<終章>1


≪終章≫


 狂騒と狂奔の夜が終わり。夜が明ける。

 僕は剣を二つと、マントに包んだ大荷物を一つ抱え、というか引きずり。

 予定通りに王と謁見する。

 一度キャンプ地に帰り、ボロボロになったポンチョと野戦服を換えて、身綺麗になって王と対面した。僕はあくまで戦いを見守っただけ。そう、自分にも言い聞かす。

 謁見に当たり、呼び出して貰った人物がいる。

 右手側に、

 辺境伯と、英雄随伴騎士ルクスガル。

 左手側に、

 口裏合わせ要員の親父さん。それと、ラナ、エア、シュナ、ベル。

 仲間の視線が痛い。『説明しろ』という心の声を、ひしひしと肌で感じた。大変心苦しい。

 今は、最後の一手、気を抜かず引き締める。

 深呼吸の後、言葉を紡ぐ。

「レムリア王、本日は急な謁見を許していただき感謝の極み、そして見苦しい物をお見せする事を先に詫びておきます。ですが、どうか処分は、事のあらましを話した後でお願い致します」

 よい、と王は小さく頷く。

 王の隣にはランシールが佇む。彼女は顔は冷静なのだが、尻尾がもの凄く逆立っていた。

 ちなみに馬鹿王子は、修行ついでに左大陸に飛ばされた。

「三日前の事です。自分達のパーティは、あるモンスターと遭遇しました。再生点を無効化する恐ろしい敵です。手傷を負わせるも逃亡を許してしまい。また、特性を鑑み、メディム殿の案により組合には報告せず。少数精鋭で敵を追いました。

 捜索は困難を極め、協力者のリュテットが命を落としました。

 ダンジョンを廻り、地図に乗っていない隠し通路を見つけ、たどり着いた先は、王国から西、草原の中に廃棄されたダンジョンです。

 驚くべき事に、々の尖塔と廃棄ダンジョンは繋がっていたのです。

 そこで敵を追い詰め討伐するも、親玉がいました。大きく強く。またそれも、再生点を無効化するモンスターです。

 友人のツテを使い。秘密裏に、獣狩りの英雄ヴァルナー・カルベッゾ様の助力を得ました。

 そして自分の友。アーヴィン・フォズ・ガシム、二人が―――――――」

 一瞬、言葉に詰まる。

 今更、いいや、ようやく、アーヴィンが死んだ事を認められた。

「命と共に、この獣を狩り殺しました」

 ヴァルナーのマントを剥ぎ取り、首級を晒す。

 故も分からぬ醜い獣だ。

 女性陣が顔をしかめるのが見えた。辺境伯など腰を抜かして倒れ込む。ルクスガルだけが、目を見開いて凝視している。

 ヴァルナーの名前を上げたのは、落とし所の為だ。組織の一員として、聖リリディアスの騎士達が、最後にこうなるのは隠したいだろう。

 同盟国を守る為、モンスターと戦い果てた。何とも英雄らしい最後じゃないか。

 人知れず世界を呪いながら、雑魚に首という首をはねられ心臓を抉られるよりは、実に英雄らしい最後だ。

「メディム。この話は真実か?」

「まさしく、英雄の名に恥じぬ戦いだった。二人共な」

 親父さんが首に近づき、ヴァルナーのシンボルを置く。僕はアーヴィンのシンボルと、二人の剣を添えた。

「レムリア王。進言致します」

「うむ、聞こう」

 これが本題。

「我が友アーヴィンには、投獄された姉がいます。モンスター討伐の功績として、レムリア王の名で、エリュシオンに彼女の免罪を―――――」

「黙りなさい! いち冒険者風情が王に頼む事ではない!」

 ランシールに怒鳴り付けられる。ちょっと、演技臭いかな。

 レムリア王がランシールを制す。

「よい。命を賭し、レムリアの為に戦ったのだ。救国の英雄といえる。余の名において免罪を請おう。また、ヴァルナー・カルベッゾも小さくはあるが葬儀を………………ルクスガル?」

 ルクスガルが剣を抜き放った。

「あ」

 と、間抜けな声を僕は上げる。

 完全に油断していた。

 こいつは立場ある騎士だ。それが、同盟国の王の眼前で刀傷沙汰など起こすはずがない、と思い込んでいた。

 それは僕だけではない。親父さんすら、剣の柄に手を置いた段階。

 やけにゆっくり、辺りが見えた。

 見えただけだ。体は一切、追い付いていない。

 シュナとランシール、エアも動こうとしている。

 ラナと目が合った。


 すまん、死んだ。


 この刹那に、僕の意思は彼女に伝わっただろうか? それだけが気がかりだ。刃が迫る。間違いなく、抗いようもなく、それは僕の首をはねる。

 何を試そうにも時間がない。

 もう、ほんの一つの瞬き。

 これが僕の本当の最後か。

 潔く目を閉じた。

 金属の音。

 爆ぜた鉄の匂いがした。

「………………」

 首が、落ちていない。

 目を開けると、ルクスガルの剣は受け止められていた。

 ヴァルナーの剣に。

 自由に飛び射殺す聖剣が、所有者を殺した僕を守っていた。

 何だ、これは?

 破顔してルクスガルが剣を降ろす。いや、剣を捨てた。魔剣も同時に床に落ちる。

 天から何かを掴むように、両手を伸ばす。

「は、ははは、ハハハハハハハハハハハハッッッ!!」

 豪快に、心底嬉しそうにルクスガルは笑った。まるで宝物を見つけた子供のようだ。

 異様な光景に誰もが動けないでいる。

「我が神リリディアスよ! 我は遂に見つけれり! 友を陥れ、師を謀り! 仕える英雄すら生贄にしてッ! 遂に! 遂に! エリュシオン救国の楔を見つけれり! この奸雄こそが! 我らの呪いをッ! どうか神よ! 彼をその身に―――――」

「狂ったか痴れ者め」

 熱に浮かされ叫ぶルクスガル。その後ろに、レムリア王が剣を振り上げ立っていた。

 一撃。

 ルクスガルの鎖骨と胸骨を断ち、心臓を割る。引き抜き、返す刃は首をはねた。

 笑顔を浮かべたまま、ルクスガルが転がる。

 吹き出た血が、獣に振りかかった。

「ひ、ひぃいい」

 それはたまたま、辺境伯の足に当たり止まる。

「ウィニート辺境伯!」

「は、はい」

 王の威殺せそうな気迫に、辺境伯は色々と漏らした。

「この騎士の凶行を本国に伝えよ! 余の手を煩わせた事を忘れるなッ!」

「はい、はい」

 ガクガクと頷く。その後、逃げるように去っていった。

 入れ替わり、騒ぎを聞きつけて衛兵とメイドがやって来る。化け物の首と騎士の首を見て、女性の誰かが悲鳴を上げた。

 王が皆をたしなめ、片付けの指示を出す。

 謁見の間に一気に人が溢れた。

「ソーヤ。追って沙汰を出す。今は仲間と共に体を休めよ。………………大義であった」

「………………はい。では、失礼します」

 王に頭を下げ、謁見の間を後にした。

 皆も続く。

 ランシールに伴われ廊下に出て、そこで仲間達が寄って来た。有無も言わさずラナが飛びついて来る。エアも抱き着いてきた。二人を抱きしめる。

 シュナが半泣きになって腕を掴んだ。

 ベルが背中に貼り付いた。

 ランシールに頭を抱えられ、彼女はラナに蹴り飛ばされる。

「ごめん、遅れた」

 ああ、やっと、

 パーティに帰れた。辛く長い迷宮から脱出できた。

「おかえりなさい」

 間近で聞くラナの声に涙が出た。

「遅過ぎよ、お兄ちゃん」

「ごめん」

「本当だ」

「ごめん」

 エアとシュナに詫びた。

「ゼノビアは?」

 とぼけた意味で聞いた訳ではない。彼女はたぶん、皆に上手く別れをいったのだと思う。それを確かめる為だ。

「実家のお父さんが病気になったそうで。急きょ国に帰られました。最後まで、あなたによろしくといっていました」

 ラナの返事に、ただ頷く。

 彼女らしい。普通の理由だ。

「あなた?」

「お兄ちゃん?」

「すまん」

 姉妹の匂いと感触に、体を支えてきたモノが折れた。情けなくも二人に体重を預ける。

 意識が、まばたきのように途切れだす。何せ、生死の境を乗り越えて、人間の限界線で反復横跳びしてきたから、体力的には、ほぼ気合いのみで動いている状態。

 限界の限界である。

「みんな、アーヴィンは、立派な最後だった。それだけは………………覚えておいてくれ」

 ふらっと意識を手放す。 

 こんな間抜けだが、それを支えてくれる人がいる。

 安堵の中、誰の声か分からなかったが、


「見つけた」


 という声を聞いた気がした。

 そんな些細な事など、どうでも良く。

 意識は、ただ心地よく闇の中へ。

 柔らかい帰る場所へ。


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