<捨て犬のパスタ>7


 翌朝。

 朝食後のまったりとした時間に、ランシールの襲撃にあった。

 開口一番、

「ソーヤ殿。いえ、旦那様。今日は、お願いがあって参上しました」

「何ですか?」

 ラナが、いぶかしげな顔を浮かべる。

 いつもなら取っ組み合う所だが、かしこまったランシールに、まず様子見である。

「え、てか旦那様て何?」

 その呼び方が気になる。

「このランシール。卑しい獣人の身ではありますが、貞操は守り清い体を保っていました。幼少から剣や盾ばかりを手にし、女らしい手管など何も知りません。家事や雑用もです。しかし、これから覚えます。必ずや旦那様を満足させてみます」

 嫌な予感しかしない。

 ゆっくり僕の方を向く、ラナの笑顔が怖い。冷や汗が吹き出た。

「旦那様、ワタシを愛人にしてください!」

「あなた」

 ラナに両肩を掴まれる。

「ら、ラナ。僕の話を聞いてください。お願いします」

 助けてロジャー・クレメンス。いや、誰だっけ?

「ま、まずランシール。僕は君を愛人にする理由がない」

「はい、知っています。ですがワタシが愛人になりたいのです」

 ワオ、積極的。

「そんな押し付けで夫を困らせないでください」

「はい、奥様。それは十分に分かっています。旦那様が嫌とおっしゃるなら、ワタシは姿を消して二度とレムリアには戻ってきません」

 ちょ、待てよ。

 今、君がいなくなったらレムリア王の心労がマッハで上がる。国が、国ががが。というか、今のこの状況を見ても心労で倒れるかもしれない。

「よし、ランシール。一旦落ち着こうか。ラナも、杖から手を離してくれ」

「………………はい」

 君、それで何をするつもりだったの? エルフとヒームの外交問題になるよ?

「ランシール。レムリア王はこの事は知っているのか?」

「はい、もちろん」

 知っているの?!

「というのも、今朝。陛下は王命を取り消されました」

 取り消した王命って、僕と関係を持つアレか。

 命がけの発破は成果があったようだ。でも、この状況を見ると悪化しているが。

「なので、良い機会だと思い。気持ちをぶつけて見ました」

『はい?』

 ラナと一緒に首を傾げる。

 何故か、シンクロしてしまった。

「旦那様、ワタシは女であり、私生児とはいえレムリア王の娘です。これから先、外交目的や配下への報酬、様々な理由で“女”を売る事になるでしょう。それは王の娘としての運命です。そして、今回の陛下の命令でワタシは迷い、遅れを取りました。己を恥じ、同時に覚悟しました。

 次、同じような事があれば迷わず動くと。

 その暇<いとま>で良いのです。せめて好いた人に寄り添いたい。どのような形であれ、端でも構いません、どんな卑下な扱いでも文句はいいません。どうか、お傍に。置いていただけませんでしょうか?」

 結果的に、レムリア王の発言はランシールを焚き付けたようだ。

 何だろか、この彼女の逆境好きというか暴走体質というか。マゾヒスト的なアレを感じる。いやこれ、どうすればいいんだ?

「あなた」

 ラナが助け舟を出してくれ、

「お任せします」

 ない!

「離縁されたとはいえ、私も王の娘です。同じ覚悟を持った女を無下には扱えません。私は、全て、あなたの決定に従います」

 にっこり笑う。

 素敵な笑顔である。

 頭が真っ白になった。

「らら、ランシール。聞きたいのだが。それ、レムリア王にもいったんだよね?」

 ちょっと唇が震えた。

「はい、陛下は『なんじゃそりゃ』といっていました」

「ですよねー」

 僕も同じ気持ちだ。

 だって、関係を持てという命令を取り消した途端、その相手の愛人になるというのだ。意味不明である。女って不思議な生き物だ。

「ですが、自室で長考された後に『そなたの決定に任せる。好きなようにせよ』とおっしゃられました」

 投げた。

 王様、この暴走娘の対処を投げたぞ。

「それと旦那様、ワタシが愛人になるについで、二、三いっておきたい事があります」

 ランシールが大きい胸の前で両手を組む。

「まずワタシは、冒険者として旦那様のパーティには加入しません。それは奥様の役目であり、ワタシがその立場を揺るがすような真似は絶対に致しません。

 わきまえます。

 ワタシの役目は、この家を守る事。つまりは番犬、これに就きます。それと、これから覚える事ですが、洗濯、掃除、料理、よ、夜伽も。こ、こなせるよう努力します。小間使いのように使ってください」

 ランシールの扇情的な表情に心が揺らぐ。色々と揺らぐ。

 タイミング悪く。

 テントから灰色のモフモフ猫が現れる。

「ほほう。我が信徒の小間使いになる。それはつまり、妾の小間使いになるという事でもある。良いのだな?」

「はい、ミスラニカ様!」

 その猫にランシールがひれ伏す。

「最近、マキナの奴もキャンプ地を離れて妾に構わぬ。レムリアの私生児、ランシールよ。覚悟せよ。妾は、めちゃ構うぞ。生半可な構い方ではないぞ?」

「はい、覚悟の上です」

「という事で、妾は了承するじゃ」

 神が了承してしまった。

 早速、抱き上げられてモフらせている。

「それと旦那様」

「はい」

 きらめくランシールと、対比のラナの無表情が痛い。

「一番のワタシの役目として、あなたを労わり、甘やかします。何度かキャンプ地に訪れ、パーティや妻、妹との関係を見ましたが、あなたは身を削って世話を焼いている。誰かが癒さないと体を壊してしまいます」

「なっ!」

 ラナが声を上げる。

「それはそんな、確かに………………身に覚えが、確かに」

 この世界に来てからの事が走馬灯のように思い浮かぶ。

 確かに、僕は人の世話ばっかり焼いている。でもリーダーってそんなもんだし。ラナやエアと一緒にいる事はそれだけで癒しといえる。

 しかし、そうか。

 甘やかしとか、そんな、そんなプレイもあるのか。

「旦那様。甘えてくれても良いのですよ?」

 ポキっと理性の支柱が幾つか折れた。

 頬を膨らませたラナに脇腹を摘ままれる。

「あなた」

「すまん」

 これは不味いぞ。テュテュの時の二の舞だ。

「少し、少しだけ考えさせてくれ」

 ラナの手を離し、テントの影、二人の死角に移動。

「マキナ、雪風。集合だ」

 マキナがギュイーンと滑り込んでくる。雪風がコロコロ転がって来る。

「これ、どうすればいいんだよ。わっかんねぇ! わっからねぇよ、これ!」

 僕も頭を抱えて転がった。

『ソーヤさん。異世界に来て、一番選択に苦しんでいますね』

『そうでありますか』

「駄目。全く頭が働かない。僕は何をすればいいんだ? マキナ、雪風、僕を導いてくれ」

『はあ、ソーヤさんってこういう所が本当に情けないですね』

「そういわれてもな、マキナ。ランシールって、女騎士だろ。ドストライクなんだよ」

 草原で倒れ伏せたまま呟く。

 ウィザードリィ系のキャラクリがあるゲームでは、騎士は必ず女性にしていました。

 顔の近くまで転がって来て、雪風がいう。

『前・知性が保存したデータの中に。ソーヤ隊員が異性と接触したさいの、心拍推移データがあります。このドキドキ数値によりますと、一般的な異世界女性との接触は145。ランシール様は195という最高数値であります。ちなみに、ラナ様は155で第四位であります』

 イゾラ。そんなデータを取っていたのか。

面白迷惑だ。

「その数値。他に漏らすなよ」

『了解であります。プライベート設定を強にするであります』

『うーん、ソーヤさん。マキナ的にいえば、ランシール様がキャンプ地を守ってくれるのは、とても助かります。商会の簡単な言伝やお使いなんかでも重宝しますよ。

 マキナ、お忍びで何度か街にいったのですが、最近街の子供達に見つかってしまい。よく追い立てられ石を投げられます。子供、超怖いです』

「いやお前、一人で行くなよ。危ないだろ」

『はい、危ないです。何かモンスターと勘違いされて、討伐クエスト貼られた見たいです』

「何やってんだよ」

 後で、クエストの取り消し申請に行かないと。

『そんなわけで、ランシール様と一緒なら街に行っても安全ですし賛成一です』

「そもそも街に行くな」

『ええー』

 参考にならない。てか、問題がまた増えた。

「雪風は、どうだ?」

『雪風は、どちらでも構いません。というか、現地女性とのくだらない恋愛関係や、痴情のもつれでダンジョンに潜れなくなるような事だけは、避けるであります。ソーヤ隊員は何をしにこの世界に来たのか、よーく考えて、行動するように』

「は、い」

 イゾラに説教されているようだ。

 少し嬉しい。

「まとめると。僕に任せるのが一。賛成が一。どうでもいいが一。………………参考にならねぇ」

『ソーヤさん、男らしくビシッと決めてください。答えは最初から決まっているでしょ?』

「いいのか。それでいいのか?」

『良いのです。21世紀に流行った歌のように、ありのままで行きましょう』

「それは知らないが、実は僕な。メイドさんも好きなんだ。というか、メイド服が好きなんだ。それも地味というか、普通のタイプの」

『はあ』

 人工知能達に、とっても興味無さげな返事をされる。

 発祥は海外であれ、メイドというものを徹底的に美化して文化形態に組み込んだのは日本人の所業です。もっと興味を持てよ、お前ら。

「女騎士でスタイルが良くて、銀髪の獣人で、それがメイド服を着ているんだよ。これが愛人にしてくれとせがむ。最早、僕の理性でどうなる事態ではない」

『じゃ、愛人にすれば良いでしょう』

 マキナのごもっともな意見。

「だが、ラナが。な」

 しかし一番の思いは、ラナを悲しませたくない。偽装とはいえ妻なのだ。偽物とはいえ夫の真似事をしている以上、良きに務めたい。

 家事手伝いは正直欲しい。それが、ランシールのような信用のおける人間なら尚の事。

 彼女なら、王に裏切られたとしても、僕の味方をしてくれる。というか、裏切りの防波堤としても利用できる。

 個人的には、欲しい。

 綺麗だし、女騎士だしメイドだし。それに、甘え、甘々、とか。

 ああ、脳が駄目になっている。

「ふ~ん、つまりはお姉ちゃん次第なのね」

「え?」

 雪風を抱え草原を転がる僕を、妹がジト目で睨んでいた。

「エア、それはこの」

「来て」

 ポンチョを掴まれ引っ張られた。そのまま、ランシールとラナの元に。

「はい注目」

 仁王立ちの妹に二人が注目する。

「まず、お姉ちゃんにいっておきます。ランシールが、愛人で良いの悪いの? そういう所を、はっきりしないからお兄ちゃんが困るの」

「え、良いとか、悪いとか、それは私が決める事では」

「決める事なの!」

 妹にびっしり叱られる。ラナはびっくりしている。

「お兄ちゃんはね! お姉ちゃんの気持ちを一番に考えているのよ! それが分からないの?! だから良いか悪いかを先にいう! これ絶対だからね!」

「は………………い。あの、あなた、正直いえばランシールは嫌いではないです。こんなに体をぶつけ合った人間は、彼女しかいませんし、友情のようなものが芽生えています、が………………あの」

 ラナの顔が真っ赤になる。

「よ、夜伽は! まず最初に! 私にしてくれる事を条件とします! ひ、ひゃわぁあああああああああああッ!」

 彼女は、全力ダッシュで草原の彼方に消えていった。ミスラニカ様が犬のように後を追う。

「あ、はい」

 見えなくなったラナの背中に返事をする。

「そして、ランシール」

「む、何だ? ワタシが何か?」

「はしたない。王族の娘がやる事ではない」

「うぐっ」

 妹強い。超強い。

 ランシールを一撃で倒した。

 昔から、こういう時の妹仕切り具合は凄い。ん? 昔から?

「そして、お兄ちゃん」

「はい」

「男でしょ、はっきりと決めなさい。今! ここで! すぐ!」

「はひ」

 迫力に押された。

 ラナは条件付きだが良いという事。今の所、反対意見はないが。

「エア、あの君は。ランシールを愛人にする事を、どう思うのだ?」

 おずおず聞いて見る。

 怒られそうだが、皆の総意は大事だと思う。キャンプ地内の不和とか勘弁してくれ。

「獣人の愛人くらい、どこの家でも持っているわよ。別に、何も、珍しい事じゃないけど! それがどうしたの?!」

 めっちゃキレてる。こめかみがビキビキしている。エルフが嫉妬しないという話は何だったのだろうか?

 対応が決定した。

 僕はホント、駄目な男だ。

「ランシール」

 彼女の肩に手を置く。

「君のような素敵な女性に好かれるのは嬉しい。だが、愛人にはできない」

「そう、ですか」

 気丈にも笑顔を浮かべる。自嘲気味の笑顔だった。

「しかし、その、友達から始めるというのは、どうだろうか?」

「つまり、ワタシはまだ愛人の域には達していない。これからの働き次第では愛人に召し上げる。そういう意味ですね!」

 友人がグレードアップすると愛人になるのか。

「ですよね!」

 冷や汗混じりのランシールの顔。

 もの凄く情に訴えかけてくる。

「あ、うん」

 つい、そう返事してしまった。

「ありがとうございます! ソーヤ! ワタシ、捨てられないように頑張ります!」

 がっしり抱き着かれ、胸に顔を押し付けられた。

 鍛えられた硬い肢体、だがその一部は全てを包み込む柔らかさがあった。エルフ清涼感と違った女の良い匂い。ふわりと睡魔が囁きかける。何もかも、全部がどうでも良くなる。危険だ。これは、人を駄目にするおっぱいだ。

 五分くらい我を失っていると、妹と人工知能のジト目で見られていた。

「結局、絶対、愛人にしそうだね」

 エアの発言に、ぐうの音も出なかった。



 激動の朝が過ぎ。

 僕は珍しく一人、一日分の労力を使い切って倒れ伏せていると、キャンプ地にローンウェルが現れた。

 ちなみに、姉妹はグラッドヴェインの宿舎に、ランシールは引っ越しの荷物を取りに、マキナと雪風は草原を散歩だ。

「どうした?」

 彼が、ここに来たのは初めてである。

 理由を聞こうとしたが、色々用は在り過ぎた。

「リーベラ様の見送りに行ってきました」

「そうか。何かいっていたか?」

「はい、ソーヤさんと二度と会いたくないので、土地を離れる時は文を送ってくれと。緊急時の連絡方法はこちらに」

 差し出されたスクロールを受け取り、テントに投げ入れた。

「カルゴフは何かいっていたか?」

「いえ、これとして別に」

「そうか」

「母から言伝が、息子を良く使ってくれとの事です」

「いや、使うのはその息子で。僕は君らに使われる側だぞ?」

 僕は相談役だ。

 この役目で十分。富にも権力にも興味なし。これは冒険の暇<いとま>なのだ。

「ソーヤさんがその気になれば、二つの商会、いや、四つの商会は付いて来るでしょう。店頭販売を見て、あなたの顔を覚えた料理人も多い。彼らの賛同を得るだけでも、商会は一儲けできる。どうです。これを機に、冒険者を引退して商会を率いて見ては?」

「おいおい」

 それじゃ色々と本末転倒だよ。

 商会の仕事は、冒険の暇<いとま>なのだ。それを本業にしてしまっては、ここに来て、居て、生きる意味が揺らぐ。

「ま、半分冗談ですが。これを一番最初に提案したのが、ザヴァ商会だという事を忘れないでください」

「半分了解。しかし、リーベラの件でもっと小言をいわれるかと思ったんだが。君らは提携する事は賛成だったよな?」

「あの時は、です。これは昨夜のレムリア商会長会議で知った事ですが、中央大陸出身の商人達が、レムリアの商会と袂を別ち、別の商会集団を結成したそうです。この状況で、リーベラ様と業務提携をしていたら、ザヴァ、エルオメア両商会は板挟みで困窮していたでしょう。てっきり、これを知ってソーヤさんはリーベラ様を叩いたのかと」

「僕は別件が原因で叩いた。まあ、リーベラという男は難事を抱え過ぎていた」

「レムリアに残って、中央商人達と組まれても厄介でしたし、あなたの判断はとても正しかった」

「………………そうか」

 正しいか。

 複雑な心境だ。

「そうそう、話は変わりますが。ザヴァ商会でも乾燥パスタを売りに出す事にしました。エルオメアの奴も、海藻を混ぜたパスタを販売するそうで。我が商会も負けずに、鶏卵を使用した高級品質パスタを作り、販売予定です。それでソーヤさんに相談なのですが、名前を付けていただきたい。あなた、そういうの得意でしょう?」

 得意というか。現代の商品名を、そのまま付けているだけなんだが。

 高級な鶏卵を使っているわけだから、鶏卵パスタ? いや、安直か。元々捨て値で買い取った小麦なのに、これで幾ら儲けるつもりなのやら。

 ふと、リーベラの子供に向けられた敵意が思い浮かぶ。ただあれは、敵意というには未熟で、その後の、捨て犬のような表情が印象に残った。

 だからか、

「捨て犬のパスタ」

 というネーミングが浮かんだ。

「え? ………………本当にそれで?」

「え? まあ、それで良いならそれで」

 ローンウェルが冗談でしょ? という顔になる。嫌なら違うのにすれば良い。素人に商人のネーミングなど頼むな。

「わかり、ました。きっとソーヤさんの事だ。深い理由があるのでしょう」

 そうやって、ローンウェルは去っていった。

 僕は今日も、冒険の暇に体を置く。

 異世界の空を眺めながら、次の冒険の英気を養う為。明日から本気を出す為に。



 そして、レムリアの商会が数々の乾燥パスタを販売する中、ザヴァ商会が売りに出した“捨て犬のパスタ”は、味、形、食感と素晴らしい品質になったが、

 全く、

 売れなかった。


 <おわり>



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