<捨て犬のパスタ>5
色々と準備を行い、済んだのはお昼時。
ただ今、ザヴァ商会の二階で試食会である。
「ん~これは中々。でも少し匂いが気になりますな」
と、ローンウェルが感想を口にする。
「いや、いやいや、ローンウェル。この、ちょっとした生臭さに変った風味。これが受けるのだ。こういう味を強い酒で流し込むと、実に美味になる」
と、カルゴフの感想。
二人が試食しているペペロンチーノには、イワシの塩漬けをオリーブオイルで漬けた――――いわゆるアンチョビが入っている。
僕らが冒険中に、マキナがゲトさんから大量のイワシを貰い密かに作っていた。
目減りした醤油の代用として、ついでに魚醤も作っていた。流石、二十一世紀の元お料理ロボットである。
「とりあえず、手軽にパスタに混ぜて見たけど、酢やマヨネーズ、胡椒なんかと混ぜて煮野菜のドレッシング。芋とトマトのスープに混ぜたり、オリーブオイルの油鍋なんかでも美味しいと思う。チーズと一緒にパンに乗せたりとかも。保存期間も瓶が未開封なら半年以上は持つ」
嬉しい問題は、作り過ぎて売るほどある事だ。
海洋資源が魚人の資産である以上、魚介の食物は必然的に高級品になる。普通の商人は、そもそも魚人とのパイプがないのだ。
「さて、お幾らだ?」
一瓶、500g入り。
「銀貨3枚」
とローンウェル。
「金貨1枚」
とカルゴフ。
「じゃエルオメア商会で販売を」
「おす!」
カルゴフは空手部員のような気合いの入れ方をする。
「カルゴフ、高すぎないか?」
ローンウェルの質問に対して彼は、
「我が商会は、小規模ながら魚介を取り扱う数少ない店だ。しかし鮮度が問題になるので生の在庫はあまり持てない。高級料理店も客の予約がなければ買ってくれない。干物以外に、こういう保存が効くものを待っていたのだ。流石ですぞ、ソーヤ殿」
「んじゃ取りあえず、50瓶で良いか?」
「はい、評判なら後々数を増やせますかな?」
「一月後になるが、それで良いなら」
「構いません」
予想外の価格だ。
半分は借金の返済に回して、残りは冒険の資金だ。僕のパーティ、ダンジョンで全然儲けていない。
「商品は明日持ってくる」
「了解です」
ノックがして、ザヴァ商会の店員が顔を出す。下にリーベラが来ているとの事。
僕は席を立つ。
「じゃ、今日はこれで」
「ソーヤさん」
「ん?」
ローンウェルに呼び止められる。
「母にリーベラ様との提携の話をしたら反対されました。豪商とまで呼ばれた男となると、ケチの付き方も大きく取り返しのつかない物だと。まあ、そういう事です」
「すまん助かる」
「いえ、気になさらず」
「どういう事だ?」
疑問符を浮かべるカルゴフを部屋に置いて、外に出た。
階下に降りてリーベラと目を合わせ、
「ちょっと付き合ってもらいたい場所がある」
「ええ、どこでも」
見通しにくい表情でリーベラは答える。
彼を連れて街を歩く。
時刻は昼。人通りの激しい時間だ。
「まず礼を。レムリアの許可を得て、奴隷は今朝がた全て農耕地に移動させました」
「奴隷ではない。農夫だ。そこを間違えて発言すると、首を括る事になるぞ」
「これは失礼を。しかし、一つ解せない事が」
来たか。
「全員を農夫にするのは利益の損失ですよ。人は常に適材適所、土弄りが不得手な者もいます。前にいったように、調理や様々な職業の下働き。そして、美しい獣人もいます。よろしければ、一度試していただきたい。他の種族の女では満足できなくなるのが問題ですが………………例えばエルフとか」
「ほう」
僕が、エルフと婚姻を結んだのは知る者は多い事だ。薄暗い連中に恨みも買っている。僕の弱味を握っておきたい人間も沢山いるだろう。
「だがさ、適材に人を配置したのでは、あんたに得が生まれる」
「得とは?」
とぼけた質問だ。
「元奴隷達の信頼だ。あんたの命令として、今日から彼らを徹底的に締め上げる。適材と真逆の仕事を振り分ける。リーベラ、徹底的に恨まれてもらうぞ。彼らがあんたに殺意すら抱いた辺りで、我が商会が手を差し出し助ける。信用は我らの物だ。人の信とは実に手堅く、確としたもの。金に換えられない」
「………………なるほど………確かに」
少し揺さ振れた。
腹に抱えたもの、それを吐き出してもらう。
通りと人波を離れ、王国の外周に向かう。
物見の塔を上り、外壁の上に。
ここからだと街の全貌が良く見える。そして改めて、とてつもなく大きなダンジョンを視界に収めた。
「あんた目は良いな、視力的な意味でな」
「ええ、もちろん」
僕が指をさす方、50メートル先には二階建ての建物がある。
周囲に人の姿がなく、また荒廃の様子から隣接する建造物にも、長く人は入っていない。
「………………」
ようやく、表情に本性が出たな。
人を食って大きくなった豪商の顔だ。
「あの13人の獣人、見覚えはあるな?」
建物の二階。
窓や戸板が剥がされ見やすくなっている。そこには、目隠しをされ、椅子に縛り付けられた老若男女の獣人が並べられていた。
「さて………………誰ですか?」
様子見か、リーベラはとぼけてみた。
僕は弓を構え、矢を番える。
「伊達でエルフを妻にはしていない。ヒームの弓使いなら、この王国では五本の指に入ると自負している。その証拠は今見せよう」
ラウカンの剛弓は、恐ろしき張力を溜めてしなる。まるで、獣の唸り声のような素材の軋み。
矢を放つ。
たった50メートルの距離。秘めた威力は、風や重力に負けず、真っ直ぐ獣人の頭を貫いた。
「よし当たった」
頭を貫かれた獣人が椅子ごと倒れる。
リーベラの杖を持つ手が震えていた。
「悪趣味な真似事しますな。獣人や他種族に偏見のない男と思っていましたが、これではエリュシオンの駄貴族と同じです」
「ああ、僕も心は痛むよ。獣人の友人は多い。あそこに並んでいるのが、彼女達なら僕は何をしても止める。お前と違ってな」
もう一矢番える。リーベラを睨み付けたまま矢を放った。
女の心臓を貫いた。
テュテュと似た猫の獣人だった。
「的は後11」
「あなたは、何をいわせたい?」
「それはお前が考えろ。僕は商人ではない。ただの相談役。ただの冒険者。ただの、異邦人だ。お前らの企みに巻き込まれるのは、うんざりなんだよ。くだらない謀<はかりごと>は勝手にやってくれ。但し、僕の視界の外でな」
矢は、年若い獣人を貫く。即死だ。
「残りは10だ。その沈黙に、三人分の命の価値はあったのか?」
「………………」
目の色が変わった。
「アガチオン」
僕が叫ぶと同時、
矢筒から抜け出た大剣が、リーベラの仕込み杖の刃を受ける。
「何っ」
「最初から、そうしていれば良かったのさ」
リーベラは、驚きはしたものの早く鋭い斬撃を放つ。しかし、全てがアガチオンに防がれ、五度目の斬撃で杖の刃が砕ける。
「殺すな」
大剣の刃がリーベラの喉元で止まる。
「これは、まさか聖剣アガチオンか」
「さあね、勝手に懐かれただけだ」
更に三人を射抜く。
「残り7人。さて、まだ沈黙を守るか?」
「何が目的なのだ?」
「だから、あんたの目的を知る事だって」
矢を持つ手で、虫の死骸を取り出す。
バッタに似た小麦色の虫だ。
「こいつは、小麦を主食とする害虫らしいな。産地までは分からないが、中央大陸の虫だ」
夜行性で、昼間はコロニーを作り、夜になると麦を食い荒らす。中央大陸の産の小麦、エリュシオン小麦を好んで食べる害虫。
「ああ、持ち込んだのは私だ」
「理由を話せ」
「虫害を起こし、エリュシオン小麦を暴落させ左大陸小麦を市場の主流にする為だ」
「それは、最終的な目的ではないだろう?」
また一人、射る。
残り6人。
「リーベラ、解せない事が沢山ある。噂では、お前は第七法王の失脚でエリュシオンを追われた。王曰く、お前の目的はエリュシオンへの復讐だ。小麦を暴落させ、レムリアとエリュシオンの力関係を揺さぶるのは、ある意味復讐だろう。
だがな、落ち目のエリュシオンは同盟国に舐められるような事は、絶対に許さない。下手をすれば、次々と同盟関係を解消する国が現れる。見せしめを探している所だろう。
だがある意味、その見せしめを退ける事ができれば、反エリュシオンの筆頭国になれる」
レムリア王は、その筆頭を狙っている。
名誉欲とは恐ろしい呪いだ。
老いを重ねた人間にこそ、暗く憑り付く。
「この国は、まともな戦争経験がない。エルフとの争いを国の商人達は戦争というが、あれはエルフの内輪揉めが原因。つまりは、戦争になればそれを転がす奴が必要になる。兵糧、人材、鍛冶、まあ上げていたらキリがない。もちろん、うちの若い商会長では力不足だ。エリュシオンの元豪商が必要になる。あんたは、さぞかし活躍するだろう。でもな、それも目的ではないだろ?」
違う。
こいつの目的はこれでもない。
二矢を同時に放ち、急所を射抜く。
残り4人。
「仮に、レムリアを戦争状態にする事ができても、お前は活躍できない。レムリアの商会連合は、過去にどんな名声を持っていても、いや、名声を持っているが故に、エリュシオンの商人は信用しない。それが失脚し、追われて、復讐が目的だと予想される奴でも」
この辺りは、ローンウェルの母親の言葉が決め手だ。
この国の商人達は、大なり小なり中央大陸の連中にコンプレックスを持っている。例え、分の悪い賭けや、不透明な取引でも、中央の連中に力を借りるくらいなら自力でやるのだ。
その派閥精神、田舎者根性を、豪商が知らないとはいわせない。
「さて、まだ沈黙を守るか?」
また一人を射抜き、残り2人。
老人の獣人と、子供の獣人だ。次は老人を射抜く番だが、飛ばして、子供の方に矢を向ける。
些細な動きだが、それでリーベラは察したようだ。
「や、止めろ!」
「あの子供は、目鼻がお前に似ているな。愛人との子供か? 酷い人間もいるものだ。自分の子供を密偵に育てて使うとは」
「貴様がそれを口にするのか!」
リーベラが叫ぶ。
やっと、感情的になってくれた。
「お前、まだ自分の立場が分かっていないようだな。この世界の豪商って奴はアホなの?」
弓を大げさに引く。
「待て! 待ってくれ! 子供だけは、子供だけは待ってくれッ!」
「アハハハハハハハッ、なあ、そんなに大事なら、てめぇのガキを密偵なんかにするんじゃねぇよ」
矢を放つ。
「なっ」
矢は、老人を貫いた。
リーベラは腰が抜けたように倒れ込む。
「矢が切れた。だから、これが最後の問いかけだ」
中空に浮かぶアガチオンを取り、弓に番える。
情報を頭の中で整理する。
何となく読めて来た。
これは、本筋は極々簡単なものなのだ。それを偽装してごまかしていた。それだけの話。
「リーベラ、お前は第七法王に付いていた商人。だが、しかし、他にも懇意にしている法王がいた。その二人を天秤にかけ、軽かった第七法王を失脚させた。エリュシオンを追われたのは作り話だ。そのカバーストーリーを利用して、レムリアに食い込み、反エリュシオン勢力を見つける。
若い商会を足掛かりに、あわよくば内側に潜む。それが、お前の目的だ」
こいつは、商人の服を着た二重スパイだ。
まあ、シンプルに考えれば簡単な事だった。豪商とはいえ商人が、この数の密偵を率いる事などできない。よくて用心棒や傭兵くずれ。下手な商人が密偵など雇えば、財産を丸ごと盗られてしまう。そういう者の扱いを知っているのは、自らもそういう者なのだ。
「二、三、違うな」
………………違うのか。やっぱり僕は向いていない。こんなヤクザまがいの仕事は、これで最後にしよう。
「まず、私を雇っていた法王は三人だ。二人の命令で、第七法王を失脚させた。実に笑えるのが、その二人だ。今度は自分達の番だと私を恐れ、エリュシオンから追い立てた。
あの小麦と奴隷は、手間賃と退職金代わりに盗んで来た物だ。豪商の名声や、商人としての気概など、私にとっては傷んだ古着に過ぎない。
しかしな、本当の性分というものは血と骨のように捨てられないものだな。知らず知らずに、人の弱みと国の脇腹を探ろうとしてしまう。勘違いさせてすまなかった。だが私は、ただこの国で、穏やかに生きたいだけだ」
「そうか」
嘘をいっているようには見えない。
「それを信用すると思うか?」
見えないだけだ。
アガチオンを放った。
「あ」
と、間抜けな声を上げるリーベラ。
遠くからでも大剣が突き刺さった音が聞こえる。子供を貫き、壁に縫い止めていた。
呆然とそれを見る。
リーベラは、急激に老け込んだ姿になる。
「父上!」
そんな様子を見て、獣人の子供が彼に駆け寄る。
他にも、主人の危険を知らされ集まった老若男女。全員で13名の獣人。
「馬鹿な」
ついさっき、射<い>殺された者達である。
「よく見ろ」
今一度、僕は指さす。
50メートル先の建物、死体の映像がブレて消えた。
「幻だ」
正確には、向こうに設置した雪風のプロジェクターによる投影映像。バグドローンで撮影した画像から、モデルを起こして表示していた。
流石に近くで見るとアラが多いが、ここまで距離を離すと本物に見える。
僕一人では、13人の密偵を捕らえる事はできない。一人でも残せば報復に神経を削る事になる。一人一人始末して行く時間もない。一か所に集め、一掃する必要があった。
密偵達も、さぞ驚いただろう。
自分を含め仲間が殺されているのだ。しかも、主人が危機的状況なのだから集まるしかない。リーベラの反応が遅れた原因も、真贋を見極めていた為だろう。
「だが、次は現実だ」
弓を背負い、戻って来た大剣を手に取る。
剣の腹に指を這わせる。コーティングを剥いだ姿は、鈍い赤色の刃である。組成は、現代世界においてもハイエンド級の硬度を持つウルツァイト窒化ホウ素。これに再生能力と何かしらの知性まで付与してある。
異世界の技術は、所々現代世界を軽く凌駕している。
「このアガチオン。何でも獣人500人を斬り殺した魔剣だ。13人なら何秒で殺せるかな」
僕の殺気に13人が頼りない得物を取り出す。
「残念だが、それでは届かないよ。返り血すら浴びず君らを殺せる」
「止めよ」
リーベラが、制止する。
アガチオンを知っているなら正しい選択だ。
「私の負けだ、異邦人。要望をいえ従う」
「密偵達と共にレムリアを去れ、農耕地の奴隷の中に混ざっている者だ。船の手配はしてやる。ここ以外の大陸で、飼い主を見つけるんだな。飼い犬は、冒険者の街には相応しくない」
拍子抜けした顔。
手足の一つでも覚悟していたのだろうか? それじゃ、僕は本当にチンピラかヤクザになる。
「………………そうだな、狂犬に出会って己の本質がよく分かった。礼をいう」
「本当にそう思うのなら、二度とレムリアに関わるな」
「頼まれても。ごめんさ」
息子に支えられリーベラは立ち上がる。
隣の小さい睨み付けに、僕は何ともいえない表情を浮かべた。
「貴様はどうだろうな」
去り際にリーベラの言葉。
悔し紛れとかそういう意味ではないと思う。真実に感想を口にしただけだ。
「狂犬を飼おうとする者はいない。持て余したレムリアの者は、お前を追い立てるだろう。その時、貴様はどうするのだ?」
「忘れたか、僕は異邦人だ。その時は静かに去るさ」
「静かにか、そうはならない。それだけは断言してやる」
似た者の予言に、笑みを返した。
僕は何の感想もなかった。
普通に見れば、こいつの境遇には同情できる部分はあるのだろう。ただ、僕の国にこんな言葉がある。郷にいては郷に従え、だ。それを守れない者に同情はできない。知った事ではない。
「さあな」
だから、適当にそう答えた。
捨てられた飼い犬達に、もう何もいう事はない。
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