<第三章:綻びと纏まり>3


「マキナ、そういうわけだから頼んだ調味料を二人に渡して、グラッドヴェインの宿舎まで来るよう伝えてくれ。それと例の工作キットは使えるか?」

『言付け了解です。キットですが、設置した物質の強度によりけりなので完全な保障はできませんが使用可です』

「それも持たせてくれ。なるべく急ぐように頼む」

『了解です、マキナ通信アウト』

 さて、そろそろ目覚める頃だ。 

『ソーヤ隊員。このような手段、イゾラは反対です』

 腰に吊るしたイゾラが文句を垂れる。

「却下する。冒険に必要な事だ」

『そういって、自分のやましさを分散させようとしていませんか?』

「違う。これは、冒険に必要な事なんだ」

『あの、その言葉で全部押し切るつもりですね?』

「そうだ。冒険に必要なら、ある程度の悪は許されるのだ」

『不潔です』

 うるさいのでイゾラの音声を切った。

『!? ?!』

 小さいアームで僕を叩く。面倒になったので、ギャロットで本体をグルグル巻きにしてバックパックに収納した。

「う」

 まず、シュナが目覚める。

「何だこりゃ」

 彼が驚くと同時にアーヴィンも目覚めた。

「ん………どこだ? ここ」

「おはよう、二人共」

 僕の剣幕に二人はやや引き。

「ソーヤ、これ何だよ?」

 シュナの抗議は無視した。僕の抗議も無視されたのだから当たり前である。

「ソーヤ、説明してくれるか?」

 アーヴィンは、冷静を装っているが額に汗を浮かべていた。

 この状況では仕方ない事だ。

 二人共、後ろ手に拘束されベッドに並んで寝ている。足首は片方だけベッドの足に鎖で繋いでいた。まあ、焦るシチュエーションである。

「なあ、二人共。僕は悲しい」

「知らねぇよ。これ解けよ」

 無視。

「纏まって結束して、これから新しい冒険に向かうと思っていたら、再生点が切れるまで殴り合いをするとは。この状態じゃ明日の冒険はお休みだ。それどころか明後日も休みかも」

「うむ、ソーヤ。確かに自分も大人げなかったと思う。しかしリーダーを辞めた今、自分とシュナの立場はしっかり決め今後の――――――」

「うるさい黙れ」

 アーヴィンを睨み付け黙らせる。

「時には殴り合うのも良いだろう。そうやって生まれる友情もある。しかしキリの良い所で見切りを付けろ」

「でもよーグラッドヴェインの矜持ってのが」

「だったら普段から気を付けるよう僕らにいえよお前ッ! 元をたどれば剣失くした事忘れて喧嘩に挑んだお前の判断ミスだろがッ!」

「え、いや。………はい」

 シュナちょっとだけ素直に認める。

「ソーヤ、シュナを責めないでくれ自分も」

 アーヴィンの言葉を遮る。

「物分かりが良さそうに装っても、お前の中身はシュナと同じだ。勝敗を明らかにして優位に立ちたい子供だ。しかも大人のフリをしているのだから質が悪い」

「ぐっ」

 図星だったのかアーヴィンは傷付いた様子。

「ぷっ、怒られてやんの」

「シュナ、お前はまんま子供だ」

「なっ」

 図星を突かれてシュナも傷付く。

「あのなぁ、二人共。子供といわれて傷付くのは子供の証だ。大人になれ。プライド<矜持>に命を賭けるのも結構、喧嘩をするのも結構、冒険と関係のない事に熱中するのも結構。

 だが節度を覚えろ。

 お前らは冒険者だろうが? それが冒険に支障きたしてどうすんだよ。予定が狂うんだよ。修正すんの面倒なんだよ!?」

 思わずベッドをガシガシ蹴った。

「す、すまなかったソーヤ。今後は気を付ける」

「………………悪かったよ」

 二人の謝罪。

「君ら、面倒だから取りあえず謝ってないか?」

『………………』

 今のこいつらは普段の自分を見ているようだ。手に取るように考えが読める。

「まあいいや。シュナ、一つ聞きたいがある。グラッドヴェインの眷属は全部で何人いる?」

「は? 今は二十三人だけど」

「ソーヤ、自分も一つ質問してよいだろうか?」

「はい、アーヴィン君」

「ここはどこだ?」

「ここはな」

 丁度部屋がノックされる。

 僕の返事で戸が開けられた。

「冒険者御用達の娼館『睡魔と豊穣の女神館』だ」

「ソーヤ、お待たせニャ」

 テュテュが女性二人を連れて部屋に入って来る。

「では紹介しよう」

 長い黒髪と絶世の美貌を持つヒームが、アーヴィンの傍に腰をかける。薄絹一枚で肌を惜しげもなく晒しているが、不思議と品がある。

「そちらは“ディカーテの黒真珠”アンドゥラ嬢だ。元は左大陸の諸王令嬢だったが、気運と神の悪戯でここに身をやつしている。だが、黒真珠とはどこにあっても優美な物」

 続いて、銀髪の獣人がシュナの隣で横になった。額に一本角があり、細長い尻尾の先には丸い毛の玉。幼さを残す相貌であるが、浮かべる薄い笑顔はサキュバスのそれだ。

「こちらは“銀の魔性”ルタールル。まだこの館に来て日は浅いが、その情欲と奉仕の心は折り紙付き。どんな屈強な冒険者も彼女の手管に声を高めるそうだ」

 そしてテュテュが後ろから抱き着いてくる。

 いや、君の紹介はしないからね。

「ソーヤ、これはつまり」

「駄目よ騎士様。わたくしだけを見つめて」

 早速アーヴィンが唇を奪われる。友人のこういう行為を見るのも興奮する。

「ソーヤ! てめぇ!」

「うふ、うふふ可愛い剣士様。何もかも任せてくださいな。とろけるように優しくしてあげます」

「あ、ちょ! いや、すみません。ちょっごめんなさいマジで、そ、そこは」

 シュナ、弱いなぁ。優しくしてもらいなさい。

「二人共、ベルとゼノビアにはいわないから安心してくれ。ではローオーメンの眷属方、再生点をしっかり補給して、かつ明日一杯足腰立たない程度に絞り尽くしてください」

『は~い♪』

 ピンク色の返事を聞いた所で退室。

「ソーヤ、六人でしないのニャ?」

「いや、それはちょっと」

 テュテュはついてきた。

「というか、ひどいニャ。待ってろというから、昨日の夜から待っていたのに全然姿見せないなんて」

「そんな約束したのか?」

「大分酔っていたけど忘れたニャ?」

「すまん、忘れた」

 よし断酒しよう。味も分からないのに、こんな弱かったとは。

「じゃ、早速別室に行くニャ」

「テュテュ、外でも良いか?」

「え………………今回だけという条件なら良いニャ。ホント特別ニャ」

「助かるよ」

 テュテュをお持ち帰りして、娼館を後にした。

 途中、ザヴァ商会とエルオメア商会に顔を出してお使いを頼む。

 そして再びグラッドヴェインの宿舎に。

 入り口で姉妹と合流した。

「はい、お兄ちゃん。頼まれた物」

 エアから、調味料と工作キットの入った袋を受け取る。

「すまないな、何やかんやで昼飯をここで作り、食べる事になった」

「あなた、ここって確か」

「グラッドヴェインの眷属が巣くう面倒な場所だ」

「何故にそんな所で昼食を?」

 ラナが可愛らしく首を傾げた。

「シュナとアーヴィンのせい」

「それは、よくわかりませんが大変ですね」

「こんにちは、奥様」

 後ろのテュテュが挨拶をする。

「こんにちは、ローオーメンの眷属」

「本日は………………えと、ソーヤ。ニャーはここで何をするニャ?」

「飯の準備だ」

「そういうのは本当に今回だけにするニャ」

「すまん、信用のある人手が欲しくて」

「仕方ないニャ」

 テュテュがちょっと嬉しそうな顔をする。

「あなた、食事の準備なら私も」

「ラナは客として招かれているから」

「………はい」

 時間が押しているのでトラブルは怖い。

 いざ、と覚悟を決めて宿舎にもう一度入る。若干の敵意と、姉妹に向けられる好奇心の目。テュテュが脅えてポンチョを掴んでくる。

 驚いた事に、グラッドヴェイン様に出迎えられた。

「よく来たな、ラウアリュナよ。おお、エアもいるのか」

 姉妹はひざまずいて、ラナが儀礼的な口上を述べる。

「グラッドヴェイン様、本日はお招きいただきありがとうございます。夫、妹と共に感謝の意を。そして、誉れ高い武に健やかな繁栄を」

「堅苦しい挨拶などよい。知らぬだろうが、そなたは乳飲み子の時に我と会っているのだぞ。その時は掌の上に乗ったのだが、大きくなったものだ」

「え、そうなのですか?」

 ラナが驚きを声に乗せる。

 僕とエアも同じ感想だ。

「メルムに聞いておらぬのか? あやつは我の眷属だったのだ。あれほど剣技に長けたエルフは眷属の中でも奴だけだ。そなたも剣を持つのか?」

 ラナは腰にレイピアを下げている。アーヴィンに祝いで貰った品だが使った事はない。

「これはお守りです。長く魔道を歩んでいますので機会がなく」

「冒険者なら覚えて損な事ではあるまい、どれ少し見てやろう。来い」

 グラッドヴェイン様がラナの手を取る。

「エア、そなたも来い。どれほどの弓の腕か見定めてやろう」

「は、はい」

 エアはグラッドヴェイン様に気圧されている。

「そなたとも小さい時に会ったのだぞ。それはもう、うるさく泣きわめく子供でな。仕方ないので我の乳房を吸わせたら静かになった」

「ええっ」

 神様は姉妹を連れて訓練場に行った。遠い親戚と会ったような和やかな顔だった。

「お兄さん、調理場に案内しますね。え、テュテュ何してるの?」

「色々合って手伝いニャ」

 ベルがひょっこり出てきて案内してくれる。

「さて、お兄さんに一ついっておく事があります」

 道すがらベルの忠告を聞いた。

「事情は大体聞きました。グラッドヴェインの眷属さん達は、割とグルメです。そこそこ舌が肥えています。ただ、訓練量の多い日だと味なんか気にしないのですが、今日は暇を持て余しているので、うるさいと思います。というか、竜亀討伐に行くつもりだったそうです。色々、あたし達にいちゃもん付けて来る人多いかもです」

「了解だ」

「あと、シュナちゃんとアーヴィンさんはどこに?」

「秘密」

 ベルがテュテュと僕を交互に見る。

「あ、はい。何かもうわかりました」

 察しの良い娘だ。

 グラッドヴェインの調理場に到着。

 王城のそれより広ーい。調理スペースも寝転んで遊べそう。大きい釜戸が六個もある。こっちの基本的な調理器具一通りと、立て掛けられた鋭い包丁。その中にはマグロが切れそうな得物も。

 置かれた食材も種類豊富。肉に野菜に乳製品、酒に香辛料、穀物、果物、魚介の乾物。市場では見ない調味料も揃っている。

 こいつら、王様より良い物食べてないか? 王様が質素なだけか。

 さて、時間がない。

 昼食の時間まで二時間弱。

「マキナ、メニューはさっき伝えた三品で行く。段取りを頼む」

『了解です』

 的確な役割分担をしないと間に合わない。シュナによると宿舎にいる眷属は二十三人、それに女神が一人、狼男が一匹、僕、姉妹、テュテュ、ベル。つまり30人前である。料理の基本は多めに作る、だが。足りなくなると最悪命に関わるので、多めに作る予定。

 と、視線を感じた。

 さっきの爬虫類系獣人いた。調理室の戸口から半身を出して僕を見ている。

「………………」

 えーと、何だ?

「あれ、ヒヒト。どうしたの? あ、手伝ってくれるの。そっか、グラッドヴェイン様にいわれたんだ」

 ベルがヒヒトと呼ばれたトカゲ娘の下アゴをさする。ヒヒトは気持ちよさそうに目を細めて喉を鳴らした。

 不安だが、人手は欲しいので頭数に入れる。

 ともあれ、

「よし、みんな。髪を纏めて手を洗おう」

 ヒヒト以外は自分で用意した紐で髪を纏め、何故か彼女のボリューミーな赤髪は僕がポニーテールにした。

 手洗いは、指の間に爪の先、肘までしっかり石鹸で洗う。

 食材を漁り、使う物をピックアップして並べて行く。ジャガイモにトマト、大豆にチーズ、酒、トウガラシ、大卵、塩その他。この調理場で使えそうなのは大体これだけ。他の食材はこっちに向かっている所だろう。

「ベル、テュテュ、ヒヒト、時間が押しているので手早くやって行こう。頼りにしているぞ」

「は~い」

「はいニャ!」

「………………」

 一名返事なし。だが調理開始。マキナの分担を三人に伝えつつ自分も作業に参加。

 ベルとテュテュに、ジャガイモの芽と皮を取らせ。それを水の張ったずん胴鍋に入れる。

 僕とヒヒトは野菜を切り刻む。大量のトマトのヘタを取って四つ切り、ニンニク玉ねぎをみじん切り。量が量なので、これだけでも大分時間を取られる。

 別のずん胴にオリーブオイルを豪快に撒く、楽しい。カットした野菜を投下。ヒヒトに炒めるように指示。大量の大豆を軽く水洗い。ヒヒトの鍋の様子を見て、適当な焼き加減になった所で大豆を投下。かき混ぜながらチーズと酒、塩を入れる。

 灰汁を取るようヒヒトにお玉を渡す。ここは一旦放置。

 ベルとテュテュを手伝いジャガイモを全部鍋に投下した。水を入れて蓋をして火力アップ。

 廊下から複数の足音が近づく。

 商会のお使いが食材を持って来た。

 ダンジョン豚のバラ肉一頭分、瑞々しいカブが30個、鶏卵60個、グラッドヴェイン様へのツケで購入。エルオメア商会からのサービスでエール酒が二樽。ザヴァ商会からは牛乳とりんご酢。蜂蜜と細々とした物が。

 豚肉をブロック状に切って、煮崩れ防止に四面を焼く。焼き色が付いた物から、一番大きいずん胴に入れて行く。肉を入れ終えたら、ざく切りにしたキャベツに玉ねぎ生姜を追加。水を入れる。

 さて、ここからが問題だ。

 工作キットを広げて、ずん胴の鍋蓋を改造。調節弁と安全弁、密閉用のレバーを設置する。内側にゴム状のパッキンを貼り付けた。不安だ、これで大丈夫だろうか?

 時間も大して残っていないので本番でテスト。

 鍋蓋を落として隙間がないか確認。蓋のレバーを回して密封する。ずん胴を火にかける。後は祈る。

 鶏卵の尻をスプーンで叩いてヒビを入れたら、これも別の鍋イン水ファイアー。

 ベルの所に注意を向ける。

 茹で上がったジャガイモを取り出し、ベルとテュテュの手を借りながら潰して行く。潰したジャガイモに卵黄、小麦粉、塩と胡椒を追加。混ぜる混ぜる。

 それをゴルフボール大に丸めて、またお湯で煮るよう指示。

 ヒヒトの所に移動。

 良い感じにトマトが崩れてドロドロになっている。火を止め、ヒヒトに麺棒を渡して中の豆を潰すように指示。

 鶏卵をお湯から取り出し水にさらす。

 60個の殻剝き、間に合うのか?

 潰したジャガイモの様子を確認。お湯に浮いた物から、取り出し皿に並べるよう伝える。

 メニューの一つ、ドイツ料理のクヌーデルは出来始めた。テュテュに残りは任せて、ベルと二人で茹で卵の殻剝きを始める。ベルが神業の如き速さで殻を剝いてくれた。

 ガタガタと震え出す鍋に全員が注視する。

 改造ずん胴鍋が、危険な感じで震え蠢いている。念の為にベルに防御魔法をかけてもらう。

 ヒヒトがチラチラ僕を見て来た。

 近くに寄って鍋を確認。豆は潰れて混ざって良い具合だ。仕上げに味噌を加え味見、トマト、チーズ、味噌の旨みが合わさって中々美味しい。潰した豆が食べやすい。

 二品目のミスラニカスープは完成。ヒヒトには次はカブを切るように指示。

 ずん胴が震え出してから三十分が経過した。恐らく、もう大丈夫なはず。

 蓋を外して肉を取り出す。

 トゥルンとした煮具合。

 急ごしらえの圧力鍋だったが正常に稼働したようだ。ちなみに、ミスラニカの矢はこれの副産物である。取り出した肉を水に漬け、更に余分な脂を流す。

 もったいないが油を吸った野菜は捨てる。ずん胴を洗って、醤油、砂糖、エールを同量入れる。剝き終わった鶏卵、切り終えたカブ、下炊きしたバラ肉を入れ、水で材料を満たす。

 後は、また煮る。

 クヌーデルが全部お湯から出た。一人四個を目安に、皿に並べて行くようテュテュに指示。

 ミスラニカスープは鍋ごと食卓に持って行くようヒヒトに指示。

 ベルには食器を持って食卓に移動するよう指示。

 少し、手隙になったのでデザートを作る事に。材料が少ないので出来て、六人分くらいか?

 牛乳を鍋に入れて火にかける。

 60℃くらいで火を止め、りんご酢を入れる。手早くスプーンで混ぜ。放置。

 マキナのアナウンスで鍋の蓋を開ける。

 甘塩っぱい醤油と濃厚で食欲を誘う肉の匂い。

 卵、カブ、肉と皿に置いて一口ずつ味見。

 卵の具合は百点だ。甘辛い味は十分しみている。おにぎりが欲しい。大根の代わりに入れたカブは良くはないが悪くもない。肉は、トロッとしつつも型崩れはなく。咀嚼すると口溶けの良く肉の旨みが広がる。合わせて食べてみる。カブのあっさり具合がアクセントとして良い。卵と合わせて口にすると無敵だ。

 これは美味しいんじゃないのか? まあ、手間を除けばそこまで難しい料理じゃないしね。

 三品目、ダンジョン豚の角煮、完成である。

 テュテュが可哀そうな顔をしているので、味見がてら食べさせると、ベルが乱入して来て揉める。ヒヒトに隙を突かれ試食分を全部食べられる。三人の評判は上々。これが眷属共に通じれば良いのだが。

 ここまでの所要時間、二時間二十分。時刻でいえば十二時半。

 クヌーデルの皿に角煮を入れる。茹で卵は二個、バラ肉は五つ、カブは三きれ。

 五皿ずつトレーに置いてヒヒトに運ばせた。ベルには食器とスプーン。酒は本業のテュテュに運ばせる。僕はひたすら皿に盛り付け。

 今いる眷属が二十二人、神様一人、客分六人分。二十九人分の料理を向こうに送ったが、角煮はまだ半分ほどある。

 この鍋を持って僕も食卓に移動。

 宿舎の食堂は、ややボロいが掃除が行き届いて清潔な空間だ。ガヤガヤとした雑談が響く。

 長いテーブルの上座にはグラッドヴェイン様、両脇にはエアとラナ、ラナの隣を一つ開けてバーフル様。料理は全て並んで、後は食べるのを待つだけである。

 何か殺気感じるんだが。

 食膳置き場に鍋を置く。ベル、テュテュ、ヒヒトも席に着いていた。僕が最後のようだ。

 バーフル様に手招かれ席に着く。

「静まれ」

 グラッドヴェイン様の一言で食堂に静寂が満ちる。

「今日はやや遅い昼食となったが、皆許せ。そしてソーヤよ。我の急な要望に良く応えた。さぞ難儀であっただろう。因縁から始まった我らの縁だが、食と共に飲み込もう」

 下手したら死んでいたかも知れないが、まあ良しとします。簡単に文句をたれるほど子供ではないので。

「で、ソーヤよ。この料理は何だ? 説明せよ」

「では説明させてもらいます」

「あっちゃー」

 エアが何故か頭を抱えている。

「まず、この赤いスープ。我が神の名を取ったミスラニカスープです。トマトを始め野菜を沢山入れチーズでクリーミーな味わいを追加、豆は潰して食べやすい食感にしてあります。少し変わった風味の隠し味を入れてありますが、お口に会えばと。

 本日の目玉は、このダンジョン豚の角煮。本来なら長時間煮ないといけない物を、ある仕掛けで短縮しました。トュルン、ホロン、とした食感はこの街ではあまりない食べ物だと思います。豆の発酵物と砂糖で甘辛く味付けしてあります。カブは代替品でして、そこだけは気になるポイントですね。本来は大根という野菜を入れるのですが、この大陸には無いようでして困ったものです。大根はどう食べても腹を壊さない素晴らしい食品でして、煮て良しサラダにしても良し漬物にしても、ああ、すみません。話が逸れました。次に卵ですが、大卵ではなく見ての通りの鶏卵です。ザヴァ商会が大量のニワトリ飼育に成功したので、二ヶ月後には安定して安価で供給できると思います。大卵も美味しいのですが、大きすぎて手軽に食べられないのが問題ですね。ちょっと口にしたいという点では、やはり鶏卵が一番です」

 何かピシッと金属が鳴る音が聞こえた。

 気のせいだろ。

「それとクヌーデルは、ごふっ!」

 バーフル様に指で脇腹を突かれた。アバラが数本逝ったかと思った。爪、あんた爪鋭いのだから刺さるだろ。

 周りを見ろ、と合図。

 全員から、親の仇のような顔で見られていた。エア、ベル、テュテュまでも。

「………………め、召し上がれ」

「よし! 貴様ら食え!」

 グラッドヴェイン様の合図で眷属達が獣になる。

「何だコレ! 何だコレは?! こんなプルンプルンの豚肉はじめて食べたぞ!」

「溶ける! 口の中で溶ける!」

「うううまあああぃいいいいぞおおオオオオオオ!」

 リアクション芸人のような反応が飛び交う。

「おかわり、ありますからねぇ」

『おおおおおおおおおお!!!』

 僕の小さい声に大きな返事。

「ラナ、口に合うか?」

「ええ、美味しいです。あなたの料理で口に合わないものはありません」

 にっこり笑うラナ。彼女の『美味しい』は、僕にとって千人分の『美味しい』に等しい。

 満足じゃ。

「あ、エア。お前また」

 妹が、マヨネーズを取り出してクヌーデルにかけていた。

「お芋にはマヨネーズなの。アタシにとってこれは譲れない矜持よ」

「お前、割と何にでもかけるだろ」

「このマヨネーズは、そこいらのマヨネーズとは違うのだ。だって七味混ぜてあるんだから」

 また残り少ない調味料をそんな風に。

「マヨネーズか、最近街に流通したそうだな」

「はい、お兄ちゃんが作りました」

 グラッドヴェイン様に、エアが自慢気に話す。

「ソーヤ、矢張り異邦の料理人だったか。この美味な食事にも納得だ」

「はい、そうです」

 とラナの返答。

「違います」

「ラナ、良い夫を持ったな。自慢であろう?」

「はい」

 僕は無視されたが、まあ良しとしよう。

 飯は、おおむね好評のようだ。おかわりに次々と人が並ぶ。

「あのグラッドヴェイン様。よかったら、つけます? マヨネーズ」

「良いのか? そなたの大事な物だろう」

「いえ、美味しい物は独り占めするなと最近痛感したので。あ、お姉ちゃんもどう?」

『それじゃ』

 ラナとグラッドヴェイン様が同時に返事。

 この三人、面立ちが似ている。特にラナとグラッドヴェイン様は目元がそっくりだ。

 ラナ達の祖先、ヒューレス。

 霧の術師、弓の名手として名高いエルフである。かつて、右大陸を危機に陥れた大蜘蛛を討伐した英雄である。

 それは真実には足りない。

 大蜘蛛討伐はヒューレス一人の功績ではなかった。

 隠れ名の英雄ルゥミディア。

 この希代の射手の力を借り、ヒューレスは大蜘蛛を討ったのだ。

 マキナの調べによると、左大陸の英雄譚を纏めた書物にルゥミディアの名前は登場する。

 彼女は、武門として名高いヴェルスヴェインの寵児として生まれた。幼い頃から武勇に名を馳せ、英雄としての片鱗を見せる。

 だが、諸王殺しの罪状で左大陸を追放される。各地で逸話を残しながら、右大陸にたどり着き、そこで歴史から姿を消した。

 そこからは僕だけが知る事だ。

 彼女は一人のエルフと恋に落ち、子を儲けた。その子はヒューレスの嫡子としてエルフの氏族を治め、今の世まで血を残している。

 それとルゥミディアの記述の傍に、グラッドヴェイン様の名前を見つけた。

 ルゥミディアは、グラッドヴェイン様の娘だ。

 つまり、ヒームである。

 純血を良しとするエルフだ。これが明るみに出れば、ヒューレス家は求心力を失う。エルフの内戦が始まる。これは墓まで持って行く秘密である。

 グラッドヴェイン様も、たぶん知っている。英雄として神格を得た彼女が、レムリアに居を構えているのはこれが理由だろう。

 三人揃って飯を食べる姿は、親子のそれだ。

 寂しくなるほど僕には入り込めない。

「おう、ソーヤ。丁度良い機会だから聞くけどよ」

「え?」

 ちょっと真面目な感じでバーフル様が話しかけて来る。喧噪に紛れるような小声。皿を舐めていなければ恰好良いのだが。

「その弓、何か問題はないか?」

「いえ別に。素晴らしい弓ですよ。これがなかったら十回は死んでいます」

 バーフル様の目が、少し怖い。

「なら、お前の体に何か異常はないか?」

「異常?」

「その弓は呪物だ。亡霊に憑かれたからといって、当たり前のように引いて無事なはずはない。エンドガードの無念、吸血鬼への怨嗟、凶月<まがつき>の狂気。どれを取っても人の心には耐えられぬ情念よ」

 そういわれても、まるっきり平気だ。

 心当たりが何一つない。

「すみません、マジで何もないし問題ないです」

「なるほど………………ではお前の神が、お前を守っているかもな。ミスラニカ、聞き覚えはあるのに思い出せない名だ。もしや、何か縁が会ったのか」

 ミスラニカ様が、僕を? 今の所、愛玩動物のポジションでしかないミスラニカ様が? 一日平均十六時間も寝ている神様が? 食う寝る遊ぶしかしていない神様が?

「まあ、健やかであるなら問題なし。だが、弓のせいで体を害したと思ったらすぐに相談しに来い。何せお前もエンドガードなのだ。体は常に気を張れ。ここ最近、北に不穏な影がチラついている。リリディアスの狗も動いているが、役には立たんだろう。むしろ養分でしかない。招集の時は、近くも無いが遠くもない。日々の研磨を忘れるな」

「………………は?」

 今こいつ、何ていった?

「バーフル様、誰も、何だと?」

「我とお前で、最後のエンドガードだ。寂しいものだ。華がない」

「何故に?」

 いつそんな事決めた? 酔って記憶のない時とか?

「そりゃお前、ラウカンの武具を扱えるのだからエンドガードだろ。最早それくらいしか我らの残滓はないのだし。付き合えよ」

「嫌です」

「駄目だ、認めない。強制的に連れて行く」

 のおぉおおオオッ。

 何でこう冒険と関係のない問題が次々と。

 これ絶対後で巻き込まれるよな。いっそ弓捨てるか? やっぱ駄目だ。これでさえ、ちょっとしたモンスターには無力なのに。今更普通の弓に持ち替えたら完全にお荷物だ。

 金貨8枚で手に入れた破格の弓だったが、こんなデメリットがあるとは。

「バーフル様、ちなみに北で何をするのでしょうか?」

「ん~吸血鬼退治か? いや、残ったアレはそんなタマではないし。今の所、レムリアの密偵待ちの状態だ。明日明後日、急に発つという事はない。安心しろ」

「僕、一介の冒険者ですよ? そんな大それた事に巻き込まないでください」

「冒険者ならばこそ。禁足地に行き、未知の敵と相対し、名声を求めるのだ。心躍るだろ?」

「いや、全然」

「お前、本当に冒険者か?」

 痛い所を突かれる。

 正直、僕個人の名声など豚の餌だ。金と交換して欲しい奴がいるなら幾らでも売る。僕の目標はダンジョン五十六層に到達し、そこの素材を得る事。それだけだ。

 ただでさえ感情を優先して色々と面倒を起こしているのに、これ以上はキャパシティーの限界です。

 でも、最後のエンドガードか。

 ちょっとニヤける肩書である。

「お前、それいらないなら我が食うぞ」

 角煮をベロンと食べられた。

「この野郎!」

 行儀悪くもバーフル様と揉み合いになり一撃でやられた。

 宴もたけなわ。

 女性陣の食事の残りを見計らい、厨房に移動。

 鍋に放置した牛乳を見る。

 熱した牛乳に酢を混ぜると液体と固体に分離する。これの現象名などは知らない。

 清潔な布を用意して固体をこす。液体の方は強い酒に混ぜた。確か、そこそこ栄養素があったはず。うろ覚えだが。

 固体の包んだ布を軽く水に漬けて絞るを繰り返し、形を整える。

 思ったより綺麗な円形が出来た。リンゴ酢がよかったのか、つるんとした白い塊。これに包丁を入れて六頭分にする。小さめの皿に並べ、焼きリンゴの輪切りを添える。仕上げに多めの蜂蜜。

 カッテージチーズ、焼きリンゴの蜂蜜かけ。完成である。

 拙い知識を結集して、デザートらしき物を作ってみました。

「お兄さん、洗い物ならあたしが後でやりますよ」

「………………」

 ベルとヒヒトが厨房にやって来た。ベルが並んでいるカッテージチーズを見て、

「アイスですかッ!」

 喰らいついてくる。

「いや違う」

「そうですかぁ、違うんですかぁ………ハァ」

 魂が抜けた。

「まあ、食べて感想くれ。ほら、ヒヒトも」

 スプーンを添えて二人に渡す。

 ベルが一口食べて感想を一つ。

「あ、不思議な食感。すっごい上品な味、食べやすい。美味しいかも」

 バシン! バシン! と何かが床を叩く音に驚く。ヒヒトの尻尾だった。夢中で食べながら尻尾を振っている。

「ベル、これは美味しいという事で良いのだろうか?」

「ですね」

 自信を貰ったので姉妹とテュテュ、グラッドヴェイン様の分を持って行く。

 昼食を締める一品は微妙な好評だった。

 お菓子作り、本格的に覚えようかな。

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