<第二章:名声を求めて>8

 ダンジョン一層。冒険者組合に無事到着。

 時刻は昼過ぎ、一番人が多い時間帯だ。そして情報が集合する時間でもある。張り出された依頼書が新しくなるので、クエストボードには人だかりができる。昼食から戻った担当に今後の冒険に付いて相談する者の列ができる。

 他にも様々な理由で人が集まるのだが、

「うお」

 にしても人が多い。いつもの倍はいるんじゃないのか? イベント会場みたいだ。

 自然とラナと手を繋いだ。下心とかそういう意味ではない。

「エア、迷子になるなよ」

「ならないよ。お姉ちゃんじゃあるまいし」

「二回だけです」

 ラナは四回迷子になった事がある。彼女は考え事をすると周りが見えなくなるタイプだ。

「おい聞いたか?」

 すれ違った冒険者の言葉が耳に入った。

「ああ、例の悪冠だろ? 新米のパーティが倒したんだってな」

 僕らの噂だった。

 ワラワラといる冒険者達が、皆一様に竜亀を倒したパーティを噂している。

「冗談だろ?」「いや本当だって」「新米に倒せるわけがないだろ」「組合の素材係が集団で動いていたぞ」「ペテンだろ」「なんでもグラッドヴェインの眷属が」「ホーエンス学派の魔法使いが束でも倒せなかったんだぞ」「何を?」「どうやって?」「完全に諦めムードだったのに」「他にどんな奴がいる?」「ひと目見ないとな」「ふふふ、手強いライバル出現ですわね」「お嬢様、嬉しそう」「リーダーの名前はなんていうんだ?」「きっと名のある奴に違いない」「絶対に嘘だな」「誰かの勘違いだ」

 一通りの会話を拾って組合から出た。

「この後どうする?」

「アタシ、お腹減った」

「あ、私もです」

「それじゃ」

『ソーヤ隊員。アーヴィン様から連絡です、繋ぎます』

 イゾラから連絡、間を入れずアーヴィンに代わる。

『ソーヤ、マスターの店に集まれるか? 昼飯を奢る』

「了解」

 丁度良かった。姉妹に伝えて『猛牛と銀の狐亭』に移動する。街角ですれ違った冒険者達も、悪冠を倒したパーティの話をしていた。

 情報の伝達が速い。こんな話題になるのか。

 少し不味い。

 下種な勘繰りをしてくる連中は絶対にいる。そういう輩から隠し通せるか。

 こういう事を下手に隠すと、元の価値を損なう事もある。

 色々と脳の中で問題を整理していたら、マスターのお店に着いていた。昼過ぎだというのに繁盛している。

 色々と仕事を兼用しているウェイトレスが出迎えてくれる。

「いらっしゃいませ! ソーヤ待ってたニャ!」

 この問題は完全に忘れていた。

 ラナといるのにも関わらず、テュテュはコアラみたいに抱き付いて来る。

「なんか、いつもより歓迎が派手だね」

 エアの何気ない感想。

「あなた、何かしたの?」

 ラナの当たり前の感想。

「奥様! 聞いてください、ソーヤが」

 ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!

「こ、この間、テュテュが暴漢に襲われそうになったのを助けたんだ」

「ニャ?」

 テュテュが首をかしげる。

 プリーズ、エアーリーディング。自分でも意味がわからない。混乱して切迫している。

「待っていたのに、ソーヤお店に来ないから悲しかったニャ」

 頬をスリスリされた。

 はわわ、はわわ。

 この娘、全然聞いていない。

「どこで? 何を待っていたのですか?」

 ラナのキョトンとした顔。幸運にも全然理解していない様子。僕は今から、爆弾の解体処理をしなければならない。しかもついさっき、命を賭けて戦った後、肉体的にも精神的にも疲労困憊だというのに。

 自業自得とはいえハードだ。

「ラナ、まず。テュテュがいっているお店というのは」

「ローオーメンの娼館の事でしょ?」

 エアに後ろから刺された。見事なバックスタブだ。

 僕、死んだ。

「ああ、あなた。ローオーメンの眷属なので?」

「はいですニャ」

 ラナの問いにテュテュが嬉しそうに頷く。

 真っ白になっている僕を尻目に、

「お腹空いたから注文したい」

 とエアに急かされて、テーブル席が一杯だったのでカウンター席に移動。他のウェイトレスに三人分の食事を注文した。

 ちなみにテュテュは、まだ僕に抱き着いたままだ。振り払う気力がないので、そのまま抱えて椅子に座っていた。

 プリプリのお尻と小振りなおっぱいの感触が素直に喜べない。

「それで?」

「はい、奥様」

 ラナの問いに、テュテュは悪びれる様子もなく真実を話す。

「ソーヤがお店に来た時、トラブルに巻き込んでしまったニャ。その時ソーヤは、ニャーを身をていし守ってくれたニャ。相手は、獣狩りのヴァルナー様。第二法王の血族で、反乱を起こした獣人500人を、たった一人で、しかも返り血の一滴も浴びず、皆殺しにした英雄ニャ」

 それは、虐殺者にしか思えないが。

 それも英雄の一つなのか。

「そんな恐ろしい相手に臆する事もなく。しかもニャーみたいな者の為。中々できる事じゃないニャ。奥様、旦那さんは素晴らしい人ニャ」

「あなた」

 僕の死刑宣告が来た。

 火刑かな、磔刑かな、氷刑というのもラナ覚えたてだが。最悪、僕の命一つで何とか治まってくれるないかな? テュテュを巻き込むのはしのびない。

「どうしていってくれなかったのですか? 人に褒められる事ですよ?」

「え゛」

 意外な返答。

 今の話のどこに褒められる要素があった?

「ラナ………………あの、怒らないの?」

「何故? あ、英雄に喧嘩を売った事ですか? でもヒームの英雄ですし、私達エルフとは関係がないかと」

 これは、どう切り出したら良いのだ。

「お姉ちゃん、違う違う。たぶんお兄ちゃんは、テュテュを娼館で抱いた事を謝ってるのよ」

「まだ抱いていない。未遂だ!」

「え? でもローオーメンの眷属ですよ?」

「え? ソーヤ。なんで奥様に謝るニャ?」

 僕は無視され、当事者二人が疑問符を浮かべて見つめて来る。

「エア、助けてくれ」

 何が何だか。

「仕方ないなぁ。アタシ、暇だった時にお兄ちゃんの国の事を少し勉強したんだけど。一夫一妻制で、妻に内緒で夫が別の女に手を出したり、娼館行ったりするのは駄目なんだって」

「変わった国ニャ」

 変わった国だが、そこは常識的な所だ。

「エア、あなたいつの間にそんな事を」

「それでさ、そもそもお兄ちゃんってローオーメンの眷属がどういうモノなのか知らないんじゃないの?」

「はい、知りません」

 僕の声の小さい事、小さい事。

 美形で性におおらかな人が契約する神様とかじゃないの?

「私に聞いてくれれば幾らでも教えますのに」

 いや聞けるか。

「ソーヤ、そんな事も知らんかったニャ。子供じゃあるまいし。ローオーメンの眷属というのは、冒険者を慕い従う、肉の奉仕者ニャ。首輪をしている時は、人間と思わないで………えーと、うまくいえないニャーけど。あ、そうだ。高いお酒みたいな物ニャ。お酒飲んだくらいで、怒る奥様はいないニャ」

 もう一度、さりげなく言い訳を挿し込む。

「ちなみに、僕。まだテュテュは抱いてないからね。色々な事象があって。ラナ、ね? ラナ」

「はあ、そうですか」

 興味なさげなラナの返事。

 何故だ。何で僕がショックを受けているんだ。

「お兄ちゃん」

 エアに頭を撫でられる。

「ちなみに、アタシとお姉ちゃん母親違うからね。一番多い時で母親八人いたから」

「いましたね。愛人も含めると十三人はいました」

 あの人、大人しそうな顔をしていたのに。

「そういう事だから、お兄ちゃん。こう価値観のすれ違い? みたいなもので困っていたんだよね。よしよし。男なんだから、他所で女作ってもアタシ達怒らないよ。エルフってそういうものだし。その程度の魅力だったって事………ベルにキスしたのは驚いたけど」

「ただし、ランシールは除きます。あとエ………………いえ」

 そうか。

 また一人相撲をしていたのだな。

 ここは異世界なのだ。現代の常識や理念が通じない事もある。気持ちを切り替えよう。

 僕の国にこんな言葉がある。『郷に入れば郷に従え』だ。

 ………………え、これで良いのか?

「あなたは再生点が人より少ないですし、補強する手段が必要です。それに、ローオーメンの眷属を抱けるのは一角の冒険者という証ですよ」

「功績のない冒険者は相手しないニャ。ニャー達、安くないニャ。新米だとソーヤくらいだし、自慢しても良い事だと思うニャ。あ、でも、これ知ってるニャ? ここ二日くらい話題になっていた低層の竜亀、あれを倒した新米パーティがいるらしいニャ。そのパーティならローオーメンの娼館に入れるかもニャ」

 いまだにどう飲み込んで良いのか迷っていると、

 その新米パーティが現れた。

 アーヴィンと目が合う。軽く手を上げて挨拶。

 ベルに威圧される。その原因のテュテュは、他のウェイトレスに耳を引っ張られて奥に連れていかれた。

 交代してマスターが現れる。

「おおう、アーヴィン。聞いているぞ。ちょっと待て」

 彼は長大な机を一人で担いでいた。

「お前ら~すまんが、どけどけ。開けてくれー」

 冒険者達の悲鳴が響く。

 マスターは何を思ってか、足でテーブルを詰めて寄せる。もちろん、人が座って飯を食っている席である。酒や、食い物の皿は、すんでの所で冒険者達が受け止めた。

 無理やり開けられたスペースに長い机が置かれる。

 その上に椅子が四つ並ぶ。

「アーヴィン、シュナ、ベルトリーチェ、ゼノビア。上がれ、今日はお前らが主役だ」

 どよめきの波が広がる。

 アーヴィン達は戸惑いはしたものの、マスターにいわれるまま机に上って椅子に座った。

 酒場にいる全員がアーヴィン達に注目する。

 気づけば更に人が集まっていた。

 酒場には人が入りきらず、外から覗いている冒険者達もいた。

 僕は誇らしさを感じながら、シュナと話し合う機会を奪われた事に不安を抱く。

「静まれ!」

 マスターの大声に辺りは静まり返る。

「ラスタ・オル・ラズヴァが、冒険者組合、そしてレムリア王に代わり、汝ら冒険者に伝える。竜亀ミドランガは討伐された。かの悪冠を倒せし、冒険者達の名をここに伝える」

 人混みの中、聖リリディアスの騎士を見つけた。

 クソ英雄様と、その随伴騎士様だ。

「パーティのリーダー、アーヴィン・フォズ・ガシム。元・聖リリディアス騎士。その強固な盾を称え、レムリア王から“竜鱗”の二つ名を授ける」

 歓声が広がる。

 騎士二人が満足そうに手を叩く。

「竜鱗のアーヴィン!」

 誰かが叫び、

『竜鱗のアーヴィン!』

 他の冒険者が続く。

「聖リリディアスを称えよ!」

「かの者の師、ザモングラスを称えよ!」

 その二つは、騎士からの声。

「続き、剣士シュナ。樹霊王ウカゾール、そして剛腕のグラッドヴェインの眷属。その竜亀を切り裂いた剣技を称え、レムリア王から“竜甲斬り”の二つ名を授ける」

 アーヴィンの時より倍の歓声が響く。声の主に無骨な男達が目立つ、たぶん彼らはグラッドヴェインの眷属なのだろう。

『竜甲斬りシュナ!』

 雄々しい声が重なる。

 次々と彼らは謳う。

「誉れ高きグラッドヴェイン!」

「かの者の師、優美のレグレを称える!」

「若き剣士の名声に!」

「新たなる竜殺しに!」

「我ら武を信仰せし兄弟に――――――」

 客席にいるグラッドヴェインの眷属達が酒瓶を掲げる。

『栄えあれ!』

 声と気迫で酒場が震えた。

 マスターはその迫力に動じる事なく。続いてベルとゼノビアを紹介する。

「アゾリッドのベルトリーチェ、フォスタークのゼノビア。汝らの献身と補助、魔法の腕を称え、レムリア王から、ジュミクラ学派、ホーエンス学派への紹介状が贈られる。続いて、パーティへの報酬だが、低層の悪冠という事もあり、被害状況はさほどでもない為、金貨50枚である」

 マスターの声が不敵に笑う。

「しかし! レムリア王のツケで、明日の朝まで冒険者は飲み食い無料だッ!」

『うぉおおぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!』

 大歓声である。

 ああ、なるほど。こういうイベントだから人が集まるのね。

「では」

「ちょっと待ってくれ」

 解散しようとするマスターをアーヴィンが止める。

 彼は椅子から立って、集まった冒険者にいう。

「今回の竜亀討伐は、自分達だけの手腕ではない」

 なっ。

「影ながら、我がパーティを助けてくれた者をここに紹介したい」

 さらりと、僕らの秘密がバラされてしまった。

「ヒューレスの森、ラウアリュナ姫。並びにエア姫。異邦人ソーヤ。上がってくれ」

 姉妹が僕を見る。

 急すぎる展開に僕はフリーズした。さっきの女性問題も合わせ脳に限界が来ていた。

「ほら、ゆくニャ」

 傍にいたテュテュに腕を引っ張られて、つい机に上がってしまった。姉妹も僕に続いていた。

「ソーヤの計略。エルフの姫君の魔法、弓術。これらなくして悪冠討伐は成しえなかった。彼らの名も称えてくれ!」

 どよめきが走る。

 しかし、

「異邦のソーヤ! 麗しきエルフの姫君!」

 テュテュの叫びを発端に次々に僕と姉妹への称賛が飛ぶ。

 姉妹は戸惑いながらも顔を赤らめて、僕は言葉を素直に受け止められずにいた。

 騎士二人が冷徹な表情で踵を返す。マントが人混みの中に消えていった。

「可愛い!」

「美人!」

「陰気メガネ!」

 適当な褒め言葉も飛ぶ。

 というか、冒険者の皆様。早く進行させて食べて飲みたいだけでしょ。

 待機しているマスターに目で合図した。

 もういいから、進めてください。

「よしお前ら! 飲め! 食え! 歌え!」

 ウェイトレス達が、大量の酒と料理の山盛りを運んでくる。歓声と悲鳴が響く。後はもう、獣が餌に食いつくが如く。酒に飯に歌。飲めや歌え、食えや飲めや。吟遊詩人がアーヴィン達を称える詩を奏でる。てか、もう喧嘩起きてるし。外まで乱痴気騒ぎが感染しているし。この調子が明日の朝まで続くのだろう。

 恐ろしい。

 大分慣れはじめて来た惨劇である。

 その騒ぎに飲まれる事なく、僕は静かに、刺すような冷たさを持って彼に話しかける。

「アーヴィン、明日朝一で反省会な?」

「お、おう」

 今日はもう、限界。

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