<第二章:名声を求めて>4

 やる事は山積みだ。

 しかも三日という期限付き。

 装備の作製に、能力の再確認、敵の情報集め。他のパーティの動向も無視できない。

 同じ新人パーティで悪冠を倒せそうなのは、獣人オンリーの超脳筋物理パーティと、全員魔法使いの、しかもホーエンス学派という超火力パーティ。初日から倒せる可能性があるのは、この二組だけだろう。しかし、策を弄せず倒せる相手ではないと思う。

 時間はギリギリまで使って準備をする。

 アーヴィンに『必ず倒す』と宣言したが、倒せる手段が見つからないなら挑戦はしない。伝統芸の土下座で詫びる。悪冠を倒す機会はこれから幾らでもやってくる。死んだらそんな機会はなくなる。自身の命ならまだしも、他人の命で分の悪い賭けはできない。

 とりあえず、一番の気がかりはラナだ。

 彼女の有無でパーティの火力は段違いである。

 が、キャンプ地に帰還して絶句した。

「ラナ!」

 倒れている彼女を抱き起した。ぐったりと体を預けて来る。

「お………おかえり、なさい。あなた」

「一体何が、マキナ! マキナどこだ?!」

『はい、ここに』

 ぐるんぐるんと回りながらマキナが寄って来る。テンションがいつもより低い。

「これはどういう事だ? ラナの身に何が」

『見た方が早いと思うので、こちらをどうぞ』

 状況が読み込めない僕、マキナは本体にあるスクリーンに映像を映す。

 キャンプ地を俯瞰で映した物だ。

 いじけて棒で穴を掘っているラナが映し出される。拗ねた子供のようだ。傍にはマキナがいた。

『奥様、本日のお昼はお口に合いませんでしたか? あまり食欲がないようですが。何か間食でもお作り致しましょうか?』

『大丈夫です。一人で食べても美味しくないので』

『ミスラニカ様、起こしましょうか? お肉とお酒で釣れば幾らでも』

『大丈夫です』

 うちの神様の扱いが軽い。

 ラナは暗い表情で再生点を見ている。魔力は、ほんのちょっぴり回復している。

『マキナ、私は足手まといです。皆が命を賭して戦っているのに、こんな所で一人安寧と』

『そんな事はありません奥様。次の冒険の為に、体を休めるのも冒険業の一つです』

『でも、魔法を使っては休み。使っては休みでは、そのうち絶対足並みが揃わなくなる。エルフの魔法使いがこんな負担を与えていたとは、気付きもしませんでした。私は、駄目な女です。ソーヤも、未だに夜伽に応じてくれませんし』

 それは妹が寝床にやってくるからです。後、枕元に神様も。二人っきりでチャンスがあるなら、放っておくわけないでしょうが!

『奥様、どうか自分を責めないでください。ソーヤさんも悲しみます。マキナに何かできる事はありませんか? 奥様をお慰めできるなら、マキナは何でも致します』

『ありがとう。こんな駄目な私には勿体ない気遣いです。でも………………あ、あの、一つだけお願いしても良いですか?』

『はい! 何なりと!』

 泣き腫らした顔が少し赤くなる。

『料理を、教えてもらえません? 女として本当に恥ずかしいのですが、生まれてこの方、パンを焼いた事もなければスープを作った事も、肉や野菜を切った事すらありません』

『それなら、お任せを。でもマキナ、これについてだけは厳しいですよ。覚悟してください。では、手の洗い方からお教えいたします』

『頑張ります』

 ラナがマキナに連れられ、指の間から肘までしっかり石鹸で洗う。

 次に洗うのは米だった。大分、力任せなラナをマキナがたしなめる。研ぎ水を捨て、適量の水を張り、火にかける。二人共不動で待機。

『私、昔から炎を見つめていると凄く落ち着くの』

『そ、そうですか』

 ラナの発言にマキナがちょっと引いていた。

 二十分後、お米が炊けた。

『ここから十分ほど蒸らします』

『わかりました』

 マキナは急いで消火した。ラナは残念そうに消える炎を見ている。

 続いてマキナは、調味料を収納したボックスをキッチンで広げる。具に使えそうな物も食糧庫から運んできた。どうやら、ラナの自主性を育てる計算らしい。

 十分後。

 鍋を開けてお米をシャモジで掻き回す。

『大変美味しく炊けています。これに塩をそこそこ、混ぜ混ぜ、はい、奥様。これを丸めたら日本伝統食、おにぎりの完成です。しかし、スタンダード過ぎるのも面白味がありません。奥様の向上心を高める為にも、ソーヤさんが好きそうな味付けをして、具を入れてください。熱いので手は水で冷やして握る時に塩を塗してくださいね』

『わかりました』

 ラナは調味料や具を見回す。調味料には、こっちの言葉でラベルを貼ってある。エアやミスラニカ様が、勝手に使い辛さで悶絶しないようマキナが付けた。

『美味しいもの………そうですね。蜂蜜を入れましょう』

『( ゜Д゜)』

 ビシャっと鍋に蜂蜜が。マキナのスクリーンに驚きの表情が映された。

『あ、入れ過ぎました。甘過ぎては駄目ですね、塩を追加します』

『奥様、それニガリで』

 ニガリがドバー、

『ソーヤは魚が好きですから』

『せめて水で戻してから………』

 日干しの魚が丸ごと、

『エアがこれを好きでしたね』

『(´Д`)』

 シラチャーソースが振りかけられる、

『チーズ入れてみます』

『(*´▽`*)』

『あ、胡椒。これ大事ですね』

『(*’’ω’’*)』

 胡椒バッサバサ。

『あの奥様』

『マキナ、料理って楽しいですね』

『そうですね! でも食べさせたい人の事を思ってもう少し』

 ラナのテンションが上がって来る。

『ではマヨネーズに、悪魔の小指、乾燥ハーブ、ええと、これは? 何だかよくわかりませんが入れましょう。野菜食べろとソーヤがよくいっているので、この新種の芋にナス、人参、トマトを。あ、これ生ですよね。魔法で火を浴びせて』

 鍋の中で炎が叩き込まれる。

 食材の魂が旨みと共に昇天していった。

『はわわ、はわわ』

 マキナが動揺している。

『ハハッ! 楽しぃ!』

 ラナは更にヒートアップして調味料や食材だけでは飽き足らず、自分の荷物から得体の知れない液体や植物を持ってくる。それを投入してもまだ足りないと、何か詠唱をはじめた。

 天に小さいポータルが生まれ、ボタボタッと黒い液体が零れ落ちる。

 え、今の何? 

 本当に今の何?!

『ふう、少し物足りないですが、最初なのでこれくらいで』

 そうして、おにぎりはゲル状の液体になっていた。煮えたぎって気泡が沸いている。未知の物質が鍋に浮かんでいる。気のせいだと思いたいが、何か鍋の中を泳いでいる。

『奥様、味見をして良いでしょうか?』

『はい、辛辣な意見をお願いします』

 マキナが味覚センサーを鍋に入れる。レッドアラートと共に、スクリーンにもの凄い数の警告表示がポップアップする。

『………………』

 マキナの沈黙、恐らく思考回路はショート寸前なのだろう。ストレスゲージが表示されていたなら、グングン上がっている事だ。

『どうですか? やっぱり………駄目ですよね。私のような女が作った料理など』

 しょげるラナ。

 マキナが慌てふためく。

『そそ、そんな事はないですよ! ソーヤさんならきっと残さず食べてくれるはずです!』

 ちょ、待てよ!

『本当ですか?! よかったぁ。一瞬我を忘れてしまったので、何が出来ているのか正直わからなくて、でも安心しました。私も味見して見ますね』

 お玉を片手にラナがスープ? を掬い。

『奥様! 危険です!』

『え? う………ごふ』

 その匂いだけで気絶した。

 映像終了。

『そして、今にいたります』

 よく頑張ったね、と。ラナの頭を撫でる。

 マキナもせがんできたので、頭を撫でてやる。

「その危険物はどうした?」

『周辺環境の多大な影響を考えて、適切な処理方法が見つかるまで、バイオセーフティレベル4クラスの管理体制を敷き厳重に保管します』

 うちの嫁は生物兵器でも作ったのかな? 

「あ、あなた」

 震える手が僕の頬に触れる。

「私が死んでも悲しまないでください。でも、ランシールだけは後妻にしないで」

「マキナ、ラナは重症なのか?!」

『いえ、気分が落ち込んでいるだけです』

「………………」

「ひゃぁわああぁぁぁ」

 思いっきり抱きしめると奇声を上げた。そのまま抱っこして椅子に座る。

「ラナ、魔力切れてるぞ」

「………ごめんなさい」

 再生点を見ると、魔力はすっからかんになっていた。絶望的だ。もうこれ、三日で回復するレベルではない。

 しかし、ラナを怒れるほど僕は人間ができていない。それは決して、太ももに乗ったお尻の感触のせいではなく、僕の為に料理を作ってくれたラナの善意に報いる為で、思ったより肉厚というか大きいような、胸とまた違った感触が………僕は何を考えているんだ。

 駄目だ。

 全然、考えがまとまらない。

「マキナ、王様の砂糖と卵、小麦粉とチーズを用意して。ボウルと泡立て器、大き目のトレイあっただろ? それも頼む。卵は卵黄だけでいい」

『は~い、油紙も用意しますね』

 たぶん脳に糖分が足りていないのだろう。

 王様の砂糖は、少しくらい消費してもバレはしないだろう。現代の砂糖は尽きかけていたので丁度良い。購入しても良いが蜂蜜や砂糖は馬鹿高いのだ。

「ラナ、離れてくれるか?」

 名残り惜しいけど女性を抱っこした状態で調理は、ちょっと。

「嫌です」

 両手が首に回って、ムギューと密着してくる。熱い吐息が首筋にかかった。

 ちょっと………………何だっけ? 記憶から消えた。

 マキナに手を消毒してもらい。調理を開始。

 砂糖と卵黄をボウルに入れて泡立て器で混ぜる。マヨネーズに似た状態になるまでしっかり混ぜた後、小麦粉を入れてヘラで混ぜる。崩れない程度の形になったら、500円硬貨サイズに丸める。中には刻んだチーズを入れた。マキナも手伝ってくれる。

 丸めた物をずらっとトレイに並べた。

「後は任せた」

『お任せあれ~』

 マキナはトレイを手に取る。回るのかと思ったが、ジリジリとすり足のような歩行で、料理を落とさないよう移動した。こいつらの移動システムが未だによく分からない。トレイはオーブンに投入され、しばらくラナとイチャイチャする。

 しかし、欲望に素直になったつもりでも、腰辺りに手を置くのが限界である。僕は、そろそろ人間として成長するべきだと思う。

 ラナが手を回し直して、もう一段階密着度を高める。そして、とびきりの笑顔である。この笑顔には逆らえない。何でもしてしまいそうだ。

 ちなみにこの行為は、合法である。

 やばい。全てがどうでも良くなる。

 ダンジョンに潜るより、男女の仲を深める事の方が、価値のある事じゃないんですかね?

『焼き上がりましたよ~』

 もう十五分が過ぎていた。

 アインシュタインの言う通り、素敵な女性との時間はとても早い。

「あ、良い匂い」

 ラナの歓声。

 甘い物が嫌いな女性には出会った事がない。

 マキナが一つを取って温度を探知、ついでに味覚センサーも起動させている。

「どうだ?」

『80点です』

 アームが親指を立て、焼き上がったお菓子を僕らの前に置く。

「これは何ですか? 何ですか?!」

 ラナのテンションが上がる。こんなにお菓子好きとは知らなかった。

「卵ボーロだよ」

 赤ちゃんから郷愁に駆られた大人まで、幅広く愛されたお菓子である。僕が唯一作り方を知っているお菓子だ。

「あーん」

 ラナが口を開ける。

 ええと、これはつまり?

 マキナがスクリーンに『食べさせてあげてください』と表示。

 了解。

 ちょっと熱い卵ボーロを摘まみ、ラナのお口に投下。

「どうだ?」

「ん~~♪」

 足をバタつかせる。

「もっと、もっとください!」

「はいはい」

 ヒナの餌やりの如く卵ボーロを食べさせる。エルフの姫君は大変お気に召したようだ。

 というか、止まらない。もっしゃもっしゃと卵ボーロを消費する。

 こんなガツガツ食べるようなお菓子ではないのだが、まあ、楽しいので僕も上げ続ける。

 唾液がなくなって飲み込めなくなり、リスみたいに頬袋を膨らませた。マキナにお茶を入れさせて一緒に飲ませる。

「ふぅ、大変美味しいです」

「それはよかった」

『です』

 ラナさん、そろそろ膝の上から降りてくれませんかね。あなたがお尻で刺激しているモノが、色々限界に達しそうです。

『あの奥様………………あれ?』

「どうしました?」

 マキナが不思議そうにラナに近寄る。何かと思ったら再生点の容器を手に取った。

「え」

 僕も声を上げた。

 魔力が回復している。おにぎりを作る前と同じくらいに回復している。

「え、え?!」

 ラナ自身も驚きを隠せないでいる。

「ハッ、これはもしや」

「ラナ! 何かわかるのか!」

 急速に魔力を回復できるのなら、これに越した事はない。

「これが愛、あなたと私の絆の力」

 絶対違うので、ほっぺを摘まんでやった。

「ふぁにするんですか」

『あの~良いでしょうか?』

「はい、マキナくん」

 ラナに任せても話が進まないのでマキナに任す。

『恐らくは、砂糖のお陰かと』

 それは、一番可能性がありそうだが腑に落ちない。

「だが、炭水化物はほぼ毎食出していたぞ」

『推論ですが、エルフはソーヤさん達と体質のメカニズムが違うのかと。例えばですが、食物繊維を同時に摂取してしまうと糖類を吸収せず排出してしまう、とか。元々、糖類自体を吸収し辛い体質であり、だが、果糖とぶどう糖が結びついた砂糖だけは別格であり吸収できた、とか。要因は様々と浮かべられますけど、確証に至るには検査を重ねないと』

「確か、エルフって基本野菜ばっかりの食生活だったな」

「はい、今思うと兎やヤギと同レベルですね」

 その感想は同族にどうなんだろうか? と思うが、

「ラナ、砂糖を入れた菓子とか今まで食べた事あるか?」

「随分昔に一度だけ、その時は魔法と縁のない子供でしたが」

 なるほど、卵ボーロを一つラナに食べさせる。

『ソーヤさん、ここはマキナに任せてもらえませんか? 調理形態を変えて魔力の回復に最も効率の良いメニューを作ってみます。必ず』

「任せたぞ」

『お任せあれ』

 これは、思わぬ突破口か。

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