<第四章:薊が如く>8
【55th day】
街の片隅で薄くひと眠りした。場所は、姉妹が眠りこけていた小さい橋の下。まだ彼女達の温もりがあるように感じた。
宿は後の整合性を考え利用しなかった。
目覚めている間は、あまり感情を動かさないよう努力する。無駄な体力は使いたくない。
装備品の確認。
ラウカンの弓一つ。深帝骨の銛一つ。通常の矢15。山刀一振り。アーヴィンの遺品であるロングソードが一本。カランビット一本。現代の野戦服、アラミド繊維のポンチョ、鉄板入りのアーミーブーツ。ヒューレスの手甲。魚人族の珊瑚のネックレス。それと、マキナシステムと連動した各種デバイス。
せめて、ミスラニカの矢を用意できればよかったのだが、ここ最近の相場変動でミスラニカ金貨は通常金貨80枚の価値になり、手持ちの金では購入不可能だった。
商会に借りるという手も考えたが、今は誰とも接触できない。諦めた。
携帯食料はただ今消費中。石のように固いパンを水と一緒に口に含む。ふやけさせてから飲み込み。チーズをちまちま齧る。干し肉はよく噛んで味わった。
食事が済んだら待つだけ。
影に潜み、獲物を待つように。
時刻はまだ朝早い。
睡魔があるわけではないが、目を閉じて意識を集中させる。
アーヴィンの死に際が瞼に浮かぶ。
唇を噛みしめ、暗闇に潰す。
石畳をカランビットで叩いて一定リズムを刻む。
それで少しずつ落ち着いて行く。
深く深く息を吸って、ゆっくりと吐く。
同じことを繰り返して行くと思考が空になっていった。
遠くに街の喧噪。それと動物の声、野良犬だろうか? 低く唸り声を上げて近づいてくる。すぐ、傍の、耳元で、
『報告』
街の喧噪が明るく聞こえた。知らない間に意識が飛んでいた。眠っていたようだ。
時刻は昼近く。
「どうした?」
イゾラの報告を聞く。
『残ったリュテット様の仲間二名が、殺害されていました。犯行は昨晩かと』
予想はしていた。
親父さんを通して忠告もした。それが、僕のできる限界だった。
「やったのはヴァルナーか?」
『不明。対象は監視していましたが、宿場から移動はしていません。深夜に不可解な行動を取っていますが、関連性を求めるには情報不足です』
「映像出してくれ」
『了解』
監視に付けたバグドローンからの映像。深夜の室内、窓が開いている。風が入り、カーテンとヴァルナーのマントがはためく。
「別角度の映像を」
『了解』
マントとカーテンが邪魔で手元が見えない。
「赤外線画像で」
『了解』
白黒の熱探知映像に切り替わる。窓を開ける所まで時間を戻す、しばらく待機している。映像を進める。
窓を閉めるまで監視。
不明だ。
観測できていない。
『映像終了』
「保留だ」
考えようがない。
『ルクスガルが書状の作製をしています。文書、表示します』
現在の映像が映される。ルクスガルが伝達用の小さいスクロールにペンを走らせていた。
『画像拡大、電子化します』
全文書を確かめるまでもなく。書き出しで続きが読めてしまった。
『ソーヤ隊員、どうしましたか?』
「いや」
僕は自然と笑っていた。歪んだ口元をポンチョを上げて隠す。
文書の内容はざっくりいうとこうだ。
英雄随伴騎士サンペリエ・ゴードルー。
元・聖リリディアスの騎士アーヴィン・フォズ・ガシム。
この二名は黒エルフと通じ、同盟国レムリアの転覆を目論むが、ヴァルナー・カルベッゾに阻まれた。
ゴードルー家、アリアンヌ・フォズ・ガシムに、厳しい追及を望む。
「そうか」
不思議なものだ。
道徳のお勉強では、どんなクズでも人の善意とやらが欠片でもあると教えられるのに、そんなモノを僕は見た事がない。クズは最後までクズ。違うと勘違いする事はあっても、本質は変わらない。人は変わらないのだ。僕が、変わらないように。
異世界に落ちて、守るべき人ができて、仲間がいても、僕の本質は変わらない。
無駄な商談は予想通りに叶わなかった。
さて後は、薊が如く報復するだけだ。
夕飯の影兎は大変美味だった。
焼いて軽く塩をかけて食べた。骨っぽいが、しつこくない上品な脂が乗っていて非常に口当たりが良い。時間があったなら唐揚げにしたかった。
今は贅沢はいってられない。
日がたっぷりと落ちてから、動き出す。
目的地はヴァルナーの所だ。
大通りを避け、路地裏から路地裏に。ネズミのように隅から隅に。
何故か明かりが恐ろしかった。そこに姿を晒したら首が跳びそうで。
リュテットの仲間の死亡状況は、一人は治療寺院のベッドで刺し殺されていた。何故か、窓は破壊されている。目撃者はなし。
もう一人は街の外壁で死んでいた。同じく刺殺。戦闘した跡がある。武装の幾つかが破損していた。何と戦ったかは不明である。足跡を含め、敵の痕跡はなかった。
周囲を索敵。人はなし。夜闇より濃い影に身を隠す。
通信でマキナを呼び出した。
『ソーヤさん。皆様、心配していますよ』
開口一番でこれだ。
仕方ないが、仕方ない。
「マキナ、頼んだ物はどうなっている?」
『完成しています。いつでも移動可能です』
「高々度観測ドローンを展開。イゾラにコントロールを受け渡せ、彼女が位置を特定したらお前は“それ”を持って移動しろ。物を置いたらキャンプ地に戻り待機」
『了解です。ソーヤさん、ラナ様に連絡を。大変心配されていると思います』
「………………分かった」
『もう一つだけ良いでしょうか?』
「ん、どうした?」
『ソーヤさん、出来うる限り早急にメディカルチェックを受けてください。イゾラから報告を受けていると思いますが、このまま遺伝子情報に変化が起こればユーザー登録の解除をしなければなりません。マキナ達の認識力では、あなたが見えなくなります。早急に、原因を解明しなければなりません。お願いします』
「了解だ」
分かっている事を繰り返しいわれた。それだけ大事なのだろう。ただ、今の優先ではない。
『準備は滞りなく行います。マキナの言った事、忘れないでくださいね』
「ああ」
マキナからの通信が切れ。
イゾラを呼び出す。
『はい、私です。どうかしましたか?』
「そこにラナは居るか? 連絡を取りたい」
『申し訳ありません。ラナ様は近くにおられません。通信機に繋ぎますね』
「頼む」
イゾラの音声が切れ、呼び出しのコール音。
二回で相手が出た。
『お兄さん! ちょっと今までどうしていたんですか?! みん――――――』
ベルが出て雑音。
『おい! ソーヤ! アーヴィンは?!』
シュナが出て打撃音というか、取っ組み合う音。
『お兄ちゃん、無事?』
「無事、心配かけてすまない」
エアが出た。
『それならいいや。怖いからお姉ちゃんに代わるね』
怖いのか?!
『あなた』
底冷えしそうな声で本当に怖かった。この調子で童謡を歌ったら子供はみんな泣く。
「ラナ、その………………あの」
やはり連絡するんじゃなかった。
色々と溜め込んだモノが抜けて流れる。全部捨てて、このまま彼女と逃げたくなる。それが駄目な事だとは自分が一番分かっているのに、それでも揺らぐ。
「明日、使いを出す。………少し遅くなるかもしれないが必ず」
精一杯の言葉を作る。
耐えられた。
まだブレないで自分の矜持を守れる。僕は、僕だからこそ彼女らと出会えた。それを曲げてどうするというのだ。
『はい、待っています』
「ありがとう」
通信を切った。
今はこれで十全のはずだ。
「あーよかった。このままラナさんに連絡しないなら、気絶させて連れて行く所だった」
「は?」
不意の声に驚く。
知らない人間が僕と同じように影に潜んでいた。
「ゼノビア?」
服装が違ったから見間違え、身構えてしまった。彼女は、いつものトンガリ帽子と杖を持たず。ローブ姿でもない。髪は纏めてあり、首には黒いマフラー。体にはぴったりとした黒いボディスーツ、ナイフホルダーや薬品入れの付いたジャケット。背にはボウガン、太もものベルトにはボルトが巻き付けてある。
まるで盗賊のような恰好だ。
「はい、これ。必要でしょ」
『ソーヤ隊員、こんばんは』
イゾラのミニ・ポットを手渡される。
「あ、おう。どうも」
受け取る。
「驚かせて悪かったわね。実はわたし、魔法使いじゃないの。密偵よ」
「は?」
連続で驚く。
「聖リリディアスの騎士専門のね。といっても、エリュシオンが雇い主じゃないから。勘違いしないでよね。あんたが喧嘩売ろうとしている英雄様とは無関係だから」
「え、それじゃ一体どういう事で?」
疑問符が大量に湧いている。
「獣の兆候が見えたら、雇い主に報告する。そういうお仕事なの」
「まて、まてまて、それじゃゼノビアは、アーヴィンを監視する為に僕らと?」
「そよー、といってもね。わたしだけが密偵じゃないし。レムリアにも少なからず潜んでいるわ。獣狩りの血統は監視しなければならないの。あんな危ない連中、放置しておくわけないでしょ」
汗で濡れた手が山刀を掴んだ。
「何故、それを僕に?」
口止めか?
「潮時だからよ」
半分笑い、半分悲しみ。
何か特殊な訓練でも受けているのか、表情に無機的なモノを感じる。
焦ったのは杞憂だろうか?
「監視対象は死んだし。わたしがあなたのパーティに居る理由がなくなった。いつもは、死体を偽装して適当にいなくなるのだけど。マキナやイゾラ、あなたの目は簡単にごまかせないでしょ? だから、正直に話に来たの。どうせこの顔も名前も今日までだし」
「嘘だろ?」
「こんな嘘吐いてどうするのよ」
え、冗談。
それじゃ………………ゼノビアもパーティからいなくなるのか?
「ま、待て。待ってくれ。この問題は一旦置こう、頼む」
「嫌よ。このタイミングを逃したら、わたしズルズルとこのパーティに居る事になる。だって、シュナもベルもエアもラナさんも、可愛いの。たぶん、あんたが英雄様に無謀な戦いを挑んで八つ裂きになったら、残った彼女らに手を貸してしまう。それは駄目。わたしの生き方を曲げる事になる。これでも凄腕なの。この仕事にやりがいも感じている。誰かがやらないと世界が危なくなる仕事よ。
でも、一回ドッキリしたのはパーティの自己紹介の時ね。流石、見識深きラスタ・オル・ラズヴァ。遠回しに暗殺者の話をして、あたしを牽制してきた。誤解とくのは大変だったわ」
いつもより、大分口数が多い。
今生分喋っている気がする。
何か、必死で言葉を探す。
ああ、でも。
何もない。
「ねぇリーダー。例えば、わたしがパーティに残る条件として、今後一切リリディアスと関連を持たない、といってきたら従う?」
「無理だ。あいつらはアーヴィンをハメた。アーヴィンの友もだ。誰かが、その代償を払わせなければならない。友の無念も晴らせず、この先安穏と生きるなら、僕は家畜と同じだ」
決めた事だ。
これを曲げるつもりはない。
「でしょうね。知ってたわ」
彼女が何をいいたいか、よく分かった。
互いに曲げられないモノがある。その道が反れてしまったのだ。もう、交わる事はないのだろう。
「アーヴィンの事、他の子達にはいっていない。それはリーダーの仕事よね。でも、あんたが気に病む事じゃないのは確かよ。それだけ、もう、それだけよ」
「ああ、ゼノビア。ありがとう。楽しかったよ」
「わたしもよ」
腰に手を回され引き寄せられる。
唇を合わせた。
薬品と女の匂い。
わずかな時間の密着だったが、こう、熟練したプロの妙技を感じた。
「次にこの街ですれ違っても、わたしはあんたを、あんたはわたしを、互いに見る事はない。無貌の密偵は、誰でもあり、誰でもない。じゃね~」
目の前でマフラーを振られ視界が閉ざされた。それを払うと、誰もいなかった。
ただ、街の影に一人、僕がいるだけ。
別れには情緒も何もなく。
フォスタークのゼノビアとは、それっきり二度と出会う事はなかった。
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