒れそうになる、所をメイドさんのツインテールを掴んで踏み止まる。

 メイドさんは微動だにしない。それ、その使い方で良いのか?

「一番『男なんて興味ありません』っていう顔をしていた、ラウニャンニャンさんに先を越されるとは。しかも相手がエルフじゃなくて人間とは」

「お嬢様、頑張れ」

「で、フレイ。何か?」

 ラナが不機嫌そうである。

 こんな不機嫌そうな彼女は初めて見た。冷たい感じも素敵だ。新たな魅力だ。

「ラナナンナさん、あなた冒険者になったそうね」

「ええ、好きでなったわけではありませんが」

「くっ、何故ですの?! このわたくしに! 一緒に冒険者になろうと誘った、このわたくしに! 一言あっても良いのではなくて?!」

「………別に」

 本当に一言である。

「うぐぐっ、相変わらず連れないエルフですわ。こんなにわたくしを弄んで」

「お嬢様。そもそもラザリッサとお嬢様が、レムリアに来たのは50日前。ラウアリュナ様が、冒険者として活動している事を知ったのが10日前。肝心な所ですが、ラウアリュナ様には、ラザリッサ達がレムリアにいる事を知る機会がなかったかと」

「ぐぐっ、でもそれはそこ、友の共鳴というか。同じホーエンス学派のフィーリングで、感じ合ったり導き合ったりで」

「フレイ、あなたとそんな気持ち悪い感覚を共有した事はありません」

 ラナがクールビューティーになっている。

「お嬢様。実はラザリッサ達は、ラウアリュナ様と七回すれ違っています。お嬢様は全く気付いていませんでしたが」

「ラザリッサ、いいなさいよ! それはいいなさい!」

「すみません、何か考えがあって放置しているかと思い。考え過ぎでした」

 変なコンビだ。

「………それで」

 ラナの底冷えするような声で囁く。

 ゴミを見るような目になっている。

「私に何の用ですか?」

「ふふ、ララランラ、ランラさん」

 おい、流石にその間違いはないだろ。

「あなたに! 冒険者になった、あ・な・た・に! 勇者の称号を持つこのわたくしがッッ! 特例で、特別なクエストに参加させてあげます、わッ!」

「お断りです」

「ふふ、良いのですよ。切磋琢磨と己を高め合った仲、このくらいの事で恩義を感じなくても。いっておきますが、敵は強いですのよ。昔のあなたならいざ知らず―――――」

「参加しません」

「そうですわね。あなたなら必ずそういうと思っていましたわ。何せ、ホーエンス学派の長い歴史において、最も早く学院から追い出された女。最も多くの歴史的建造物を破壊した女。唯一、わたくしと肩を並べる最高災厄の魔法使い。って………ええ?!」

「お嬢様、嘆かわしい」

「どうしてですの?!」

 どうしよう。

 古典コントを見ているみたい。

 異世界で漫才、コント、お笑いで世界を救う。これは新しい! ん、ないな。

「まあまあ、ラナ。断るのは話を聞いてからでも」

「そうですね」

 僕への返事まで冷たくなっている。

「フレイ、話しなさい。聞くだけ聞いてやります。私の夫の大きな器量に感謝なさい」

「ぐ、見せつけて。しかし、ラウニャンニャンさんも、わたくしの話を聞けば自ら進んでクエストの手伝いを―――――――」

「さっさと話しなさい。いつもいつも、前置きが長いのです」

「………はい」

 あ、シュンとした。

「ラザリッサ、変わって」

 落ち込んだ。

 フレイさんは、背中を向けてしゃがみ込む。メイドさんが交代して前に出る。

「では変わりましてラザリッサが。ここから北へ行った所、草原の中心点に廃棄されたダンジョンがあります。いにしえの結界が貼ってあったのですが、それが何者かに破壊され、恐ろしい死霊が地上に放たれました。

 その名は、ゴルムレイス。

 三王冠の簒奪者、矮小なるものの王、金瞳の破壊者、落陽の導き手。かつてこの右大陸に恐怖を振りまいた“魔王”です」

 それ今、妹とカレーうどん食べている人だ。

「ゴルムレイス? 知りませんね、森の近域に魔王がいるなど聞いた事もありません」

 ラナが首をかしげる。

「ゴルムレイスは、歴代の勇者達が秘密裏に封印してきた魔王です。ラウアリュナ様が知らないのも無理はありません」

「秘密裏………どんな理由があるのですか?」

「それは勇者の守秘義務なのでお答えできません」

 この世界の不都合な真実が見えてきそう。

 まさか、魔王と勇者の関係がマッチポンプとか? うわぁ冗談じゃない。巻き込まれたくないよう。

「はあ、フレイ。あなたに聞きたい事があります」

「何ですの?」

 もの凄く嬉しそうにフレイさんが振り向く。

「ホーエンスを出て二年。あなたは私より先に冒険者として行動していたはずです。代々受け継がれてきた勇者の称号を継いで」

「ええ、中央大陸中を廻りましたわ」

「ラザリッサ以外に、他に仲間はいないのですか?」

「………………」

 フレイさんが笑顔のまま固まる。

「ラウアリュナ様、それはですね。深い理由があります」

「ラザリッサお願いしますわ! それだけは! それだけはいわないでぇぇ!」

 メイドにすがり付く主人。

 男に捨てられそうな女性にも見える。

「お嬢様」

 結構、乱暴な手つきでフレイさんは弾かれる。

「ラザリッサは、お腹が空きました。ついでにいうと馬小屋で寝起きするのも限界です。これ以上、こんな生活が続くなら帰郷させていただきます」

「うぐぐ」

「つまり何ですか?」

 ラナは冷静なままである。

「中央大陸でのダンジョン攻略は非常に上手く行きました。それはお嬢様の力というより、パーティの方々が優秀だったからです。しかし、お嬢様は調子に乗ってその仲間と別れ、多大な出費をして、この右大陸に来ました。

 お嬢様の名誉の為、端的にまとめていいます。

 大失敗です。

 無謀なクエストに挑戦してパーティが瓦解。腹いせの買い物、バラ巻かれる生活費。勘違いして買った高価な美術品の数々は、生活が困窮して売ってみたら全て二束三文。

 残った端金すら、手切れ金として仲間に持ち逃げされ、日々の食費を稼がないといけないのに、プライドが許さず細かいクエストは受けない。

 そこで、魔王復活を察知しました。

 魔王ある所に災厄あり、放置すれば国が滅びます。国を救えるのは勇者だけです。

 ひいてはレムリア王に救国の恩を売り付け、莫大な報酬を要求。生活の安定を手に入れます。

 ですが、お嬢様の馬鹿火力と有能なラザリッサを以ってしても、二人での魔王退治は難しいでしょう。そんな時、偶然にもラウアリュナ様の所在を掴みました。

 ホーエンス学派の歴史において、終炎の導き手と称されたお二人が揃えば、破壊できない者などあまりないです」

 メイドさん。

 あんたも結構駄目な人だな。

「どうか、ラウアリュナ様。ご協力の事を」

 メイドさんがペコリと頭を下げる。

「ま、まあ、そういう事ですわ。ウニャウニャさん。魔王討伐の名声を、あなたにも分けて差し上げてよ」

「お嬢様、しっかり頼まないとラザリッサは帰郷しますよ。“ラウアリュナ”様です」

「ら、ラナさん。おね、がいしま、す………」

 ラナは無表情のまま答える。

「なるほど、お断りします」

「何でですの?!」

 ラナに掴みかかろうとしたフレイさんは、メイドさんに捕まり小脇に抱えられる。

 微動だにせず、ラナは口を開く。

「ラザリッサ、それとヒームの落ちぶれ貧困勇者、あなた方二人は考え違いをしています。私の体は夫の物、そして夫はパーティのリーダーでもあります。彼の許可なしくてクエストの参加などできません」

 ギラっとした目で、ラザリッサとフレイが僕を見る。

 まずはラザリッサから、

「チラ」

 メイド服の首元を引っ張り、左肩の肌をさらす。

「さ、お嬢様も」

「嫁入り前の身で男性の誘惑などできませんわ」

 そういうの良いと思います。

 まあ、僕の意見を述べよう。

「聞きたい事がある。まず、件の魔王。君らが放置した場合、倒せなかった場合どうなる?」

 メイドさんの手から離れたフレイが答える。

「悔しいですが、中央大陸冒険者組合の勇者連盟に救援を求めますわ。勇者の称号を持つ者として、魔王は見過ごせません」

 魔王様と配下のゴブリン達に、地上を侵攻するつもりは一切ない。あの人達は静かに暮らしたいだけだ。

 それにゴブリン達は、魚人と同じように廃棄ダンジョンの地下都市だけで生活が賄える。魔王様の農耕魔法のおかげである。

 生活圏が接触しないのだから、人間が荒らさない限り戦いはない。

 だが万が一、魔王様が討たれてゴブリンの生活が荒らされれば………。

 彼らの本性までは、僕は読み取れない。しかし、飢えて何もせず滅びる種族があろうか。

 魔王ゴルムレイスとゴブリンの歴史は390年平和であった。僕が呪いを振りまいて、結界を壊すまで。

 責任、あるよな。これは。

 仕方ない。

「なるほど。レムリアの冒険者として国の平和の為、魔王は見過ごせない。勇者フレイ・ディス・ギャストルフォに協力します。魔王を、倒しましょう」

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