<第一章:異邦の食卓>6


【44th day】


 吟遊詩人が“解散”したパーティ百組に、その原因を聞きました。


 まず五位、金。

 冒険の金銭配分や、秘宝の独り占め、組合への支払い拒否、借金である。

 人はいう。

 冒険者は自由な生き物である。

 だが、だからといって、金を返さない事が許されるわけではない。


 四位、人種。

 非常に難しい問題。基本的に、パーティを組む段階で合わない人種とは組まないのだが、他のパーティや、依頼人、冒険上の協力者など、必要に迫られ否応なく関わり、揉める要素は多い。

 ヒームは支配者を気取り、エルフは自分達以外を見下し、ドワーフは職人主義で引きこもる。そんな“人間”達に卑下に扱われる“獣人”達。

 昨日今日こうなったのではない。歴史があるのだ。これに怒りを覚えはするが、変えようとは思わない。悪習であれ、この世界の風習には変わりない。僕にそれを変える権利はない。


 三位、冒険性の違い。

 バンドかよ。


 二位、死。

 良いパーティほど歯車のように機能している。

 それが一つでも欠けるとパーティは瓦解する。

 パーティメンバーが二人以上の死亡した場合。そのパーティの九割方が解散して、別の歩みを見つける。人の抜けた穴を埋めるのは至難で、だからこそ冒険者は結束するのだろう。


 一位、男女関係。

 異性が混在しているパーティの解散率は、同性パーティにくらべ五倍である。

 パーティ内にエルフ、もしくは獣人の女性がいると更に倍。

 リーダーが優柔不断、しかも男性である場合も倍。

 全体的に年齢が近い。パーティ内に夫婦がいる。義理の兄妹である。

「………………」

『以上が、吟遊詩人が聞いてイゾラがまとめた冒険者百人アンケートでした』

 最後の方はアンケートじゃなくて当てつけだろ。

『ソーヤ隊員。イゾラの国にこんな言葉があります。「私と関係があった事を裁判で言わないでくれ」です』

「うん、それ二回目」

 女子大生と不倫した大統領の言葉である。

『倫理観の追及はイゾラの仕事ではありません。………が、個人的な感想をいわせていただくと。浮気とか最低ですよ』

「君ら監視していたよな? 僕の言い訳を」

『イゾラから提案があります。今後こういう相違がないように呼称を統一しましょう。体力を意味する物を“再生点”と呼称。内魔力という言葉を死語とします。魔法の利用に必要な数値を“魔力点”もしくは“魔力”と呼称。外魔力という言葉を死語とします。よろしいでしょうか?』

「了解。それで行こう」

 無視された。

 僕、この世界唯一の正規ユーザーなんだが。イゾラ君、忘れていないか?

『あの現地人との行為の結果、あなたの再生点は33に上昇しました。時間経過と共に減少中ですが、通常数値が10である事を鑑みれば驚異的です。性感染症も認められていません。てか好きにスればいいじゃん。』

 何その口調。

 何かもう、針のムシロだ。

『では、ダンジョンで会いましょう』

 通信は一方的に切られた。

 腹が立ったので呼び出しするが無視された。

『イゾラからは何でした?』

 マキナに訊ねられる。

「さ、昨晩の事で少し」

『………………』

「………………」

 気まずい沈黙。

 時刻は早朝、微風が頬を撫でる。朝露の涼しさと心地よい日差し。

 今日は、良い日になる予感。

『ソーヤさん! ご注文の品。できましたよ!』

「おお、そうか!」

 僕とマキナは空気を読み合って話題を変えた。

 前にドーンとあるのは、オーブンだ。ドーム型の石窯だ。キャンプ地のキッチンに増設されている。注文から完成まで十六時間。驚異的である。

「凄いな、これ材料とかどうしたんだ?」

 半径1メートルの石窯や土台は、結構な量の石材が使われている。そこらで拾ってきて作れるものではない。

『マキナ達が落ちてきた場所、あそこの下に遺跡を見つけました。そこの壁材や色々な物を頂戴して作成しました。急造ではありますが、設計に問題はないかと』

「遺跡?」

『はい、々の尖塔と似た組成のダンジョンです。翔光石も発見しました。キャンプ地付近で再生点が作用する原因かと』

「なるほど」

 その遺跡の力で僕らはここに来れたのかな? 暇があれば調べてみるか。暇があれば。

 よし、それより飯だ。

「マキナ、合わせて頼んだ物は?」

『もちろん、出来ています』

 マキナの本体が開きボウルを取り出す。そこには白くベタ付いたもの、生クリームだ。

「すげぇ、本当に作れたのか」

『牛乳とバターにマキナが魔法をかけました』

 お菓子作りは、さっぱりなので非常に助かる。

「これ枝豆だ。後は任せても良いか?」

『フッフッフ、お任せください。マキナも女の子ですから~♪ お菓子作りはお任せあれ~♪』

 ついさっき農耕地に行って来た。枝豆や、まだ街に出ていない変わり種の野菜に、乳製品も購入できた。

 せっかくオーブンが出来たのだし、今日はアレしかないな。

 マキナがお菓子作りに取り掛かる。僕も準備に。

 昨晩作って置いた、うどん粉の生地を取り出す。千切って丸め、千切って丸め、麺棒で円状に広げてトマトペーストを塗りたくった。異世界のチーズを三種類ほど刻んで千切って撒く。基礎はこれで完成。

 一枚はシンプルにベーコン沢山、一枚はジャガイモとマヨネーズ、次の一枚は贅沢にナスと枝豆、玉ねぎトマト、オリーブの実。

 ここでゲトさん登場。

 待っていました。

「お前、何だそれは?」

「焼き釜です」

「恐ろしいな」

 魚人には火の塊は恐ろしい物だろう。本日は、ホタテと小エビである。やったぜ。

 海産物を下処理。

 ゲトさんは、いつもの席に着いて立体パズルに挑戦する。

 マキナはオーブンに材料を入れた。

 朝食の準備は一旦中断。今日の冒険の食料を詰め込む。様子見の短期日程である。各自三食分の食料。しかも今日、地図が来るので敵と軽く戦って感じを掴むだけだ。

 慎重に、慎重に行くのが僕の冒険だ。それでも突発的に無茶をしなきゃならない。だから常に余裕を持って計画を立てる。 

 小一時間後。

「ソーヤさん! 上手にできましたー!」

「おお、凄い凄い」

 マキナが歓声を上げた。

「何ぞコレ」

 ゲトさんは釜の熱気に顔をしかめながらも、近寄って来る。

 まな板に献上品が置かれる。

『ずんだチーズケーキです。枝豆から作り出したアンコを混ぜ合わせて作ってみました。甘さ控えめ、ビタミンB1も、そこそこ有ります!』

 丸い型の中、薄い緑色のチーズケーキがある。

 上品な甘い匂いに郷愁を感じる。

「美味いのか? これ」

 ゲトさんの疑問。

 うーん美味いとは思うが、僕には別の疑問が。野菜ではない緑色が、こっちの世界の人に受け入れられるだろうか? 色彩って大事だからな。お城苔だらけだし。

『冷やしますね~』

 木箱に入れてドローンで吊る。昨日と同じように空に。

 朝食の準備を再開。

 海産物を生地に並べる。

 ホタテとコーンをバター醤油で、小エビとアボカドの類似種を甘辛くしたマヨネーズで。最後にもう一度チーズを振りかけ、オリーブオイルも振りかける。下ごしらえは完成だ。

 よし後は、

「マキナ、任せて良いか?」

『任されました~』

 焼くのはマキナにお任せ。これからドンドン頼って行こう。

 だって僕は冒険者なのだ。料理人ではない。

 でも、僕からも王様の献上品を作っておこうか。砂糖醤油って、大体何でも美味しくなる気がするのは日本人の思い違いだろうか? 材料を入れたフライパンを振る。

「おはよ~」

「おはようございます~」

「はい、おはよう」

 姉妹がテントから出てきた。しゃっきりしたエアと、ふわふわしてるラナ。蒸留した水を溜めた洗面台で、二人共顔を洗って髪を結っている。

 昨晩は、エアが寝床に侵入して来た。

 悟りを開きそうになった。

 別に何もなかったが。

 そんな義理の妹とか、ねぇ? でも義理か。

 悶々としていると、馬の蹄が聞こえた。

 見覚えがある人物が馬上に。ひらめくスカートから太ももが見えた。

「おはようございます。ソーヤ殿」

 すたっと重さを感じさせない着地。

「おはよう、ランシール」

 と、ラナがすたすたと彼女の前に立って、

「何の御用でしょうか。レムリアの私生児」

「貴様に用ではないのだがな。ヒューレスの穢れ」

 レスラーのようにラナとランシールが両手を組み合う。

 また始まった。

 それを背景に、マキナが焼き上がった朝食を並べ始める。ゲトさん用を切り分けて、別のドローンで吊り冷やす。

「夫に用がある時は私を通していただけますか?!」

「断る! ワタシは王の勅命で動いている! エルフの指図など受けない!」

 君ら、このキャンプ地で戦争するの止めてもらえるか。

 何気に、前衛職のランシールと腕力でタメを張っているラナ。君、魔法使いですよね? やっぱ英雄の血筋は違うのか。

「ランシール、朝飯食べて行くか?」

「はい! 是非!」

「遠慮しなさい!」

「断るぅぅ!」

 食前の良い運動だから、君らしばらくそうしていなさい。

 ゲトさんも呆れ顔である。

「おい、ソーヤ。その銀髪の獣人、もしかしてレムリアの血族か」

「はい」

「………………頑張れよ」

「はい」

 頑張ってます。僕からの王への献上品が出来たので革袋に詰める。

 お兄さ~ん、と遠くから声。

 手を振り近づくベルとシュナが見えた。

 そんな事には気づかず、ラナとランシールはヒートアップする。組んだ両手を広げ、引く勢いで額を合わせる。ガチン! と頭突きの凄い音。

 膝を着いたのはラナだった。体格差が勝敗の原因だ。ランシールも額を赤くして痛そうな顔を我慢している。

「ラウアリュナ、今日はワタシの勝ちだな」

「ぐ、くく」

 ラナが涙目で頭を押さえて、僕の方に駆け寄って来た。

「あなた~」

 背中に張り付いた。背中に幸せな感触。朝からこの刺激は辛い。

「き、貴様! はしたないぞ!」

「黙りなさい。夫に甘えるのは妻の特権です」

「くっ、しかしワタシは、ソーヤ殿に髪を結ってもらった事があるんだぞ!」

「むっ、そんなの私だって明日してもらいます」

「卑怯な。あ、それにご飯の作り方を教わった。これはどうだ? どうせ貴様など牛のように食ちゃ寝してばかりだろ」

「なっ」

 大当たりである。

 だが、冒険者は休む事も仕事の内だ。

「そ、そんな。私だってお腹撫でてもらった事が」

 危険な話題が出たので遮る。

「マキナ、ケーキ降ろしてくれ」

『は~い』

 ドローンが降りて来る。ランシールが飛び退いて驚いていた。

「面妖な。後、ソーヤ殿。そこの動いている柱は、貴殿のお供なのでしょうか?」

「うん、説明するのが面倒だけど。僕の相棒だ」

『はじめまして、おはようございます。ランシール様』

「これはどうも」

 頭を下げるマキナに、同じように礼を返すランシール。何か、気が合いそうだ。

「うわっ、凄く良い匂いがするよ」

「眠い」

『ベル様、シュナ様も、はじめまして。イゾラがいつもお世話になっています』

 丁度、キャンプ地に到着した二人にも挨拶。

「あ、どうも。イゾラちゃんの、お母さんですか?」

『いえ、上位統制人工知能です』

「?」

 マキナの返答にベルが困惑する。シュナは、まだ眠そうである。

 僕はテーブルの上にケーキの箱を置いて、中身を確認。思ったよりしっかり冷えていた。上空の気温はかなり低いのかな? ああ、そういえば普通の鳥を見た事がない。何か因果関係があるのか。

 型を外して傷がないか確認。問題無し。

「マキナ」

『は~い、おめかししますね』

 生クリームとアンコでデコレーション。こういうのは、僕は役に立たない。マキナがいてこそだ。ほどなく完成。

 名付けて、ずんだチーズケーキ。異世界要素ゼロ、ほぼ宮城要素である。

「うわ、何これお兄さん。超美味しそう。食べたい」

「あなた、私も食べたいです」

 ベルとラナが食いつく。でも、駄目。

「これは王様への献上品だ」

『えー』

 珍しい二人組のブーイング。

 マキナのお品書きと共に木箱に入れた。

 土台がズレないように細工。蓋を閉め風呂敷に包む。

「ランシールこれを王様に。すまないが、帰りは歩きで頼む。馬だと確実に潰れる」

「はい、かしこまりました。この身に代えても必ず王の元に」

「代えなくて良い。もし落としたり潰したりしたら、また作るからキャンプ地に戻ってきなさい」

「はい、あなたは本当に優しいお方だ」

 そんなケーキ一つに命を賭けられても。

「それとこれも」

「これは?」

 革袋を渡す。

「太陽花<ヒマワリ>の種を炒って甘辛く味付けした物。皮は捨てて中身だけ食べてくれ。少しくらいなら帰り道にツマミ食いしても良いぞ」

「そ、そんな事はしません」

 顔を赤くして怒られた。

「所でさ」

 シュナの疑問。

「ソーヤ、そこのネーチャンとどういう関係だ?」

「シュナちゃんてさ、ホント銀髪好きだよね。そんなに師匠が好き?」

「ち、ちげぇよ」

 すかさずランシールが答える。

「若き冒険者よ。ソーヤ殿は、ワタシを伴侶と認めた方だ」

「違います!」

 ラナに思いっきり否定された。僕は明確に否定できるほど、度胸もなければ人間も出来ていない。そして、ベルの不吉な笑顔に背筋が震える。

「各々方<おのおのがた>」

 その静かな声に皆が注目した。

 何か静かだと思っていたエアの声だった。テーブルには朝食が並び終わっている。

「朝餉の準備は整いました。親睦を深めるは食後でも良いでしょう。さ、席に」

 人格が変わっている! 普段の自然児のような振る舞いを捨て、まるでエルフの姫君のような立ち振る舞いだ。いや、姫だけど。

 隣にいるゲトさんも面食らっている。ラナも信じられない様子。あれ誰? とシュナとベルが指差して席に座る。僕もランシールも席に着いた。

「お兄様、皆に料理の説明を」

 お兄様?! 

 お前、本当にどうした?

「え、えー、では。説明させていただきます。平たくしたパンにトマトソースで味の下地を付けてチーズと各種具材を盛り合わせ、焼いた物です。ピザといいます。申し訳ない、動揺して言葉が出ない」

 マキナが皆にお茶を注いでいた。

「皆様、主神に祈りを」

 エアが仕切る。何かこいつ、後光が射していないか? 大丈夫? 本当、大丈夫? ラナにアイコンタクトして見るが『わかりません』と返事。

 皆が祈りを済まし、エアの言葉を待つ。

「今日は、様々な種族がここに集まりました。ヒーム、エルフ、魚人、獣人。三大陸広しとはいえ、この四種族が席と糧を共にする事など、まずないでしょう。それほど稀有な食席です。

 そして、作られた料理は異邦の器物と技による物。まさしく異邦の食卓。集まってくださった皆に感謝の言葉を、この料理を用意してくれたお兄様とその従士であるマキナにも感謝を」

 あまりの気品に僕もマキナも頭を下げてしまう。

「この、エア・ラウア・ヒューレス。感動に震えています。皆と等しく食を楽しめる事、そして海産物と野菜の組み合わせに」

 ん?

「皿は行きわたりましたね? フォークは手に取りましたか? 飲み物は注がれていますか? 準備はよろしいですね?」

 ん?

 エアは全員を見まわしてこういった。

「では………………このエビのピザはアタシのものだぁぁぁぁぁ!」

 独り占めしたかったのかぁぁぁぁぁぁ!

 食の取り合いから軽く乱闘騒ぎになり、異邦の食卓は滅茶苦茶になった。

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