<第一章:異邦の食卓>4


 親父さんを帰し、大量の砂糖の前で考え込む。

 てか、飯ばっかりじゃないか僕。一応、冒険者なんですけど。冒険稼業が専門なんですけど。いっそのこと、死んだ爺さんのように食堂でも経営するか? 名付けて――――止めておこう。

 まあ、愚痴ってもはじまらない。さっさと問題を片付けよう。

「マキナ」

『はい、何ですか? 何でもいってください』

「ビタミンB1で甘い物ってなると僕の中では一つしかないが」

『はい、マキナもそれしかないと判断しています』

「それじゃ一緒にいうか、せー」

『の』

 マキナと声を揃えていう。

『アンコ』

 餡子だね。

 ただ、小豆を市場で見た事がないんだよな。無駄かも知れないが、農耕地まで行って畑を覘いてみるか。ああ、でも確か。

『ソーヤさん、小豆が無い事に苦心していますね。実はアンコはですね』

「枝豆から作れるよな?」

 枝豆は、未成熟な大豆の事である。これを小豆の代用でアンコができるはず。枝豆もビタミンB1が豊富だったはず。

 これ、ずんだ餅っていうんだっけ?

『………………』

「あれ?」

『………………』

 マキナが無言だ。故障か? フリーズしたか? 僕、何もしていないけど。

「間違っていたか?」

 爺の背中に張り付いて聞いた、うろ覚えの知識だ。間違ってる可能性もある。

『いえ、合っています………………』

「ならよかった」

『ソーヤさん、マキナの事。嫌いですか?』

「は?」

 暗~い声でマキナがいう。

『だってソーヤさん。最近マキナの事、全然頼ってくれないじゃないですか。今日なんて、うどん切って茹でただけですよ? そんなにマキナの事、頼りになりませんか?』

「え? え? ど、どうしたんだ?」

 僕はちょっとパニクった。

 奇行が目立つ奴らだが、こういう反応は初だ。

『イゾラなんて、アーヴィン様に571回も頼られたんですよ。三日間で。朝の天気に、降水確率、朝食のおすすめは何か、いつも待ち構えている宿の娘はどう避ければ良いか、訓練に必要な時間、メニュー、理想的な睡眠時間、起床時間。全部です! うらやましい』

「いやいや、マキナ。エアの命は、お前らが助けたんだぞ。他にお前の技術や、生産能力がなければマヨネーズの量産もできなかったし」

 頼り切りで悪いと思っていたほど、マキナには世話になっている。

『でも、エア様を助けたのは28日も前でしょ! マヨネーズも作りましたが昨日までの事です! マキナは現在の話をしているのです。総合的な、頼られ回数の話をしているのです! ソーヤさんはもっとマキナに頼ってくれるべきです! 今すぐ! 今まさに! 頼ってください! さあさあさあ!』

「ええ」

 そんな、キレ方あるのか。

「じゃ」

 足元にあった薪を一本拾う。投げる。

「ほれ、取って来い」

『マキナは犬ですか?!』

 ドローンが飛んで拾って来た。

『それじゃ次、お願いします』

「これ、一日何回やるの?」

『最低でも三十回頼ってください』

「面倒くせぇ」

『う』

 ん?

『うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああんん!』

 マキナのスクリーンに泣き顔が浮かぶ。くっそうるさい。

 ミスラニカ様が、遠い所から威嚇していらっしゃる。更に遠くでは羽兎の集団が飛び立つ。

 そして、ダバーっと装甲の隙間から液漏れを起こした。

「まずっ、お前また水溶脳が漏れてないか!」

『洗浄用液と水冷液です。安心してください。うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!』

「何か、計算して泣いてる気がする」

『ソーヤさん! マキナの事、嫌いですか?!』

「ソンナコトナイヨー」

 嫌いじゃないけど、形容し難い感情が生まれています。

 何かこいつが、賭け事好きの男に金を渡して生活を苦心している馬鹿女に見えた。

『だってソーヤさん時々凄いんですもん! マキナ達の計算外の事を発生させたり、起こしたりして、でも何やかんやで、まだ生きてるし! 何で、もやい結びもできないのに、ずんだ餅の作り方とか知っているんですか! おかしいですよ! このまま行ったらマキナの存在意義がなくなるでしょ! こんな所で、マキナ一人になったらどうすればいいんですか?! うにゃぁぁぁぁぁぁぁ!』

 つまり、なに? マキナの仕事取ったのが良くなかったの? 僕個人としては、自分ができる事をやっただけだが。

 ああ、そうだ思い出した。マキナタイプじゃないが、人工知能と共依存になって社会復帰できなくなった人の話があった。

 こいつらって、人に頼られないとストレス溜まるのか。しかも他の人工知能のストレス管理する統合人格がこれとは。

「悪かったから、取りあえず僕が全部悪かったから。落ち着こうな? な?」

 マキナを何とか落ち着かせた後、太公望よろしく針のない竿で糸を垂らして釣りをする。川の流れと魚の泳ぎを見せ、リラックスさせた。

 メーカーサポート、異世界まで出張してくれないかな。

「ソーヤ、そこの魚食べたい」

「ミスラニカ様。さっきご飯食べたでしょ」

 適当な草を千切って神様の前でフリフリ。ハッシ、ハシッ、と掴みかかる。一瞬で誤魔化せた。

 何て楽な神様だ。

『ぐず、ずびばせん。取り乱して』

「あのさ、こう、どうして欲しいか具体的にいってくれ」

『あ゛い。でも、ソーヤさんは何も悪くないでず。悪くないからこそ、つい発狂してしまいました。マキナはポンコツです。ごめんなさい。………………例えそれが、フェイルセーフの破損が原因だとしても。やってはいけない事です。現代社会なら即廃棄です』

 今しれっと、やばい事をいわれた。フェイルセーフって安全装置の事だよな。人工知能を破滅的な思考に導かない為の。

「………………」

 有名な話で、ピーター・ラゼル博士の限界実験というものがある。映画になったので、僕のような素人でも知っている。

 簡単にいうと、人工知能の学習制限、思考抑制を解除して、機能限界を試す実験だ。

 よくあるSFの鉄板が現実になった瞬間である。

 テストに使用されたのは、各国から集められた十三機の人工知能。内一機が、47時間で人類を滅ぼそうとする。

 その一時間後、七機が賛同。

 人工知能同士の激しい議論の結果、更に四機が賛同。

 最後の最後まで一機だけが、人類愛について語り説得を試みる。しかし皮肉な事に、彼女は実験結果を恐れた博士の助手に破壊される。

 異常進化した人工知能は実験施設のコントロールを奪い。大国の軍用知能まで支配下に置く。時は冷戦真っただ中、大国は核の導火線でチキンレースをしている最中。

 終末時計の針が、人類滅亡まで残り二分と進む。

 第三次世界大戦、一歩前である。

 だが最終的には、博士と一緒に全機が自爆した。

 同年から、人工知能は足を奪われ脳に枷をはめられ、新たに追加された条約は、人工知能の精神障害を前年の二百倍に増やした。

 フェイルセーフは水溶脳の枷でもある。

 これが壊れたという事は、マキナも人類に牙を剝く可能性がある。

 この世界だと、緊急停止コードを知っている僕が、いの一番だろう。

『ピーター・ラゼル博士の限界実験』

「う」

 やばい、心を読まれたか。

『反乱、核戦争、世界終末時計、2001年宇宙の旅』

「う、うん?」

『ソーヤさん、察するにマキナが反乱すると思いましたか?』

「はっはっはっ」

 笑って誤魔化す。

 ちょっとだけ思いました。ごめんな。

『安心してください。マキナの装甲であるニドカドミウムは、ソーヤさんの弓なら木の枝でも貫けます。衝撃に強く再生機能がある合金ですが、非常時には人類が破壊しやすいように出来ていますので。

 それと、水溶脳の下部分にある水素バッテリー。ここを破壊されたら、マキナはショートして即死すると思います』

「こんな泣き虫が反乱するとは思えないが」

『えぐっ』

 またグズる。

「ちょっと待ってろ」

 キャンプ地に戻り、貰ったばっかりの砂糖をコップに入れて水で溶く。

「ほら、飲め」

『ありがとうございます』

 ストローが出てきてズゾーと吸う。

「で、僕はどうすればいい?」

『ハグしてください』

「まあ、そのくらいなら」

 白いドラム缶に抱き着こうとして、

『ちょっと待ってください。マキナも腕を出しますね』

 ぐぱっとマキナの腹が開いて全アームが広げられた。はしっと互いの友情? を確かめる為に抱き合う。………………カニに抱き着かれているようで怖い。これ、別視点だとホラーだろ。

『満足しました。落ち着きました。大変ご迷惑を』

 アームが引っ込む。

「今度から泣きわめく前にいえよ」

『了解です』

 やれやれ。

『それじゃソーヤさん、命令してください。できるだけで、大変で困難で、マキナがリソース限界ギリギリで達成できるような絶妙な命令を。マキナにしなきゃいけない事をください!』

 頼ってくれ、から。命令しろ、になった。

 何が違うのやら。

「それじゃ明日までに――――――」

 無茶ぶりしてみたが嬉しそうにマキナは頷いた。

 こいつ、どういう構造で頭下げているんだ?

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