<近域の魔王>3
「お」
草原の先。
赤毛の少年と、髪の長い鎧姿の少女が歩いて来る。
少年は知っているが、少女の方は誰だ? まさかと思うが、彼女さんか?
いや、彼も年頃な上に中性的な顔立ちでモテモテだ。主に、年上のお姉さん方に狙われていたが、まあ、彼女の一人や二人、今までいなかった事がおかしい。
何か、色々な意味でドキワクする。
保護者として失望されないよう立ち振る舞わないと、
「ラナ、ちょっとゴメンな」
「えぇ」
僕も名残り惜しいが、ラナを膝から降ろして隣の椅子に座らせる。軽く服装と寝癖をチェックして、二人を出迎える。
「やぁ、おはようシュナ。そちらのお嬢さんは誰かな?」
精一杯の笑顔を浮かべる。亡き友のイケメンスマイルを真似て………………いきなり失敗した気がした。
「う?」
少女がジト目で僕を見て来る。
表情は冷たいが、可愛らしい容姿だ。年頃はシュナより少し上だろうか? ふわっとした長い栗色のくせ毛。くすんだ白銀の鎧と盾。体格に対して大きいロングソード。
ん………………あれ? 鎧も盾も剣も、見覚えがあるぞ。
「お兄ちゃん、何言ってるの。ベルだよ」
「ですよね」
ベルトリーチェだった。パーティメンバーだった。
「すまん!」
頭を下げた。
別の意味でやらかした。よりにもよってメンバーを間違うとは。だが、ベルはベリーショートの髪だったはず。それが三日会わないだけでこの長さ。あ、魔法の育毛剤とか?
「………………いや、別に」
反応が冷たい。
これ、激怒してますか?
「ベル、朝飯食べるか?! このポトフは中々だぞ」
とりあえず食べ物で懐柔しよう。異世界の若者には、この手に限る。
「食べる」
別皿をよそおうとしたら、ベルは僕のポトフを席に着いて食べ出した。
黙々と食べる。
「どうだ? 今日のは僕が作ったんじゃないが、あ、肉もっと入れるか?」
「いい」
更に黙々とスプーンでポトフを搔き込む。野菜嫌いのベルが、これだけ食が進むとは。ランシールに教えてあげないと。
「ソーヤ、ちょっと」
「シュナも食べるか?」
「オレはいい。ちょっと」
少年、シュナに手を引かれてキャンプ地を離れた。
「どうしたんだ?」
ちょっとばかり様子がおかしい。これからダンジョンに潜るのに大丈夫かな。
「ここでいい。待ってくれ」
キャンプ地が見えなくなる地点で足を止めた。
シュナが鞄から木の枝を取り出す。それを地面に刺す。
「樹霊王ウカゾール様、あなたの眷属。アゾリッドのシュナが願いたてまつり、ここに姿と声をもとめます。我が願いを聞き届けたのな――――——」
シュナの言葉の途中、刺し木がまばゆい光に包まれ、輝きが終わる頃、代わりに20㎝くらいのおっさんがいた。
白髪の中年男性である。
鍬<クワ>を片手に頭には麦わら帽子。首には汗を拭う為の布。よく見る農夫の服装だ。
「よ、シュナ。元気か? もっと頻繁に呼んでもいいんだぞ? 島の爺さん婆さんも話を聞きたがっている。まあ、俺は土着神だからな。こんな情けない姿になるが、それでも愚痴くらいは聞いてやるぞ」
凡庸な感じの神様だ。
威厳はないが、親しみがある。人に愛されて神になった人の特徴だ。
「すみません。ウカゾール様、今日はベルの事で相談があって。それと、こいつはオレのパーティのリーダーです」
シュナに紹介され挨拶をする。
「異邦の宗谷といいます。冒険者としてシュナのリーダーをやらせてもらっています。あなたの眷属であるシュナは、剣の技では同年に並ぶ者はいません」
「でもこいつ、まだまだ子供だろ?」
「………………え、まあそれは、年相応に」
「最近背は伸びてきたが、四年前は小さくて、どこ行くにもベルかレグレの後ろに付いて回って。見失うとピーピー泣いて大変だったのだ。何度、泣きながら我を呼んだ事か。おぶって家に送り届けたのも、百や二百ではない」
「ああ、そんな事が」
いや、そんな事を話したらシュナが怒りそうだが、
「すみません、ウカゾール様。今日は、そのベルの事で」
割と冷静だった。
ちょっと前に大人になったからか? 違うか。
「すまん。久々に顔を見たので、嬉しくてな」
「あの、島を離れて三ヶ月くらいしか」
「そうか? それにしては大きくなった気がするな。お前、女遊びなど覚えていないよな? 都会は誘惑が多い。今は神とて、同じ男として気持ちは分かるが、悪い女に引っかかれば――――――」
完全に親心で喋っている神様だ。
「ウカゾール様、すみません今は」
「うむ、すまん。つい」
本題に入る。
「ベルの奴が、ここ最近おかしいです。前にも似た様な事があったが今回は違う。ソーヤ、お前も他人と勘違いしただろ?」
「ああ、その通り。ちなみに、こっちの世界の人って急激に髪が伸びたりするのか?」
「しねーよ」
ですよねー。
「それと、嫌いな野菜を気にせず食べたり、愛想が悪くなったり、挨拶をしなかったり、目つきが悪くなったり、酷いのが、昨夜の夕飯作りだ。ベルの飯は適当だが、食えないような物を作った事はない。あんな不味い飯を作るなんて、間違って食べた兄さん方が、腹痛で治療寺院に担ぎ込まれるほどだ。あきらかにおかしい」
食べた人間の治療が必要な飯か。
目の前で作られたら、ベル相手でも怒るかも。
「ウカゾール様、ベルの身に起こっている事。何かわかりませんか?」
「シュナよ。お前の悪い想像通り、ベルトリーチェは、何者かに体を乗っ取られている。神媒体質が故、以前にも似た様な事はあったな。死霊や、自然霊、信仰を失った神なら、我は祓えるが。
今回は、役に立てぬ」
「え?」
シュナが愕然とする。
僕も同様のリアクションだ。様子がおかしいとは思っていたが、体を。
嘘だろ。
「我は、島を塩害から守る為、死ぬまで――――いいや、死んでからも植林を続けた“それだけ”の男。そんな神の恩寵などたかが知れている。ただ、ベルに憑いたモノは悪しき存在ではない」
僕は、自然と生まれた疑問を神にぶつける。
「悪い者でない奴が、断りもなく人の体を乗っ取りますか?」
「妄執の果て、人知の及ばぬ所業を得て、近世の神は生まれる。善といわれる者ですら、聖と称えられし者ですら、人を虫けらの如く潰すぞ。
神の善悪は、人の善悪とはかけ離れている。異邦の者には狂気に見えるだろうが、これは、そういうものなのだ」
人も、人の上に立ち王冠を頭に乗せるだけで、一般的な善悪と距離が開く。国を守る為と簡単に人を陥れ、殺す。それが神となると、人の理解の範疇を遥かに超えるのだろう。
「だけど、そんな」
動揺しているシュナに、ウカゾール様が優しい声で語りかける。
「シュナ、我が眷属よ。一つ、お前を安心させる話をする。我は、端<はした>神とはいえ神は神。ベルに憑いた神が、おぞましい行いをするのなら、我が神格を賭けて彼女の体から追い出そう。ベルの意思がこの神を拒むのなら、我の魂を賭けて救いの手を差し伸べる。ベルが、それを望めばな」
「え、それはどういう?」
シュナの問いに、ウカゾール様は神妙な顔つきで答える。
「ベルは、何かしらの力の供給を条件に体を貸している。神を降ろしているのは、自らの意思なのだ」
『え?』
僕とシュナは同時に声を上げた。
「十日ほど前、我はベルから相談を受けた。手っ取り早く強くなる方法はないものかと。今のままでは冒険のパーティに迷惑をかける、とな。心当たりはないか?」
ある。
アーヴィンが欠けて編成に悩んでいた時、ベルがキャンプ地に来た事があった。
軽食を食べて、雑談して、街まで送ったが、思えばあれの翌日からベルがアーヴィンの遺品を身に着けて訓練をしていた。
グラッドヴェインの眷属曰く、はじめて剣や盾を手にした者の動きではない。
僕はそれを、彼女の素養だと思っていたのだが。
「すまないシュナ。僕の、せいかも」
余裕がなくて考えが回っていなかった。
「どういう事だ?」
シュナに睨まれる。
「遠回しに、アーヴィンを欠いた編成を聞かれた事がある。返答に困って唸っていたが、あの時にしっかりと答えておけば」
「何だ………………その程度か。オレてっきり、いや、いいけど」
てっきり何だ? いやいや、ベルに手を出すほど愚かではないぞ。形ばかりだが結婚しているのだし。あ、エルフの結婚契約だから重婚は良いのか………………そんなんしたらパーティの空気が最悪になるが。
ウカゾール様が咳払いして、注目を集める。
「憑いた神と如何な契約を成しているのか、我には分からぬ。しかし、万が一の時、ベルが助けを呼ぶのなら、我は必ず力になろう。シュナ、お前もだ。
ま、しばしの時、小娘の思いを静観してやれ。年頃の娘の情熱とは巻藁のように燃えやすい。明日にでも、飽いて神を振るい落とすやもしれん。あまり大事に考えるなよ、特に異邦人。お前は顔に疲れが見える。我が眷属が揃って迷惑をかけているな」
「いやウカゾール様、オレは別に」
「かけているな」
「そ、そんな事」
「いるな?」
ウカゾール様の結構な迫力に押され、
「………………は、はい」
シュナがそっぽを向いて肯定した。
ウカゾール様は僕に向き直る。
「わびと言っても役に立たぬ物だが、異邦人よ。我が恩寵を少し授けよう。冒険の役には立たぬだろうが、あって困るものではない」
「えぇ~」
シュナの反応が悪い。
まあ、邪魔にならないものなら頂くが。
「指を出せ」
「はい」
ウカゾール様に人差し指を向ける。ウカゾール様の指が僕の指に触れる。
小さい輝き。
E.T見たいだ。相手が、小さいおっさんだが。
「これで我が恩寵はお前の物だ。端神の奇跡だが、好きに使うがよい」
「あの、どういう効果があるのですか?」
肝心な事だ。
「樹霊王ウカゾールの恩寵。それは、美味しい野菜が作れる事だ!」
「す………………すげぇ!」
何という神の御業。
明日から家庭菜園作らないと。ニンニク、プチトマト、ナス、ハーブ、ピーマン、キュウリ。夢が広がる。食が広がる。楽園を作れる。
「それだけではない。農作業を始める前に、両の手を伸ばし蒼天に我が名を叫べ。さすれば、農作業の腰痛を和らげてやろう」
「マーベラス!」
これぞ異世界の奇跡。
何という僥倖だ。
「てか、本契約してもらえませんか? 僕、滅茶苦茶信仰しますよ」
ミスラニカ様とグラヴィウス様には悪いが、二人に捧げる食に関する事なのだ。特別扱いしても問題ないだろう。
「あー同じ異邦人の手前、契約してやりたいが、我の本体がある島まで来ないと契約は無理だな。我、土着神だし。端神だし」
「ざん、ねんです」
「ソーヤ、がっかりし過ぎ。野菜作れても冒険の役に立たねぇだろ」
「なん………だと?」
物の分かっていないシュナの両肩を掴む。
「冒険中の行動食や、ダンジョン内での休憩食を作るのが、どれだけ大変なのか分かっているか?! 美味しい野菜があれば、どれだけ手間が省けるのか!」
農耕地の野菜は、かなり灰汁が強い。味が原始的だ。一番の問題は、管理体制が甘く購入してからの選別が必要な事。切って虫だらけとかザラにある。
キャンプ地で野菜を作れるのなら、マキナが管理できるし品種の改良も行える。しかも神様の加護で美味しくなるのだ。
何という事でしょう。
すぐにでも耕さないと。
「いや、ソーヤの飯が美味いのは認めるけど。そんなに大変なら、冒険食を商会で買えばいいじゃん」
「馬ッ鹿野郎! 成長期の人間にあんな小麦とバターの塊なんか食わせられるかッ! 必須栄養素を全然満たしていないんだよ! 大体、商会で飯を購入してダンジョンに潜った時の、お前らのやる気のなさといったら。しかも休憩中、全員で僕を見てため息を漏らしていただろ。あれ、絶対に忘れないからな! しかも戦闘力が三割減だったんだよ?! ご飯に手を抜けないんだよ! 後、シュナ。野菜を食え。てか、食わせる」
「悪かったよ。飯は美味い方がいい。だが、野菜は食べない。絶対に食べない」
お前に、美味しい野菜地獄を味わわせてやる。しかも気付かない内にがっつりと。もう、野菜を食べないと生きていけない体にしてやるからな。
あ、普通か。
「うむ、異邦人。お前の人種が分かった気がした。その調子で、我が眷属を頼むぞ」
「はい」
ウカゾール様にシュナを任された。
任されなくても面倒を見るつもりだ。冒険が終わる、その日まで。
「シュナ、ベルの件は、我と本人に任せ、己が成す事に集中しろ。人の生は短い。余所見をしていれば、すぐに老いて足腰が立たなくなる」
「はい、わかりましたウカゾール様」
素直に返事をする。こういうシュナは珍しい。
「野菜も食べろよ」
「………………」
返事をしなさい。
「体を労わり、己ができる範囲での善行に努めよ。人の生は剣だけにあらず。英雄の腕を持っても、鍬で土に抗うのは難しい。人が挑戦すべき試練は、戦いの中にだけあるものではない。お前には帰る場所がある。街の喧騒に疲れたら、島にいつでも帰って来い」
上京した息子を心配するお父さんみたいだ。
「いかん、がらにもなく説教くさくなった。今日はこのくらいにしておこう。ではな」
ウカゾール様が手を振る。
僕は振り返した。
小さいおっさんだが良い神様だ。
「ソーヤ」
「ん?」
シュナの問いかけ。
「それで、どうする? ベルの事」
「ああ、決まっているだろ。一から予定を立て直す。今日の冒険は、中止だ!」
何てこった。
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