<近域の魔王>1
【77th day】
冒険者、という職業がある。
その業務内容は多種多様で、村人のお使いから、モンスター退治、好事家のコレクション集め、商会の用心棒、または相談役。小間使いから、英雄事まで、名誉を得る為、不名誉を濯ぐ為、挙げていたらキリがない。
そんな中でも人気なのが、ダンジョンに潜る事だ。
ダンジョンには、人が知らぬ(または忘れ去った)英知がごまんと眠っている。金銀より価値のある輝石が、素材が、果てた英雄の武具が、再び陽の光に晒されるのを待っているのだ。
当然、金になる。
しかも、人種も血筋も関わりなく儲かる。
しかし、儲けを得て不動の地位を得るものは少ない。
大体が、暗い迷宮の底で果てて行く。それに満足するのか、嘆くのか、誇りを持つのか、呪うのか、人それぞれ、人の感情も多種多様である。
僕のパーティも、ダンジョン攻略が専門のパーティだ。
ここしばらく休暇中だったが、今日ようやく本来の業務が再開できる。
経過日数77日目にして。ただ今の踏破階層は十四階層。目的として、365日で五十六階層に到達。そこで、人工知能から開示される素材を入手。現代世界に帰還。
ダンジョンは、深く潜れば潜るほど狂気的に人を陥れる。
まだ余裕はあるが先は不透明だ。
慎重に安全に、慎重に安全に、何度もそう自分に言い聞かせ。結局は、ぶっつけ本番の冒険に挑む。安全な冒険などありはしないのだ。
この不安を取り除く一番の方法は、ダンジョンに潜る事。
実に皮肉なものである。
「ん」
昨夜は、遅くまで予定を立てていた。途中から記憶がない。寝落ちしてしまったようだ。
意識を取り戻すと、テント越しに朝日を感じた。
手元には、スリープ状態のタブレット。枕元には、同じくスリープ状態の人工知能ミニ・ユニット。その隣には注釈入りの手書きの地図。
鼻先に、彼女の寝顔があった。
ラナ。偽装で婚姻した異世界の女性である。金髪のエルフで童顔、の割には胸が大きい魔法使い。その豊満な双丘を、後ろから妹が鷲摑みして眠っている。
妹のエアは、金髪美形で長身痩躯。エルフらしい容姿のエルフだ。
母性に飢えているのか、姉のおっぱいが大好きっ子である。触っていないと眠れないほどだ。
二人共、Tシャツにホットパンツという寝間着姿。そろそろ見慣れたはずなのに、直視すると体が熱くなる。
つい自然と、
ラナの前髪に触れようと、
動けなかった。
体温が染みて気付かなかったが、横になった僕に誰かが背後から抱き着いていた。巻き付いた手が見える。
一番こういう事をしそうな神は、テントの隅で腹を出して眠っている。猫の姿のままだ。
となると一人しかいない。
「ランシール?」
揺れる銀色の尻尾が視界の隅に見えた。
そういえば、押し付けられた背中のふくらみは覚えがある。
「………………ランシール」
なるべく小声で、ラナを起こさないように。
先々日、ラナの許可なしでは寝床に侵入しないと決めたばかりなのに。これだ。
朝から二人が揉めるのは見たくない。というか、間に立つのが面倒。
ラナは大事にしたい。ランシールは好意的に扱いたい。この悩ましさ、今の所誰にも理解されない。
「ラン、シール………ランシール………ランシールゥ」
静かに呼びかけ続ける。
面倒と温もりが天秤にかけられ激しくブレる。もうちょい、このままでも良い気が。いやいや、マズい。
「んぅ~」
「うぐぅ」
艶めかしい吐息を漏らし、彼女は拘束を強めた。両手は僕の首に、片足を僕の腰に巻き付けて来る。したたかな弾力が肩甲骨に押し当てられる。
ふ、振りほどけない。
物理的、精神的、両方で攻めて来るとは、ランシール恐ろしい娘。
「ら、ランシール。頼む、起きてくれ」
心なしか、自分の声が小さい。
「あむ」
「いっ」
返事代わりに、耳たぶを甘噛みされた。それだけでも背筋に電流が走るのに、モゴモゴ噛み続けられ継続ダメージを与えて来る。
「ちょッ、ランシールさんッ」
「んっ、はい」
耳元で熱い囁き。
起きていたのか、最初から寝たふりか。
「これはどういう事だ?」
「朝食の支度ができましたので起こしに参りました。今日の卵焼きとスープは、大変自信があります」
「はい、うん、その前に今まさに何をしてッ」
少し歯を立てられた。
「親交を深め、一日でも早く愛人にしてもらえるよう。ソーヤに色々と試して見ようかと」
「それは嬉し、いや、時と場所を」
「こういうの、お嫌いですか?」
舌先が、僕の耳を舐める。防御不能の箇所を這う。穴に侵入してきた。味わった事のない感覚に脳が痺れ、気絶しかけた。
偽装とはいえ妻の眼前で、他の女性に責め立てられるとは、悔しい、でも感じ――――
「………………うぅん」
ラナが目を覚ました。
「うん?」
ランシールが構わず、というかヒートアップして僕を責め立てている。完全に獣人の血がたぎってしまっている。
「………………え?」
頭の回転が早いラナでも、流石に困惑している。
彼女は上体を起こし深呼吸を一つ。
それで状況を把握して整理して、ランシールの顔面に拳を叩き込んだ。
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