<第四章:薊が如く>6
【54th day】
夢を見ていた。
異世界に落ちて、色々苦労して、神様と契約して、貴重な銃器を失って、ダンジョンに潜り仲間と出会い、王族に喧嘩を売って、すったもんだで結婚して新しい妹ができ、パーティを組みダンジョンに潜る。
ささいな事で人間関係が綻び、くだらない事で再び纏まり、夢を語り、飯を食べて、遊び、飲み、語り、謳い、喧嘩をして仲直りをして、そして強敵を倒し困難を乗り越え、栄光を手にする。その先も、そうやってダンジョンに潜る冒険者の夢だ。
それは、もう夢だ。
届かない夢。
「ソーヤ、お前には二つの道がある」
冷たい寝台で目が覚め、その声を聞いた。
石造りの天井、まだダンジョンの中かと思ったが違う。
牢屋だ。
射し込む光が赤い。声の反響からしてかなり広い。そして鉄格子の向こうにいるのがレムリア王であるから、ここが王城の牢だと判断した。
体は、さっぱりとしていた。血みどろの記憶がまだ新しいが、誰かに洗われたか、服も洗濯済みのようだ。
「一つは、忘れる道だ。また新たに仲間を迎え、ダンジョンに潜るがよい。獣はいなかった。お前の仲間は名もなきモンスターに殺された。それだけだ」
それだけ?
不敬と分かっていても、僕は王に鋭い視線を向ける。
「もう一つは、仲間の死の真相を知る道だ。場合によっては、レムリア全てを敵に回す。お前だけではない。パーティ全てに危険が向かう。妻と、妹もだ。その覚悟があるなら、踏み入れるがよい」
「選ぶ前に、二、三、聞いても良いでしょうか?」
この疑問を無視して選ぶ事はできない。
寝起きの頭だが、湧いた怒りとアドレナリンのせいか体温と意識が上がる。
「申してみよ」
「何故、選ばせたのですか?」
王命で強制させればいい。
所詮、僕はこの国の一冒険者に過ぎない。何故、権力で押し付けない? これは賢王としても愚行だ。たかが一人に譲歩するなど支配者として間違っている。
「余とメディムの勘だ。ソーヤ、お前は遅かれ早かれ真実にたどり着く。必ずな。そして火種となる。その時、余や他の者に不信を持ってもらいたくない。信のない者は、その愚かさ故に、恐ろしき破滅を呼び覚ます。王として、国の火元は確認しておきたい」
なるほど、正論だ。
綺麗過ぎて裏が透けている。
僕が真実とやらに踏み込む事は、危険でもあるが、利益もある。だから押さえつけないで選ばせた。
前言撤回。この人は、良い支配者だ。立派な王だと思う。決して味方とはいえないが。
………………王の利益、か。
考えられるのは一つ、聖リリディアス教、同盟国エリュシオンへの揺さ振り。
「僕の仲間は、今どこに?」
「グラッドヴェインが保護している。全員宿舎にいるだろう」
誰の判断かは知らないが助かる。あそこは、ほぼ治外法権だ。王も、あの武闘派集団を下手な理由で敵に回したくはないだろう。
「“あれ”は何だったんですか? どうして僕の仲間も“ああ”なったんですか?」
「ソーヤ、それはあまりにも真相に近い」
「分かっています。しかし、選ぶ前にどうしても、仲間に何が起こったか知っておきたいのです。それに真実を耳にしてから、口を閉ざす事もできます」
嘘ではない。アーヴィンの死に吊り合うような真実なら、僕は口を閉ざす。そんなモノがこの世界にあるとは思えないが。
「教えてやれ、レムリア」
不意打ちのように親父さんの声が聞こえた。彼は僕の装備一式を手元にぶら下げている。
しばらく、この人を正視できないと思う。
まともに見れば殺意を込めてしまう。
「メディム、しかしだな」
「恨まれるのは慣れているが、今回ばかりは別だ。連中がここまで愚かとは思わなかった。同族同門をあっさり裏切り、権力闘争に利用するとは。あまつさえ、その処理を他人に任せる愚行。我々の手に余る愚かさだ。早々に手を打たねば、大事になるぞ」
「メディム、それ以上は口を開くな」
ありがとうございます。
誰を恨めば良いのか、確信が持てました。
「余の口で話す。お前の軽口で若者の進退は決められぬ。ソーヤよ、お前が求めた真相の一部を話そう。覚悟せよ、これは我らの病巣を食<は>むのと同じなのだ」
「はい」
それは、その病は、仲間が死ぬ事より苦しいのか? 目の前で首をはねられる事より?
ハハ、冗談だろ。
「何から話すべきか、どこからが良いか」
言葉を迷う王様に、親父さんが『初めからだ』と呟く。
「そうだな。ソーヤよ、獣人と銀貨の物語は知っているか?」
王様が銀貨を取り出す。
獣の描かれた貨幣。今だからこそ分かる。この獣の正体が。
「はい、霊禍銀の発明で、人類が獣人との戦争に勝利したと」
「それでは足らぬのだ」
「足りない? とは」
不思議な事をいわれた。
「お前のパーティメンバーに、獣人の剣技を使う者がいたな。あれはどういう体勢から繰り出す技か思い浮かべて見よ」
シュナの剣技。
体勢?
「低身から、それこそ獣のように地を這って敵を貫く、かと」
低身から繰り出す奇襲剣技だ。足を狙うフェイントをかけて急所を貫く。きっとまだ奥が深いのだろうが、僕にはこの程度の造詣しかない。
「そうだ。余は様々な獣人の剣技を見た事があるが、それら全ては低身から繰り出される。これはな、極簡単な事だ。この剣技を編み出した獣人は、自らよりも遥かに小柄な敵と戦っていた」
「え?」
突拍子もない話だ。
今の獣人達は、確かに大柄な男性はいるが、テュテュなどは僕よりも小さい。
「旧獣人、とでも呼んでおこう。それは人と比べると余りにも大きく強い生き物だった。世界各地に残る巨人の伝承は、その殆どが旧獣人を元にしている」
つまり、低身で剣を突き出した時に人の急所が来る姿勢。
最低でも今の人類の二倍。大体四メートル近くか五メートル、骨の巨人を思い出すサイズだ。
「その強い旧獣人が、剣技という形を作りだしたのは、同じく旧人類が無力でなかった証なのだろう。もしくは、急所を敵の近くに晒すという一種の公平性の現れか。いや、戯れの一環なのか」
そんな、デカい上に剣技の体系を作れる知能がある者を、
「察した顔だな。如何に獣人の身を焼く霊禍銀を作ったとて、それを使う人間が弱ければ何の意味もない。届かぬ刃に意味はなく。貫けぬ矢に殺す技はない。人は、人のままでは、知恵を持った獣には勝てなかったのだ」
自然と、
ゲトさんから聞いた話を思い出す。
「今伝わる獣人と銀貨の物語には、意図的に削られた箇所がある。獣狩りの王が、忌血を飲み干し獣になる、という部分だ。血と獣、目の当たりにしたのなら分かるだろう。
恐ろしく、おぞましい力だ。
単純な膂力だけでも獣人を優に超える。理性など失せたはずなのに、武技は極限まで冴え渡る。その咆哮は神との契約を鎖<とざ>し、最後は、純粋な魔と成り果て、首と心臓を失うまで殺しに殺す。銀の効かぬ獣、獣狩りの獣、人狩りの獣、それが銀貨の物語だ。
愚か、とはいえぬ。これが無ければ我らは獣人に飼われていた。この世は成り立たなかった」
人の王らしい感想だ。
嫌な汗が首筋を伝った。
「レムリア王、その血はもしや」
「獣狩りの王子達の末裔、聖リリディアスの騎士の中に脈々と受け継がれている。だが、これを知るのは騎士の中でも極少数の人間だろう。直系の、英雄と呼ばれる者達だ」
冗談だろ。
騎士団の規模は分からないが、少なくても万の単位だ。
それだけの獣がいるというのか?
「エリュシオンの先人達は、過去何度も忌血の呪いを解こうとした。その中には、神格を得る前のリリディアスも含まれる。彼女の執念と研究、妄執に近い加護により、騎士達の呪いは普段は封じられている。しかし、死を前にするとその加護は届かなくなる。つまりは、何一つ解決していない。それ所か、騎士の中にはこの力を権力闘争に」
ここまでだ、とレムリア王は話を区切る。
「簡単に決められる事ではあるまい。一日時間を――――――」
「踏み入ります」
返答した。
結局、考えが変わるような事実は何もなかった。友の死に吊り合うものなど、同じ量の死くらいか。
「簡単な事ではないのだぞ? お前の仲間も」
「分かっています。仲間は死んでも巻き込みません。仮に誰かが死ぬのなら、僕一人だけです。あなた方にも迷惑はかけません。損はさせませんよ、互いの利害が一致するよう計らいます。頼んで、せいぜい口裏合わせ程度です」
レムリア王も親父さんも、少しポカンとした顔になっている。
良い勢いなので問いただす。
「聞きたい事があります。アーヴィン・フォズ・ガシムの友、サンペリエ騎士は、ヴァルナー・カルベッゾに謀られた。………間違いないですね?」
僕の直感と思い付きだが、ほぼ間違いはないはず。
親父さんが代わりに答えてくれる。
「ああ、騎士の遺品を検分して、証拠が出てきた。聖リリディアスの騎士が持つシンボル。これには名が刻まれ一つしか作られない。サンペリエは、ヴァルナーのシンボルを持っていた。恐らく、策にかけられた時に奪ったのだろう」
でっちあげられる証拠だが、使えるか。
「ヴァルナーが、サンペリエをハメた背景は分かりますか?」
「サンペリエはゴードルー家の嫡子。ゴードルー家は、第三法王と繋がりが深い。第二法王の代行英雄であるヴァルナーに、彼を消して困る理由はない。いや、もしくはサンペリエがヴァルナーに斬りかかったという事もあるか」
勢力争いか。
大なり小なりどこの組織でもある事だが、やり方が愚か過ぎる。よりにもよって爆弾を抱えている連中が、放火し合っているようなものだ。
エリュシオン、組織として根腐りしている。末期だな。
「アーヴィンとサンペリエの遺品を受け取りたいです。借りるだけでもいい。牢から出て良いですか? 早速行く所が」
「まて、ソーヤ」
王が僕を止める。
「お前は、何をするつもりだ?」
「交渉です。これでも、商売の神と契約していますから」
それが叶わないのなら、
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