<序章>
【41st day】
薄暗いダンジョンの中、入り組んだ通路の先には広い空間があった。
巨大な柱が並び、奥には王座が称えられている。
歪な鉄塊を傍に置いた王座である。
それは失われし文明の跡だ。
そこで、聞こえるのは剣戟の奏で。装具のひしめき、生者の息遣い、そして、おぞましい死者の骨が鳴る音。
冒険者のパーティは骨の集団に取り囲まれていた。
人型の骸骨だ。肉など遥か昔に溶けて落としたのだろう。窪んだ眼窩に緑色の光を貯めている。
脳も筋肉も無いのに、何をどういう仕組みで動いているのか、生前の名残りであるボロボロの武具で生者に襲い掛かっていた。
骸骨達の由来は誰も知らない。これらを倒さなければ先に進めないのが、僕ら冒険者が知る全てだ。
騎士の青年が、盾で仲間を護りつつ剣の一閃で骨の兵士を両断する。
軽装の少女が携えた槍を振り回し、骨を砕き打ち倒す。
グラマラスな魔法使いが契約した神への賛美を詠い、祈る。彼女は、砕けた骸骨を再構成した。眼窩を青く光らせたそれは、狂乱の様を見せて他の骸骨達に襲い掛かる。
目を引いたのは、長剣を振るう少年だ。
パーティを中心に、円状に移動しながら乱刃を放ち、触れる全てを切り刻んでいた。彼一人の手で包囲網が砕かれつつある。
骨の兵は残り四十二体。
少年の息は荒く乱れていた。
そして、こいつらを倒せば終わりという話でもない。本命がいる。
「エア、シュナの援護を」
「了解っ、と」
僕の指令で、義理の妹が矢を放つ。少年、シュナに向けて槍を投擲しようとした骨の兵が、額を砕かれ吹っ飛んだ。見事な腕前だ。
「あなた、そろそろいけます」
「了解、頼む」
義理の妻が、杖を床に突き刺し両腕を広げる。瞳から意思の光が消え、トランス状態になる。不可視の奔流が彼女に集まるのを感じた。
「アーヴィン、デカイので一掃する。合図したら防御態勢に」
『応っ』
騎士、アーヴィンの返事が通信機越しに聞こえる。
甘く、妖しい、神への賛美が響く。
「我が神エズスよ。原初の一片をこの卑しき眷属に与えたまえ。舞い詠い彷徨うもの、我の血よりも赤く熱きもの、火よ劫火なれ、炎よ数多を飲み込め、これは竜の吐息のように、天の浄火の如く。定命の世界を喰らい尽さん。我らが力ここに集約す。赤く赤き破滅と厄災の似姿よ、我が腕の先に襲い掛かれッ! 今、この始原の理を以って汝らを滅ぼす!」
彼女の前に、小さな火が生まれた。だがしかし、それはすぐさま猛火に成る。巨大な火の玉。その奥、背筋を震わす恐ろしい影が蠢く。
これは、不味いぞ。
「アーヴィン、防御態勢! かなり破壊力がある! 気を付けろ!」
『全員集まれ!』
アーヴィンの合図でパーティが集合する。
少し遅れるシュナにエアの援護が光る。
『麗しのリリディアス。その慈愛、献身、護法の恩寵を我に与えたまえ。ザモングラス・ロメア・ティリング』
騎士が盾を掲げる。
ドーム状の光が彼らを包む。
続いて、彼の傍にいた魔法使いが杖を掲げる。
『火よ。素と交わり光となれ。平穏を照らせ、我らの糧を守りし防火となれ』
光のドームに幾何学模様が浮かぶ。それは歯車のように機能的に動き廻り、護りを強固とした。
クックック、と低い笑い声が僕の隣から聞こえる。
普段見ている彼女とは似ても似つかない。狂気を孕んだ顔。
彼女が、叫ぶ。
「ホーエンス・ロメア・ドラグベイン!」
火球はアーヴィン達の真上に飛ぶ。そして、炸裂した。ナパームのような炎の波が骨の兵を余すことなく包む。巻藁のように燃え上がり、次々と死者は悶えて灰になって行く。
劫火のうねりが悲鳴の幻聴が聞こえた。
「流石だ、ラナ。でも、もういい」
事の成り行きで、偽装結婚した嫁の名前を呼ぶ。
火の勢いはアーヴィン達も巻き込んでいる。光の護りは十分に火を防いでいるが、熱を完全に防いでいるわけではないらしい。彼らが苦しそうにしている。激しい熱気は僕らの所まで届いていた。そも、広いとはいえ閉鎖空間でこんな派手に燃やしたら酸欠になる。
「ラナ?」
もう動く骨はないが、炎が消えない。
「お姉ちゃん! 止めて! もう終わったから!」
エアがラナの両肩を掴んで揺らすが、反応がない。
「エア、何とかしてくれ。アーヴィン達が蒸し焼きになる」
「わかった。最終手段」
エアがラナの真後ろに立つと、おもむろにラナの豊潤な両乳房を掴んだ。揉みしだいた。十指を巧みに動かしながら、持ち上げ、持ち下げ、開いて、閉じて、と動かす。僕の首も胸につられて動く。
ラナの狂相が徐々に消え。いつもの素朴で自信なさげな顔つきに戻る。
「あ、あの」
「お姉ちゃん、戻った?」
「はい、戻りまし、あ! あッ、エア、そこは、ちょっと、ッん」
自分、参加していいですか?
「エア、や、止め、あ、そこっ」
「う~ん、久々にこねると癖になるよね」
「あなた! 見ていないで止めてください!」
「はい」
両手をワキワキさせて近づこうとして、
「そこぉぉぉぉぉぉぉぉ! イチャイチャするなら外でやれぇぇぇぇぇぇぇ!」
少女、ベルトリーチェの絶叫が響いた。通信機越しではなく肉声である。広間から離れ、通路にいる僕らなのだが、見られていたとは。
妹を振りほどいたラナが、通路の隅でしゃがみ込む。暗がりでも顔が真っ赤なのがわかった。そして、いつもの変な声で小さく悲鳴を上げている。
「ご苦労様」
さりげなくラナの再生点を確認。試験管が二つ並んだ容器。その、魔法を使うさいに必要な、外魔力を表す青い容量が綺麗になくなっていた。
「エア、例の矢を用意」
「了解。お兄ちゃん」
僕とエアは、とっておきの矢を番える。
『ソーヤ、来るぞ』
アーヴィンの声に僕らは矢先を玉座に向ける。骨の灰が舞い上がり、玉座に集まり始めた。
「イゾラ、メンバーの再生点を表示してくれ。内魔力だけでいい」
アーヴィンの、腰にぶら下がっている人工知能に問う。内魔力は怪我を再生できる容量だ。
(アーヴィン40/120 シュナ10/75 ベル30/90 ゼノビア40/50)
と、メガネの液晶に表示される。
想定よりもシュナが危険域である。だが、これから戦う相手には彼の速さがどうしても必要だ。
どうする? 手堅く行くなら退くのが正しい。
帰ろう、帰ればまた来られるから、という名将の言葉もある。
しかし、だ。
『おい、ソーヤ。また退くなんていうなよ。今日はいける』
「そうだな」
力強いシュナの言葉。
本人にやる気がある。気迫に満ちていた。これを逃す手はない。彼は成長期のただ中、一つ、二つの修羅場で今後の伸び幅が格段に違ってくる。
「アーヴィン、シュナの援護を。ベル、ゼノビアは僕の所まで退いてくれ」
『了解』
パーティの返事と同時。
光と共に王冠が現れる。
それを静かに頭に乗せるのは、巨大な骸骨。5メートルはあり巨人といっても差支えが無い。巨大な体躯に見合う得物も巨大な剣だ。錆びて、刃こぼれ、半ば折れていても、僕ら矮小な冒険者には致命の一撃となる。
眼窩に緑の光を灯らせ、骨の巨人は咆哮を上げる。
身の竦む、そんな言葉では足りない。魂までも小さく消え去りそうだ。
『う』
間近でその咆声を浴びて、シュナは、
『ッおおおおオォォォォォォォォ!』
負けじと叫び体から恐れを振り払う。疲労も、体力も、共にピークだ。しかし、構え、向ける切っ先は清と動かず。
「シュナ、隙を作ってくれるだけでいい。無理はするな」
『余裕だ。倒しちまうよ』
シュナが、アーヴィンが、駆ける。
鈍重に振り上げられて巨人の剣が、恐ろしい速度と威力を持って落とされる。轟音と破砕、衝撃でダンジョンが揺れた気がした。
剣の巻き上げた灰の中、交差した影が二つ。
まず、シュナが走り抜けながら一撃を与える。片膝を半ば切られた巨人が体勢を崩し、片手を床に着ける。
続いてアーヴィンが、盾のアッパーカットを巨人の顎に叩き込んだ。鐘のような金属の響き。まともな生物なら脳を揺らされて致命に繋げられる。しかし、相手は死者。平然とアーヴィンに剣を突き刺そうと――――――シュナに防がれる。
刃と刃が火花を散らす。巨人の剣を、シュナの長剣が受け止めていた。現実離れした光景に目を疑う。一拍の間を開け、剣と剣が舞う。
巨人とシュナの咆哮が重なる。
剣戟だ。
少年は巨人と剣を結んでいた。
「お兄ちゃん!」
見惚れていた時間は、妹の声で現実に戻される。
「エア、喉元だ。いけるな?」
「余裕よ」
シュナの剣技が冴え渡っている。限界を超え極限に達している。だがこれは死地の強さ。今際に小指でぶら下がっているようなモノ。証拠に、表示したままの再生点がゴリゴリ減っている。
衝撃と熱でシュナの長剣が赤く発熱していた。拮抗するだけでも驚異的だというのに、彼は押していた。
巨人が、苛立ちと怒りを咆哮に乗せて剣を振る。
それは目に見えて大振りだった。
横薙ぎの一撃がシュナに迫る。彼は紙一重で剣を潜る。長剣が床を掠り分厚い骨を“半ば”断つ。動揺にシュナの表情が歪む。
『シュナ様、再生点ゼロです』
イゾラの報告に背筋が凍る。
緊迫した一拍。
しかし、アーヴィンが剣を両手に吠え、跳んだ。裂帛の気合いと共に降ろされる一撃。
巨人の剣が吹っ飛び柱の一本に突き刺さる。握った手首事である。
「エア、今だ」
僕は矢を放つ。ほぼ同時にエアの矢も放たれる。矢というには少々歪なこれは、わずかな弧を描いて二矢同時に巨人の首元に突き刺さった。
「アーヴィン! シュナを盾で隠せ! 自分の体も忘れるなよ!」
アーヴィンがシュナの頭を押さえて盾に納める。
「?」
と、疑問符を浮かべ巨人が突き刺さった矢を触り。炸裂したそれに首をはねられた。
落ちた首から王冠が転がり、盾に当たって止まる。二人が同時に剣を降ろして王冠を破壊した。遠吠えと共に骨と剣が塵に変わり散る。
「エア、イゾラ、索敵開始」
『了解』
「了解」
僕も怠けず目視で確認。
敵影なし。灰になった骨が再び動き出す気配はない。広間は静寂に包まれた。
ベルとゼノビアが駆け寄って来る。
『敵、残存なし』
「同じく」
最後にもう一度僕が確認。パーティ以外に動く者はない。四隅に天井も確認。
深く息を吸って、ながーく息を吐く。
「戦闘終了。みんな良くやった」
パーティメンバーから歓声が上がった。
『やったぁぁぁぁぁぁぁあああああ!』
シュナが一際大きな声を上げて、ぶっ倒れた。アーヴィンに荷物のように肩に担がれる。
ベルとエアが手を合わせて喜ぶ。ゼノビアもほっこりと微笑んでいた。ちょっと置いてけぼりなラナが僕らをチラ見した。
僕らの混合パーティは、三度目の挑戦にして九階層踏破した。
≪序章≫
々<おどりじ>の尖塔。
僕らが挑戦するダンジョンである。
ここにはちょっとした特徴がある。まず、五階層毎にポータルという転移装置が存在する。現代社会に生きていた僕には、理解できないテクノロジーだ。というか、こっちの世界の人間も正確には理解していない。
少なくとも、二つの時代は前の代物らしい。この世界の“らしい”は当てにならない。高名な英雄の口伝が、二人の所業なのに一人の行いに修正され、そのバランスを取る為か二つの敵も一つに減らされた。全く、信用できない。ようは不明の技術だ。
こういったモノはこの世界ではよくある。
この異世界には、大陸が三つ存在する。軽くその歴史を紐解くと、大破壊と再生の物語が広がる。各地に存在するダンジョンとはつまり、滅んでいった時代の痕跡だ。
そんな痕跡の中で、最も古いとされるのが、ここ々の尖塔である。
曰く。
世界を創造した巨人の角。
先文明の標本。
神々の尖塔。
閑話休題。
五階層毎にポータルは存在し、その一つ前の階層。そこには必ず番人がいる。まるで冒険者を試すが如く。立ち塞がる失われし時代の遺物。
僕らが倒した骨の兵と巨人も、そんな試練の一つだった。
一度目は骨の兵に揉みくちゃにされ退散。
二度目は巨人に前衛がホームランされ退避。
三度目の正直に、今持てる最高の武器を使用して攻略。
前衛三人のタフさには本当に感謝したい。財布がお寒くなったけど、そんなものまた稼げばいいだけの話。
試行錯誤と苦難の末、十階層到着である。
ここは、ある理由で一度だけ足を運んだ事がある。ちゃっかりその時に地図を作製していた。パーティが目指したのは帰還する為のポータル、ではなく休憩地点だった。
モンスターが侵入していないか確認。
問題なしと室内に入る。
二十人くらいが腰を下ろせるスペースだ。石造りは他のダンジョン構造と変わらず。端に古びた噴水。顔面が欠けた動物の口から水が流れている。水受けは最近補修した跡があった。
運良く他の冒険者はいない。僕らは正式に組んだパーティではないので、あまり人目には触れられたくない。
「シュナ、大丈夫か?」
「余裕」
と、担がれた体勢で返事。シュナを担いでいるアーヴィンに疑問を投げかけられる。
「位置はわかっているのだろ。ポータルに向かわないのか?」
「ダンジョンは帰るまでが冒険だ。今の状態でモンスターと戦いたくない。休憩しよう」
「なるほど」
合図をして、メンバーに休憩を促す。皆各々に荷物を降ろして腰を下ろした。
さて、ここからが僕の仕事である。
室内にある薪の跡に、木炭を追加して木屑をライターで着火。炭に火が回るまで仰ぐ。換気を確認。近くの壁から隙間風が吹いていた。問題無し。
調味料と具材をバックパックから取り出し並べる。
砕けた石材を適当に組んで、薪を囲む。鍋に水を汲んで火の上に。
バックパックから取り出したのはダチョウサイズの卵。チョチョというモンスターの卵である。こいつは人間の顔くらいのモンスターで雑食性のコウモリに近い生態。オスもメスも、体の中に卵を収納して生活する。というか、体の八割が卵だ。生殖行動が謎とされている生物だが、飼育が簡単で卵といえば鶏卵よりこっちが主流である。
白身が少なく黄身が複数存在する。ちなみに、卵一個から最低二十匹のチョチョが生まれる。
別名ギネル大卵。
これを鍋に入れる。念の為に酢をかけた。
一旦、噴水まで移動。石鹸で手を洗う。爪の間に肘までしっかりと。
次に全粒粉を取り出してボウルに水とオリーブ油を追加。ヘラで混ぜる。粉っぽさがなくなったら手で捏ねる。
「えー、また獣人パンなの?」
「健康に良いんだぞ」
「アタシ、白パンが食べたい」
「外に出たら食べさせてやるから」
「ここで食べるのがいいの~」
ぼやく妹をたしなめる。
捏ね終えたら、千切ってゴルフボールサイズに丸める。しばし放置。
沸騰したお湯を見ながら、卵をチェック。軽く回す。後は余熱で十分と鍋を火から離して、フライパンを火にかける。
干し肉と、疲労回復効果のある乾燥ハーブをハサミで刻んでフライパンの上に。シャカシャカ気分よく振る。ほどほど熱が通ったら多めの塩、粗びき胡椒、粉末にした乾燥ニンニクを追加。さらにシャカシャカ。空腹を誘う肉とニンニクの匂い。調味料は完成した。コップに移し替える。
鍋を持って噴水まで移動。
お湯を捨て、熱い卵を水にさらす。鍋はもう一度水を入れてお茶用の豆を適当に入れて火に。
戻ってホクホクな卵を布の上に置いた。
「お兄さん、手伝いましょうか?」
「頼む」
一息吐いたベルが、手を洗ってやってきた。
「卵の上を持ってくれ」
「りょうかーい」
この卵。撲殺できるほど固い。厚い。なので糸鋸で切る。
ベルに上を固定してもらってガリガリと糸鋸を走らせた。一度切り込みを入れたら思ったより簡単に切れる。
真っ二つにした大卵は予想通り、ほぼ黄色である。よく茹だっていた。白身が少ないせいか、硫黄臭はわずか。
ベルにスプーンを渡して同じように混ぜるように指示。
黄身を軽くかき混ぜたら、マヨネーズを加える。混ぜ混ぜ。調味料を加える。混ぜ混ぜ。
ゼノビアがフライパンを洗ってくれた。
「ソーヤ、パン焼きます?」
「お願いします」
お茶の入った鍋を移動して、フライパンを火に。彼女は経験があるのか、丸めたチャパティを手で伸ばして広げている。広がった物からフライパンで焼いて行く。
二人共できた女だ。良いお嫁さんになるだろう。
程なく完成。
本日のメニュー。
「チャパティと味付け茹で大卵。あと、豆茶」
である。
「シュナ、食べられるか?」
「食べる」
ぐったりしたシュナは、アーヴィンに支えられ上半身を起こす。姉妹を抜いたパーティメンバーが、飯を前に神への祈りを捧げた。
「聖リリディアス、日々の糧、獲物、祝福された業に感謝します」
と、アーヴィン。
「我を育みしウカゾール、我を鍛えしグラッドヴェイン。今日も生き延び、美味い飯を食べれます。ありがとう」
シュナ。
「全ての祖たる炎よ。その恵みを糧に変え、この体に」
ゼノビア。
「我を育みしウカゾール。その他、天候と食物の関わる全ての神々。ありがとうございます」
ざっくばらんなベルの祈り。
「卵の具を、チャパティに置いて一緒に食べてくれ」
『了解』
みんながパクつきだす。
「んま、んまい」
ぐったりしたシュナが少し元気を取り戻した。
「あ、食べやすい~」
ベルの歓声。シンプルな料理だが、割と評判が良い。
「しかし、あれ。ソーヤ」
「ん?」
お行儀良く食べるアーヴィンに話しかけられる。僕としては姉妹に飯を持っていきたいのだが。
「あの矢は何だ? 魔法か?」
「あ、わたしも知りたいですわ」
ゼノビアにも食いつかれる。別に秘密にするつもりもないので、話す事に。
ポケットから使用した矢の、正確には矢につけたアタッチメントを取り出す。細長い筒状の金属容器だ。
「この容器の中に、水と丸く加工した金属球がぎっしり詰めてある。こいつが炸裂して首を落とした」
容器を受け取ったゼノビアが不思議そうに耳を当てる。
「小さく。魔力を感じるわね」
「中には、火の魔法を封入したミスラニカ金貨が仕込んである」
これは、ある物を作ろうとして生まれた副産物だ。本命の方は後一つで完成である。
「ミスラニカ金貨!」
ゼノビアがそこに驚く。
「ちょっと待って………あなた、今日だけで金貨。今、幾らでしたっけ?」
「取引した時は、金貨22枚だった」
「にがっ」
ゼノビアに驚愕される。
「ソーヤ、あなた今回の冒険だけで金貨44枚も使ったって事? ま、まさか借金とかいわないでよね?」
「フッフッフッ、ゼノ姉さん。実はベルは知っているのです。お兄さんの金策方法を!」
「何! 教えて! 教えて!」
得意げに、ベルが胸を張る。つつましい。それにゼノビアがすがり付く。見苦しい。
男二人は興味ないのか、モソモソ飯を食べていた。
「ずばり、コレです!」
残りわずかになったマヨネーズの瓶を掲げる。
当たりだった。
「ゼノ姉さん。お兄さんが作ったこの卵料理には、このマニュネーゼが入っています」
「マヨネーズな」
訂正した。
「これ一瓶幾らか知っていますか?」
「え? 見た事のないソースだし、でも蜂蜜よりは高くならないだろうし、高くて銀貨………………三枚?」
「金貨五枚です」
「なっはあぁあああ!!」
ゼノビアが面白い顔をする。そして男二人は、卵をモリモリとチャパティの上に置く。
「グラッドヴェインの眷属さん達が干し肉につけて食べていました。群島でも、この地域でも、見た事のないソースでしたし、最初の販売店がお兄さんと繋がりの深いザヴァ商会だったので、あたしはすぐ気づきましたね。これは、お兄さんが作った物だと」
「確かに美味いな。しかし高い、高すぎる」
アーヴィンの至極ごもっともな意見。
「いや、聞いてくれアーヴィン。最初は金貨一枚で富裕層向けに販売したんだ。生野菜や、煮野菜にかけると美味しいですよーって宣伝で」
肉がかなり豊富に取れる街だ。富裕層は手軽に買える肉に飽いて、高価な海産物や変わり種の野菜を口にする。
はっきりいって、この大陸の料理。食材は良いのに味付けがダメ過ぎる。これも文明が滅んだ弊害なのだろう。生活様式のレベルは高いのに、食に関しては極端にレベルが下がる。
調味料なんかが一番の例。
多くを、中央大陸やその間に位置する群島から輸入している。だがコレ、この街にある食材とすこぶる合わない。
熟成二日目の最高のヒレ肉を、カラッカラ、パサッパサに焼いて、旨みも油も何もかも落とした後に、発酵した魚のような風味の酢をかけ、塩を大量に塗し、止めに辛味をこれでもかと封入した油をかける。自称、高級店でこれを出され。正直、コックを殺す所だった。
僕も大人になったものだ。
「んで、売り出して二日目。予想以上に売れた。三日目で朝に行列ができた。在庫が全て掃けた。四日目に、他所の商店でマヨネーズが金貨2枚で売り出された」
転売である。
「僕らが二度目のダンジョン踏破に失敗して戻って来ると、金貨5枚になっていた。だから儲けでいうと。………………ハチかけの、金貨96枚くらいか。ただ、開発費に全部使用してなくなったけどね」
初期費用や瓶代を入れたら赤字である。
「なら、すぐにでもマニョネーズとやらを作れば儲かるだろ?」
「作るけど、もう富裕層向けには作らない。必要な材料は簡単な物だから、それを商会に大量に集めてもらった」
マヨネーズの材料など簡単な物で、卵黄と酢、油に塩だ。
卵黄はダンジョンからチョチョという供給源がある。山一つ越えれば海がある。ただ、酢だけは酸味が弱く口当たりが良い物を選びたかったので、白ワインビネガーを選んだ。
酒類を手広く扱うエルオメア商会が、これを五日で大量に用意してくれた。今頃、マキナの指導の元、ザヴァ商会の倉庫ではマヨネーズが大量作製されている。
現代ならいざ知らず、異世界においては神に等しい技術と知識を持つ人工知能に何をやらせているのだろう。本人は物作りが楽しいのか、ノリノリだったけど。
「明日か明後日には、もう販売できると思う。一瓶、銅貨五枚だ。瓶持って来れば三枚で売る予定」
「安すぎだろ」
アーヴィンのツッコミ。そう、安すぎると商会の若旦那ズと親にもいわれた。ただ、これだけは譲らなかった。食は万人の為にあるのだ。
まあ、材料が簡単な分。レシピがバレた時に高く設定していると、後追いにあっさり負けるから、という打算もある。
「お兄ちゃん! お腹空いた!」
妹がお怒りだった。焼きあがったチャパティを五枚別皿に移して、半分ほど減った卵を取る。姉妹の元に移動。
「すまん」
「長いのよ! お兄ちゃん食べ物の話になると長いのよ!」
「悪かった」
飯をエアの前に置く。
「ラナ?」
ラナはボーっとしていた。目の前で手を振る。反応がない。
「エア、ラナはどうしたんだ?」
血の気が引く。
「んー魔力を使い過ぎでしょ。お姉ちゃん、お兄ちゃんの前だからって張り切り過ぎ。安心して、しばらくしたら戻るよ」
心配だ。これ、後々体に響かないか?
それと、今おっぱい触っても大丈夫か?
「ふっふっふっ、愚かなヒーム共め。たかがマヨネーズ如きで驚くとは」
エアは悪そうな顔をして自分の鞄から瓶を取り出す。
「このタルタルソースの前ではマヨネーズなど霞むのだ~」
「お前。勝手に食材持ち込むなよな。それ、あんまり保存効かない物なんだぞ」
「ええ、あによー。マキナは二日くらいなら大丈夫っていってたもん」
「次からは僕に一言いえよな」
「はーい」
エアはチャパティの上に卵を置いて、更にその上にタルタルソースをかける。一口食べて、満足そうに体を震わせる。
「ん~美味しっ。でも、ちょっと辛くしよ」
更に一瓶鞄から出す。真っ赤な瓶だ。
「お前、シラチャーソースまで持ってきたのか」
「マキナが保存効くから大丈夫っていったよ」
「まあ、いいけど。それ後、二瓶しかないぞ。あんまドバドバと使うなよ」
「えええー! ………………作って」
「ええー、でき、なくはないと思うが」
無茶ぶりだが、マキナに聞いておこう。
「じー」
っと、いつの間にかベルが傍にいた。猫のような好奇心でエアの食べている物を見る。
「まずっ」
と、エアは隠そうとするが時すでに遅し。
「シュナちゃん! こっちで何か美味しそうな物食べてる!」
「マジか」
少し回復したシュナも近寄って来る。
「ずるい! エルフずるい! この卑しいヒームにお恵みをぉぉぉ!」
「エアァァ、おれ力尽きそうだから食べ物くれぇぇ」
「わかった! ちょっとだけ! ちょっとだけあげるから! ぶら下がんないで! 落ちる!」
エアは二人に揉みくちゃにされる。
仲の良い三人を見て、僕は微笑ましい気分になった。だからか、アーヴィンの冷たい表情に胸がチクリと傷む。
その後、僕らパーティは十階層のポータルを登録。無事帰還を果たした。
経過日数41日目にして、十階層に到達。
目標の到達階層は、五十六階層。まだまだ、先は遠く長い。
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