<近域の魔王>4
「んがー」
ううああ~とゾンビのようにテントの中で転がる。
予定が、三日がかりで作り上げた予定がが。ぜ~んぶ作り直しだ。こんな予定外の事が起こるとは、まあダンジョンの外でよかったが。
シュナに報告・連絡・相談のホウレンソウを何度もいっておいてよかった。
ベルの状況を無視して、ダンジョンに潜っていたら何がおこった事やら。
簡単に今のベルに質問してみたのだが、何一つ答えてくれなかった。戦い従う事以外は、何も答えない。というのが、ベルの中の人の意見だ。
こういう輩は難しい。
シンプルに見えて、独特なルールを持っている。それがパーティメンバーにそぐわないと大問題になる。
そもそもベルは、他のパーティとの交渉役として非常に優秀だ。
あどけない少女の笑顔は、人の警戒を解く。
ラナは同族に嫌悪され、シュナもエアもツンデレ、僕は見た目と評判が悪い。ベルは、唯一の交渉役だった。そのアドバンテージがこんな理由で消えるとは。
ままならねぇ。
これからどうすればいいんだ? 十四階層の番人は、パーティ合同で倒さないといけないはずなのに。現地のパーティと、僕らで交渉できるのか? 最悪の場合は、金か。
一応、聞き取りと監視の為、ラナ、エア、シュナ、ベルに多めのお小遣いを上げて街に行かせた。一日、親睦を深めろと命令した。
僕も行くべきなんだろうが、まず予定の修正を入れないと。
てか、全部作り直しだ。
「ふぁああああああああああ!」
『ソーヤさん。苦心していますね』
マキナポットがテントの入り口を捲る。
あ、手っ取り早く頼れる相手がいた。
「こういう時こそ、お前の出番だろ」
『ですね』
ポットのスクリーンが、笑顔を表示する。
『では、行きましょうか』
「え? どこに」
『行ってからのお楽しみです!』
僕は、お楽しみな所に連れて行かれた。
マキナは巨大なリュックサックを背負い。僕も調味料と食器を入れたバッグを持つ。
服装と装備はいつも通り。
野戦服の上にポンチョ。首に再生点の容器とサンゴのネックレス。人工知能のガジェットであるメガネ。脚に山刀、ポケットにカランビット、弦を解いた弓と大剣は、矢と共に腰の矢筒に収めている。
物騒だが、武装するのが冒険者としての礼装である。
二人して草原を進む。
街とは反対方向だ。
何の事か、マキナが提案したのは気分転換だ。
少し前に、マキナが岩と岩に挟まったのを助けてくれた人がいる。そのお礼をしに行くのだ。個人的に、マキナの目撃者は顔を覚えておきたい。万が一の時の為に。
「それで遠いのか?」
『いえ、すぐ近くですよー』
キャンプ地の近域は、エルフが住むヒューレスの森と、それに隣接したレムリアの農耕地。後は、だだっ広い草原が続くのみ。
他に人が居住している場所なんかあったかな?
「ん」
足を止める。
『どうかしましたか?』
僕が足を止めた場所は、ある英雄と戦った場所だ。今、腰の矢筒に収まっている魔剣と戦った場所だ。
そこに、赤い花が咲いていた。
触れれば皮膚を刺す、トゲトゲしい葉と堅い茎。赤い筒状花も棘のように見える。彼岸花と見間違えたが、これは。
『薊<アザミ>ですね』
「何故ここだけに」
呪いで枯れた箇所に薊が生えている。いや、ここだけではない。何かを追う、道標のように、赤い花が咲いている。
この真紅は、まるで呪いを昇華しているようにも見えた。
『不思議ですね。この花の赤は、限りなく人の鮮血に近い色なのです。マキナの異世界不思議メモに追加しています』
何そのメモ。
読みたいわ。
『棘に気を付けてください。向こうには、もっと群生していますよ』
マキナが先を進む。
ぽつり、ぽつりと薊を追い。整理できない感情を引きずり、距離にして5kmを歩く。
その先には、
「嘘だろ」
一面の赤。
無数の薊が群生していた。美しいが、終末のような光景。
そこは、忌血の獣が戦った場所だ。
そして、僕らが現代世界から落ちて来た場所であり。
レムリアではその歴史を誰も知らぬ、廃棄されたダンジョンの入り口がある所。
『ギャスラークさーん』
呆然とする僕を放置して、マキナが誰かの名前を呼んで進む。
「おーい。ここだー。来たかー」
赤い花園の中から、小さい影が手を振る。
マキナと並んだ感じ、身長は120cmくらいだ。マントのフードをすっぽりと被り人相を隠している。覗く手足は細く、肌は緑色だった。
今更、肌色くらいでは驚かないが珍しい彩色である。というか、何となく心当たりがある。
マキナを追って進み。
影の近くまで移動した。
『ソーヤさん、こちらがマキナを助けてくださった方々の代表者』
「ギャスラーク・オズ・メルフォリュナ・ガズズオズム・オギュムズス、だ」
ゴブリンだった。
RPG雑魚モンスター筆頭のゴブリンだった。
彼がマントのフードを降ろすと、毛の一切ない頭部と尖った長い耳とワシ鼻が見える。ゲームと絶対的に違うのは、目と表情に、しっかりとした知性が存在している事。
ある意味、見慣れた顔なので落ち着いたまま挨拶をする。
「異邦の宗谷です。相棒がお世話になりました。今日はそのお礼として、わずかばかりのもてなしの為、参上しました」
「ほほう。マキナのいう通り。種族の違いに偏見を持たぬのか。それは異邦人だからか? しかしとて、姿形の差異は差別の理由になるだろう。その偏見も持たぬとは、余程良い親に育てられたか、それとも良い師がいるのか。国がおおらかなのか。
ともあれ、小さき我らの領地に歓迎しよう。異邦人よ。そなた達が平等な目で我らを見るのなら、我らもそれに応える」
馬鹿にしていたわけじゃないが、しっかりしてらっしゃる。
うわぁ、これもうゲームでゴブリン倒せないぞ。
「あの、この赤い花はもしかして。あなた方が?」
一番、気になっているので聞いて見る。
「そだよー」
そだよー?!
急にフランクになったな。
「あのさー、疲れるから、もう楽に話すけどねー。やや、君らも楽にすれば良いと思うよ」
「あ、どうも。はい」
気さくな種族だな。
下劣なイメージは、どこから来たんだろうか?
「死赤花<しかばな>ね。ちょっと前に、ぼくらの家の上でさー。何かバタバタやっててねー。翌日に見て見たら土壌汚染してんの。酷い事するよねー」
取りあえず土下座した。
花が痛い! 我慢ッ!
「僕がやりました! すみません! 下に人が住んでるとは思いもせず!」
「うん、知ってるよー」
知ってたの?!
「まあ、地上の人間の謀なんか知んないけど。君、一生懸命戦っていたから怒ってないよ」
「あ、ありがとうございます」
「汚染っていっても、浄化できる程度だし。問題ないよー」
「そ、そうなんですか」
頭を上げた。
ゴブリンって呪いを浄化する方法を持っているのか? 一般的には、呪いの治療方法など世界に存在しないのに。
「あの」
気さくなゴブリンに質問をしようとして、
「お兄ちゃんから離れなさい! ゴブリン!」
面倒なタイミングで妹に介入された。
いつの間にか、エアがいた。
構えた弓には矢が番えてある。矢先は、ゴブリンの眉間に。その隣の兄は土下座状態。
確かに勘違いするかもしれないが、何でこう面倒な時に。
「エア、落ち着け」
「大丈夫! 何かされていない!」
「大丈夫だから聞けって」
「こいつらゴブリンは、人をさらっては死ぬまで強姦するクソッタレ種族よ! すぐ離れて!」
「おい、エルフ」
あ、まずい。
怒ってらっしゃる。こういう知的な方を怒らせると後が怖いぞ。
「お前ら種族は、豚や馬を犯して喜ぶ変態種族か?」
「なんですって?!」
エアは完全に血が上っている。
「我らに取って、エルフやヒムとの容姿的な価値観の違いは、豚や馬だ。そんなものに欲情するのは変態以外あるまいて」
「はあ?! 意味わかんないんですけど!」
妹の馬鹿女みたいな返し。
ゴブリンさんのいう通り、人間がゴブリンに欲情しないのなら、ゴブリンが人間に欲情する理由はない。例外があるなら、それは変態くらいか。
「では、エルフよ。汝の友や親に、ゴブリンに強姦された者がいるとでも?」
「友達の友達にいたわよ!」
ああ~完全に嘘だよね。それ。
大方、話題作りか、人の悪口半分に創作したのだろう。エルフの美的感覚では、ゴブリンを見る目は厳しそうだし。
「エア、取りあえず弓を下げろ。お兄ちゃん怒るぞ」
「い・や・よ!」
昔から、妹は火が点くと激しい。
「というか、異邦人よ。お兄ちゃんとは?」
ゴブリンさんの質問。まあ、そこは気になるよね。
「これ、妹です」
「ヒムが、エルフを妹とな?」
『ソーヤさんの奥さんはエルフですよー』
「変わった事をするな、異邦人」
「こっち見なさいよ!」
軽く放置されたエアが激怒する。
ゴブリンさんも矢を向けられているのに、ぴくりとも動じない。
「エア、いい加減に――――――」
流石に失礼過ぎるので、力づくで妹を制しようとしたら。
背筋に走る悪寒に体が固まった。
冷たい空気が赤い花を揺らす。
「うむ。我らの王がお見えになる」
ゴブリンさんの声に応えて、黒い風が集まり人影を作り出す。
黒いマントを羽織った骸骨だった。
骨格は小柄なヒームの物。眼窩に燃えるような青い光を溜め、首には三角形の金属を繋いだネックレス。その金属片は、王冠の一部だ。つまりは王冠をバラした物を首に下げている。
簒奪者の証。
飲みの席で親父さんから聞いた事がある。右大陸の古代風習で、王殺しを成した者は王冠を砕いて、王の耳や指と共に首に下げるのだ。
簒奪とは栄誉なき王殺しであり、
国崩しの先触れであり、
その所業を成した者をこの世界では、
「括目せよ、この方こそ。ゴブリンの王にして禁域の魔王であらせられる。ゴルムレイス・メルフォリュナ・ギャストルフォ様である」
そう、魔王と呼ぶ。
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