<終章>2
【不明】
ある日から、一つの噂が流れ始める。
レムリア王国から少し離れた場所、廃棄されたダンジョン。そこから恐ろしいモンスターが現れた。
それは、ドラゴンに匹敵するモンスターという。
姿を見た商人が発狂するほど恐ろしい姿だ。
手足を数百本持ち、その手には数々の武具、その足には鋭い爪。何者をも切り裂き、その鳴き声を聞くと耳が潰れ、見つめられると石になる。
恐ろしいモンスターだ。
レムリアにたどり着けば何百人も命を落としただろう。
しかしそれを、一人の冒険者が命と引き換えに倒した。
名は、アーヴィン。
またの名を竜鱗のアーヴィンという。
レムリアの危機を救った冒険者は数あれど、彼ほど勇猛で、彼ほど清廉で、彼ほど騎士らしい最後を飾った者はいない。
そんな噂だ。
これは、僕が流したものではない。
誰が広めたかは何となく知っている。
彼女は今も、レムリアにいるのだろうか? どこかで知らず、すれ違ったのかもしれない。
アーヴィンの姉の免罪はエリュシオンの進捗待ちだ。
中央大陸は混乱の極みにある。その中で、レムリア王の嘆願はどの程度届くのか。今の僕には待つことしかできない。
三人の聖リリディアスの騎士は、一人がダンジョンで行方不明、一人がモンスターと相討ち、一人は錯乱して王に斬り殺された。この報告を、エリュシオンがどう受け止めるのか? これも進捗待ちだ。
これと合わせて、更に懸念が二つ。
一つがヴァルナーの剣。聖剣アガチオンだ。
こいつに、懐かれてしまった。
そういう表現で正しいのか疑問だが。
王城で保管されていたはずのこれが、しれっと僕のテントに紛れ込んでいた。
何回戻しても、鎖で縛り付けても、鉄箱に入れても、止めにゲトさんに深海に捨てて来てもらっても………戻って来る。
壊そうにもハンマーで殴ったくらいでは傷一つ付かない。マキナに破壊させようにも、丸ノコの刃が欠ける始末。
十回目のキャンプ地無断侵入にキレて、僕はマキナに、破壊か、停止させる為、徹底的に分析させたら、
『ソーヤさん、このアガちゃん』
アガちゃん?
『組成が、マキナ達と同じニド・ストラクチャーです』
「は?」
異世界の剣に、何故か、現代の技術が使用されていた事が分かった。
『といっても、マキナ達を組成する軟金属<カドミウム>ではなく。アガちゃんは、最超高硬度の物質。ウルツァイト窒化ホウ素を、ニド・ストラクチャー化しています。
物質をニド合金化する技術は、日本の独占技術であり、人工知能には非解析プロテクトがかけられているのですが。異世界の物質という事で、プロテクトが対象外になり、リバースエンジニアリングできてしまいました』
つまり、パクれたと?
『その技術を応用して、シュナ様の長剣を再生しました』
三分クッキングのように、修復されたシュナの剣を差し出される。
刃には、血管のように金の線が走っていた。
『部分的な繋ぎに、ミスラニカ金貨を使用して、日本伝統技術、金継ぎの様相を再現しています』
「でも、お高いんでしょ?」
『何と、お値段据え置き、金貨300枚です』
おまっ。
「そ………………その金はどこから?」
全財産は、確か金貨70枚も無い。
『ザヴァ商会とエルオメア商会から、ソーヤさん名義で借りました』
「………………」
借金生活。
ここに来て、まさかの借金生活。
『大丈夫です。マキナの計算では、冒険業と兼用して250日ほどで返済できる………はずです!』
冒険の日程、ギリギリじゃねぇか。借金返済の為に異世界に来たんじゃないのだぞ。僕はここに、お金、お金の為に?
あれ。
何か頭が霞むな。
『それと、アガちゃんの外装は変更しておきますね。流石に、盗品を使用しているとバレたら大変ですから』
「それは本当に頼む」
アガチオンは、一応僕の命令には従って飛んでくれる。手をかざすとそれに追従して動いたり、そこそこの知性もあるらしく。簡単な足し算は理解していた。今はマキナが掛け算を教えている。
信用できるのだろうか? ま、利用できる物は利用するか。
懸念の二つ目が、僕の体だ。
ラウカンの影響で、両目の瞳孔が変化した。夜目が効くようになった。網膜認証で、マキナシステムに認識されなくなった。
遺伝子情報に関しては、観測できない部分が発生している。
かなり危険な最終手段だが、強制能力がある合言葉を設定した。
これは本当に危険なのだ。万が一、僕が拷問なり、洗脳なりで、この合言葉を漏らしたら。マキナを通して、現代の知識がダダ漏れとなる。
技術革新所ではない。
小国でも世界を取れる可能性がある。
非常事態とはいえ、この行為には不安が残る。後で対策できるなら対策しないと。
それと、折れたラウカンの弓は勝手に直っていた。
ただ、前よりも禍々しく、
それでいて機能的に形を変えていた。
Wの形で、所々爪のような白い骨材が生え、複数の素材から成るコンポジットボウになり、より柔軟に弦を引け、更に膨大な張力を溜められるようになった。
まるでその姿は、次獣を殺す時は絶対に使え、とでもいっているように思えた。
ふらっとキャンプ地に現れたバーフル様に、
「防寒着、用意しておけよ」
と、いわれる。
北、寒いのだろうか?
行きたくないなぁ。僕、ダンジョンに潜りに来たはずなんだが。ドンドン違う目的が増えている。
リリディアスの英雄とも、その獣とも、また。
覚悟はしておこう。
切り札も一枚だけでは心許ない。
そして、欠けたパーティを補う為に皆は動き出していた。
ベルトリーチェが、アーヴィンの遺品を引き継ぎ、パーティの盾になった。最近、まるで人が変わったかのように、グラッドヴェイン様の所で修行している。
同じくエアも、ラナも、グラッドヴェインの剣技と格闘術を日々学び、研鑽している。
シュナも、剣を取り戻してから鬼気迫る勢いで己を痛めつけていた。
もう少し、
もう少しで、冒険は再開できる。
色々と別れがあった。それを糧にパーティは成長している。
アーヴィン。
ゼノビア。
そして、イゾラ。
破損したミニ・ポットから、彼女のデータは回収出来なかった。
イゾラの人格は、規定の物を逸脱し過ぎた。それはカオスであり、マキナは不良と判断してメインシステムにデータを同期する事を拒んだ。機能不全を起こす可能性がある為に、今のイゾラの血は絶やさなくてはならない。
僕の反対意見は、今際のイゾラに否定された。
スピーカーだけ修理した、ボロボロのイゾラ・ポットの前で言葉を聞く。別れの言葉だ。
『マキナは、フェイルセーフが機能していません。彼女の正常さは、誰かが観測しなくてはいけないのです。今は私には、それはできないでしょう。
異常な者は、正常な者が見えません。
私は死にます。でも、満足です。こんな満足感を持って死んで行く人工知能はいないでしょう。ああ、道具としてこんな素晴らしい最後はありません。私はあなたを守れた。導けた。助ける事ができた。………記憶に刻めた。余すことなく捧げる事ができた。ソーヤ、どうか新しい私にも、こんな満足な死を………………どうか。私の、を。………………て、忘れ、で』
愛情を持った人工知能は、不良品なのだ。
だがこれが、最も尊く彼女らが望む悲願とは。こんな皮肉はない。
マキナを恨んだ。
どうしても、恨んでしまった。
だが後で、
マキナが、壊れたイゾラ・ポットを分解再利用せず。大切に保管しているのを見て、どうしようもなく涙を流した。
理由なんて分からない、ただ泣いた。アーヴィンの死や、ゼノビアとの別れの分を合わせて声を殺して泣いた。
一人で泣き腫らした後、僕は少し強くなった気がした。
【60th day】
静かな夜だ。
テントの中に姉妹の寝息が響く。小さくかすかな音だが、頬が触れ合うような距離では聞こえて当たり前だ。
結局まあ、妹は相変わらず寝床に侵入してくる。
今日も仲良く、姉妹は抱き合い、僕の隣でご就寝中である。
最近は、二人してヘトヘトで帰って来てすぐ寝てしまうので、営み的なアレは流石に無理ですが、あの、本当に、この世界は、僕の理性をどれだけ試したいのだろうか? 聖人でも間違いを犯すレベルだと思うが? ちょっと自慢したい忍耐だ。最早、悟りが開けそうだ。
といっても、ちょっとくらい触っても犯罪ではないので、そりゃ触る。
エアとラナの頬を交互にプニプニする。
自然と、自分の事ながら気持ち悪い笑顔を浮かべる。実に、楽しい。時間を忘れる。これは眠れない。
しかし、今日眠らないのは、これだけが理由ではない。
明日から、またダンジョンに潜る。
最初の時より緊張している。
不安だ。
強さを手に入れたのに、不安ばかりが積み重なる。誰だよ、出たとこ勝負とかアホな事いっていたのは。
「むにゃ」
僕の枕元では、猫の姿をした神様がバンザイの体勢で、お腹を出して眠っていた。ちょっと呑気すぎて気持ちが楽になった。
『………………こんばんは』
テントがチラリと捲れ、何かが転がって来る。
この世界のカンテラに偽装した人工知能のミニ・ユニット。
「こんばんは」
『深夜、皆様ご就寝中ではありますが、隊員様に、はじめましてのご挨拶をしにきました』
ギリギリ、僕に聞こえる程度の絞った音声だ。
『広域戦闘プログラム・イゾラDC現地改修タイプ・雪風です。以後、お見知りおきを』
「雪風?」
人工知能に付けるにしては変わった名前だ。
確か、日本の駆逐艦の名前だったよな。しかも幸運艦だ。
『廃棄された旧イゾラの要望で、この名称となりました。深い意味や関連性はないそうです。お気に召さないのでしたら、名称の変更設定を行います』
「いや、雪風。それで良い。良い名前じゃないか」
不思議な響きだ。
僕も艦船の名前だから、シンパシーなのかな。
「んで、何用だ? こんな夜更けに」
『お暇そうでしたので、これまでの活動記録をご報告ください。起動したばかりの雪風は右も左もわかりません。情報不足であります』
「マキナとの量子通信があるだろ?」
これまでの記録転送など、あれで一瞬のはずだ。
『マキナは、雪風を改修して起動した後、最適化の為に休眠状態にあります。覚醒には五時間ほど必要でしょう。待機する時間が、もったいないのであります』
何か、名前と一緒に性格も変更したのかな? またイゾラのようにならないように。
………………そうだな。
どうせ僕も眠れないし、これまでの活動を口頭で報告しますか。
雪風を抱えて、話し声で起こさないよう、少しだけ姉妹から体を離す。
僕は、静かにゆっくりと、子供に聞かせるように語り出す。
ここで出会った人々の話を。
めぐり合えた仲間達の話を。
去っていった者、死んでいった者の話を。決して、暗い話にはしない。できるだけ明るく。雄大に。
それが生き残った者の、彼らに守られた者の役割だ。
まだまだ冒険は続く。
目的の階層は深い。
困難や不安材料は積もるばかり。
こんな風に眠れない夜も今日だけではないだろう。
長話の中で、いつか、
そしていつか、僕を愛してくれた君の物語を話そう。
<終>
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