<第三章:綻びと纏まり>2


 グラッドヴェインの宿舎は、レムリア王国の正門付近に隠れるように存在している。

 この国が敵に襲われた時に真っ先に迎撃できるように、というよりも、戦いの先陣を切りたいからここに居を構えたのだろう。

 宿舎は、中央の訓練場を囲むようにして二階建ての住居が存在している。

 訓練場には怪我の防止の為か、土が敷き詰められていた。それと、こちらの世界の戦闘訓練に必要な武具が一通り揃っている。整理や整備が行き届いているのは、眷属達が武に対して誠実な心意気を持っている証拠なのだろう。

 血と汗の匂いが強い。

 何となく剣道場を思い出す。

 訓練場の中心で、シュナとアーヴィンが向かい合っていた。ギャラリーはグラッドヴェインの眷属二十人ばかりと、僕。

 どうしてこうなった?

「これより、グラッドヴェインの名において、竜甲斬りシュナと竜鱗のアーヴィン、二人の決闘を執り行う。理由は、アーヴィンにより我らの矜持が汚された故。双方、契約せし神に恥じるような戦いはするな。命を奪うな。誇りを賭けよ。また、勝負の決着はどちらかが敗北を宣言した場合、もしくは意識を失った場合とする。異議は無いな?」

 年配の獣人が、そう宣言する。

 道ながら僕の抗議は全部無視された。

 一番の問題は、

「一つ確認したい。自分はグラッドヴェインの試練を落ちた。そんな自分が眷属に勝った場合、どうなる?」

 アーヴィンが、やる気ありありなのだ。

 獣人が長い顎鬚に触れながらいう。

「そうさなぁ、我が神の慧眼を疑うわけではないが、勝ったのなら貴様は本物という事になる。新たな眷属として迎えるよう取り計ろう」

「それは良い」

 アーヴィンが不敵に笑う。

 黙っていたシュナが不機嫌そうに口を開いた。

「おれに勝てると?」

「同じ質問を返そう」

 アーヴィンが木剣と木の盾を構える。そこまで乗る気がなかったシュナも、気持ちを改め長い木剣を構えた。

「では、はじめッ!」

 二人が交差する。

 君ら、新しいリーダーの忠告とか一切聞かないのね。

「さあ、お前ら! 賭けた賭けた!」

 獣人が仕切って二人の勝敗を競り出す。

 何だかねぇ。ムカつく。

「お前ら! あの騎士様にも賭けろ! 全員シュナに賭けたら勝負ならねぇだろ! おい、あんた? あんたはどっちに賭けるんだ?」

 うっとおしい獣人は無視した。

 シュナとアーヴィンに注視する。

 攻め手ではシュナが勝り、守りではアーヴィンが勝る。

 しかしシュナは愛用の剣ではない事に加え、木剣という軽い得物だ。

 彼の剣技は、重い得物を全身で振るい、下方向という反応しづらい場所から襲う、奇剣の類である。なれば、今は片羽をもがれたようなもの。加えて、奇剣というのは初見殺しの要素が強い。手の内が読まれたら更に威力は半減する。

 アーヴィンの剣技は正統派の対人剣技だ。シンプルにいえば盾で受け剣で攻撃する。しかし、盾で殴り倒して盾で斬ったりもする。正統派故に、本人の応用次第で幾らでも化ける。

 人外を相手にすると劣る事もあるが、こと相手が人であるなら揺るがない強さを持つ。

 賭けには参加しないが、僕の予想ではアーヴィンが7でシュナが3だ。

 シュナが剣打は悉く盾に阻まれる。

 盾越しのアーヴィンは微動だにしない。

 僕が思う、この二人の決定的な差は体格だ。アーヴィンは182cm、シュナは166cm。身長だけではない。体重に、骨格、筋肉量。真正面からぶつかれば結果は目に見えている。

 しかし、シュナがそれだけの事を覆せないのなら、巨人も竜亀も、ハナから相手にできていないのだ。

 十数回目の乱打の後、シュナの構えが変わる。

 柄尻に右手、左手は柄に添える程度。大きく飛び退いてから、引き寄せられるように駆け突きを放つ。

 その一撃を、アーヴィンは避けた。

 脆い木の板など貫くと判断したからだ。

 悪手だ。

 シュナは木剣を手放し、盾に取り付く。その後アーヴィンの膝に足を付き、肩を踏み台にして、跳んだ。綺麗な一回転。驚異的なしなやかさとバネ。それに遠心力を加えた蹴りが、盾を砕いてアーヴィンを吹っ飛ばす。

「おお!」

 周囲から歓声が沸く。僕も驚いた。こんな軽業師のような芸当まで持っていたのか。

 ともあれ、蹴りをくらって飛ばされたアーヴィンだが、ほぼ無傷である。難なく受け身を取り、鎧の胸元の靴跡を払う。

「ふむ」

 アーヴィンは何を思ったのか、木剣を捨てた。留め金を外して鎧も外して行く。

「は?」

 これにはシュナも面をくらう。

「これで、対等だろ」

 鎧を脱ぎ捨て軽装になったアーヴィンが拳を鳴らす。

「上等だ、この野郎ッ」

 シュナが挑発に乗って馬鹿正直に正面から殴りかかる。

「あ、馬鹿が」

 獣人の声の通り、アーヴィンの真っ直ぐ打ち出した拳がシュナの顔面を捉える。シュナも拳を突き出していたが、リーチが違う。

 それ一発で終わるはずがなく、殴り合いが開始された。

 拳が肉を叩く、血が飛沫、骨が鳴り、二人の再生点がグングン減って行く。

 シュナが拳を躱しながら懐に潜り、アーヴィンの横腹に拳を突き出す。

「ぐっ」

 アーヴィンは蹴りの一撃でシュナを離し、体格差とリーチを駆使して優位を保つ。

 二人のド突き合いに興奮したのか、グラッドヴェインの眷属達は歓声を高める。

「シュナ、足を止めるな! 動き続けろ!」

「おい! 騎士! 足だ! 足を狙え!」

「目だ! 目を狙え!」

「腹を抉れ!」

「関節を決めろ!」

「ちょろい殴り合いしてんじゃねーぞ!」

 僕の、我慢の限界が来た。

 シュナが転がした木剣を足で拾って、弓に番える。

「おい、お前なにを」

 獣人に気付かれたが知った事ではない。

「アーヴィン!」

 名を叫んで木剣を放つ。狙い通りこめかみに直撃した。彼は両膝を着いて、意識を失った。

「おい、ソーヤ」

 近づく僕に因縁を付けるシュナ。有無を言わさず、肩を持って足を払った。

「なっ」

 そのままシュナを押し倒し、首に膝を押し付け全体重をかけた。

「?! ?!」

 ギブギブと足をタップされたが無視。その手もすぐパタリと倒れた。

 二人共無力化したのを確認して、

「貴様ぁぁぁあああ!」

 さて、激高する獣人をどう凌ごう。

「神聖な決闘に横入りするとは。腕の一本は覚悟しているのだろうなッ!」

 獣人が剣を抜く。幅広のバスタードソード。

 相手は格上だ。僕の慧眼が正しいなら、力はアーヴィン以上、技術はシュナと同等。そんなの相手にどう戦うか。

 だがそれより先に、こいつらに言いたい事がある。

「知った事か、馬鹿野郎共! 僕らは明日から冒険がある! 予定はしっかり詰まっている! 邪魔をするなッッ! 血が見たいなら、豚と殴り合いでもしていろッッ!!」

「よく吠えたな。後はそれに見合うだけの腕を見せろ」

 獣人が僕に近づく。

 普通の矢を弓に番える。

 やるだけやってみるか。

 ノールックで獣人を射る。空いた手で受け止められた。ぽいっと捨てられる矢。

 獣人の額を見つめ、速射。フェイントは見破られる。矢は壁に刺さった。

 さて、

 二矢を弓に番えた。獣人を挟むように放つ。

 獣人は気にせず歩みを進める。矢は紙一重で当たらなかった。

 素晴らしい見切りだが、

「む?」

 ズボンのベルトは切り取れた。

 鉄鞘の重みでズボンが下がる。膝辺りで布が絡み、歩みを邪魔した。

 他の眷属の手前、獣人は咄嗟にズボンを上げようと屈み、僕の接近を許した。

 その顔面に渾身の膝蹴りを叩き込む。

 鼻を潰した感触が伝わる。顔は派手に血で汚れ、鼻からの出血を喉に通したせいか咽て軽くパニックになった。それでも剣を手放さないのは流石だ。

 冷静に後ろに回り込みギャロットを取り出す。これは、麻紐を握りやすい棒に巻き付けたシンプルな道具。絞殺用である。

 獣人の首に紐を巻き付け、背負う。

 僕の他愛のない腕力と本人の体重で首を一気に締め上げた。こっちの世界に来て何度か喧嘩に巻き込まれ、その敗北の結果、こういう手段に落ち着いた。

 幾ら頑丈な人間でも、脳を揺らすか絞め落とせば倒せる。

 剣が土に刺さるのを確認。六秒ほどで意識を奪った。

 ギャロットを取り外して獣人を地面に倒す。口から泡を吹いていた。ま、こっちの世界の人間はこれくらい大事ではないだろう。

「………………」

 無言で、新たな獣人が僕の前に立つ。

 爬虫類が混ざった獣人だ。瞳孔が縦に細く、頬や首に鱗。足より太い尻尾がうねっている。当てにはならないが、年頃は十二、三歳くらい。中性的で小柄、燃えるような赤い髪を持っている。

「次はお前か?」

「………………」

 何かいえよ。やりにくい。

 この子以外からも方々から殺気が向けられる。今更後悔しても始まらない。一人ずつ倒して行くか。こいつらの矜持では、僕みたいなの相手に複数では来ないようだし。

「あー、やめとけ、やめとけ。お前ら」

 と、

 モシャっとした手が僕の頭に乗せられた。

「こんな、ヒョッロちい奴倒しても何の武勇にもならん。それどころか、戦っただけでも損をする相手だ、これは」

「あ、バーフル様」

 巨大な狼男がいた。

 現代の認識だと彼がある意味、本当の獣人であり、他の獣人は半獣人といった所だ。

 ラウカン、この右大陸を吸血鬼の手から守り抜いた。最後の終の戦士である。僕の弓の本来の持ち主だ。

「おいソーヤ。腹が減ったから、グラッドヴェインにタカリに来てみれば、これは一体どういう騒ぎだ?」

「えーと、説明するのも面倒なので。説明しなくて良いですか? 僕ら逃げるんで、時間稼ぎしてください。後で酒奢ります」

「おう、いいぞ」

 気前よく引き受けてくれた。丁度、絞め落とした獣人も目覚めた所だ。

 アーヴィンとシュナを肩に担いで持ち上げる。重い。こいつらクッソ重い。

 そそくさ逃げようとすると、

「これは何の騒ぎだ?」

 よく通る女性の声が響いた。

 波打つ長い金髪が目を引く。健康的な小麦色の肌。偉丈夫であり隙なく鍛えられた筋肉美。豊満なバスト。ハイレグのような衣装。

 グラッドヴェイン、竜殺しの逸話から神格を得た近世の神である。

「バーフル殿、貴公が原因か?」

「いんや、今来た所だ」

「誰ぞ、説明しろ」

 眷属達がざわめく。

 頭を振りながら、僕が落とした獣人がグラッドヴェインに近づく。

「も、申し訳ありません。我が神よ。決闘の邪魔者を排除しようとしたのですが………」

「ゲインズ、負けたのか?」

「いえ、つい油断を、決して――――————」

 実力で負けたわけではない、とでも言葉にしようとしたのだろう。

 グラッドヴェインの拳が天に掲げられていた。

 獣人が空を飛んだ。

 僕の目では、その二つしか捉えられなかった。

「如何に強者といえども敗北はする。しかし、敗北したから弱者か? 否。強者とは敗北を糧に更なる強みに至る者。弱者とは、己の弱さを認められぬ者だ」

 ゲインズさんが空の旅を終えて着地した。グシャっと生っぽい音。

「ゲインズ、もう一度聞こう。貴様は弱者か? それとも我が眷属である強者か?」

「も………………もう、申しわけありま、せん。我が神、よ」

 再生点が切れて顔面が偉い事になっているゲインズさん。

 それでもしっかり意識を保ち、グラッドヴェインに謝罪をする。

「我に許しを請うのは筋違いであろう?」

「そこの、メガネ。見事な腕前であ、った………………」

 あ、力尽きた。

 これ死んでないよね?

「さて、異邦人。前に会った時は、確かエヴェッタといたな」

「覚えていたので」

 グラッドヴェイン様が近寄って来る。

 ただ何気ない動作に、もの凄いプレッシャーを感じる。強さの桁が違う。

「我が眷属が無作法を働いた。許せよ」

「いえ、気にしていません。では急ぐので」

 早く逃げたい。

「しかし、決闘を汚した事には変わりない。それなりの報いは受けてもらおう」

「は?」

 そりゃないだろ。

 あのまま見過ごしていたら、どれだけ冒険に支障が出た事か。

「我々には矜持がある。それは他者から見れば愚かで無意味な事かも知れぬ。だが、愚直にも脈々と受け継ぎ守って来た者達がいる。これに命を賭け、死んだ者もいる。尊ばれる決まり事だ。今日日湧いた他所者に変える権利はない。異邦人よ、これは伝統なのだ」

「………………」

 伝統ね、それをいわれると日本人としては反論し辛い。

 僕の国は、外国から見れば不条理の塊だ。でも、無意味で無為な事でも昇華すれば力になる。それをよくわかっているから、無視はできない。

「取りあえず、僕に要求する内容を教えてください」

 何となくバーフル様の影に隠れる。

 一応、万が一のエンドガード、ガードだ。

「本来なら血で贖え、という所だが。ゲインズを倒した手腕、奇策を用いたとしても見事だ。その強さは証明したといっていい。ふむ、そうだな………間を取り飯にするか」

「は?」

 え、飯?

「異邦人、貴様は料理の腕に覚えがあるとメディムから聞いたぞ。しかもここ毎朝、レムリア王に大変美味な献上品を送っているそうだな。その腕で我らを満足させる昼飯を作れ」

「なる、ほど」

 そういう事なら、まあ何とか。

 くどいようだが僕は冒険者で料理人ではないのだけど。

「それと」

「?」

 グラッドヴェイン様が続けていう。

「貴様、ヒューレスの姫を娶ったそうだな。彼女を食席に招く。連れてまいれ」

「人質ですか? それならバーフル様を」

「おい」

 この人なら最悪殺しても死ななそうだし。

「見くびるな、追おうと思えば貴様など海底からでも引きずり出してやる。単純に、彼女の相貌を目に収めたいだけだ。街に居るとは聞いていたが、縁がなく出会えなかった」

 何故、ラナを? という疑問は今聞くべきではないのだろう。

 実は心当たりはある。

「分かりました。では用意しますのでしばしお待ちを」

「腹減ってるから早くしろよ」

 バーフル様は無視。

 お辞儀をして、グラッドヴェインの宿舎を後にする。

 まず、馬鹿二人を連れて行く場所がある。

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