<第一章:異邦の食卓>3

【43rd day】


「ちょっと聞いてよ、ゲト。お兄ちゃん、アタシのラーメンを三十食も献上したのよ! しかも無料で!」

「いや、お前のもんじゃないだろ」

「お兄ちゃんの物はアタシの物なの!」

「それは、それで良いのか?」

 サングラスをかけた魚人と、僕の義理の妹であるエルフが、足踏みをしながらそんな会話をしている。

 彼と彼女の足元にはブルーシートが敷かれている。その下にはビニール袋に入った水と塩で練った小麦。更に下には木の板。

 踏み踏み、踏み踏み。

 踏み踏み、踏み踏み。

 そんな姿を横目に、僕は揚げ物と戦う。一度敗北しているので気合いを入れた。

 ボウルに冷水とマヨネーズを入れる。しっかり混ぜたら、小麦粉の追加してダマが残るくらい荒く混ぜた。衣液はこれで完成。

 さてと、油の溜まった大鍋を睨みつける。火にかかりフツフツと煮立っていた。

「マキナ、油の温度は?」

『180℃適温です』

 円柱状のユニットから音声が響く。

 マキナ・ユニット・リペアー。宇宙開拓用の第六世代人工知能である。傍から見ると白いドラム缶にしか見えないが、これでも先端技術の結晶だ。

 ただ、僕の修理が何かまずかったらしく。自己形式番号が不明になったので、便宜的にリペアーと付けた。随時、機能は改修中らしい。

「よし、はじめるぞ」

 まず、玉ねぎを衣液に付け油に投下。パチパチと良い音。浮き上がる空気の飛沫、音の変化に耳をすませる。高く変化した瞬間、時間にして40秒で油から上げる。

「どうだ?」

『うわ~美味しそうです。良く揚がってますよ、ソーヤさん』

「音だな。熱の通った音の変化が聞き取れた。ちなみに点数にすると?」

『35点です』

 低い。

 35点の玉ねぎを量産して、清潔な布の上に置いて行く。次は細切りにした白ナス。気持ち長め、一分弱で油から上げる。

「どうだ?」

『はい、素晴らしい。しっかり熱が通っています』

「で、点数にすると?」

『28点です』

 下がってる!

 28点のナスを量産して、布の上に。

 次はクレソンを油に投入。中々難しい。バラけたものを寄せて何とか形を整える。生でもいけるので三十秒くらいで上げる。

「マキナ、どうだ? ちょっと形は悪くなったけど」

『ゲトさまー、エアさまー、それくらいで良いです~もう十分で~す』

 まさかのお世辞もなし。

 審査外を量産して、布の上に。

 マキナはその間、ブルーシートを外して練られた小麦の確認。

『素晴らしいです。きっと素晴らしく美味しくなります』

「ええー、ほんとー? 魚人が踏んだ物だよ」

「良いのか? エルフが踏んだ物だぞ」

 天カスをフライ返しですくって器に溜める。

 さて、孤独に本命と戦おう。

 下処理したエビを衣液に浸す。ゆるく揺すって多めに着ける。試金石の一尾を油に投入。箸で固まる前の衣を突っつく。舞い散りそうになる衣も寄せて合わせる。

 沈み、浮かぶエビを見守る。一分ほどで、くるりと回す。

 しらばらく見守る。

 泡が小さくなった。音も明らかに高い。

 ここだ!

 シュワーと衣の花が咲いたエビを上げる。揚げ色は満点だ。

 気持ち100点を布の上に。

「どうだ。マキナ」

『あ、はい。美味しそう』

 惰性の返信みたいな返事だった。

 僕、傷付くぞ?

「ふむ、どれ」

 肩越しから青白い手が伸びエビを掴み、引っ込む。

「あち、熱っ、うむ、うむむ」

 僕の真後ろでサクサクと食べる音。振り向こうとするが、やっぱり頭を掴まれて制止された。抑えがなくなって振り向いた時には、足元にまとわりつく猫が一匹。

 金の瞳に灰色の長毛。駄猫に見えるが、立派な僕の神様だ。

「まあまあじゃ」

「ミスラニカ様。次、ツマミ食いしたらオカズ減らしますよ」

「信徒の癖に生意気じゃ」

「ぃ、痛い痛い」

 小さくて横暴な神様は、バリバリと僕の足で爪とぎをする。

 マキナが僕の隣に転がり(横回転である)、まな板に練った小麦をベタンと置く。折って形を整え、包丁を持ったアームが均等に切って行く。洗練された無駄のない美しさ。もちろん、機械の手なのだが熟練の職人を思わせる手つき。精密だが、無機的ではない。そこには、食材への感謝すら感じた。

 うすうす気付いていたが、こいつやるな。

『ソーヤさん。食事は誰の為にあると思いますか?』

「え、そりゃ食べる人の為だろ」

 何か哲学的な質問をされた。

 マキナは手を止めず続ける。

『そうですね。でも人は、プロの作ったの80点の肉じゃがより、お母さんの70点の肉じゃがを愛します。料理とはつまり、主観的な愛です。愛に、点数は付けられません』

 な、

「何と」

 落雷に撃たれた。心象風景的な意味で。

 よろめく僕に『かまえ~』とミスラニカ様がまとわりつく。

「何てこった」

 そうだった。愛さえあればインスタントラーメンでも美味しいのだ。でもアレ、旨み調味料のせいでも。いや、愛だ。

「すまないマキナ。失念していた。そうだな、食べる人が美味しいと思う物がいつだって満点の料理だ。………………で、このエビは何点?」

『21点です』

 低いぃぃぃ。

 調子に乗らず精進する事を誓い。21点のエビを量産。

 ほどなく、揚げ物は完成。

「マキナ、そっちは任せた」

『ラジャー』

 マキナは切った物を、煮えたお湯に入れている。

 僕はゲトさんの分の揚げ物を網カゴに移した。用意したのは、高々度観測用の旧型ドローン。お茶缶にプロペラを付けたようなデザイン。これに籠を固定する。

「マキナ、上げてくれ」

『はーい』

 ドローンが飛んで行く。すぐ小さくなった。

「適当に冷めたら下げてくれ」

『はいはーい』

 後は、漬け汁。

 鍋に醤油、粒出汁を入れて溶かす、みりんと砂糖少々。味見。よし。急須に入れ替える。

 薬味は、擦った生姜と、炒った松の実、シラチャーソースの失敗副産物である酢を入れた唐辛子と玉ねぎを擦った物。

『ソーヤさん、茹で上がりましたよ』

「はいよ」

 こっちで購入した雑穀用の大きいザルを手に取り、鍋を持ったマキナと移動。適当な地面でお湯を流す。軽く切る。キャンプ地に戻って冷水で揉む。人数分に別けて盛り付け。おかわり用は冷水に入れたままに。

 ドローンが戻って来た。

 ゲトさんは熱い物が食べられないので揚げ物の温度チェック。12℃である。上空の風で急速に冷やしたから、衣もサクサクのままだ。

 四日前。彼は揚げ物の為に、寿命を削る耐熱魔法をかけようとした。

 そんなゲトさんと、エアは、並んでテーブルに着いている。エアは待ちきれない様子で待機。

 テントに入ってラナを呼ぶ。

「昼飯できたぞ」

「ふぁ」

 もさっとした表情。気が抜け抜けになっている。ラナは寝起きに弱いが、今日は一段と弱々だ。ホットパンツにTシャツという薄着。たゆんとした双丘が揺れ、目を奪われた。

「食欲ないなら取り置きするが、どうする? まだ寝るか?」

「はぁい」

 近づいた僕に、ラナが柔らかく抱き着いてくる。

 甘い匂いに頭がクラっとした。

「ちょ、奥さん」

「いつも、ありがとう、ござい、ま、すぅ~すぅ………………すぅ」

 寝落ちした。

 ああ、大きい。幸せで胸が一杯だ。物理的にもな! さておき、直揉みしたい衝動をぐっと抑え、抑え、抑え! ………………抑えて。ラナを寝かせる。変わりにお腹をさすらせてもらう。別に、チキンじゃないもん。正々堂々としたいだけだもん。したい………………はい。

 テントから出る。

 別のテントが、僕は何を考えているんだ。

「お姉ちゃん、どうしたの?」

「まだ寝たいって。魔力切れの影響だろうか」

「えーだらしないなぁ、もう」

 普段だらしない妹に、そんな事をいわれてしまう。

 料理はラナの分もマキナが並べてしまっていた。取り置きするといったが、これ両方とも保存が効くものではない。ミスラニカ様の分はいつも通り別室のテントに。

 すると、

「おいおい、面白いメンツだな。俺もそれなりに生きているが、魚人とエルフとヒームが食卓を共にしているのは初めて見たぞ」

「え」

 親父さんがいた。

 今日は徒歩である。いつの間に。

 敵意のない人だから、マキナも接近警報を出さなかったのだろうか。

『メディム様。よろしかったら、ご一緒に』

「お、おう。中に誰かいるのか?」

 マキナは親父さんに食事を勧める。ラナの分が空いていたので丁度良いが。マキナの奴、最近妙に現地人とコンタクトしている。商会の人間にも姿を現していたし、後々問題にならなければ良いが。

「オレ、席を外そうか?」

「何いってんのゲト。あんたが大家なんだから、文句ある奴から出て行けばいいのよ」

 ゲトさんの気遣いにエアが反論した。

 テーブルに着いた親父さんも賛同する。

「魚人の方、貴君が不快と思うなら俺が去ろう。飯は貰って行くが」

「なら、ここで食べると良い」

 三者納得したようなので飯にする。

「で、これは何だ?」

 と親父さん。

「ええ、では本日のメニューの説明をさせていただきます」

「手短にね!」

 エアに釘を刺された。

「この地方は麺料理が少ないようなので、うどんを打ってみました。材料は水、塩、小麦粉(中力粉)。これを混ぜて踏んで捏ね、茹でます。水に晒してあるので食べやすいです。エアとゲトさんに手伝ってもらいました」

「結構楽しかった」

「踏んだのか?」

「いや、親父さん。しっかり布は挟んでいるので、衛生上の問題はありません」

「そうか、別に良いが」

 葡萄酒じゃあるまいし、直で踏まないよ。

「この漬け汁に半分ほど麺を漬けて食べます。薬味を入れる場合、少しずつで、味の変化を楽しんでください」

 マキナが、漬け汁を小さめのお椀に入れて回る。

「後、天ぷらです。水で溶いた小麦を具にまとわせ揚げた料理です。具は、玉ねぎ、ナス、エルフの歯磨き草(クレソン)、モジュバフル大洋の小エビ。

 野菜は今朝農地から届いた新鮮な物、エビもゲトさんが朝一で取って来てくれた逸品です。

 この料理、シンプルながら長い修練を必要とするもので、入り口に到達するだけで最低十年。そこからは死ぬまで修練です。

 僕の腕では、本来の味には到底及びません。努力はしましたが、合格点にはほど遠い。しかし! 決してがっかりさせるような味ではないと保障します。素材が良いので!

 シンプルに塩で食べるのも良し、漬け汁に浸して食べるのも良し、ちなみに、歴史は長く我が国には鉄砲と共にポルトガルから伝来したと――――」

『早く食べさせろ!』

 三方向からクレームが来たので話を中断、

「では、本日のメニュー。ザルうどんと天ぷら。ご賞味ください」

 祈りもそこそこに三人はフォークを手に取る。マキナはお茶を出して回っていた。

 まずは、天ぷら。

「なんじゃぁこりゃ、パリッとサクっとしているぞ」

 ゲトさんが興奮している。寿命削らなくてよかったですね。

「お兄ちゃん、腕上げたね」

 エアは満足気&自慢気。

「ほう。揚げ物にしては油っぽくないぞ。クリスピーだ。衣か、揚げ方か、興味深いな。塩で食べるのが美味い」

 親父さんが天ぷらをサクリ。

 ズルズルっと音がした。

 エアがうどんを啜っていた。親父さんが、それを凝視する。

「うわぁモチモチしてる。アタシ、これいくらでもいけるかも」

「エア姫。俺のような一介の冒険者がいう事ではないが、それはちょっと無作法ではないか?」

 親父さんの指摘。エアは、一応これでもエルフのお姫様である。こっちでは物を啜って食べるのは下品なようだ。

「でも、お兄ちゃんの国ではこうやって食べるのよ。アタシ見たもん」

 映画でね。

「なるほど」

 と、ゲトさんは豪快に啜る。うどんが口中に滑り込み、もきゅもきゅと咀嚼する。

「ん、この汁のせいか? それとも食べ方か? 香りと味の広がりが違うぞ」

「だよねー、ラーメンもこうした方が美味しいのよー」

 ちょっと思案の様子を見せた親父さんが、うどんを漬け汁にナミナミ浸し、一気に啜る。

「ふむ、ふっくらしたパンを固めたような食感だな。通りが良い。固くはないが、噛み応えがある。このスープ、もしかして豆の発酵物か?」

「え、わかりますか?」

 意外な親父さんの指摘に驚く。

「昔、メルムの奴に似た風味のスープを食わされた。いや、これと比べるのもおぞましい不味さだったが」

 メルムって誰だっけ? と脳内で検索していると、

「え、メディムって。あいつと知り合いなの?」

 エアの嫌そうな声で、姉妹の父親だと気付く。

「昔な、一時期パーティを組んでいた。俺と王に、ランシールの母親、メルムと、あいつの――――」

 最後は親父さんが口ごもって聞き取れない。

「あいつ、冒険者やってたんだ」

「ああ、エルフにしては珍しく剣技に長けていた。結局、俺は一度も勝てなかったな」

「ふーん、興味ないけどね」

 地雷を踏んだ。親父さんは黙って食事に集中する。

 僕もようやく飯を口にする事に。

「いただきます」

 うどんのコシは中々、モチっと感も悪くない。生姜を多めにして麺を味わう。うまうま。

 天ぷらは、まず玉ねぎを。うどんの漬け汁に浸して食べる。わずかな衣のサックリ感と玉ねぎの甘みが良い。すかさず、うどんを啜る。天ぷら、うどん、天ぷら、うどんのワンツーパンチ。薬味をちょいちょい追加して味の変化を楽しむ。エアが辛味を入れ過ぎて悶絶していた。いつもの事である。ゲトさんは、うどんをおかわりしていた。親父さんも負けじと食べる。

 エビは最後に取っておいて、ありがたく頂戴した。

 異世界の空の下、ズゾーっと、うどんを啜る音が響く。


 で、


「何用ですか?」

 昼食を済まし、洗い物を済まし、ゲトさんが帰り、エアがベル達と遊びに行った後。親父さんは、まだキャンプ地にいる。金意匠の高そうなキセルで一服中。

「俺も待っているのだが。遅いな」

「はあ」

 何の事やら。

 手持ち無沙汰になったので僕もテーブルに着く。ニャーンとミスラニカ様が膝に乗って来た。額や首筋を撫でくる。肉球をぷにぷに爪を出し入れして遊んだ。

 可愛がって、暇も潰せる神様である。

「そういえば王の体だが、良くなったぞ」

「それはよかった」

「今朝は久々に剣を握って、王子を鍛え直していた。冒険者の王は伊達ではないな、その剣線に揺らぎなしだ」

「いや、治るの早すぎでしょ」

 脚気って、そんな簡単に治ったっけ?

 まあ、この世界の人間は頑丈だし色々性能がおかしい。たぶん、魔力も関係している。

 現代の常識で計るのは無駄か。

「それで褒美の話だ」

「褒美とな」

 ご褒美か、そりゃ王様の命を助けたのだから、当たり前ちゃ当たり前か。考えても見なかったが。

「希望があるなら俺から伝えるぞ」

「希望ですか」

 これとして、ない。

 金? いや、マヨネーズの量産が成功した今、冒険に不自由しない程度に金は入る。お金は大事だが、あり過ぎても身を滅ぼすだけだ。今以上はいらない。

 後は、便利なマジックアイテム的な? ………………ピンと来ないな。変な物もらって下手打つのも困りもの。

「あ」

 一つ急務があった。

「親父さん、再生点を一気に回復する方法ってありますか?」

「おう、あるぞ」

 意外にもあっさり見つかった。聞いてみるものだ。

「それじゃ、コレをやろう」

「?」

 親父さんに鎖の付いた金貨を渡される。商会に通った影響で、一通りの硬貨は見たつもりだったが見た事がない。車輪? 首輪? の意匠がされている。

「お前、警務官と面識あったよな」

「はい、ここに来たばかりの時に」

「駐屯所の真後ろに『睡魔と豊穣の女神館』という店がある。この鎖を左手に巻いて行け」

 詳細を聞こうとすると、馬車がやって来て遮られた。

「お、来たか」

 親父さんは立ち上がって、馬車から荷物を受け取ってキャンプ地に降ろしていった。小麦粉の袋のようにも見える。一袋、二袋、三袋と。

「あの、これは?」

「砂糖だ」

 親父さんが咳ばらいをして、厳粛な感じで言い放つ。

「王の勅命である異邦の冒険者よ。これで、王のお体を癒す食い物を作れ」

「嫌です」

 びしっと伝える親父さんに、きっぱり断る。

「いやお前、一応勅命だからな。逆らったら駄目だろ。俺、お前斬りたくないんだが」

「だってそれ、冒険者の仕事じゃなくて料理人の仕事でしょ!」

 ただでさえダンジョン以外の別件で色々大変なのに。

 これ以上、面倒を抱えてたまるかッ!

「仕方ないだろお前。王城の料理人よりも美味い上に体に良い物作って、そりゃ期待されるだろ。料理人三人ほど失職したのだぞ」

「し、知るかぁぁぁぁぁ! ラーメンあるんだからそれで我慢しろよぉぉぉ!」

「俺もそう思うがな。『メディム、塩辛い物を食べた後だと甘い物が食べたくなる。干しブドウに飽いた。ソーヤに用意させよ』と王の意見だ。従え、頑張れ。俺もダンジョンの仕事がある。こんな小間使いに時間を割きたくないのだ。人が心配していたら調子に乗りやがって、あのハゲ」

「あ、ハゲっていった! 王様にハゲっていった!」

 録音して王様に聞かせてやる!

 道連れだ!

「おう。何回でもいってやる。ハゲ。ハーゲ! 俺は冒険者の父であっても、王の保護者ではないッ」

 親父さんが日頃不満でヒートアップしたので、僕は空気を読んでクールダウンした。

「でも、僕も自分の冒険で手一杯なので、流石にもう王様に構えません」

 命の大事ならともかく、嗜好品の面倒まで見られるか。それに、これ一回了承したら延々と頼まれそう。

 明日から、

 日本人、料理人になる、だ。

 普通だよ! 回顧録のタイトル変えなきゃいけないよ!

 あのハゲ。

「………………ふむ、そうか。そうだよな。確かに酷だ」

 親父さんが考え込む。

 しばらく考え込んで、一つ条件を出す。

「地図でどうだ? 十階層から、十二階層までの」

「マジですか!」

 驚きの交換条件。

 地図は高額で取引される品だ。正確で信用のおける物なら、とんでもない価格になる。

 ちなみに、五階層から十階層まで、隅から隅まで記入された地図は、金貨500枚。その上は、恐ろしくて見ていない。

 これは、下手に売って流布されれば、すぐ陳腐化してしまう物であり、冒険者の職自体を危うくする物だ。ダンジョンというのは、ある程度の人的犠牲で成り立っている。それを壊し、効率だけを求めると、崩れた生態系がどんな災厄をもたらす事か。

 暗黙のルールで、地図のやり取りは、絶対に、必ず、冒険者同士のみ、となっている。

 これを破って商人に流した者がいたが、翌日に、商人と一緒に川に浮いていたらしい。

 何か、組合長の顔が浮かんだ。白い歯で、ムカつく可愛らしさで笑っている。

「まあ、それなりに正確な地図だ。誰にもいうなよ? 俺の信用問題になる」

「十、十三階層まで、何とかなりませんか?」

 少し溜めていった。

 んで、胸ポケットにある羽をチラリと見せる。実はこれ、公平な取り決めを裁定してくれる神の証である。

 こちらの世界では作れないインスタントラーメンと、この地方には無いビタミンB1を取れる甘物。その価値を公平に定めた場合、お幾らになるでしょうか?

「………………仕方ない十三階層までだな。明日持って来てやる。甘物も用意しておけよ」

 よし!

 こいつは僥倖だ。イゾラに読み込ませて順路を作成してもらおう。

 今回の冒険、順調に行くかもしれない。

 でも、その通りに行くほど、砂糖のように甘い物ではないのだろうけど。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る