<第二章:名声を求めて>3
ささっと々の尖塔、第一階層にある冒険者組合に移動した。
組合内の酒場に人だかりがあった。アーヴィンの背中を見つけたので合流。
軽く目線を合わせて挨拶。他に知っている顔が何人も。
「遅れた?」
「いや、丁度だ」
皆の視線の先には、小柄な少年がいた。
年下好きのお姉さんなら、むしゃぶりつきたくなるような美少年である。背に装飾のような小さな羽が生えている。
「二十三人か、まあこんなもんで良いだろう」
彼はこう見えても冒険者組合の会長である。
この世界によくいる、見た目が判断材料にならない人間である。
「本日、十一階層に出現したモンスターについて冒険者組合からの発表を行う。
尖塔上層図書館、レムリア冒険譚、ヴィンドオブニクル、ラスタ・オル・ラズヴァ殿の見識、その全てに該当例がない新種のモンスターと確認された。これを竜亀ミドランガと名付け、新たな悪冠と認定する」
悪冠とは、モンスターに付けられる称号で、ようは賞金首の事だ。
冒険事業の妨げになるような敵、異常繁殖するような特殊生態を持つ敵、冒険者を優先的に狙う敵、悪冠の認定には様々な理由があるが、もれなく強敵であり、安い冒険者では死にに行くだけ。そして、討伐すると王から破格の報酬が与えられる。その報酬は名声に繋がる。
さざ波のように動揺が広がった。
「これの発生原因は、十階層で行われた乱獲が一因とされる。生態系の乱れから大王亀が突然変異を起こし、ドラゴンに近い生体を持った。不必要な殺害は、後で必ず身の不幸となって降り注ぐ。各々しかと肝に銘じるように」
組合長が人の悪そうな笑顔を浮かべる。
「さて、ここにいる冒険者の殆どは、到達階層が十五階層以下の者だ。何故、諸君らを呼び出したかというと。この竜亀ミドランガ、諸君らに優先して討伐許可を降ろす。
猶予は三日間。
それを過ぎたら、獲物が欲しい上級冒険者に横取りされるだろう。相手は強く、生半可なモンスターではない。だが、こんな低階層に悪冠が現れる事は滅多にない。名声を得るチャンスだ。詳細はクエストボードに貼り付けておく。よく検討して挑戦するように。だが命は大事にしろ、以上だ」
組合長が去るのと同時、我先にと他の冒険者が走り出す。
僕とアーヴィン以外、誰もいなくなった。
ここにいた殆どはパーティのリーダーだ。この情報を、メンバーに伝えに走ったのだろう。
みんな功名心に駆られている。
「さて、どうする?」
アーヴィンの問いに、酒場の席に腰を降ろして思案する。彼は僕の正面に座った。
さて、物理攻撃では厳しい。
通常の矢では傷すら付かない。流石のシュナの剣でも、あの甲羅は斬れないだろう。鱗の強度は不明。ミスラニカの矢を使用しても致命傷を与えられるかどうか。それに、あれは金がかかり過ぎる。不用意に使い過ぎれば冒険自体ができなくなるし、そも今から加工しても六本が作成の限界。しかも、全財産使う事になる。
では、魔法か?
リミットの三日で、ラナの魔力が完全回復すればもしや。
この世界の魔法には、大きく分けて二つの派閥がある。
魔法とは人の営みに添うものである、と謳う。ジュミクラ学派。
魔法とは人の域を超えた破壊である、と謳う。ホーエンス学派。
ラナが学んだホーエンス学派は、バリッバリの武闘派魔法集団であり。別名、賢い脳筋集団。その魔法は、殺人魔法や、虐殺魔法、荒廃魔法などと揶揄されている。
ゼノビア曰く、ラナが使用したドラグ・ベインは、ドラゴンの息吹を模した魔法で、王宮お抱えの魔法使いでも使用できない高度な、しかも本来なら階層丸ごと焼き尽くす炎を、高度過ぎて理解できない方法で小規模に圧縮したもの、だそうな。
可愛くて、おっぱいでかい、凄い魔法使い。字余り季語なし。
つまり僕の嫁は凄い。
ラナ頼みか、
でもそれはちょっと嫌なんだよな。彼女を酷使したくない。長期的に見て、過度の魔力切れがどんな影響を及ぼすか不明だし。巷では早死にするという噂もある。
「即答は………できないな」
長めの思案の後、詫びを口にした。
「明日には答えは出すが、アーヴィンはどうしたい?」
名声、欲しいだろうな。
彼は。
「自分は………………………………………………………………………………………………」
アーヴィンは固まる。
僕は二人分の飲み物を頼んで楽にする。
アーヴィンは微動だにしない。
ぬるくて薄甘い果糖水を飲み干す。これ、もうちょっと何とかならないのか? 牛乳はお腹が痛くなるから飲めないし、酒も苦手。茶は全体的にえぐ苦い。この街、飲料の選択肢が少なすぎる。他の皆様は、お酒飲めれば何でも良いのでしょうがね。
「………………………………あ、挑戦したい」
返事遅っ。
こんな反応遅い奴だっけ? 何か考え事か?
アーヴィンは続けていう。
「といっても、あのモンスターと戦う手段が全く思い浮かばない。自分の盾で皆を護れというなら問題ないが、倒すとなると刃が立たない」
「僕も似た様なもんだ。でも――――――」
「アーヴィン!」
すると、背後から声が響いた。
不思議そうな顔で、声の方を向くアーヴィン。
「ヴァルナー、様?」
子供のような明るい顔で彼は席を立つ。
嫌な予感が背後から近づく。
「貴様もここに来ているとはな! 息災だったか? 今の到達階層はいくつだ?」
「ええ、何とかやっています。先日十一階層に到達したばかりです」
鎧を着た青年と、アーヴィンが、親し気に抱擁する。
彼らの後ろには無骨な男が佇み、僕と目が合うと少し顔をしかめた。
三人共似たデザインの鎧を身に着けている。くすんだ白銀のプレートアーマー、兜はなし。剣と盾。違うのは、青年はゆったりとしたマントを付けていた。銀糸の刺繍が入った豪勢な品だ。マント止めには獣の意匠がある。
「聞いたぞ。低層に悪冠付きが現れたと、貴様の名を高める又と無い機会だ。これぞ聖リリディアスのお導きだろう。アーヴィン、貴様ならやれると信じているぞ」
「勿体ないお言葉です、ヴァルナー様。次代の英雄と目されたあなたの言葉。とても心強い」
「ん、そこの者は誰だ? パーティの仲間か?」
「は、い、いえっ、彼は………友人です。他のパーティのリーダーで。自分は無知でありますから、度々助言を貰っています」
できれば無視したいが、アーヴィンの顔を立てないと。
顔を向けて、娼館で遭遇したクソッタレに挨拶をする。
「どうも“はじめまして”ソーヤという、一介の冒険者だ」
「これはどうも“お初にお目にかかる”聖リリディアスの騎士、ヴァルナー・カルベッゾだ。同門の弟弟子が世話になっている」
ヴァルナーは、アーヴィンと同じで金髪碧眼である。まあまあの不愉快な美形。癖のない長髪。その容姿を利用して、影で純朴な村娘を騙し乱暴を働いているのだろう。背や体格はアーヴィン以下。人相や性格、女性の扱い方。総合的に見てアーヴィンの足元にも及ばない。
「アーヴィン、久々だな」
続いて、無骨な騎士がアーヴィンに挨拶。
「ルクスガル様も堅固健やかで安心しました」
「後三十年は、英雄の随伴騎士として一線を張るつもりだ。もっとも、この手のかかる英雄様が独り立ちするのには三十年で足りるのか」
「ルクスガル、暇が欲しいのなら今日からでもどうだ?」
ヴァルナーが冗談とは思えない顔で提案する。
「ご冗談を。苦情は某の所に入るのですよ。暇などありませぬ」
慣れているのかルクスガルは軽く返す。
「お二人共、変わらぬ様子で安心しました」
そこでアーヴィンが辺りを見回し、誰かを探し、二人に聞く。
「サンペリエの奴は、今日は別行動なので?」
「ん、あいつは」
ヴァルナーを遮り、ルクスガルが口を開く。
「サンペリエは行方不明だ。十三階層で個人行動に走り、はぐれ、そのまま消えた」
「ま、死んでいるだろう」
「ヴァルナー!」
英雄の軽口に怒声が飛ぶ。組合員の人達の注目を集めた。
「すまぬなアーヴィン。ネオミアの監視の任が解けた今、某も捜索を再開する」
「横から失礼するが」
呆然としているアーヴィンの代わりに、僕が口を開いた。
「そのサンペリエさんが行方不明になったのいつで?」
「六十日前だ」
生存は絶望的だ。そんな長期間をダンジョンで過ごした者はいない。
記録では、最長で十日である。
「状況はわかっている。だが、騎士の証と遺髪くらいは回収してやりたい」
「全く、最後まで足を引っ張る奴だ。アーヴィン、本来なら貴様が我々と来るはずだったのだ。貴様の腕なら、こうはならなかっただろう」
その軽口と責任転嫁を、僕は睨みつける。
「あんたがパーティのリーダーか?」
「当たり前だろ。英雄が指揮を取らないで誰が取る」
こいつの発言は全てが軽い。人を率いる重圧や責任を何もわかっていない。
僕は続ける。
「なら、メンバーの犠牲は全てお前のせいだ。勝手な行動が原因だとしても、止められなかったお前が悪い。そんな簡単な事もわからず、よく――――」
「止めてくれソーヤ」
アーヴィンに制止され黙る。英雄様はビキビキと僕に怒りを向けていた。
「友人の無礼を詫びます。サンペリエの件、お願い申し上げます。できれば家族の元に帰してやってください」
ヴァルナーは答えず、ルクスガルが答える。
「できうる限り尽力する」
舌打ちを一つ、英雄様は気分が悪くなったのか踵を返す。
去り際に、
「悪冠の件。期待しているぞ。その働き次第では姉上の件、一考しよう」
ムカつく野郎だ。どうせ、無理だと承知してプレッシャーをかけているのだろう。この性犯罪者二号が。ちなみに一号はこの国の王子である。
アーヴィンはトボトボ歩き、背中を丸め椅子に座り直す。僕はウェイトレスを呼んで、塩漬けの豚肉と強い酒を注文。
「サンペリエって、どんな人だったんだ?」
「ん? ………………ああ、自分の三つ下で、由緒正しい騎士だ」
酒が来たので注ぐ。
触れただけで指が熱くなる酒だが、アーヴィンは一気に飲み干した。
「自分は不義の子供だからな。由来のある騎士には見下された。唯一、対等に剣を交えてくれたのは彼だけだった」
その後、騎士サンペリエの物語を聞く。
いってしまえば、ありふれた友情の話だ。
世の中には、出生や立場を見てから人を見る人間がいる。その逆で、人を見てから背後を見る人間もいる。サンペリエという騎士は後者だった。
不義の子であり、貧民街育ちのアーヴィン。
それを奇異の目で見ず対等に扱うのだ。サンペリエという男は、この世界では特殊な部類に入るだろう。
実戦派として名高いザモングラスを師として仰ぎ、二人は切磋琢磨と己の技を高め合う。その技は英雄の血筋の目にも止まった。
揃って聖リリディアスの騎士として任命され、彼らの友情は揺るぎないものになった。
もちろん、アーヴィンの叔父が法王の暗殺を計画し、それが原因で騎士の位を剥奪された後も、友情は変わらず続く。サンペリエは法王に嘆願し、それが叶わないと、次は自分の父にアーヴィンを養子にするよう迫った。
結局、位は戻らずアーヴィンはエリュシオンから追放となる。
だがもしかして、とアーヴィンは語る。
詳細は不明だが、姉以外の家族は処刑された事から、位の剥奪と追放程度で済んだのは、サンペリエのお陰かもしれない。
別れ際、顔を合わせなかった事を今でも後悔している。
英雄に随伴して、ここに来ていたのは偶然だろうか?
ほんの少し、天候と海路のすれ違いがなければ出会えたはず。出会っていたなら、この運命に違いがあったかもしれない。
「そうか」
僕はアーヴィンの昔話を一通り聞いて、
「しかし、この酒強いな」
二瓶で酒に潰された彼を見る。
ぐったりテーブルに突っ伏してブツブツと何かいっている。
僕の人生に、親友というものは存在した事がない。親しいと思っていた友人には裏切られ、半分身売りのような条件で海外に放置された。その貴重な体験の数々が、今の僕をこの世界で生かしている、と思えば良い経験だったのだろう。
しっかりお礼はしたから、今更恨みはないが。
「友ねぇ」
アーヴィンの感情には、二割くらいしか同情できない。
パーティメンバーの義務的な意味で二割だ。
しかし、命を預け合い、僕らの盾として常に前線を張り、今目の前で酒に潰された男は、まさしく友と呼べるだろう。彼の為なら僕はできうる事はする。
「ソーヤ」
「ん?」
いつの間にか、ゼノビアが立っていた。
「どうしたの? それ」
アーヴィンの醜態を見て目を細める。
「手伝ってくれるか? 宿まで運ぶ」
「え、ええ、良いですけど」
金を払って、ゼノビアと二人アーヴィンの肩を担いで運ぶ。
「飲んだの? 彼もの凄くお酒弱いのに」
「そうだったのか」
悪い事をしてしまった。だが酒で忘れたい事もある。
少し離れた宿にアーヴィンを届け、後の事はゼノビアに任せる。
去り際に伝言を一つ。
内容は簡潔で。
あの悪冠は必ず倒す、と。
何かいいたそうだったが、ゼノビアはあえて黙ってくれた。
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