<近域の魔王>2
「今日の朝食は、キノコとチーズ入りの卵焼き。パンと、ええと、このベーコンと野菜を入れたスープは」
『ランシール様。ポトフです』
「はい、それ、ポトフです。圧力鍋で煮たので具材はホクホクですよ」
ランシールとマキナが、テーブルに朝食を並べて行く。
うーん、起床して朝ご飯が出来ている環境も良いものだ。自分で作った物が『美味しい』といってもらえる喜びには負けるが。
「はい、ソーヤ。特別、ベーコンは多めに入れておきましたからね」
「ランシール。それ以上、近づく事は許しません」
僕の朝食を持って来た彼女を、ラナが遠ざける。
「しかし」
「許しません」
「では、ここに」
ランシールは少し離れた場所に皿を置いた。ラナはそれを引き寄せて自分の前に移動させる。
「というか、ランシール。今朝の事に関して弁明はありますか?」
キレ気味のラナに、涼しい顔のランシール。
「弁明といわれても、夜は夫婦の時間は邪魔していませんし、それに朝は自由な時間です」
「ふ、夫婦の時間とか! それはその。………………まだ。ですが! 今朝のあれはドが過ぎていますよッ! はしたないです。わきまえなさい!」
ラナが耳まで真っ赤にしている。
正直、可愛い。
「まあ、お姉ちゃんも大概だと思うけど」
僕の膝に座っているラナを見て、妹がごもっともな感想を口にした。
「エア、私達は夫婦です。妻が夫の膝に乗って何が悪いというのですか?」
「発言が風にあおられて戻ってきているけど、気付いてないならいいや」
「?」
気づいていないラナ。
前もやられたが、食事の席で男の膝上に乗るのは流石にちょっと。
注意できない僕が、全面的に悪いのだが。だってほら。腿に、ラナのお尻の感触が。割と肉厚な感触が。
これを振り払えるような男がいるなら、それに尊敬か嫌悪、どちらかの感情を抱くだろう。
「あ、美味しい~」
妹がポトフを口にして感想を一つ。
ラナも、神妙な顔つきで一口。
「くぐ………………美味しい」
ポトフとは、肉と野菜を煮込んだ料理だ。
現代から粒状コンソメを持って来ているので、味付けは簡単にできる。
具材は、形が崩れたジャガイモ、溶けかけのカブ、ホロホロになった玉ねぎ、角が欠けた人参、一口大のベーコン、である。
スプーンでジャガイモを刺すと、軽い手ごたえで割れる。
ラナの横から僕も一口。
「お」
塩気は薄いが、素材の旨みがスープに濃縮され、舌の上で甘みに似た味わいが広がる。続いて、贅沢な厚いベーコンを口に。
これと野菜を合わせる事で、塩気が絶妙になる。他の具材も食べやすく火が通っており、朝に食べるには持って来いのメニューだ。
「うん、美味しいよ」
「ふぅぅううぅううううんぅッ~」
僕の感想に、ランシールがお盆で顔を隠す。何か震えている。尻尾がもの凄い勢いでフリフリ動いている。
彼女の尻尾は、普段スカートの中に格納されているので、つまりは反対側に行くとパンツが見える。いや、決して見たいわけでは。
………………見たいけど。
「たま、卵焼きはどうでしょうか?! 」
「どれ」
ちょっと焦げた厚焼き玉子にスプーンを伸ばす。カットすると、溶けたチーズが、とろりとキノコと絡んで現れる。
砂糖入りだ。それがチーズの塩気と相乗効果で美味さを出す。キノコのシャキっとした食感もアクセントに。
「形は悪いが、味は満点だ。これも美味しいよ」
「ありがとうございます、ソーヤ。そして、すみません。ちょっと感情が抑えられないので、走ってきます」
風のようにランシールは草原を駆けていった。背中が凄く嬉しそうだ。気持ちは分かるが、喜び過ぎだ。
「ちょっと味薄い」
妹は、卵焼きにマヨネーズがっつりかけていた。
ラナは卵焼きをパクパクと口にして、拳を握りしめる。
「………………悔しい。マキナ、ダンジョンから戻ったら私に料理の特訓を」
『まことに申し訳ありませんが、お断りします』
「え?!」
ナイスだ、マキナ。
はっきりいってくれた。
『実は、前に奥様が創造した料理、アレの処分がいまだに出来ていません。アレを無力化、もしくは消滅させる事ができたなら。このマキナ、お料理の秘伝を伝授しましょう』
ちょっと前に、ラナが、おにぎりを作る過程で作った物体がある。非常に恐ろしい物体で、処分に困り、ちょっとした問題になっている。
アレは、燃やすと膨張し、水をかけると凶暴化する。矢で射ったり、魔剣で攻撃してもノーダメージだ。そもそも物理攻撃を完全に無効化している。
ラナの魔法も試したが、彼女の火力をもってしても完全消滅は不可能で、小さくして弱らせるのが精一杯だった。
今は鉄箱に封印しているが、日に日に暴れる音が激しくなっている。最近では、中で爪を立てる音がする。未知の言語らしき囁き声まで聞こえる。
マキナのいう通り、処分方法が見つからない内に、第二、第三のアレを創造する事は、異世界の危機に繋がる。
現代の人間として、異世界に迷惑をかけるような事はできない。
「う………確かにアレは、私の責任です。分かりました。破壊する方法をまず開発します。その後、必ず料理を教えてくださいね?」
『はい、お任せあれです』
一安心。
ふと、冷静にキャンプ地を見つめると、おかしい所があった。
「マキナ、それは何だ?」
マキナの後ろ。人工知能の円柱状ポットの影、ブルーシートに隠された膨らみがあった。
人間五人くらいが横になって固まったサイズ。
まさかこいつ、とうとう。
『人とは、失敗の数だけ大きく成長するのです』
マキナユニットのアームが、ブルーシートを剥いだ。
「これは………………」
絶句した。
壊れたフライパンや鍋。真っ二つのまな板。砕けた包丁。割れた皿。消し炭になった食物達。
『ほとんどが、こちらの世界の調理器具や食物なので見逃してください。ですが、彼女の努力は見逃さないでください』
「私だって、そのくらい。でも、むぐ。これは、まあ、うん」
ラナが文句をいいたげ。しかし、朝食が美味しくて黙る。
ただ一個だけ問題が、
「お兄ちゃん、このパン硬くて食べられない」
「ああ~」
このパン、買い置きの物を出したのだろう。これ、そのまま食べる為の物じゃない。ま、ご愛敬にしておこう。
「マキナ、回収してくれ」
『了解です』
パンを回収させ食糧庫に保管。この硬さなら十分だ。ダンジョンから戻ってきたら調理に使おう。
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