<第一章:異邦の食卓>1


<第一章:異邦の食卓>


【42nd day】


 僕らは、毎日毎日ダンジョンに潜っているわけではない。

 再生点という先人が生み出した奇跡は、生物が持っている内魔力を消費して傷の修復を行う。この内魔力、通常二日ほどで完全に回復する。同じく、魔法を使う為に必要な外魔力。これの回復にも同程度の期間が必要。

 だが、ここで一つ問題が発生した。

 キャンプ地のテント内。

「ごめんなさい。あなた」

「何を謝る事がある。お前がいなかったら、今回の敵は倒せなかった。ゆっくり休め」

 ラナの外魔力が回復しない。ダンジョンから帰還して一日過ぎたが、再生点の容器は空を意味する透明なままだ。

 これは種族特有の症状である。

 エルフという種族は、魔法使いとしての素養が高い。外魔力の容量は他の種族に比べて単純に倍。ラナにいたっては三倍である。

 正し、欠点がある。

 魔力の回復速度が他の種族に比べて遅い。

 今回わかった事だが、底まで使い切ると更に回復が遅くなる。

 休息は二日を予定しているが、この調子なら次の冒険はラナを置いていかなければならない。確かにラナの火力は半端ない。必殺だ。しかし、それだけで全てが片付くほどダンジョンは甘くない。

 一気に五階層降りて、ポータルを認証させるのは無謀だ。まず、地図を埋めて敵を計り、順路を作成する。別に火力がなくても何となる作業である。

 だから、

「そんな消えそうな顔で落ち込まないでくれ」

「でも」

「下調べなら、お前なしでも問題ない」

「それが、嫌なんです」

 ああ、置いて行かれるのが嫌なのね。

「とりあえず、今日はゆっくりしよう。ほら、映画見よう。映画」

 ラナを寝かせて毛布を丸め背中に当ててやる。

 テントの隅からタブレット取り出す。

「何見る?」

 膨大な動画データを広げる。消えた隊員の私物である。

「チャップリンが見たいです」

「はいよ」

 まだ見ていない映像を探していると、

「独裁者が見たいです」

「了解」

 希望があったので、六度目の独裁者を再生する。ラナに柔らかく促され、隣に横になる。二人で片手ずつタブレットを支えた。

 何か“ぽい”ぞ。傍から見たら本物に見えるかも。僕ら、偽装夫婦なんだけどね。

「ラナ、これ好きだよな」

「演説している所の、声の張り上げ方や間が、魔法の参考になるので」

「え、そうなの?」

「師曰く、魔法とは至極簡単に説明するなら演技です。神様に美辞麗句を並べ奇跡をお願いする。その際、声音や表情。乞う神が好む様を心がける。今回の冒険では、私ちょっと熱が入り過ぎました。危うく、主神との契約が壊れる所でした。気を付けます」

「気を付けてください」

「はい」

 本物の方は見せないでおこう。

 オープニングのスタッフロール。塹壕戦が始まる。マキナが付けた字幕と注釈が流れる。五回も説明したのでラナも大体理解している。

 僕は映画の内容より、ドキワクしている彼女を見ているほうが楽しい。

 ちょっと熱を入れて見つめ過ぎた。

 視線に気づかれた。

 目と目が合う。

 手と手が触れ合う。

 自然と吐息が触れる位置に。

 まだ昼前だが、ようやく一線を越え、

「二人共、何してるのー?」

 られませんでした。

 テント内に妹が乱入してきた。エアはサンダルを乱暴に脱ぎ捨て、僕とラナの間に滑り込んで挟まる。

「また、このチョビヒゲ? ミフネ見たい」

「駄目。お姉ちゃんはこれが見たいの」

「ブゥー」

 姉妹が肩を寄せ合い頬を合わせる。無遠慮に、エアの生足が僕の膝上に置かれた。

 うーん。

 これも幸せだ。

 僕、隣にいていいのか? 明日辺りに死んだりしないか? そんな不安と幸福を噛みしめていると、

「おーい、異邦人いるかー?」

 馬の蹄と人の声。

 良い所なのに、誰だこの野郎。

 二人を置いてテントを出ると、馬上に男が一人。左目には眼帯。盾も剣も鎧も体も、真新しさは一つもない。壮年であり百戦錬磨の冒険者。

 名をメディム、またの名は冒険者の父。親父さんである。

「暇か?」

「もの凄く忙しいです」

 今日はずっと姉妹とイチャイチャしたい。冒険を一つ乗り越えたのだから、これくらいの権利はあるはず。

「そうか、来い」

 ないみたい。

「強制ですか?」

「応」

 なら、何故最初に僕の意思を聞いたのやら。心配したのか、姉妹がテントから顔を出す。

「こいつ借りるぞ」

『えー』という二人の反論は聞かず、親父さんは強引に僕を馬に乗せて走り出す。

 エルフの美人姉妹と一緒から、おっさんと二人馬の上である。具合の悪い鞍で尻が痛い。色々、苦しいです。

「十階層に到達したそうだな」

「ええまあ、苦労しましたけど」

「お前らが骨の王を倒したおかげで、二日は他の冒険者も楽に階層を降れる。今酒場にいけば新人達から酒の一杯でもたかれるぞ」

 そんなシステムなのか。なるほど、先に十階層に到達していたラナとエアが、骨の兵や巨人と戦った事が無いはずだ。

「で、親父さん。要件は?」

「王が倒れた。手を借りたい」



 僕の個人的な意見だが。

 々の尖塔を有するレムリア王国は、王の治世一つで成り立っている。

 身一つの冒険者から末に王国を手にした彼の物語は、多くの冒険者の憧れである。そのネームバリューに魅かれ、今日も明日も、レムリア王国には冒険者が集う。

 で、不謹慎な話だが、そんな王様が死んだ場合。

 関連する予想。

 レムリア王は賢王だが、歴史にもあるように、賢い者から賢い者が生まれて来るとは限らない。優秀らしかった兄王子は亡くなり、愚劣極まりない弟王子が今の王国の継承者である。

 こいつが王になったら暴動が起こる。間違いない。適当に耳を傾けただけでも、王子の悪評は街の隅々から聞こえて来る。

 権力のある人間の悪評は、中々落ちないというのに、王子本人はそれに全く気付かないほど馬鹿。小心者、子悪党、性犯罪者、王族の品なし。と、彼の姉の批評。

 僕としても、こいつが王になったら反勢力側に付くと思う。

 合わせて、姉妹の実家であるヒューレスの森との問題。

 ここのエルフ達はレムリア王国に敵愾心を抱いている。戦争が原因である。戦争については、どっちが悪く正しいとか、異邦人には分からない。口にしない。

 エルフにも色々あるらしく。

 現行、氏族をまとめているヒューレス家は、求心力を日に日に失っている。これが原因で血が流れるのは明らか。エルフ同士の内戦は、間違いなくレムリアにも飛び火する。

 そんな、様々な危ういバランスは、レムリア王の存在一つで何とかもっている。

 死なれては困る。

 少なくとも一年は絶対に。

「でも、何で僕を?」

 王城に着いて、親父さんに根本的な疑問を投げかける。

「エア姫を治したのはお前だろ?」

「何の事やら」

「ま、深くは詮索しないさ」

 流石、年の功。距離感をわかってらっしゃる。後、治したのは僕ではない。この地に一緒に来た相棒だ。

「ソーヤ殿!」

 いきなり、メイドさんに詰め寄られる。銀髪で尖った耳を持った獣人である。包帯が取れて、傷も残っていないようなので安心した。

「冒険の合間とはいえ、お忙しい所を急にお呼び出し。まこと申し訳ありません」

「いや、こいつ暇そうだったぞ」

 親父さんの適当な意見。

「忙しかったです!」

 美人とまったりする時間が、暇なわけがない!

「申し訳ありません。治療術師にも手を上げられて。もう、どうすればよいのかと」

 すまなそうに耳を伏せる彼女。ランシールは、レムリア王の私生児である。この世界の国家群は、獣人を下に敷いて存在している。大昔、獣の王という獣人を率いた者が一因である。

 レムリアの血を引いている彼女だが、継承権はない。それ所か小間使いと同じ扱いだ。それでも、甲斐甲斐しく父親を心配している。

 そういうの、嫌いではない。

「僕の力が及ぶかどうか怪しいけど。できる事はやるよ。あんまり期待しないでくれ」

「はい!」

 スカートの中の尻尾がめちゃ揺れる。期待されてる。不安だ。外傷や、簡単な感染症なら治療できると思うけど。こっちの風土病、ガン、臓器障害だと、マキナでもお手上げである。

 ともあれ、診察して見ないと何ともいえない。

 ランシールに連れられ王の寝室へ。親父さんは廊下に残った。

「失礼します、陛下。ソーヤ殿がお見えになりました」

「おお、すまないなソーヤ。冒険の準備があるというのに召喚して」

「いえ、手隙だったので問題ありません」

 流石に王様に文句はいえない。

 王は病床であった。禿頭に威風堂々とした体躯。しかし、顔色は明らかに悪い。部屋に充満した薬の匂いが鼻につく。

「微力ながら力になればと思います」

「うむ頼むぞ、といいたいが、余も歳だ。病というより寿命だろう。無力でも気に病むなよ」

 軽く頭を下げて、メガネ型のデバイスをかける。マキナに診察アプリを起動させた。

「すみません、王様。症状を教えてもらえますか?」

「うむ。去年の、エルフとの戦争後か。手足に軽い痺れや痛みが出た。疲れが原因だと思ったのだがな。これが中々長引いて、今では床から起きるのも苦心する始末」

「痛みは手足だけですか?」

「いや、全身だな」

「食欲は?」

「ない」

「すみません、便の通じが悪かったり下痢だったりしますか?」

「うむ」

「触診します。失礼」

 王様の足を触る。むくみがあった。

「痛みがあったら教えてください」

 ペンを取り出して、強めに足の親指を刺す。

「どうですか?」

「さほどないな」

 偶然にも、この症状には心当たりがあった。日本人には割と有名な病気である。

「体を起こしてベッドに腰かけてもらえますか? ランシール手伝ってくれ」

 二人で王様の体をベッドの端に移す。両足をぶらりと下げてもらった。膝を、こつん、こつんと叩く。正常な人間なら反射では跳ね上がる。だが、動かない。

 間違いないと思う。

「これ、脚気だ」

『診断結果、98%で脚気に類似した症状です』

 マキナからお墨付きをもらう。

「王様、すみません」

 ランシールが絶望の表情を浮かべる。

「治せます。キッチン借りて良いですか?」

 ランシールが歓喜の表情を浮かべた。

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