<第四章:薊が如く>2
呼吸を薄く小さく。
気配を殺し闇を見据える。
索敵の為、明かりは消している。夜目を効かせ無明の中を静かに、静かに、進む。
『敵、探知。三時方向です』
「了解」
イゾラの声で、その方向に注視する。
暗い通路の先から、ゆらりと大蛇が現れる。中空を優雅にくねり進んでいた。
組合長に似た小さい羽があるが、そんな物で揚力が出るはずがなく。謎の力で飛んでいる。
大蛇といっても幅30cm長さは6メートルほど。竜亀に比べたら可愛いサイズだ。
彼我の距離は15メートル。
『敵、反応あり。探知されました』
矢を咥えた。もう一矢は弓に番える。
小さい風音を鳴らして大蛇は僕に迫る。こう暗いのに何故にこちらの位置を? という疑問は今は捨てる。
「明かりを点けてくれ」
『了解』
カンテラと同じ光量でイゾラが光る。
弓が張り詰める。
矢に張力を溜める。
相手と同じ、殺す事だけを考える。この弓を引く時は、どこまでも冷徹になれる。神でも魔でも揺るぎなく射抜く。
狙いは、
『距離10メートル。8、6、4』
蛇が僕に喰らいつこうと大口を開ける。
ここだ。
弦が唸り矢が飛ぶ。矢も蛇のようにしなり、大蛇の上アゴを貫き、脳を突き刺す。大蛇は倒れ、魚のようにピチピチはねる。血は思ったよりも流れていない。
もう一矢を弓に番えた。
冷静に観察。何か、まだ。
大蛇の全身は思ったよりも長かった。体の半分はまだ輪郭のおぼろげな暗闇の中、その尻尾が、僕に鎌首をもたげた。
闇から影が迫る。
影は狙わない。当たる保障のない物は狙わない。大蛇の体をもう一矢で貫き、石畳に縫い付ける。全力で後方に飛び退いた。
ほぼ眼前を蛇頭が歯を鳴らし、空を噛む。
『回避、成功です』
この大蛇は、尻尾にも頭があった。
もう一つの頭も射抜き。
「パルススキャン起動。こいつの心臓部をレッドポイントで表示」
『了解、パルス起動………………』
軽い耳鳴りに似た音。
『スキャン終了』
大蛇の心臓が、メガネの液晶に赤点で表示される。
そこにもう一矢。
筋肉の痙攣はあるものの、大蛇はこれで確実に死んだ。
ダンジョンのモンスターは頭を潰したくらいでは死なない事が多い。そもそも頭がないものすらいる。しかし生体なら、大抵のものは心臓を止めれば死ぬ。この常識も階層を降りるほどに通用しなくなりそうだけど。
周囲を警戒。
『敵影なし』
「了解だ」
弓を肩にかけ、山刀を取り出す。
『ソーヤさん、牙を確認してください』
「はいよ」
山刀を挿し込み蛇の口を開く。危険なので素手では触らないようにした。
『牙に溝があります』
「もしかして、毒蛇なのか?」
『はい、サンプル取得します。本体を近づけてください』
イゾラを腰から取り外し、蛇に近づけた。
ミニ・ポットのアームが二本延びる。片手には試験管の並んだケース。もう片手は牙の根元を絞って毒液を採取した。続いて、組織サンプルと血液サンプルも採取。
『完了です。念の為に、パーティメンバー分の抗体を作成します』
「任せた」
『この大蛇も、通常の蛇と同様にピット器官、熱探知の機構を持っています。次からは気を付けましょう』
「了解だ」
蛇の死体をじーっと見つめた。
肉厚だ。
爬虫類って、鳥のササミと同じ味らしいが。
『ソーヤ隊員。一つ忠告しておきますが、モンスターの大半は食べられません。これまで倒して得たモンスターのサンプル二十三種中、十九種から人体に有害な毒が検出されました。大型になるほど毒素が強くなる事から、シガテラ毒と似た様な作用で、モンスターに毒性物質が蓄積されているのかと。………死にますよ?』
「残念だ。で、こいつは食べられるのか?」
『地上に戻って、メイン・ポットで解析しないとわかりません』
「そうか、残念だ」
現地調達、ダンジョンで飯………………無理か。色んな意味で危ない。
「これからパーティに戻る。エアに伝えてくれ」
『了解』
エアとアーヴィンには通信機を渡した。これで二階層分なら連絡を取り合える。
矢を回収して、大蛇の死体を通路の隅に寄せ、可燃性の油をかけて火を点けた。後続の冒険者の為に、死体を処理するのはダンジョンのマナーである。
火に寄って来るモンスターもいるが、何よりもモンスターは血に寄って来る。
処理は完了。
パーティに合流する為に移動開始。
「イゾラ、明かりを消してくれ」
ぼんやりとした明かりが消え、また静かな闇に包まれた。蛇の薪が背後で燃えている。
『ハァ………』
イゾラがこれ見よがしにため息を吐く。いや、こいつ呼吸してないから音声作っているだけなんだが。
『………ハァ』
あ、これはつまり、
「どうしたイゾラ?」
構ってくれアピールか?
『いえ、アーヴィン様と一緒にいる事に慣れたせいか、ソーヤ隊員といる事に満足できなくて』
全然違った。
「僕に、そんなに不満か?」
『いえ、あなたは当初の試算よりも、何十倍もの成果を上げています。現代社会には不適合な人間でも、異世界では適応できる。よくあるような、ないような、興味深い例だと思います』
「はい、どうも」
褒められたのかな? ちょっと嬉しい。
『でも、ソーヤ隊員。あなたは、イゾラがいなくても何とかなりますよね?』
あ、マキナにもコレいわれたぞ。
『アーヴィン様は、イゾラが付いていないと駄目な人です。彼って、ああ見えても抜けている所があるので、誰かがしっかり締めてあげないと。………フフ』
冒険以外では、イゾラの希望を通してミニ・ポットはアーヴィンの元に置いている。
「あんまり個人に執着して仕事を忘れるなよ」
『そんな事はしません。通常戦闘での作戦案をはじめ、誰が欠けても良いように編成案や戦闘案は常にシミュレーションしています。それと、アーヴィン様がリーダーになった場合や、アーヴィン様が英雄になった場合、アーヴィン様とイゾラが――――――』
「モウイイデス」
何かこいつが、必要以上に男に干渉するヤンデレ女に見えた。
「そのアーヴィンに連絡してくれ、視認した。合流するから攻撃しないでくれ」
『了解』
視線の先、薄い明かりが見える。
場所は十字路である。
盾を構えたアーヴィンがいた。こいつはモテモテ男である。宿の小娘を始め、酒場のウェイトレスから、商会の後家、新米から上級までの女性冒険者、止めに異邦から来た人工知能である。
何という戦歴、そして幅広さ、しかも全員が彼の笑顔一つでいさかいを止め笑顔になる。
イケメンで身長が高く、腕も立ち、責任感が強く仲間思い。種族への偏見を持たず、野菜と酒に弱く、時々影の射した憂いを見せる。
僕の思い込みだが、こういう人間こそ英雄になるべきだ。
決して、あのヴァルナーのような虐殺クソッタレ野郎など英雄ではない。神が認めても僕は認めない。
「おーす」
「見回りご苦労」
適当な僕の声に、律儀な返事。
「おかえりなさい、あなた。怪我はありませんか?」
「ないよ。途中、蛇と戦ったけど無傷で倒せた」
心配性のラナを安心させる。
「何だよ、おれも呼べよ。試し斬りしたかったのに」
シュナがブーたれる。彼は新しい長剣を素振りしていた。
お値段、金貨50枚。そこそこの名剣である。前の長剣と同じ長さ、重さ、素材の物を用意したかったが時間がなかった。
マキナに分析させた所、レグレ師からシュナに渡った長剣は、かなり変わった組成をしていた。ウィッドマンシュテッテン構造、ようは隕石、隕鉄が鋼に混ざっていた。
それがどう作用して、あの靭性、強度を持っていたのか、現代科学の分析力では解明に時間がかかるだろう。
『アーヴィン様、地図を広げてください。探索終了区域を照らし合わせます』
「おう」
アーヴィンが手書きの地図を広げ、イゾラがそこに画像投影する。探索が終了した箇所に木炭で×印を付ける。
『エア様も、お願いします』
「はーい」
エアも地図を広げ、同じように印す。
アーヴィンとエアには手書きの地図を渡してある。僕とイゾラが同時に死亡した時の為だ。
僕はアーヴィンの地図に指を置いた。
「時計回りに北から順に見て回った」
パーティが集合しているこの場所は、階層の中心点である。ここからぐるっと回り周囲を探索している。これは下に降りる為の探索ではない。
「残りは北西部分。ここで痕跡が見つけられないのなら――――——」
「諦めるさ。自分はこのパーティの盾だ。今はそれが一番だ」
「すまん、頼む」
「いや、自分こそ貴重なパーティの時間を使ってもらっているのだ。これで、十分だよ」
僕らは、この階層で行方不明になったアーヴィンの友を探している。
動向が気になり、ヴァルナー達を監視していたのだが、あいつらはサンペリエ騎士の捜索は行っていない。
僕らと遭遇したあの日、彼らは雇った冒険者達と揉めに揉め、以降ダンジョンには潜っていない。酒に女、暴力と剣技の稽古。そんな毎日。良い身分だ。
サンペリエ騎士の生存は絶望的だ。そこに希望は持っていない。
せめて生きた証の一つでも回収してあげたい。同じアーヴィンの友として、リーダーとして。ただ、それに対してアーヴィンは『一日だけ、捜索に時間をくれ』という返答だった。それ以上の時間はパーティの邪魔になる。その皆の気遣いは辛い、と。
僕は迷ったが、アーヴィンの気持ちを汲んだ。捜索は一日だけ、持てる力は全て使う。イゾラのセンサーが有れば他の冒険者達が気付かなかった痕跡が見つかるはず。
「では、皆はもう一度待機。僕は」
「お兄ちゃん」
「ん? どうした」
エアがすり寄って来る。
「お腹空いた」
「あ、おれも」
「はい! はい! あたしも!」
シュナとベルが挙手する。
「あの………………私も」
ラナもおずおず手を上げる。
「あ、すまん。すぐ準備する」
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