異邦人、ダンジョンに潜らない。【2.5部】 パスタと魔王。

<捨て犬のパスタ>1

【70th day】


 僕は、

 ひょんな事から異世界に派遣され冒険者として日々を過ごしていた。

 楽しい事もあるが、苦しい事もある。

 美しい神と契約した。

 結婚(偽装)もした。

 妹ができた。

 信用に足る仲間と出会った。そして、別れがあった。

 紆余曲折。

 出会いと別れを繰り返し、僕は少しばかり成長した。

 しかし、冒険者としてはまだまだ新米である。

 しかも、悪名を広げてしまったせいで僕個人の評価はだだ下がりである。

 精進しなければならない。広めた悪名を濯ぐには、何倍もの名声が必要だ。それに、パーティのリーダーとして仲間の事を一番に考えなければならない。

 このパーティでは、この先、どんな理由であれ仲間は死なせない。

 これだけは絶対に守る。

 もし、次誰かが犠牲になるならそれは僕だ。メンバーには口にしていないが、友人を死なせた僕の償いであり、死命である。

 これだけは絶対に守る。矜持であり、一分<いちぶん>だ。

 僕らは、決意を新たにダンジョンに潜った。

 やはり手強い。簡単な道はない。進んで戻っての繰り返しで、それでも少しずつ糧を得て進む。時間は、余裕があるわけではない。だが慎重に歩くような速度で焦らずに。

 それが僕らの冒険である。

 さておき、そんな僕は今、パスタを茹でていた。

 何故か、パスタを茹でていた。


 事の起こりは五日前。


 中央大陸の豪商、リーベラ・アラルレドの所有する貨物船九隻が、レムリア王国の近港に到着した。到着というより、難破寸前の状態で何とかたどり着けた様子。

 海賊から逃げる為に嵐に飛び込み、船団が半壊、残った船もマストが全て破壊され、潮に流されるまま右大陸に………………そんな話である。

 船の積み荷は左大陸産の小麦。

 大量である。

 単純にパンにするだけでも王国の消費量の三年分に相当する。

 本来、中央大陸に向かうはずだったこれを、アラルレドはレムリア王国に格安で売りつけた。捨て値といってもよい。

 少し話はズレるのだが。

 主食、という日本語がある。

 欧米などでは薄い概念である。それというのも、お米という食品は栄養素のバランスが良く。これに二品も足せば日々生活して行けるほどの完璧食品である。

 その点、小麦というのは“主に食べる”という意味では多くの人間に食されているが、味なのか栄養のバランスなのか、毎日小麦オンリーの食生活というのはあまり聞かない。

 ここ、レムリア王国の食の体系は欧米型である。

 小麦や、芋、肉、豆を主菜として、様々な食材で腹を満たしている。

 そんな中に、格安とはいえ他所の大陸の小麦は居場所がなかった。

 安いといっても、未精製の小麦である全粒粉よりは、値段を高く設定しなければならない。変な価格破壊商品を流通させると市場が混乱する。王国が直で売る物なので、商人に悪影響を及ぼすような値段にはできないのだ。

 加えて、左大陸の小麦は、右大陸の小麦に比べ黄色味がかっている。馴染みのない人から見れば劣化しているように見えた。

 後、あまりパンに適さない。

 硬く、中はモチっとしてある種独特のざっくりとした食感。

 試供で王国内のパン職人に焼いて売ってもらったが、大変評判が悪かった。

 僕的には別に悪い味や食感ではなかったのだが、今流通しているパンを超える味ではない。そもそも、既存の食品を倒すには、それ以上の味と安さ、手軽さが必要になる。

 左大陸産の小麦にはどの要素もない。

 そして止めが一つ。

 小麦を売りつけたアラルレドが、逃げるように右大陸から去った。左大陸の本来の調理方法を、一切教えないで売り逃げしたのである。

 この理由は後述するとして、残ったのは大量の小麦。左大陸出身の人間もいたが、しっかりとした料理人がいない。

 そんな訳で、僕に王命が下った。

 “この小麦で何か作れ”というざっくりとした王命である。

 一応、レムリア王国に所属する冒険者として断るわけにもいかない。

 何故か、王様には異邦の調理人と勘違いされているし。いや、王様に食べさせたのはインスタントラーメンで、死んだ爺さんに王様にインスタントラーメン食わせたなどと告白したらボコボコに殴られるレベルの料理だが、何故か、面倒な事に、料理が上手いと勘違いされてしまった。

 もう正直、レシピとか限界超えているのに。

 ともあれ、まずはこっちの世界に連れて来た人工知能に小麦の分析をさせる。

 左大陸の小麦は、現代世界のデュラムセモリナ粉とよく似ていた。

 ようは、パスタの向きの小麦だ。

 そして僕は、パスタを茹でる事に。

「んじゃ、まずは茹でます。水の量は、パスタが並々浸る程度に。これに塩を2パーセント」

「はいニャ。2パーセントってどのくらいニャ?」

 金髪の愛らしい猫獣人が、手を上げて僕に聞いてくる。

「そうか。パーセントの概念がないのか」

「ニャ?」

 彼女の他に、30人ばかりの飲食店に関わる様々な人間が僕の前にいた。更にその後ろに、物見遊山な冒険者が入れ替わり立ち代わり、通り過ぎて行く。

 ここは、レムリア王国の目抜き通りに位置するザヴァ商会の本店前。

 長いテーブルに調理器具を広げ、看板を置いて、人を呼び込んでいる。

 看板の内容は『新料理、調理方法、説明会。無料、注意・無料です!』と異世界の言葉で書かれている。文盲向けの呼びかけも、商会から人を借りて行っている。

「このずん胴の水の量に対して、この程度の塩加減」

 ずん胴鍋の容量は6リットルほど。目分量で2パーセント塩投下。パスタも入れる。

「なるほどニャ」

 金髪の獣人、テュテュはメモを取る。

 今入れた、この乾燥パスタ。

 冒険者組合の素材回収係・精肉店部門の制作である。

 ダンジョンの三階層にある薫製室を間借りして作った物だ。

 初の乾燥パスタ作りなので少し形が悪い。微妙に歪んでいたりする。後、ベーコンの匂いが染み付いている。

「パスタが柔らかくなる時間は、付属の砂時計が落ちるまで」

 10分ほど必要である。

「ところで、そのパスタ一袋。お幾らニャ?」

 調理台の横には、乾燥パスタを入れた袋が並べられている。

 テュテュの疑問に後ろの方々も僕を注視する。

「冒険者組合、直下制作の乾燥パスタ。一袋5ルツ入り、お値段銅貨9枚。今ならお得な、茹で時間計測用の砂時計付きです」

『………………』

 予想していたが、反応悪っ。

「高いニャ」

「高いな」

「ないな。帰る」

「帰ろう」

 獣人が三人ほど帰ろうとしている。

 ちなみにレムリア王国の物価はパン一個、銅貨一枚である。このパンも人の顔より大きいサイズで銅貨一枚だ。

 ここは冒険者の街。冒険者の大半は良く食べる。

 平均的な冒険者の一食をパスタの量に換算すると、300g。単純に考えて一袋で8食分。売り物として出すには、ちと厳しい値段設定になる。特に獣人なんかが経営している店では、単純計算では利益にならない。

「まあ、待ってください」

 僕は粉状態の左大陸小麦を取り出す。

「ここに居る方々には“特別に”粉からパスタを作る方法をお教えします」

「マジ、ニャ?!」

 テュテュを筆頭に、全員の目の色が変わる。帰ろうとしていた獣人も戻って来る。

「ではまず、両掌に乗る程度の小麦をまな板に」

 小麦で山を作る。

「そこに、卵を」

 中心に穴を作り、割った鶏卵を二つ投下。

「今日は、ザヴァ商会の鶏卵を使いましたが、大卵の卵液でも問題ありません」

 フォークを取り出し卵と小麦を混ぜる。

「これ、水は入れないニャ?」

「水は入れないニャ」

「なるほどニャ」

 口調がうつったニャ。

 混ぜ合わせ、ある程度塊になったら、

「よく捏ねて寝かした物がこちらになります」

 さりげなく完成品と入れ替える。

『?!』

 何故か、全員に驚かれた。

「まあ、パン作りと同じで捏ねて練って、耳たぶくらいの硬さになったら涼しい所で半日寝かしてください」

 続いて麺棒を取り出し、

「これを出来るだけ薄く伸ばし………た物がこちらになります」

『?!』

 平べったくなった物を交代で出した。

「更に、これをなるべく細く切っていった――――――」

 まな板を調理台の隠しスペースに置いて、交換に、

「――――――のが、こちらです」

 細く切り揃えた生パスタを取り出す。

『おおー!』

 何故か、歓声が響く。

 ここまでで三分の経過である。

「ちなみにこれ風通しの良い場所で、しばらく寝かせるとよりコシが出て美味しいです」

「コシって何ニャ?」

「歯ごたえ的なあれニャ」

「なるほどニャ」

 生パスタも、もう一つのずん胴に投下。

「乾燥パスタに比べて生パスタは茹でる時間は短めで良いです。これに関しての茹で時間は、体感で覚えてください。長さ太さで変わって来るものなので。色が薄くなった辺りが頃合いです。ちなみに、左大陸小麦は一袋20ルツ(20㎏)入り。銅貨7枚です」

「う~ん微妙ニャ」

 全粒粉が同じ量で銅貨3枚だから、割と微妙な値段設定だ。

「では、肝心の料理方法を」

 さて、ここからが時間との勝負。ザヴァ商会の売り子に合図して裏で準備してもらう。ついでに、魔法で火をもらう。

 フライパンを熱する。

「オリーブオイルをひと垂らし。そこに刻んだニンニクに悪魔の小指(唐辛子)。辛いのが嫌なら種は抜きます」

 オリーブオイルに用意しておいた材料を合わせ。ゆっくりと匂いを浸ける。今回、唐辛子の種は抜いた。

「焦がさない程度に火にかけ」

 炒ったニンニクの匂いに釣られて何人かの冒険者が足を止めた。

 ちょっと放置して、その間に別の料理の為の材料を用意してそれも火にかける。

「お、やってるな」

 通りから目立つ人物が歩いて来て、人だかりに加わった。

 大柄な男だ。筋骨隆々なのがエプロン姿の上からでも分かる。特徴的なのはモヒカンヘッド。顔の彫りは深く鋭い目つきで強面に見えるが、割と気さくで知識人な一面もある。

 ラスタ・オル・ラズヴァ。

 超が付く冒険者の先輩であり、国営酒場のマスターでもある。

「あれ、マスター何しに来たニャ? 調理方法ならニャーがしっかりメモ取って置くニャ」

「そうだが、買うならお前一人じゃ運べんだろ」

「そんなまとめて買わないニャ」

「ま、ちょっと小耳に挟んだ事があってな」

 テュテュとそんな会話をしている。

 ニンニクが丁度良く揚がって来た。

「これにパスタの茹で汁を入れます」

 ジュワー、と水と油が高温で混ざり乳化する。

 混ぜた後、フライパンの火を消し、トングでパスタをすくう。フライパンに入れ、更にしっかりと混ぜる。味見。ニンニクと唐辛子の旨みはオイルに浸みている。塩味が少し足りない。塩を追加。混ぜる。更に味見。塩加減が難しい。少し薄い気もするが、一応完成。仕上げに乾燥した薬草の粉末を少し。

「まず、シンプルに。ニンニクと悪魔の小指のオイルパスタ。どうぞ味見を」

 店の奥から、商会の売り子さんが人数分より多いパスタを持って来る。

 僕のような素人が見よう見まね作った物ではない。こっちの本物の料理人が練習して作った品だ。

 みんなワイヤワイヤと食べ出す。

「あ、嫌いじゃないニャ。こんな具が少なくて良いならお得ニャ」

「おお、そうだな。でも皿が少し寂しい。うちで出すなら………薄切りにした生ハムを加えるか。ううむ、左大陸で似た様なものを食べたが、あれはこんな細くなかったな」

 テュテュとマスターの感想。

「悪くはないが店に出すにしては貧乏料理だな」

「そこはそれ。マスターのように追加で材料をだな」

「最近、変わり種の野菜を見るな。あれを入れてもいい」

「そういえば、エルオメア商会で魚の塩漬けが売っていたな、あれを加えて見るのはどうだ?」

「いやいや、ニンニクならトマトを入れるべきだ」

 各々、料理人の方々はアイディアを出し合っている。

 中々良い滑り出し。

「では、次は」

 フライパンで炒めておいた細切れの塩漬け豚に、パスタを入れる。そこに卵液とチーズを混ぜた物を加えて手早くかき混ぜた。

「塩漬け豚の炒め加減はお任せです。チーズは乾燥させて粉末状にした物が良いでしょう。熱し過ぎて卵がダマにならないように気を付けます。さっさと混ぜたら完成です」

 塩と粗びきした胡椒を振りかける。味見。濃厚なチーズと卵の味わいと、そこに豚肉のこってりした味わいが加わる。これは塩加減さえ間違えなければ、不味く作りようがない。

「二品目。カルボナーラ、召し上がれ」

 またも商店の奥から完成品を売り子の皆さんが持ってくる。

 僕が作ったものは、テュテュとマスターがフォークを突き刺し口に運んでいた。

「う………………美味いニャ。これは美味いニャ」

 テュテュが震えている。

「そうだな………卵とチーズ。それに塩漬け豚。盲点だった。美味い物を合わせたら美味いに決まっている。何故、気付かなかった」

 マスターは何か落ち込んでいた。

「おお、これは簡単だが材料次第で化けるぞ。早速、今夜から店で出してみるか。熟成させた豚の頬肉があったな。それで作ってみるか」

 一人の料理人の、何気ない言葉に他の方々の目が鋭くなる。

「いやいや、うちの店でも出すぞ」

「なら、俺の店でも出すな。もちろん、オイルパスタもだ。農耕地行って野菜を見てこないと」

「なっ、それじゃうちの店も」

 大好評である。

「そこのあなた。わたくしにも一皿頂けるかしら。これは、もちろん無料なのよね?」

 通りがかりの女性が食いついてきた。

 金髪縦ロールのお嬢様風の魔法使いだ。後ろにメイドさんまで連れている。二人共、冒険者の装飾である再生点の容器と各種小物入れを携えている。立派な冒険者だ。

「もちろんです、冒険者様。ですが、今からもう三品。料理を追加しますので、それもご覧になってください」

 売り子さんに合図。

「何これタダ飯か?」

 一人釣れると後は大漁である。冒険者が次々と寄って来る。

 チャンス。

「では次の料理は、ミートソース。挽肉に玉ねぎ、人参に根菜、ニンニクにトマト、数種類のハーブを全部刻んで赤ワインで煮詰めた物。ザヴァ商会で絶賛発売中です。二人前の量で、一瓶銅貨3枚です」

 ミートソースをかけたパスタが並べられる。ついでにミートソースの瓶が僕の周りに置かれて行く。

「次が、辛味トマトソース。大体の工程は先ほどのミートソースと同じで、赤ワインの代わりに白ワイン。悪魔の小指を多めに入れてゆっくりと煮詰めて完成した物です」

 同じくトマトソースが並べられる。価格も同じく銅貨3枚。また同じように売り子さん方が、トマトソース付きのパスタを運んでくる。ガヤガヤと集まり出した冒険者が、料理人達と共にフォークでパスタを食べ出す。

「最後は、緑菜と木の実、ニンニク、チーズ、各種香辛料を混ぜ合わせた物。ジェノベーゼソースです」

 全部緑色で、ちょっと嫌そうな反応をされる。

 ともあれ、試食品を全部並べて皆は食べ出す。

 不安だったが、割と好評だ。

「おお、うん。美味いな。これどこで食べられるの? この商会か?」

 一人の冒険者の疑問。

 僕はそれを待っていた。

 冒険者の大半は宿住まいだ。馬小屋住まいもいるが。さておき、持ち家とキッチンが付いているような住まいはほとんどない。そうなると、

「今こちらにいらっしゃる方々の酒場、宿、飯屋で食べれますよ」

 僕はいう。

 そう、今いる料理人、もしくは酒場の経営者の所で食べなくてはならない。

『………………』

 お前、ハメやがったな? という買う気のなかった商売人達の視線。

 悪いな、これも商売だ、という視線で返す。

「うちの酒場は、今日の夜から出す。ここにある商品全部だ」

「そりゃいいや。仲間連れて夕飯食べに行きます」

 マスターの返答に冒険者の一人が食い付く。

 他の料理人達もこぞって自分の店の宣伝をし出す。良い活気である。

「ソーヤ、乾燥パスタはどのくらい持つのだ? それに瓶詰のソースもだ」

 マスターの疑問にすかさず答える。

「カビを注意して、湿気の無い場所に保存すれば一年くらいは余裕で持ちます。ソースは開封したら二日ですね。密閉状態なら、日に当たらない場所で30日くらいかと」

「なるほど、乾燥パスタを200袋買おう。ソースの瓶は3種50個ずつだ」

 いきなり売れてびっくりした。

「マスターそんな買って売れ残ったら大変ですよ?」

「何、従兄弟殿が飯の上手い奴に小麦を料理させたと呟いていたのでな。半分、親戚の付き合いみたいなものだ」

 まあ、王族ですものね。

「お買い上げでーす!」

 売り子さんに包んだ商品を持って来てもらう。

 ぱっと見、とても一般人が抱えられる量ではないが、代金を支払った後、ひょいとマスターとテュテュは肩で担ぎ去っていった。

 流石、異世界の住人。

「うちは乾燥パスタを30袋と、小麦で2袋。ソースは3瓶ずつ頼む」

「おれは乾燥パスタ20袋と小麦2袋。ソースはなしだ」

「そうだな。乾燥パスタ5袋に、小麦3袋。ソースを4瓶ずつ」

「はい。お待ちを」

 急に忙しくなり、売り子さんと共に会計をしながら商品を渡して行く。

 思ったより売れた。

 賑わった。

 ただまあ、半分はサクラなんだけどね。

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