<第四章:薊が如く>3

 探索に集中して忘れていた。そういえば僕も空腹だ。時間を見ると、昼飯時をとっくに過ぎている。

 今日のメニューは、完全にマキナ任せである。ここ最近、本当に忙しくて食事にリソースを割けなかった。料理人失格だ………いや、冒険者だからこれが正しいのか。

「あなた、マキナからこれを預かっています」

 ラナが鞄から大きい平鍋を取り出す。受け取り、紐の封を切って鍋蓋を開けた。

「何、これ? 虫の繭?」

 覗き込んだエアが疑問符を浮かべる。鍋には一口サイズの白い物体が隙間なくぎっしり詰まっている。これは、

「餃子だ」

「ギョーザ?」

 姉妹が揃って首を傾げる。

 鍋蓋にはマキナのメモが貼ってある。

『具の味付けは濃くしてありますので、酢と胡椒でお食べください。変に種類豊富にするから争いが起こるのです。キャハッ☆』

 イラッ。

「早速、作るよ。ゼノビア、火起こしてくれるか?」

「ええ」

 そこらに落ちていた石材の欠片をコの字に組む、真ん中に木屑と木炭を並べてゼノビアに定着する炎を魔法で呼び出してもらった。

「じー」

 っとラナが炎を見つめる。

「局所的に魔力を集中するか、もしくは極大の炎を呼び出して何らかの手段で極々小さい範囲に封印して、そこから一定量の熱量が漏れるよう、ああ駄目これは安定しない。圧迫した分、威力が余計に跳ね上がってしまう。何か別の手段を―――――——――」

 何やら小さい炎を起こす手段を画策している。

 100円ライター持ってるが、プレゼントしようかな。

「あ!」

 ラナは頭の上に電球が浮かんだように手を叩く。いきなり水筒の水をゼノビアの炎にかけ、消し。

「ゼノビアさん、すみません。ちょっと試したい事が」

「あ、はい。どうぞ大魔法使い様」

 諦め顔のゼノビア。

 ラナは魔法の事になると我を忘れる癖がある。パーティの皆は最近慣れた。

 ん? ………何かこんな事。僕も誰かにいわれたような気がする。

「火よ、火よ、全ての者に明かりと恩寵を。その熱と痛みを以って、彼の者の傷を癒したまえ」

 ラナの右手が真っ赤に燃える。

『あ、それ』

 アーヴィンとゼノビアが揃って声を上げた。

 ラナは、手の明かりを木炭に近づける。ジジっと音を立て水は蒸発、すぐさま木炭は赤熱化した。

「やりました」

 ラナ渾身ガッツポーズ。僕は拍手をした。魔力は三分の一ほど減っているが、まあ今日は探索メインなので良しとします。

 しかし、この魔法どこかで覚えが。

「凄いな、ラナ殿。初級治療魔法でこれだけの熱量を出せるとは。最早、治療魔法ではない」

「凄すぎて意味がわからない。これで殴ったら小型のモンスターくらい一撃で倒せるわ」

 アーヴィンとゼノビアの感想に顔が引きつる。この魔法で治療してもらった事を思い出したからだ。あれ、危なかったのか? 死ぬほど痛かったけど。一応、治ったけど。

「いえ、こういう魔法は本当に苦手で。いつも余剰魔力が熱量に変換されるので、これで物を焼けない物かと考えてみました」

「お姉ちゃんに治療されるのは、辛かったなぁ………………お腹に弾を抱えている事を忘れる痛さだった」

 エアの遠い顔。ここにも被害者が。

「え、エア。でもあれは、治療院のヒームに体を触られるのを拒否したあなたが」

「うん、はい。アタシも悪いです。そんな事もあったなーって思っただけ」

「お腹に弾って何?」

 ベルの質問に、エアがちょっと前の話をする。

 僕は料理にかかる。アルコールをしみ込ませた布で手を拭いた。一旦鍋蓋の方に餃子を移し、鍋を火にかけ油をドバァーと撒く。やっぱり追加で、ゼノビアに炎を点けてもらった。

 油が鍋に馴染んだら、余分な油は捨て鍋蓋のギョーザを並べて行く。最後に水を撒いて蓋。

 楽。実に楽。

「イゾラ、熱の通りをスキャンしてくれ」

『は? 今忙しいので自分でやってください。そもそも、軍用人工知能に料理補助を頼まないでください』

 知らない間に、イゾラは離れアーヴィンの足にアームを伸ばして貼り付いている。

 お前も焼いてやろうか。

 何かまあ、五分ほど頭で秒数を数えてから蓋を開け、木材を増やして火力をアップ。水気を切ったら完成である。

 鍋蓋を布で拭いてカラッと焼けた餃子を並べる。それを鍋にセットして、上から酢と胡椒を適当に撒いた。

「よし、出来たぞ。人工知能・餃子、召し上がれ」

 何かもう、みんな祈りながらフォークを構えている。

「いただき!」

 こういう時でもシュナが一番素早い。ギョーザをフォークで突き刺し、口に入れ、

「あっつぅうう! 熱っ!!」

 想定通りの行動となった。その後、ちょっと大人しくなってハムハム食す。

 皆も恐る恐る口に運んでいった。

「ソーヤ、一つお願いを聞いてもらえるかしら?」

「何でしょう」

 ゼノビアが餃子を口にして、真剣な眼差しで僕に訴えかける。

「お酒を」

「駄目です」

「ちょっとだけでも」

「駄目だ」

「くっ、これ絶対エールと合うのに」

「駄目」

 お酒で失敗している彼女には、いつかこってり説教せねばならない。僕のパーティではツケで酒は飲ませないからな。

「あなた」

「お兄ちゃん」

 姉妹がにっこり笑い。

『美味しい』

 僕に称賛の言葉をくれる。姉妹の『美味しい』は、相乗効果で一万人分の『美味しい』に等しい。これには僕も笑顔にならざる得ない。

 でもこれ、僕は焼いただけなんですがね。

「お兄さん、これ美味しいです」

「あ、うん」

「ちょっと! 反応薄いですよ!」

 ついベルの称賛を適当に流してしまった。

 アーヴィンはモキュモキュと餃子を口に入れ頬を膨らませている。彼は、本当に美味しい物を食べると無言になる。

 どれ、僕も一つ。

 パリッっとした皮にジューシーな肉の感触。ほのかなニンニクの匂いが広がる。嫌らしくない油の旨みと塩味、野菜の甘さ。ん、この清涼感。ピリッとした舌触り。これは、キャベツにクレソンが混ざっているのか?

 マキナめ、やりおる。

 油っぽさは酢で相殺される。胡椒が良いアクセント。飲まないがゼノビアの酒が欲しくなる気持ちはわかる。

 ああ、白いご飯が欲しい。ラナがおにぎり作りにハマってしまい。もう、本当に残り少ないけど、お米が欲しい。冒険の暇を見て米を探さねば。

『ソーヤ隊員。接近探知しました。他の冒険者かと』

「了解」

 僕らは十字路のど真ん中で飯を食べていた。邪魔この上ない。

「シュナ、アーヴィン、ちょっと離れろ」

 がめつく餃子を食べる二人を追い払い。鍋を隅に寄せる。

「ちょっと、ごめんよ」

 知らない女の声が響いた。

 三人組である。戦士風の男が二人、盾を持った大柄な女が一人、全員ヒームの前衛パーティ。

「飯中か」

 リーダーっぽい大柄の女が、僕らに話しかけて来る。

 年齢は三十半ばくらいか。ポニーテールで軽装だが鋼のような筋肉が見える。儀式的な刺青が全身に彫られていた。幾つもの古傷。その勲章は伊達ではない。歴戦の猛者だ。

 通路は開けたが、彼女らは移動する気配がない。

「あんたらも食うか?」

 シュナが鍋の餃子を指す。

「?!」

 僕は驚愕した。

「なっ?!」

 アーヴィンも同じように驚く。

「シュナ! 大丈夫か?! お腹痛いのか?! まさか生理か!」

「生理って何だよ?! 別に腹なんて痛くねぇよ!」

 詰め寄る僕を押しのけ、アーヴィンがシュナに詰め寄る。

「まさか骨をやったのか?! 熱は、ないな。なら………どういう事だ!?」

「どういう事でもねぇよ!」

 アーヴィンを押しのけ、シュナは不釣り合いな落ち着いた声でいう。

「美味い物はみんなで食べた方がいいだろ」

 僕とアーヴィンは肩を組んで少し離れる。

「どうですかアーヴィンさん。彼、大人になりましたよ」

「おう。あの手は未だ疑問に残るが、シュナには良い経験だったようだ」

「所でアーヴィンさん、アンドゥラ嬢とは?」

「ん、まあ、あの後もそれなりにな」

 お、大人。

 ………いや、これを基準にしてしまうと、男性陣では僕だけ子供となるが。

「何か最近、男三人で仲が良いわね。怪しい」

 ゼノビアに疑惑の目を向けられる。

『別に』

 男三人、ぴったりと息が合った返事。余計怪しくなってしまう。

 などと漫才をやっていると、クスクスと笑い声。

 ちょっと忘れていた。

 別パーティの女性リーダーが笑っている。それが嘲笑なのだから注視せざる得ない。

「はあ、新進気鋭の新米パーティと聞いていたが、この程度か」

「何だと?」

 大人になったシュナだが、こういう場合はやっぱり一番に立ち向かう。

「お前ら全然駄目だ。こんな所で呑気に飯を食って呆けて、噂通り竜亀を倒したのはマグレか? いや、功績を金で買ったか? そこの異邦人は、ろくでもない商会と繋がりがあるようだしな」

 ろくでもない商会を潰している方なんだが、いっても無駄か。

「聞き捨てならないな。取り消せ」

 アーヴィンも前に出る。二人が女に注意を向け、ちくりとした違和感。

「後学の為に教えてやろう。同じ冒険者といっても、それは味方ではないぞ」

 女の口笛。

 何かの合図。

『緊急接近警報』

 イゾラが探知するが遅い。

 視界の端に影が走る。

 前衛二人の真後ろから。

 猫耳の獣人少女だ。手に鞭を持っている。

 蛇のように鞭がしなり、ラナの杖を絡めとった。

 あっ、という間もなく。杖と獣人はダンジョンの闇の中に。

「な?」

 くだけた女の声と態勢。

 金属が高い音を上げる。斬りかかったシュナを女の剣が受けていた。片腕で。

「アーヴィン! 手を出すなよ!」

 叫びながらシュナが打ち込む。僕の速度認識では残像しか見えない。それを容易く、遊びのように女は捌いた。盾は一切使っていない。

「何が目的だ?」

「ん~ん? 青田買いと品定め」

 しかも余裕で僕と会話する始末。この女強い。僕の経験だとランシールと同等くらいか。

 他を警戒しながら僕は下がる。

 ベルとゼノビアに、ラナを守らせるよう指示。エアには警戒を強めるように命令。アーヴィンの肩を掴んで下がらせる。

「そこな巨乳エルフの魔法使い。あんたは本物だよ。認めてやる。だが、それを守る連中がこうも腑抜けじゃねぇ。全然ダメダメ。ゴミだ。目が暗闇を見ていない。死角への警戒心がなっていない。盾が柔い所を守っていない。てめぇら前衛はな。後ろに立つ人間よりも先に死ぬ事が仕事だ、ボケ」

 無数の斬撃が閃く。

 シュナの剣線に鈍りはない、といえば嘘になる。前よりも伸びがない速度がない重さがない。新しい剣に慣れていない。

「ちょっと順序がズレたけど。杖を返して欲しかったら、あたいを倒してみな」

「上等だッ!」

 熱くなりすぎているシュナの動き。動きが精彩を欠いている。それは自分の腕が軽くあしらわれている事実と、噛み合わない剣の焦り。

 これは負けるな。

「もうちょっと面白くして見るか」

 女は一撃でシュナとの距離を離すと、剣を床に突き刺し鞘を腰から抜いた。

「チビ。お前にゃ、これで十分さ」

「後悔するなッ」

 駄目だ。

 完全に挑発に乗って相手のペースに飲み込まれている。

「お前ら、ミュシャ心配だ。先に合流地点に行っていろ」

 了解、と。女のメンバー達がぞろっと移動する。僕はそいつらに矢を放った。戦士の一人に素手で受け取られる。

「おしい」

 と、矢を投げ返された。頬を掠め矢は壁に深々と刺さった。

(イゾラ、トレーサーは付着できたか?)

《イエス》

 僕の小声にイゾラの返事。投げ返された矢には、追跡用の塗料が付いていた。合流地点はこれでわかる。

 シュナの剣は鞘に防がれる。音から察するに木製の鞘だ。金属の刃をそんな物で受ける事はできない。だから剣の腹を叩いて軌道を逸らしている。相当な実力差だ。奇策の一つや二つでこれを覆す事はできるのか?

「ん」

 一個、気になった言葉がある。それはつまり。

「ちっ」

 腕を打たれシュナが剣を落とす。返す鞘は、シュナの頭を目がけ迫り――――僕の矢に砕かれた。ほぼ同時にアーヴィンが前に出て女の喉元に刃を当てる。

「え、お前らまたッ!」

「いやシュナ、これで良いんだよ」

 怒りそうになるシュナをなだめる。

 次矢を番えて女に向ける。

「最初っからサシの勝負とはいっていない。不意打ちしておいて正々堂々を語るのはおかしいだろう。こいつの仲間は、僕に矢を向けられ『おしい』といった。つまり、矢を向ける相手を間違えている、という意味だ。今はダンジョンの探索中。そこで起こる争いは全て戦いだ。表の喧嘩ではない。グラッドヴェインの矜持には当てはまらない。以上、どうだ?」

「良し」

 女は豪快に笑う。

「チビ、あんたは十点中、二点。剣が全く合っていない。そこの色男。あんたは五点。不意打ちを防げなかったのはマイナスだが、その後の警戒と“合わせ”は上々だよ」

 シュナとアーヴィンに勝手な評価が付けられる。

「そこの少女。あんた面白いね、見通しができないモノを持っている。これからの育て方次第で幾らでも転向できるだろう。才能の塊って奴だね、八点」

 ベルの事だ。

 大当たりの評価である。ラナにいわせれば、ベルの魔法の素養はとてつもない。底が見えないらしい。加え、シュナの客分ではあるが、グラッドヴェインの宿舎で日々訓練を共にしている。普通の冒険者では潰れるような訓練を、である。

 ベルは、ちょっとしたきっかけ、チャンスで化ける。それに遭遇するまで待つだけだ。

「弓持ったエルフ。警戒心が低い。気を抜き過ぎだ、二点」

 何だとこの野郎。うちの妹に何て評価を。

「そこそこおっぱい」

 ゼノビアの事である。

「ゼロ点。あんた、このパーティに噛み合ってないよ。抜けた方が良い。自分の為にね」

「ふざけるなお前!」

 弓を引く手が怒りに震える。一瞬でも、見る目があると判断した僕が馬鹿だった。冗談や勝手な判断で僕のパーティを計るな。射殺すぞ。

「まあまあ、そうな。あんたは、点数が付けられないね」

 僕の評価だ。

「柔軟性の思考に咄嗟の判断力、何となしだが不意打ちには感づいていたね。そして仲間への思い。責任感。ここまでなら八点だ。しかし、決定的に欠けているものがある」

 嫌な気分だ。

 隠した恥部を覗かれるような。

「欲がない。あんた自身のね」

 それは、図星だった。だから余計に腹が立つ。

「あんたは他人の理想や欲望に相乗りしているだけだ。いや、悪い事じゃない。そういう人間を必要としている人間は世に幾らでもいる。だがお前は、リーダーをやって良い人間じゃない」

「貴様ッ!」

 アーヴィンが女の胸倉を掴んで壁に叩きつける。

「ソーヤがどれほど苦心して自分達を纏めたと思っている! 知ったような口を!?」

「知ってるさ。新米の集団を纏めて悪冠を倒した。どんな策であれ、技であれ、こんな事できる奴は、簡単に転がっていない。他の戦歴も調べたが、あんたらほど勝ち進んでいる冒険者は稀だ。むしろ、有能過ぎる故に負債を担いでいる事に気付いていない。後でそれが、パーティを全滅させるよ」

「アーヴィン、離してやれ」

「だがッ」

「いいから」

 肩を叩くとアーヴィンは女を離す。

 女は次に、ラナを指さす。

「あんたは、九点。その派手な魔法の破壊力、エルフの貴族という知名度。容姿。それだけで有能な者を釣れる。大物狩りのクエストを優先してもらえる。ちょっとばかり、他のエルフがうるさいけどね」

 こいつ。

「で」

 僕は慎重に言葉を選ぶ。

「本題は何だ?」

「察しが良いのは好きだよ。遅れたが自己紹介だ。あたいは、リュテット。最終到達階層は三十五層、いわゆる中級冒険者だ」

「おせっかいリュテット」

 シュナがぽつりという。

「眷属の兄さん方から聞いた事がある。こいつ、新米冒険者に絡んでくる有名な冒険者だ」

「“有望か無謀な”新米冒険者に絡む、だ。あんたらを試した理由は二つ。一つは依頼だ。あんたらをある場所に誘導するよういわれた。破格の金額でね。そこに、おっぱいエルフの杖と、あたいの仲間もいる。安心しな、案内はするさ」

「ここから北西部だな」

 トレーサーはそこで停止している。僕の発言に女は驚きの表情を見せる。

「あんた、本当に面白い男だね」

 ラナの射殺すような視線。

「で、もう一つは?」

「そりゃ先にいっただろ。青田刈りと品定めさ」

 二つじゃねぇか、というツッコミは置いておこう

「あたいから提案がある。お前と、お前にお前」

 僕、ベル、ラナが指差される。

「あたいのパーティに入りな。特に、異邦人。もう一度いうがお前はリーダー向きじゃない。誰かに使われて真になる者だ。それは、あんたにも分かっているはずだよ」

「………………」

 それは、いや。

 ………………確かに。

 僕は人の上に立つ人間でない。商会が軌道に乗っている事からも、それは明らか。誰か人を立て僕はそれを影から支える。それが真価になり物事が好転する。

 影だ。

 そう僕は、表に出るには薄暗い人間だ。どんな人間もそれは本能的に理解してしまう。そして、それを隠せるほど詐欺的な素養は持っていない。

 前のようにアーヴィンをリーダーにと考えたが、そも彼にはリーダーの素養も能力も皆無だ。人に好かれるアイドル性のカリスマは持っているが、人を率いるカリスマは別の物。彼は人が好過ぎる。物事の流れを読むにも騎士の矜持とやらが邪魔をしている。僕が、彼を操り人形にして影に隠れても、また破綻するだけだ。下手をすると取り返しのつかない破綻になる。

 賢く上手くやる。それだけがリーダーの全てではない。人を率い、人に羨望される王性というカリスマが必要だ。

 僕には、それが欠片もない。

「その沈黙が答えだね」

「いいや」

 答えは決まっている。

 僕が十分、リーダーをやれる理由だ。


 獣の遠吠えがダンジョンに響いた。


 ぞくり、うなじを舐められるような怖気。

 闇の中に人を引き込むような声。

 本能的に危険なモノだと理解した。

「何だ?」

 中級冒険者ですら動揺する事態に、僕らがわかるはずもなく。

『トレーサーが激しく移動しています。恐らく、この声の主と戦闘中かと』

「おい、中級冒険者殿」

「あん?」

 僕の声に不機嫌そうな返事。

「敵だ。力を貸してくれ」

「良いが、それはあたいの指示に従うって事だね?」

「そんな訳あるか。あんたが、僕の指示に従うのさ」

「ふん、まあいいさ。お手並みを見てやるよ。精々がっかりさせてくれ」

 素養があろうがなかろうが、友が期待して僕を推してくれたのだ。

 それが事実。

 揺るがない理由。

 リーダーを辞めるつもりは、ない。

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