<捨て犬のパスタ>2
ひと段落してザヴァ商会の二階に上がった。
何やら話があるとか。
「ソーヤ殿! お疲れ様です!」
巨漢の男が椅子に腰かけたままテーブルに頭突きした。男の名はカルゴフ。エルオメア西鳳商会の若き商会長である。
「いやぁ、売れましたね。ここからでも盛況が聞き取れました」
その隣に座っているのが、営業スマイルが芯まで身に付いた優男。こいつの名はローンウェル。母の代わりに、ザヴァ夜梟商会の商会長を務めている。僕と同じ、商売の神グラヴィウス様の眷属でもある。
「ふむ、紹介してもらえるだろうか?」
その二人と向き合い座る、初老の男が一人。
白髪混じりの長髪で、頬がこけた痩身である。杖を持ち、身なりは良い。所々金刺繍されたローブを羽織っている。指輪やネックレスも、数は少ないが貴重で高価な物だ。ぽっとでの成金がやるようにジャラジャラと付けていない。品が良い身に着け方である。
「こちらはソーヤさん、エルオメア商会、ザヴァ商会の相談役です」
ローンウェルが初老に僕を紹介する。
僕は軽く会釈した。腰は降ろさない。何となくだが。
「どうも。異邦のソーヤです」
「ほほう。異邦人の方ですか、これは珍しい人材だ」
珍しい程度なのか。
この異世界、僕と同じような人間はどのくらいいるのだろうか? 微妙に気になる。
「私も挨拶をさせてもらいます。私の名は――――――」
「リーベラ・アラルレド、とか?」
男性の声を遮り、ぽつりと言葉を当てる。
軽い沈黙。
「ふむ」
焦るわけでもなく。初老の男性は穏やかに話す。
「驚きましたな。こんな知恵者がいるなら、若い二人の商会が栄えるはずだ」
「商会の繁栄は二人の力で、僕の助力は微々たるものだ」
謙遜ではなく事実である。
「何をいいますかソーヤ殿! 異邦の知識から作り出した数々の商品。それなくして、最近の売り上げはありませんでした!」
カルゴフが暑苦しく僕を褒める。そういうの止めて欲しい。てか、名前を当てたのは、王様の助言ありきだからね。
「それで、顔見せと挨拶が用件で?」
僕は商人ではない。冒険者だ。
面倒な建て前はいらない。話と用件の伝えは早い方が良い。
「ソーヤさん、実はザヴァ商会とエルオメア商会はこの度、リーベラ・アラルレド様の商会と共同で商売をしようと考えています。その旨を相談役のソーヤさんにも伝えておこうと」
落ち目とはいえ、中央大陸の豪商だ。良いビジネスチャンスだと思う。商売の場数も、僕らと比べたら段違いだろう。そういった人間と共にいる事は、貴重な経験になる。
「私は中央大陸では豪商と呼ばれていたが、この右大陸ではまだ勝手が分からない。だからこそ、この地の商売で、新進気鋭の若い商会と同格の付き合いを―――――――」
「待った」
遮る。
一つ、おかしな事をいったな。このおっさん。
「同格の付き合いとは?」
「確かに、若く経験の浅い商会ではあるが、それを踏まえても同格の付き合いを、と」
「それは違うな」
豪商だからそれなりの人物だと思ったが、欲が見え見えだ。
「あんたが下になって、この二人と付き合うなら、相談役として共同の商売を支持する。それが認められないのなら、反対する」
「え、ソーヤさん?」
「ソーヤ殿。リーベラ様は中央大陸では五本の指に入る豪商ですぞ。そんな方と同格の商売をできるだけでも」
二人の意見はごもっともだ。相手は、王族に匹敵する資産と権力を“持っていた”商人である。
しかし今は、
「豪商だった。だろ? 懇意にしていた第七法王の失脚と共に、この男は中央大陸から命からがら逃げて来た。傷んだ船で再度沖に出たのは、追っ手を恐れての偽装だろう。船を適当に沈めて、こっそりとレムリアに侵入した。あんたが沈めた船な、魚人の住居を壊したぞ。小麦を売った小銭の中から、その補償をしてもらえるか?」
二人の若い商会主が、元豪商を疑惑の目で見る。
中央大陸の一大国家であるエリュシオンに、この男は命を狙われているのだ。これは多大な負債だ。
「補償、といわれても陸の人間が魚人の為に金銭を払うなど」
リーベラは極一般的な意見をいう。
ごまかしのつもりだろうが、ここに例外が二人もいる。
「僕とカルゴフは、魚人と懇意の仲だ。それを捨て置いてあんたと付き合う事はできない」
「ソーヤ殿。それは、まことですか?」
「今朝ゲトさんから聞いた。間違いない」
カルゴフが険しい顔を浮かべ口を開く。
「………………リーベラ様。申し訳ないが、自分は内縁の妻が人魚である以上。この補償を拒むなら、今回の話なかった事にしたい」
ローンウェルが大変すまなそうな表情を浮かべていう。
「リーベラ様、申し訳ございません。ザヴァ商会として、エルオメア商会と共同でないならこの話はなかった事に」
「………………」
表情は一切崩さないがリーベラは重たい沈黙を纏う。
「なるほど」
だが一瞬で目の色を変えた。
「魚人と付き合いのある商会とは、これは素晴らしい商売ができるでしょう。その補償、すぐにでも支払います。そして、同格という言葉を取り消したい。私はお三方の下で結構。ただし、一つだけ条件をいって良いでしょうか?」
変わり身の早さに驚いてしまった。
しかも、エリュシオンと揉めている事を上手く流している。
「従業員家族54名。奴隷145名の生活の補助をお願いしたい。それが守られるのなら、リーベラ商会の名を、ご自由にお使いください」
名を使うか、ザヴァもエルオメアも若い商会だ。
商会の年齢とは信用に繋がる。
左大陸の諸王関係者や、中央大陸からあぶれた貴族、上級冒険者、そういった連中は老舗の商会と取引したがる。若い商会が、そこに入れるなら大きなチャンスだ。
が、国家一つに睨まれても得たいチャンスか?
危険は危険だ。
しかし場合によってはそれこそ利益になる。
二人は反対しないだろう。ここ最近の一般的な商人の考えは『エリュシオンは長く持たない』なのだから。
だが問題が一つ。
「奴隷ですか………………」
カルゴフが神妙な面構えになる。
「奴隷は、ちょっと」
ローンウェルも同じ顔。
レムリア王国では奴隷制は存在しない。それを許すと、冒険者が奴隷を囲いダンジョンに潜らせるという状況が生まれる。『奴隷冒険者』などというものが大昔にあり、その連中の反乱で国が滅んだそうだ。
“冒険者は自由な生き物である。”
レムリアがそういう旗を掲げている以上、これからも奴隷制は許されないだろう。
ただ例外が一つだけある。
同盟国であるエリュシオンから借りている農奴である。
彼らは、同盟国の食という生命線を支える為存在する。………というのが建て前で。エリュシオンの本音は、同盟関係を悪化させた場合、食を支える農奴を引き上げるぞ、という脅しだ。
王は、何か昔にあったらしく。
レムリアに奴隷を入れると厳しく罰する。
先月も、リーベラのように中央大陸から逃げて来た商人が奴隷を囲っていて、処刑され財産を丸々没収された。少し厳しすぎるとも感じるが、一介の冒険者が王に言及する事ではない。
慎重な案件だ。多少王の覚えが良い僕でも、気を付けないといけない。
「リーベラ。その奴隷は、何ができる?」
「農業に食事の支度。掃除洗濯、身の回りの世話、各職種の下働き。もちろん男や女の世話もです。皆、健康で頑丈な獣人ですよ」
食事の支度や掃除洗濯は商会経由で斡旋できる。農業か、これは王に聞いてみたいと。吉と出るか凶と出るか、怖いな。娼館の仕事は、本人達に聞いて見ないと何とも。
「後で細かい条件は出すが、まず従業員家族の面倒はザヴァ、エルオメア商会が半々で持つ。ローンウェル、カルゴフ、大丈夫か?」
「ええ、最近事業の拡大で人手が欲しかったものですから。リーベラ商会の従業員なら喜んで引き受けます」
「ローンウェルに同じく」
二人は快く了承してくれた。
「次は奴隷の問題だが、リーベラ、あんたこの国では奴隷制が禁止されているのは知っているな?」
「ええ、もちろん。しかし抜け道は幾らでもあるでしょう?」
「それは確かにある。だが、あんたの奴隷にそこまでする理由がない」
「優秀な奴隷ですよ。このまま放逐するのは非常に損だ」
「これは、損得の問題ではない。信頼の問題だ」
僕は今、王の機嫌を取りたい。出涸らし豪商の為に信頼を失いたくない。
「しかし、何か手はあるのでしょ?」
流石だ。
場慣れしている。僕に手段がある事を読み切っているな。
「あるが、最悪の場合。放逐してもらう。何、飢えて死なすような事はしない」
「ふむ………………生命の保障をしてくれるのなら。奴隷の扱いは最悪でもそれで良いでしょう」
ここで、奴隷の身を一切案じないなら取引は中止していた。
それともこれも読まれたのか?
「ちょっと失礼」
一旦、部屋を出る。
「雪風、何人いる?」
腰に付けた、カンテラに偽装した人工知能に語りかける。
『はい、バグドローンの光学スキャン。微弱パルスの探知によりますと三人です』
「画像見せてくれ」
『了解であります』
メガネの液晶に人物の画像が表示された。全員獣人だ。二人は知らないが、一人は知っていた。隠れている位置も表示される。
部屋に戻って、
「失礼」
窓を開けて屋根に向かって話しかけた。
「カロロ! ちょっと相談がある! 入ってくれ!」
えー、と小さい声の後、メイド服の褐色の猫獣人が部屋に飛び込んで来た。
「あんた、いつから気付いていたミャ?」
「今、気付いたミャ」
商人二人が目を白黒させる。
「こちら、カロロ。たぶん、レムリア王の密偵で、リーベラあんたを監視中だ。それと、あんたも密偵もどきを放っているな」
「ほう」
リーベラから表情が見えなくなる。
「僕らの下に付く気があるなら、こういう隠し事はなしにしよう。次に同じ事をしたら、全ての契約を如何なるタイミングであれ無警告に、解消する。加えて、国家転覆の目論見をしていると王に密告する。良いか?」
「私は追われた身の故、作法を忘れてしまいました。詫びをいわせてもらいます。あなたに隠し事しても無駄なようだが、エリュシオンの密偵がこの王国にもいる。それに対しては対抗策を」
「という事なので、このカロロを護衛に付ける。腕はまあまあだけど。王属である以上、エリュシオンの揺さ振りに使える。まあ、レムリア王のご機嫌次第だが」
「なるほど………………ソーヤ様。あなた王族とも付き合いがあるので?」
「それは秘密だ」
王とは共犯者という意味での協力関係だ。簡単にいえる事ではない。深くツッコまれれば弱みを晒す事になる。
「ちょっとソーヤ。勝手に話を進めないで欲しいミャ。王様の命令は、そこのおっさんが危険な時に守るように、ミャ」
「んじゃ護衛でいいだろう?」
「………………そういえばそうミャ」
大丈夫かな、こいつ。
しかしエリュシオンの密偵も、同盟国の部下には簡単に手は出さないだろう。盾には使えるはずだ。念の為に釘も刺して置く。
「今、明言できる一つの条件として。リーベラ、あんたが自分の元従業員、奴隷に会うさいに、このカロロを必ず同席させる事。会話の内容を文書に起こし、僕に渡す事。
断言させてもらう。僕が、あんたを王に会わせる事はない。何故なら信用していないからだ。そして、初手から虚言を混ぜて来た人間を、僕はこれまで一度も信用した事はない。上から信用されていない人間が、どんな仕打ちを受けるのか、あんたほどの商会主なら良く分かっているだろう。それでも尚、ザヴァ、エルオメアの下に着くと?」
ビジネスチャンスには変わりないが、個人的な所は怒って店から出て行って欲しい。
守りに入った商売が脆いのは分かる。
でも慎重かつ手堅く商売をしてもらいたい。冒険以外の事で揉めるのは勘弁してください。成り行きで商会の相談役になったけど、これ以上の業務は冒険業に支障をきたす。
「良いでしょう」
「そうですよね。豪商と名高い人がこんな条件は飲めない………………えぇ?」
あっさり了承したぞ。
あっさり過ぎて裏に何かありそうだ。いやだが、これだけ締め付けておけばいざという時には。
「自らの神に誓えるか?」
「誓いましょう」
リーベラが杖の中から羽を取り出す。細長い羽だ。
誓えるのか。
「諸王の輝石たるミネバ姉妹神、その中でも優艶とうたわれし、我が神メルトヴィウス。その透明さを以って契約を確となせ。その尊顔を今ここに」
光が弾け、現れたのはクジャクだった。
「………………」
メスのクジャクが、ちょこんとテーブルに降り立つ。
クジャクというのは派手で美しくイメージだが、あれは全部オスである。自然界の生き物で派手なのは、メスの気を引く為のオスの進化だ。
つまり、メスのクジャクというのは小さくて地味。首を長くしたハトのようにも見える。
「リーベラ、健やかですか? 最近、商いと関係のない悩みで心を痛めていると聞きました。慣れぬ大陸の風に、肺を病むような事がないよう温かい恰好をしなさい。水にも気を付けなさいね。しっかり火にかけて沸かしてから飲むように………あら、カルゴフ? あなたも一緒でしたか」
リーベラとカルゴフは同じ神の眷属だった。
カルゴフが机に頭突きしそうな勢いで頭を下げる。
しかし、何だか、大人しい感じの神様だ。人当たりが良いというか、庶民的というか。神様って独特な威圧感を持っているのだが、この神にはそれがあまり感じない。
「メルトヴィウス様、我が身を第一に案じてくれて、真に嬉しく思います。此度は彼の者達との契約の証人として、召喚させていただきました」
「はい、我が眷属と契約せし者よ。名乗ってください」
「異邦のソーヤです。少しお待ちを」
僕も慌てて羽を掲げる。
自分が契約した商売の神、ミネバ姉妹神のグラヴィウス様を呼び出す。
光が弾け、一羽のフクロウが舞い降りる。何故か、僕の頭に着地した。鉤爪がちょっと痛い。
「何用か? ………まさか、メルトヴィウス。また我の眷属をたぶらかしに来たか?」
「いえ、お姉様。今日は我が眷属の契約の証人として呼び出されました」
「どうだか」
険悪な雰囲気である。
い、痛い。グラヴィウス様、爪が、爪が頭皮に食い込んでます。
「二神に立ち会っていただく今日の契約の内容は、我がリーベラ商会は、ザヴァ商会、エルオメア商会の庇護下に入り、その業務の命令を厳守し、適正な額の利益の一部を献上する事、です」
「待ってください」
リーベラの一方的な契約内容を止める。
何か、焦りのようなものを感じた。
「リーベラ商会の財産を一時預かり、適正に振り分ける、を付け加えてください」
「………………良いでしょう」
これも良いのか。くっそ怪しいぞ。
「分かりました。我が眷属と契約を成す者、ソーヤよ。この契約を双方の利益とし。また、我が眷属をその庇護下として、守り、慈しむ事を望みます」
メルトヴィウスが僕に向かってそういう。
できれば商会二名のどちらかを契約の代表にしたかったが、これも成り行きだ仕方ない。
「グラヴィウスの眷属。異邦のソーヤ。了解致しました。あなたの希望に添えるよう、心から努めさせていただきます」
嫌な予感がする。
毒餌を口にした気分だ。それも遅行性の質の悪い奴。こういう予感は何故か当たるのだ。
「では、我が眷属。そしてそれに連なる者に健やかな運命を」
メルトヴィウスが羽を広げて光に消える。
グラヴィウス様も帰ると思ったのだが、帰らなかった。つ、爪が。かなりがっちり頭に刺さっている。
「ふむ、今日はこの辺りで良いですかな?」
「契約の詳細は後日まとめて出す。カロロ、後は頼むよ。レムリア王には僕から伝えておく」
「なーんか、腑に落ちないミャ」
リーベラがカロロを伴って部屋から出て行く。
「ソーヤ殿。ローンウェル、自分も今日はこの辺りで」
後に続くようにカルゴフも部屋を出て行く。
「では僕も」
と、出ようとしてグラヴィウス様の爪が更に食い込んで短い悲鳴を上げてしまう。
「話がある。我が眷属達よ」
「いだだだだだだっ、ぐ、グラヴィウス様。血、血が出て」
「我と相談もなしにメルトヴィウスの眷属と契約しよって、痴れ者め」
「え、それはどういう?」
グラヴィウス様が一羽ばたきをして、ローンウェルの肩に止まる。
「グラヴィウス様、どういう事でしょうか?」
彼もよく分かっていないようで、神に訊ねる。
「メルトヴィウスは、我らミネバ姉妹の中で最も多くの男女から求婚され、人から金品を巻き上げた女だ。更にそれをパンでも振る舞うかのように、人々に分け与えた。ミネバの名の元、商売の神として崇められたが、我は未だあれを商売の神として認めたくはない。人の打算の中に、平気であの女は感情をブチ込む。しかも不思議とそれがまかり通る。有利な条件であれ、契約の規範全てをひっくり返される危険がある。あの眷属も、どこかしら似た常軌を逸した物を持っているだろう」
また一羽ばたき、今度は僕の膝に着地。
「それを、我に相談もなく決めよって」
連続で腹をついばまれた。痛い。地味痛い。
「き、貴重な意見ありがとうございます。次からは先に相談をさせてもらいます」
「そうだ不埒者。大体、相談役のくせにこんな危険な事も知らなかったのか?」
「神様の事は詳しくなくて」
「まあまあ、グラヴィウス様。豪商リーベラと協力関係を得ただけでも、ザヴァ商会の大きな利益になります。良いではありませんか」
「ふん、その利益と商会ごと、丸々と奪われなければ良いがな」
神の不吉な予言は、当たらないよう気を付けなくてはならない。
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