<第二章:名声を求めて>2
パーティは一度解散。
エア、シュナ、ベルにお小遣いを渡して遊びに行かせる。アーヴィンは用事があるといなくなり、ゼノビアと二人、酒場を移して席に着いた。
個人経営の小さい店だ。
クエスト用のボードは色あせて、期限切れの依頼書が貼り付いたまま。十人も入れば満席になる店内。流行ってはいないが、それなりにリピーターはいるのだろう。年期が入った店である。
適当な軽食と適当な飲み物を注文。
それはすぐテーブルに並んだ。
「あなた、ベルと何かあった?」
「ごふっ」
口にしていた果糖水を噴いた。ゼノビアにいきなり良いパンチをくらう。
「ああ、もう大体わかったわ」
「なな、何を」
動揺でコップを持った腕が震える。
おさまれ右腕。
「たまにね、いるのよ女の中に。普通で安定した恋愛より、危険で破滅的な恋愛に惹かれる奴。ベルは後者よね。しかも、体はともかく精神的にはお子様。既婚者が大人びて見えたのでしょ、それが命を共にした相手。止めに影のリーダー。でもおかしいわね。あの子かなり奥手よ。よっぽど、致命的な隙でも見せない限り………………」
ゼノビア、止めてくれ。
その口撃は僕に効く。
「で、何?」
「実はローオーメンの眷属と」
思わず事実を喋りそうになる。
「そっちではなくて、わたしへの用事よ。え? ローオーメンって奉仕者の神よね。確か娼婦が」
「アーヴィンの事で相談がある」
「何でもいって」
ゼノビアにとって魔法の言葉である。
大丈夫かな、うちのパーティの人間関係。
「実は昨晩、聖リリディアスの騎士と遭遇した。アーヴィンには悪いが、ロクでもない連中だったよ。しかもあいつら、よりにもよってエルフをいたぶって」
僕の右腕には手甲が着いている。色々とお得な呪い憑きの代物だ。その影響か、エルフが関係すると冷静にはいられない。
いや、ただ単に僕の趣味なだけかも。
「そんな連中と揉めないでよ。あなただけの問題じゃなくなるわ」
「そうだな、すまない。ちょっと感情的になった。僕が知りたいのは、アーヴィンの信仰する聖リリディアスの事だ。どんな神様だ?」
「あなたそんな事も、といいたいけど。そうよね、異邦人には知らない知識よね」
ゼノビアが葡萄酒を一口。喉を潤して語り出す。
「銀貨の話は知っている?」
「獣の王だっけ?」
ゲトさんの話を思い出し、ゼノビアに聞かせる。
獣人を率いて、エルフ、ドワーフ、ヒームという“人間”相手に戦争を仕掛けた王の話。
人間達を追い詰めるも、霊禍銀という兵器で人間の逆襲に合い、負け、未だ深く残る獣人達への差別を生んだ。そして、霊禍銀は貨幣になり全大陸に広がった。
獣人を監視する為、脅迫の為。
「ちょっと違うわね、ケダモノの王でなく。獣人の王よ」
魚人とヒームでは認識が違うようだ。
「獣人の王は、偉大なる人間の王に滅ぼされた。彼の偉大な王の名は、ラ・ヴァルズ・ドゥイン・ガルガンチュア。王には、八人の子供がいたの。後に獣狩りの王と呼ばれる人達。リリディアスとは、その王子の伴侶の事よ。彼らを影から支え、エリュシオンの建国に尽力して、最大にして最強の人間国家を作り上げた。この栄光で彼女は神格を得たわ。
もちろん、八人全員の妻って事ではないのよ。獣狩りの王になぞらえて、エリュシオンでは八人の法王を選定する。軍事、内政、外交、経済を担い。そして彼らは、王子達の名前も継ぐの。聖リリディアスが誰の妻だったか明かしてしまうと、権力のバランスが崩れる。だから、彼女の夫の名は、エリュシオンの、聖リリディアス教の最秘匿になっているわ」
これも違う。
魚人の話では、王は獣になり王子達に自らを殺させている。美化するのは当たり前として、一番引っかかったのは王の名前だ。
偉大なるヒームの王、
ラ・ヴァルズ・ドゥイン・ガルガンチュア。
ケダモノの王、
ラ・グズリ・ドゥイン・オルオスオウル。
名前の一致、偶然ではないだろう。それともう一つ、ドゥインという名は、別な所で聞いた気がする。ちょっと思い出せない。
「ゼノビア、ちょっと聞いていいか? 魚人の知り合いに聞いた名前で、ラ・グズリ・ド――——」
ゼノビアがテーブルに乗りかかって僕の口を押えた。
食器や酒瓶が落ち、周りから注目を受ける。
「あ、あなた!」
血相を変えたゼノビア。周囲は『何だ痴話喧嘩か』とすぐ興味を失う。料理がもったいない。味はまあまあだけど。
「その名前、その続き、絶対に口にしては駄目よ」
ゼノビアの手を外して尋ねる。
「え、何で?」
「禁忌の名よ。人間には呪われた言葉なの。わたしの講師がそういう研究で異端扱いされ、エリュシオンを追放されたの。ベロンベロンに酔った日に、名前の一部だけ教えてもらった。
翌日、講師はわたしの目の前で自分の耳を切り落とした。
『お前に教えていなかった。あの名前を解き明かし全て唱えれば、これなど比にならぬ不幸がお前を襲う』ってね。だからわたしは忘れた。たった今の今まで忘れていたのに! なんなのよ!」
「ごめんなさい」
失言でした。
異邦人なのに適当な好奇心で動いてしまった。反省だ。
「いい? 二度とその名前は口にしない。絶対に。必ず。約束して」
「します。二度と口にしません」
「よかったわね、わたしが聖リリディアス教と縁がなくて。処刑よ、処刑ものよ。磔刑に火刑もんよ。灰すら残んないわよ」
「ホント、すみません。軽率でした」
「ちょっとー! お酒追加!」
もちろん、僕持ちである。
と、イゾラから通信が入った。
『ソーヤ隊員。今よろしいでしょうか?』
「問題ない」
ゼノビアが疑問符を浮かべる。『連絡があった』と小さくいう。
『アーヴィン様、話せます。どうぞ』
おう、と音声。
『ソーヤ? これで聞こえるのか?』
アーヴィンに代わる。
「ああ、聞こえる」
『今すぐ組合まで来てくれ。組合長が、十五階層以下の冒険者を招集している。例のモンスターの件だ』
「了解。すぐ行く」
通信を切った。ゼノビアが不思議な物を見る顔で、僕を見ている。
「便利よね、それ。誰から?」
「アーヴィンからだ。あのモンスターについて組合から発表がある。僕は行くけど、ゼノビアはどうする?」
「まだ飲む。この葡萄酒美味しいわ」
そうですか、と多めに金を置いて店を出た。
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