<第二章:名声を求めて>1

<第二章:名声を求めて>


 街の正門で親父さんと遭遇。

 何気なく挨拶してすれ違う。

 僕のバックパックに何かが差し込まれる感触。

 アーヴィン、ゼノビアと合流して、ザヴァ商会の地下室で今日の日程を相談する。

 親父さんに貰った地図は、電子化して焼却した。

 こんな新人パーティに地図を渡したとあっては、彼の名に関わる。冒険者の父がえこひいきしてはいけない。まあ、インクの具合が新しかったので写しなのだろうが。

 それと、ラナを置いて行くのが苦労した。

 めっちゃ駄々こねられた。

 魔力が切れるとエルフは幼児化するのか? とりあえず、貴重な姿だったので動画で記録した。落ち込んだ時に見よう。笑顔になれる。

「今日の到達目標は十二階層。ラナがいないので範囲高火力は期待しないでくれ。敵が三体以上いたら必ず逃げる。だが、単体なら一通りと戦う。状況にもよるが、半日で帰還する予定だ」

 親父さんを疑うわけではないが、地図の精度を確認したい。

「了解した」

 いつも通りのアーヴィン。

 いい加減な返答ではなく。僕を信用した上の返事である。この期待を裏切らないよう、僕も失敗しないように計画を立てたい。もしくは、失敗してもやり直せる計画を。

「それはさておき、そこの三人は一体どうした?」

 アーヴィンの指先には、エア、シュナ、ベルと並んで揃って殺気立っている。

「朝飯の取り合いで喧嘩になった」

 若者の食欲を舐めていた。いや、僕も若者だけど。

「こいつが一芝居打って独り占めしようとした」

 シュナがエアを指す。

「ごめんなさーい」

 エアは目を反らしながら謝罪する。

「キレたシュナちゃんが剣抜いて、獣人のお姉さんにボコボコにされました」

 礼儀にうるさいランシールにシュナは捕まり、お説教と折檻である。二人がピザを口にする時には、チーズはすっかり冷めていた。

 叱られるシュナを尻目にエアとベルは、チーズのトロトロ感を見せつけピザを食べていた。

「てか、何でベルがキレてんだよ」

「べーつーにー! 怒ってないよー!」

 ラナにピザを食べさせる僕の姿を見てから、ベルが明らかにキレている。時間経過と共に怒りを増している。これ、僕が何とかするべきなのか?

 後、エアは演技して出し抜いた割には、思ったよりも目的のピザが食べられず不満である。

 何故だ。

 美味しい物を食べたら、みんな笑顔になるんじゃないのか? 険悪になっているぞ。いや僕らのピザが不味かったのか。もっと美味しければ争いなど。

 あ………危ない。目的を忘れる所だった。僕は冒険者だ。ダンジョンに潜るのが仕事だ。断じて料理人ではない。そういう文化を伝来するつもりもない。今でもグレーなラインなのに、これ以上日本人の足跡を残したら取り返しがつかない。

「それじゃダンジョンに行こう」

 僕の合図で、小分けした食料を持って各自出て行く。神経質な気遣いかも知れないが、アーヴィンとエルフの組み合わせは不味い。

 彼の故郷、聖都エリュシオンは現在戦争状態にある。

 相手は正体不明、何故か黒エルフという言葉だけが噂に流れている。加えて、エリュシオンの法王達による権力争いが併発。欺瞞と密告、死に溢れた聖都は阿鼻叫喚の渦にある。その影響で物流や人材がここに流れていた。もちろん、彼と同じエリュシオンの騎士も少なからずいる。

 姉の免罪の為、名声を求める彼には、エルフと共に冒険する事は致命なのだ。

 軽く忘れていたが、昨夜のチンピラとお供もそれだ。面倒に巻き込まれなきゃいいが。

「ゼノビア、後で時間貰えるか?」

「ええ、良いですわ」

 情報が必要だ。アーヴィンに聞くのが一番だが、影で始末できるならそれが十全である。変に気を使わせるのはリーダーとして失格だ。

 大通りに出てから、僕とエアはアーヴィン達と一時別れた。

 いつも通り、ダンジョン内で合流する予定である。

「そういえば」

「ん?」

 エアがマジマジと見て来る。僕もマジマジと見返す。

 美人な義妹である。エルフは須らく美しいが、その中でも特にエアは美しいと思う。陶磁器のような肌にすらっと伸びた手足。長い金髪は砂金の如く輝き、美貌は無比である。おまけに、腹や太ももを惜しげもなく露出してサービス満点。この瞬間だけでも、二人は好色な目を向けている。妹補正も入っているので正しい認識ではないが。

「お兄ちゃんと二人っきりって、ひさびさ」

「ああ、そういえば」

 確かに。

 というか、街中で二人というのは初めてのシチュエーションだ。ちょっと先に皆はいるが。

「んふふ~腕もーらい」

 妹は左手に抱き着いてくる。エアの方が少し、ほーんの少し背が高いので、寄りかかられる体勢。つつましい胸が肘に当たる。

「こらこら」

「いいじゃん、減るもんじゃないし」

「だといいが」

 人混みから刺すような視線。

 ベルトリーチェさん、視線が怖いですよ。妹ですからね。

 神経と寿命が減りそうだよ。



 そんな僕の心労はさておき、ダンジョンに潜る。

 途中までは順調で語る事がない。

 地図の精度はかなりの物だった。イゾラの補正が入る事により十三層までの道のりは保証された、かに見えた。だが、僕らは十一階層で帰還する事に。

 朝ダンジョンに潜り、街中に戻って来たのはお昼時である。

 アレの情報を求める為、早速酒場に。

 何故、冒険者組合ではなく酒場なのかというと、組合だと金を取られるからだ。

 多少不確であるものの、酒場の方が情報量が多く鮮度が高い。それに今から行く所は、見識高い人がいるので飯代で何か教えてくれるかも知れない。

『猛牛と銀の狐亭』

 レムリア王の従兄弟が営む国営酒場である。

 予想通り繁盛している。昼飯時というのも理由だがそれだけではない。

 皆には昼飯を注文させて席に座らせた。いつも通り、シュナ、ベル、エアで一席。少し離れてアーヴィン、ゼノビアと別れる。

 カウンターのマスターに群がる冒険者達を見つけ、僕も加わる。話した事はないが顔見知りの冒険者もいた。同期の新人である。

「落ち着け! 順を追って話せ! まず特徴は?」

 マスターの怒声が響く。

 誰かが『亀』と叫び。続いて『蛇』『トカゲ』『貝』『熊』『あんなものは見た事がない』最後に『ドラゴン』と誰かが叫び、一瞬黙る。

「全然わからん。今の所、十一階層に何か出たくらいしか情報がまとまっていないぞ」

 マスターのごもっともな言葉。

「お、ソーヤ。お前も見た口か?」

 捕まってしまった。

 あんまり目立ちたくないのだが仕方ない。

「見ました。大きさは三スタルツ(6メートル)。体は巨大な石食い亀、首は大蛇の物。そして鱗はドラゴンの物に似ているそうです。首の長さは不明。最低でも五スタルツ(10メートル)は伸びるかと」

 試しに他の石食い亀の肉を投げたら、目にもとまらぬ速さで首を伸ばして食いついた。

「口の大きさは、一スタルツ(2メートル)。普通の冒険者なら丸飲みです。それと重大な問題が」

 僕らパーティが早めに帰還した原因であり、同じ新人パーティがここに集まっている理由だ。

「十一階層の下り階段付近に陣取って、全く動く気配がない事です」

「ふむ、なるほど」

 マスターがモヒカンをセットしながら考え込む。

「この中で魔法を当てた奴はいるか?」

 肉付きの良いヒームの魔法使いが返事をする。

「ジュミクラ学派の中級炎術を撃ちました。ダメージ所か、無反応でした」

 ザワッと動揺が走る。

 炎を生み出す魔法は強力で習得しやすく、魔法使いなら誰しもが使用する。その中級炎術がノーダメージなら、普通の魔法使いでは打つ手がない。

「物理的な攻撃は?」

 マスターの問いに大柄な獣人が答える。

「この斧で甲羅をぶっ叩いた。傷一つ付かなかった」

 ヒームには抱えるのも難しい大斧である。頑強そうな刃がノコギリのように欠けていた。

「………………よくわかった。お前らの貴重な情報に感謝する。ちょっと、組合の連中と相談してくるぞ」

 マスターがカウンターから移動して、厨房に声をかける。

 今日の昼食はマスターの奢りだそうな。粋な計らいをして、彼は酒場を出て行った。

 歓声が広がり、集団は解散する。

 ウェイトレスやコックの悲鳴が聞こえる。

 僕は少しだけ、その場に佇んだ。

 熟練の冒険者だったマスターが、即答できないモンスターである。

 嫌な予感がするのは僕だけだろうか?

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