<第二章:名声を求めて>5
【45th day】
翌日、お昼過ぎ。
ベルトリーチェとゼノビアをキャンプ地に呼び出した。
「それで策って?」
ゼノビアの質問にラナが答える。
「ホーエンス学派の秘儀で複合賛歌というものがあります。簡単に説明すると、異なる魔法を複数人で唱え、威力を飛躍的に上げる手段です」
「あの、ラナさん。あたしの魔法ってそこまで強くは」
ベルが挙手していう。
「大丈夫です、ベル様」
「恐縮なので、様はいいです」
「では、ベルさん。お二人の魔法の威力はあまり関係ありません。魔力の組成は私一人で行いますから。属性の選択だけお任せしたいのです」
ゼノビアが挙手する。
「わたし達は何の魔法を使えば? あと、わたしも様は良いです」
「はい、ゼノビアさん。今から三人同時に、攻制魔法を撃てるだけ撃ってみましょう。その時の揺らぎを観察して組み合わせを見つけます」
「あの、もうちょっと効率の良い方法はないのでしょうか? ラナさんの魔力も無駄遣いできないでしょうし」
ゼノビアの当然の質問をラナは大きい胸を張って応える。
「私の師の格言で『より多く失敗した者が、賢者に近づく』というものがあります。魔法の歴史は、実験と失敗、神の怒りと奇跡の繰り返しです。そこに効率という言葉はありません。私の魔力の件ですが、ソーヤが何とかしてくれます。安心してください」
ベルが拍手をした。
ゼノビアが悔しそうにしている。
「それじゃ、少し離れた所に丁度良い的があるので移動しましょう」
「はい先生!」
ベルは嬉しそうにラナに着いて行く。ゼノビアはやっぱり悔しそうだ。
草原を歩く三人を見届けて、僕とマキナは準備に取り掛かる。
ドローンに水筒を付け空に飛ばす。高度限界ギリギリの高度を維持。
「非効率なやり方だな、てか冷蔵庫作れないの? マキナ」
『でき、なくも………………すみません。データベース内の冷媒の作製方法がロックされていて、今しばらく時間がかかります。アルキメデスがもう少し協力的なら、マキナもお役に立てるのですが。残念です』
「ま、仕方ないさ」
アルキメデスとは、マキナの内部にある工作プログラムの事だ。現在、70%の修復率で人格も正常に作動している。ただ、非常に非協力的である。これには僕にも原因がある。
少し前。エアの手術の為に、修復中だった医療プログラム・ナイチンゲールを破壊してマキナに情報を抽出させた。これを観測した調理プログラムが狂乱状態に陥り、マキナに破壊され情報を食べられる。最近のお料理傾向はそのせいである。
残ったアルキメデスから見れば、人間の無茶な命令のせいで、人工知能が共食いしている状態だ。不信感が募るのは仕方がない。
と、
遠雷に似た音が響いた。ラナ達が去った方向だ。
あっちも始めたようだ。
マキナは生クリームを作り出す。材料は牛乳、バター、レモン、それを、
『見ちゃダメです!』
「えー」
機嫌を損ねても面倒なので覗かない。背後から『ギュイィィィィィ』という音。
丁度、手持ち無沙汰な所でイゾラから通信が入る。
「どうした?」
『経過報告です。今、よろしいでしょうか?』
「大丈夫だ。頼む」
椅子に座って寛ぐ。ミスラニカ様が膝に乗って来たので背中をマッサージした。
『現在、八組のパーティが竜亀ミドランガに挑戦。討伐に成功したパーティはありません。物理的な手段では、全くといっていいほどダメージは通っていません。次に魔法的な手段ですが、先日の情報通り、炎は完全に無効化されています』
実は昨日、カメラとデータ中継器を階層に設置して置いた。
十階層に移動すれば映像情報が受信できる。その為に、アーヴィンとシュナを一時的にダンジョンに行かせた。
『ただ、ホーエンス学派の魔法使いが、氷の槍を投擲して甲羅にヒビを入れました。それが攻略の糸口かもしれません』
氷か。
ラナに聞いてみるか。
連続して遠くから爆発音。
『ソーヤ隊員。竜亀ミドランガの討伐、必ず成功させましょう』
「そうだな、それは妙案が思いつきしだいだな」
現在二日目だが、勝算らしい勝算はない。個人的な事をいえば、ラナの魔力回復手段が見つかっただけでも収穫だ。これは今後の冒険を大幅に有利にする。だから、欲張ったらいけない。
『どうしたんですか? らしくないですね。イゾラが知っているソーヤ隊員は、勝算が少ない時にこそ、能力を発揮する人間です。今が“まさに”ではないですか。もっと気合いを入れてください!』
「イゾラ。お前は何で、そんな気合い入っているの?」
僕の知っているイゾラはもっと冷血漢だ。
『別に熱くなっていません。でもソーヤ隊員は、アーヴィン様があの性犯罪者三号に嫌味や罵りを受けても平気なんですか? 平気なんですか? ねぇ、平気なんですか?』
「平気ではないが、リーダーとしてメンバーの安全は一番に考えないと」
『名誉も大事です』
感化されてるなぁ。ちょっと前まで、誇りなんか豚に食わせろっていう人格だったのに。
一際大きく爆発音。ミスラニカ様が驚いて逃げ去る。
『イゾラのアーヴィン様が、あんな血筋だけで選ばれたボンクラ英雄に、馬鹿にされ、誹られ、嬲られるなど、我慢の範疇を越えています。………………ああっ、でもちょっとそれも見たい! イゾラはいけない子です!』
人工知能の初期化ってメーカーサポートに回さないと駄目かな?
お前の正規ユーザー、僕だからね?
「できるだけの努力はするし、可能なら遂行する。だが無茶はしない。それが僕の冒険だ」
『手堅いですね。がっかりです。でも頑張ってください。通信終了』
切れた。
「マキナ」
『はい、何でしょうか?』
「イゾラって僕の事、嫌いなのか?」
『いえ、アーヴィン様がイゾラのドストライクなだけで、ソーヤさんには特別な感情はないかと』
「僕ら結構な苦楽を共にしたはずなんだが」
マキナは生クリームに卵と砂糖を混ぜながら鼻歌を口ずさむ。
無視だ。君ら、僕のケアはしないの?
そういえば静かになった。
草原に視線を向けると歩いてくる三人の姿。
「どうだった?」
戻って来たラナに聞くと、
「全然駄目でした!」
元気の良い返事だ。
「三人とも魔力見せてくれ」
三人が再生点を僕に見せる。ラナは半分ほど消費、ゼノビアは空。ベルは全然減っていない。あれ、ベル凄くない?
「了解だ。取りあえず休んでくれ」
「つ、疲れた」
ゼノビアは座るとテーブルに突っ伏す。一人だけ疲労困憊だ。
取りあえず、例の品を用意するか。
ドローンを降ろして水筒を回収する。高々度の寒さで、キンキンに冷えているから手袋をはめて触る。水筒は銀貨を加工して作った物だ。銀は熱伝導率が高い。温まりやすく冷えやすい。
水筒の氷を砕きながら、大き目のボウルに入れる。水少しと塩を投入。菜箸で混ぜる。
「お兄さん、これ何しているんですか?」
「あ、私も知りたいです」
ベルとラナが覗いてくる。
「氷水に塩を混ぜると、もの凄く温度が下がる。それを利用してある物を作る。マキナ」
『は~い』
マキナの混ぜていたボウルをこっちのボウルに入れる。混ぜると内容物が固まって行く。
おお、本当に出来た。昔、理科の実験でやった事が役に立つとは。
凍って固まった物をお上品なガラスの容器に別けて入れた。小さいスプーンを刺して完成。
ラナとベルが、ちょーだいと手を伸ばす。
お行儀が悪いので無視してテーブルに並べた。
「んじゃ、アイスクリーム。召し上がれ」
「うわ! 冷たっ甘っ! 甘い!」
ベルが大喜びである。
「ソーヤ、これお酒垂らして」
「はいはい」
そう来ると思っていたので、用意しておいた強いお酒をゼノビアの分に垂らす。
「ぬふーん、甘さがしみる」
ゼノビアがちょっと涙を浮かべていた。
ラナは、
「………………」
何故かアイスを四方から見回して口にしている。
「三人共、そんな急がなくても沢山あるから」
『っ~』
揃ってかき込み、頭を押さえた。
「ソーヤ、妾も食べるぞ。酒は多めに垂らせ」
「了解です」
スプーンでアイスを運ぶと、ミスラニカ様が凄い勢いでペロペロ舐めた。そして、やっぱり頭を痛めて転がり回る。
怒られて噛まれた。
でもまだ食べる。女性三人も同じ感じでアイスを平らげた。
しまった。僕の分、食べるの忘れた。
「恐ろしい食べ物ね。頭痛が来ると分かっていても手が止まらない。ふふ、唇が震える」
ゼノビアが震えている。
「そそ、そうです。昔、はじめて雪を見た時に、夢中で食べたの思い出しました、あだだっ」
ベルも同じように震えている。
「ん~ん~う?」
ラナは割と平気そうにして、アイスを作った容器を不思議そうに見ている。
「あなた、これは銀ですよね?」
「そうだよ」
『はい、銀は熱伝導率が高いので加工して使用しました』
「ネツデンドー?」
『温まりやすく冷えやすい金属の事です』
「それと、塩を入れただけで何故こんなに冷えるのですか?」
「………………う、うん」
わ、わからん。
マキナを見る。
『(´◉◞౪◟◉)』
スクリーンにこんな顔が表示されていた。
む、ムカつく。
『マキナが説明しましょう。これは凝固点降下という現象です。
氷は溶ける時、周囲の温度を下げる性質があります。普通の氷は少しずつ溶ける為、基本的には零℃より下がる事はありません。塩は、氷が溶けるスピードを速くする性質があります。塩をかけられた氷は、急激に溶けると同時に、周囲の温度も急激に下げます。結果、マイナス十五℃から二十℃という極低温になるのです』
ドヤァと僕を見る。
「ああ、凝固点降下ね。そうそう、昔よく見つけたよ。大人になってからは見なくなったなぁ。懐かしい」
『凝固点降下は、トンボやザリガニではないですよ』
僕の知ったかぶりに辛辣なツッコミが入る。
「熱伝導の高い銀と、氷と塩………凝固点降下」
ラナはブツブツと呟きながら歩き出す。ちらりと再生点を確認したが魔力は満タンになっていた。ゼノビアの物も確認。よし、満タン。
「マキナ、やっぱりアイスは正解だったな」
『そうですね。興味深い。問題があるとすれば、ダンジョンに持ち運びにくい事ですか』
「………………ミルクセーキにするか?」
『ああ、その手が。でも保存性が』
「まあ、パーティはバランスが大事だ。ラナの魔法ばかりに頼るのも不味い。キャンプ地に戻った時に全快する形で今は十分だ」
「うわっ、わたしの魔力全快してる?!」
ゼノビアは気付くのが遅かった。
「お兄さん………ベルトリーチェは感動しました。生まれてはじめて、こんな甘い物を食べました。生きていてよかったです。ううっ」
ベルが泣き出す。
大げさ過ぎだ。
「羽振りが良いとは思っていたけど、こんな砂糖菓子を振る舞えるなんて」
「いや、ゼノビア。砂糖は王様の預かり品だ。ちょっとチョロまかした」
「………………」
「………………」
二人共、疑惑の眼差しで僕を見る。
「ええとお兄さん、それはつまり」
「待ちなさいベル。面倒と揉め事の匂いがするわ。下手に関わらない方が良い。証拠はわたし達の胃の中、後は『知らなかった』で誤魔化し通すわよ」
「はい! ゼノ姉さん! という事で、お兄さんアイスおかわり」
「それは魔法を撃った後でな」
ラナが戻って来た。ちょっと顔を紅潮して息が荒い。
「試してみたい魔法を思いつきました。ベルさん、ゼノビアさん、手伝ってください。それとあなた、塩と銀貨あるだけ貸してください。マキナ、お水が大量に必要です汲んできなさい。フ、フフフ、これは凄いかもです。苦手な氷魔法の威力を格段と上げられる。いや、それどころか、かつてネオミアを覆った死の冬を再現できるかも」
そんなもの再現しないでください。
ラナの豹変に二人がちょっと引いている。僕とマキナは慣れているので指令通りに動く。
頼まれた物を用意して、今度は、僕とマキナも彼女らの魔法を間近で見学する事に。
そして、出来た物に絶句した。
ラナは誇らしげ&満足気、ゼノビアとベルは顔面蒼白。
「マキナ」
『はい』
「僕、王様の所に行って謝ってくる」
『はい、頑張ってください。冒険の用意はしておきますので安心してください。明日のお昼までには、何とか帰ってきてくださいね』
「頑張る」
王城に出向き、開幕土下座からの謝罪。何とか人材を借りる。
王宮の魔法使いとザヴァ商会の暇な人間を全員集め、解体作業に取り掛かる。街道を塞いだそれを除去できたのは、夕方になってからだ。
他の商会から六十二件の苦情を受けたが、季節外れの氷を無料で差し上げるとホクホク顔で皆帰っていった。
関わった皆に夕飯をふるまい経過報告に王城に出向くと、王様に捕まり夕飯と夜食を用意させられる。酒の入った王様に昔の冒険譚を聞かされた。
酔った人間の話半分としても面白かったし、同じ冒険者としてタメになった。
親父さんの若い頃と、ラナとエアの父親の話、それとダンジョンで行方不明になった彼の妹の話を聞いた。
王様は枝豆が気に入ったようで、大皿一杯食べながらお酒を飲んで、なんやかんやでレムリア冒険譚の六割くらいは聞かされた。
そして夜が更け、冒険の朝が訪れる。
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