<第三章:ぬばたまの闇より矢を放つ>2
農耕地に向かう馬車に相乗りして、キャンプ地に到着した。
農奴のおじさんに、帰りに野菜を運んでくれるよう交渉すると快く承諾してもらえた。グラヴィウス様の羽をちらりと見せるのがポイント。エルオメアの若旦那から聞いた商談のコツである。
「ちょっと待っていてくれ。テントを張るから」
食料品や物資のテント、ましてや散らかった僕のテントに入れるわけにいかないので、新たに組み立てる。流石に六回も同じ作業をしているので手慣れたものだ。
居住用のテントキットに不足がないか確認。インナーテントを広げる。二本のメインポールをスリーブに通す。端のエンドピンにポールを挿し込む。
『ソーヤさん、お手伝いしますよ』
「頼む。僕は左のポールを持つから、お前は右な」
二人でインナーテントを持ち上げ、ポールが伸びきった所で空いた端ピンにポールを入れた。広がったテントを軽く揺すって問題ないか確かめる。出入り口のバイザー用ポールを、テントのピンに挿し固定。補強用の部品を挿して行く。風向きに対して、入り口が背になるようテントを移動。他のテントと比べ乱雑にならない位置に、ペグを打ち込み固定した。防寒用のフライシートを被せ、ポールに結び付け、これもまたペグで固定する。シートのロープで張りを調整し、これもペグで打ち込み固定。
マキナの手伝いもあって十分もかからず設営できた。
マキナの手伝い………………も?
「おい、マキナさん」
『はい?』
隣にいるマキナに何気ない疑問を問う。
「お前、自走してるよな?」
『( ゜Д゜)』
とモニターに表示して、斜めからぐるんぐるん横回転して定位置に戻った。
『なんでもなーいですよ♪』
おまっ、お前もか。
『偶然バランスを崩した先でテントの設営を協力しただけです。それより、お客様を放置しても良いのでしょうか? マキナ、心配です』
「後で問い詰めるからな」
『~♪』
目が点になっているラナ。その隣に寝かせたエアを抱き上げてテントに入れる。
「ここで休んでくれ。毛布を持ってくる。何か温かい物を作るから少し待ってくれ」
「弓の稽古を所望では?」
「まず、あなたと妹君の体調が大事だ。教師が病気では生徒は気が気でない。あ、靴は脱いでね」
ラナがテントに入り腰を着ける。見事なおみ足だ。
一旦離れて、他の隊員の私物を漁る。女物の衣料品を見つけた。考えないようにしていたが、彼らはどうなったのだろうか。ポータルの詳細な情報はマキナにも入っていなかった。
衣料とタオル、水を入れた桶、枕に毛布を持ってテントに戻る。
「これ着替えに使ってくれ。っと、すまない」
「気になさらず」
杖を立て掛け、装飾を降ろしている途中だった。はだけた肩に目を奪われる。すぐ逸らす。不敬だ。
「変わった従士ですね。あんなもの初めて見ました」
「従士ではない。相棒です」
「お友達という事で? あの鉄の塊が?」
「ですね」
テントを出ると、その鉄の塊が話しかけてきた。
『ソーヤさん、ポンチョを貸してください。それと抗生物質です、念の為に』
アームから錠剤を受け取って飲む。脱いだポンチョをマキナ下部のスキャナーに放り込んだ。
ラナに聞かれないよう自分のテントに入った。
「マキナ、質問だ。医療プログラムの修復状況は?」
眼鏡の通信で語りかける。
『15%です』
「完全に修復できるまでに何時間必要だ?」
『希望的な推定時間で、凡そ三ヶ月です。その間、臓器に損傷を負うような傷は避けてください』
「今の状況で、開腹手術は可能か?」
『難しいですね。医療品は恐らく十分ですが、マキナやイゾラの性能ではとても成功率が低いでしょう。最終手段として、医療プログラムから知識を抽出する事ができますが。元が使えなくなる上に、マキナに完璧な医療行為が行えるか、不確定です』
「うーん」
難題だな。
「この件は保留だ」
『了解です』
食事の準備をする。
軽く胃に入れられる物が良いだろう。朝の魚の残りがあったので、ぶつ切りにして鍋に入れる。後、擦った生姜、小振りの芋と玉ねぎを一口大に刻んで入れる。水に、みりんと少しの醤油、粒の和風出汁を入れて火をかけた。
沸騰して灰汁が浮かんだら取る。無心で取る。地味な作業だが良い気晴らしだ。
「イゾラ、ちょっと来てくれ」
ゴロゴロと音。
『はい、何でしょうか?』
転がってきたイゾラ・ポットを踏む。
「お前ら、今日の夜に、自走している条約違反について徹底的に問い詰めるからな」
足を離す。
『わー転んでしまったー』
ゴロゴロと物資のテントに戻った。
不安。こいつらのこれが、今一番不安。
人工知能の反乱てSF映画の鉄板だよな。僕を亡き者にして現地人の神にでもなるんじゃないのか? あり得る。あり得るが、それでもマキナに頼らなきゃならない事が多すぎる。そも、帰還のポータルは大丈夫なのか?
鍋が十分煮えたので火を消す。
味噌を溶く。味見、個人的には美味しい。人に出すには、まあまあの味。
アラ汁完成である。
もう、異界要素ゼロである。
「魚臭い」
エアがテントから出てくる。
彼女は、下がホットパンツのような短い着衣なので、大き目のTシャツを着ると、裸にそれ一枚のように見えた。後ろにラナが続く。
「簡単な物だけど。スープを」
お椀に入れてスプーンと共に渡す。
「それは、あんたが食べて。器と食べ物は自分で選ぶ」
「エア、失礼です」
「いや、問題ない」
無条件で信用するのは馬鹿がやる事だ。僕も痛い目にあってる。ずずっと小さめに音を立てて啜る。
「これで良いか?」
「アタシは、そんな魚臭いスープいらないけどね」
さようか。
「私にいただけますか?」
「どうぞ」
新しいお椀を出そうとして、手に持っていた物をやんわりラナに取られた。
「あら、美味しい」
お世辞でも、ラナの笑顔と言葉は嬉しい。粗末なパイプ椅子に座らせて、申し訳ない気持ちになった。エアは不満顔でいってくる。
「他に何かないの?」
「それじゃ、ここから適当に選んでくれ」
食料品のテントに入る。それなりに集めた、こっちの肉と野菜に穀物がずらり。彼女が子供のように目を輝かせたのは見逃さない。
「肉なら、豚の良い所あるが」
「肉は、今はちょっと」
まだ顔色はすぐれていない。
「これ、中見せてよ」
コンテナを開けて見せる。
中は、調味料とか米に乾き物。非常時用のインスタント食品だ。
「これ、何?」
カップ麺の容器を不思議そうに手に取る。
「ラーメンだけど」
「らーめん?」
「お湯を入れると、スープと糸状の小麦が食える。あんまり美味しいものでは無いぞ」
爺さんが死んだ後、何年かはインスタントばかりだった。そして飽きた。非常時以外、生涯食べなくていい。
「これ食べたい」
「あいよ」
テントを出てキッチンの火を点け直す。薪か、枯れ草。拾ってこないとそろそろ足りない。
別の鍋に飲料用の水を張って放置。
エアがカップ麺の開け方がわからず苦戦していた。
「透明な皮がついてる。味しない」
「そこ、食えないからな」
密封用のフィルムに舌を這わせていた。容器まで齧られそうなので、一旦奪う。不満顔をされた。フィルムを外し蓋を開け、中の粉末と乾燥した具をバラす。
エアが不思議そうに覗き込んでくる。
警戒していた割には近い。
何とも言えない待機時間の後、お湯が沸騰したので入れようとして、
「やりたい」
とエアがいうので任せる。
「その内側の線の位置までお湯を入れて」
「わかった」
ちょっとハラハラさせる手つきでエアはお湯を入れた。僕は、その上にフォーク付きスプーンを置く。
「マキナ、タイマーセット三分」
『三分にセットしました。カウントダウンを開始します』
ぎょっとした目でエアはマキナを見る。が、興味は手にした未知の食べ物へ向けられる。
「あの丸い奴が時刻を知らせたら、開けて食べてくれ」
「わかった」
ウキウキで姉の隣に座る。
何というか、子供だ。体つきは大人なのだが。
「ソーヤ、もう帰ったのか」
テントからミスラニカ様が出て来る。尻尾を立てて優雅に歩いている。
「客か?」
「はい、弓の稽古を頼みました」
「ちょっと川を眺めておけ」
「はい?」
疑問符を浮かべるが従う。姉妹とミスラニカ様に背を向け小川を見た。澄んだ水を魚が泳いでいる。それは魚人の資産なので勝手に取ってはいけないらしい。
「妾は暗火のミスラニカ。この異邦の冒険者と契約を結ぶ者。歓迎するぞ、麗しきエルフよ。我が信徒は、何か失礼をしていないか?」
「いえ、大変良くしていただいております。私はラウアリュナ・ラウア・ヒューレス。エズスの眷属。メルムの子。そして霧の英雄ヒューレスの血統。こちらは妹のエア。妹は、まだ子供です。無作法をお許しください」
ラナの声。
ミスラニカ様の声は高い位置から響いている。
「よい。妾は気品高い神ではない。それに無作法なら我が信徒も負けてはいないぞ」
「決して、そんな事はありません。私達に礼を以って接してくれたのは、レムリア王とミスラニカ様の信徒だけです。良い方です、とても」
「そうか………ここは我が信徒が魚人から借りた土地。街の煩わしさを忘れて楽にするがよい」
「ありがとうございます。ミスラニカ様」
「ソーヤ、よいぞ。妾の飯を用意せよ」
「はい」
お預けが終わったので振り向こうとするが、両手で頭を掴まれ阻止される。
「ゆっくりな」
「くっ、はい」
視界の端に一瞬映ったが、全貌を見逃した。すぐミスラニカ様は猫に戻って足元にまとわりつく。これはあれか、まだ信仰心が足りないからか。恋愛シミュレーションでいうポイント不足ですか? フラグを立たせてないからですか?
『パパパパ~パ~パ~♪ パッララ~♪ 三分経過しました』
「食べていい?!」
「いいよ」
エアがめっちゃ嬉しそうにカップ麺を開ける。ちなみに塩味である。麺をスプーンのフォークで絡めて口に、
「あっつい! 熱い!」
熱がる。最近どっかで見た光景だ。ハフハフしながら麺を不器用に食べる。スープを一口。表情が輝く。
「お姉ちゃん、これ美味しいよ。食べる?」
「いいのよ。私はこっちがあるから」
姉の方は三杯目のアラ汁を食べていた。お世辞じゃなかったか、これは嬉しい。
「ソーヤ、妾もあれが食べたい」
「はい」
神への献上品がカップ麺とは、安上がりな。
食糧庫に入ってコンテナを開け、何味が良いか迷っていると。
「穢れ、という言葉がある」
ミスラニカ様が肩に乗ってくる。いつもより小声で囁いてきた。
「エルフの悪習でな。不義の子や、他種族との混血に付ける名じゃ。貴き氏族の穢れ<ラウアリュナ>と名付けられた娘。あまり関わるなよ。手に余る」
「混血って、ハーフエルフって奴ですか?」
僕も小声で返事。確かに、ラナはトランジスタグラマーで他のエルフと違う。個人的には、こっちの方が好みだが。
「さあな、わからん」
「弓の稽古を頼んだだけです。それが終わるまでの関係ですよ」
「妾はそなたが大事じゃ、愚かなエルフよりも、な。それだけは忘れるでないぞ」
「はい」
ミスラニカ様が、僕の頬に額をこすり着けて来る。彼女の身体を撫で返す。
カップ麺は醤油味を選んだ。
大変、不評であった。
食事が済んで、さっそく弓の稽古である。
授業料は一日銀貨五枚。それと姉妹の衣食住の用意。これは安いのだろうか、高いのだろうか。どちらにせよ、今から他の人間を探す時間はない。
廃材で作った的を地面に挿す。固定を確認。
「兵士式と狩人式、どっち教えて欲しいの?」
エアの質問に質問で返す。
「すまん。違いがわからない」
呆れ顔をされた。
エアは自前の弓を構える。僕が持っている物と同型の弓だ。左手は弓、右手は弦に。
「弓を真っすぐ縦に持って、右側に矢を番えるのが兵士式」
背にした矢筒から矢を番え十メートル先の的を撃つ。記された中心を射抜く。
顔は隣の僕に向いたままであった。
「弓を横、もしくは斜めに持って、左側に矢を番えるのが狩人式」
所作は違うが的を射抜く結果は変わらない。
「違いは説明しなきゃダメ?」
「何となくだが、兵士式だと番うのが速く狙うのが難しく。狩人式だと番うのが遅くて狙うのが楽。という事か?」
「ふぅ~ん、そこが判るなら少しは適性あるのかもね。兵士式だと整列した時に邪魔にならないのと、弦を大きく引けるから軽い矢でも威力が出せる。狩人式は視線と矢を並べれるから正確に射れる。でも、弦は顎までしか引けないから重い矢が必要。それ見せて」
エアに背負った矢筒から矢を渡す。
「キュイの矢ね。軽くもなく重たくもない、バランスの良い矢。その弓もそうだけど、どっちでも問題ないと思う」
「狩人式の方が習得は楽か?」
「楽といえば楽だけど。この弓じゃ、ダンジョンのモンスターを殺せないよ」
「その点は大丈夫だ」
イゾラのデータベースを流し見した時に、コンパウンドボウの設計図があった。マキナの工作プログラムが復旧しだい小型の滑車を作って弓を改造する。それで威力面はクリアできる、はず。
「わかった。両手を広げて的に対し体を横にして」
横にする。
「弓を持った左手を的に向かって突き出す。弓は真横に傾けて」
「了解」
いわれた通りに。
「矢は、人差し指と中指、親指で掴む。羽はなるべく傷つけない。保持できれば何でもいいけどね」
三本指で矢を掴む。
「弓の上に矢を置く。矢柄は、人差し指に付くか付かないかの近い位置に」
矢を弓に降ろす。
「矢筈を弦に引っ掛けて」
掛けた。
「右手が頬に触れるくらいまで、引いて」
引く。
「まだ離しちゃダメだよ」
引くのはそうでもなかったが、保持するのが辛い。指と腕のあまり使っていない筋が悲鳴を上げている。後ろに回ったエアが背中に密着してくる。弓の角度と右腕の位置を調整してくれた。
「この体勢を絶対に忘れないで。放つ瞬間は石になって。よし、放す」
放つ。
細い風音。
思ったよりも速度は出なかったが、的に命中した。真ん中である。
「お、当たった」
つまり、撃つ時に動かないという部分は銃と同じだ。違うのは、想像していたよりも筋力を使う事だ。
「ふーん、よかったね。アタシの弓の師匠がいっていたけど、最初に外した奴は最後も外すそうよ。ま、最後はこれで当たるんじゃないの?」
「いきなり最後の話をされてもな」
「よし、初日だし十本でいいかな。連続で的に当ててよね。三十秒以内に。できたらアタシを呼んで、寝てるから。んじゃ」
手を振りながらエアが去って行く。
やや納得行かないが練習開始であった。
まず当てる事を意識する。時間は無視だ。
慎重に番え、ゆっくり狙い、静かに撃つ、当たる。僕って才能あるんじゃ? という優越感に浸る。いわれた通り、エアが調整してくれた態勢を崩さないように意識する。左手で狙い、右手で撃つのは銃と同じ。感覚的な差異はあるが、修正は容易い。やはり問題は単純な筋力だ。
七本目の矢を外す、右の指が軽く攣った。
小休止を入れ呼吸を一定に保つ。
もう一度最初から繰り返す。
無心で弓を撃つ機械のように。
『お邪魔してよろしいですか?』
「どうぞ」
イゾラが近くに来た。
気にせず弓を撃つ。
『弓を使用するのなら、何故一言イゾラにいってくれなかったのですか?』
「お前、弓の使い方なんてわかるのか?」
確かに弓の設計はあったが、使用方法のマニュアル部分は文字化けして読めなかった。
『イゾラには、人類史の戦闘全般が記録されています。ご希望とあらば、石と棒での戦い方も教えられますが』
「情報に破損は無いか?」
『先程、デコードが完了しました』
そういう事か。
『イゾラもマキナも、十全な状態とはいえませんが、それでもあなたの役に立とうと尽力しています。信用してください。今後必ず、戦闘に関する事はイゾラにまず、質問してから進めてください。良いでしょうか?』
「了解だ」
撃つ。外す。
『加えて進言します。ミスラニカ様もいいましたが、即刻、エルフとの関係を切るべきです』
「何故だ?」
撃つ。当たる。
『情報収集の結果です。かの種族は、レムリア王国と戦争を起こしています。原因は、土地の売買。エルフとヒームの基準とする距離単位の相違が切っ掛けです。小競り合いで重傷者が出たのを、レムリア王の長子が仲介に行き、殺害されたそうです。見た目と違い野蛮な種族です。それに、あのエヴェッタという担当は一つ重要な事を伝えていません』
弓を引き、止める。
『この国が戦争になれば冒険者は徴兵されます。この意味おわかりですか? 彼女達は、エルフというだけでこの国の民から憎まれているのに加え、冒険者という立場になり、間違いなく同種族からも憎まれている。こんな憎悪の板挟みにあっている人間に何の得がありますか?』
撃つ。当たる。
「ミスラニカ様にもいったが、弓の教えを乞うているだけだ。アーヴィン達と合流するまでの間な。深くは関わらない。お前の諌言は大事にするよ」
撃つ。当たる。
『了解しました。………プログラム修復の進捗状況を報告します。工作20% 医療15% 調理27% この中で優先して修復する対象を選択してください』
「調理」
『………………医療と工作を優先すべきです』
「そうか、調理だ」
撃つ。当たる。
『あなたの調理スキルでも、栄養素が揃った食事は用意可能と思いますが?』
「いや、結構限界だ」
もうレシピが少ない。魚の捌き方も上達していないし、無駄を出している。もったいない。今朝なんてマヨネーズを作ろうとしてベシャベシャに失敗した。こういう時、料理人だった爺さんにしっかり習っておけばよかった思う。
『栄養剤もありますし、カロリーを摂取するだけならこちらの食品でも十分です。あなた方は、食事にリソースを使い過ぎです』
「大事だろ。食事」
撃つ。外した。
『そんな事をいっているから日本人は』
イゾラの音声にノイズが走る。
『マキナです。統制権限でイゾラを一時的に停止させました。申し訳ありません。彼女、軽いヒステリーです。ケアはお任せください』
「了解だ」
イゾラがいわんとしている事はわかる。でも食事は大事だ。水と油と塩分を取れば人間の身体は動くが、精神は働かない。美味しい食事があれば、きっとダンジョンの探索も捗る。
『ポンチョの解析が終了しましたので、お知らせします。病原菌の痕跡は発見できませんでした。胃液と未消化の豚肉、根菜、豆。感染症の心配はありません』
「よかった」
撃つ。外す。
『エア様の病状について報告しましょうか?』
「ここに運ぶ途中、傷跡を見た。下腹に銃創があった。貫通した痕がなかったので、恐らく弾丸は体に入ったままだ」
『はい、間違いありません。彼女の症状は重度の鉛中毒と思われます。即摘出しないと命に関わるかと』
「そうだな」
撃つ。外した。
的の矢と外した矢を回収する。
マキナがまだ何かいいたそうに周囲を転がっている。
『ソーヤさん。例えばエア様を治療して、その後、ラナ様と一緒にパーティに加入していただくのはいかがでしょうか?』
「お前、イゾラと真逆の事をいうのだな。治療プログラムが完全なら、その意見に賛成していた、かもな。異邦の治療行為で彼女を殺してみろ。ただの殺人だ。無用に人に恨まれるのはゴメンだ」
それが既に恨まれた人間でもな。
『賢明な意見です。イゾラと同じですね』
それは皮肉か? と聞こうとしたが、ミニ・ポットは去っていった後だった。この不和が後々響かなければ良いが。
矢を番えしっかり狙い撃つ。外す。
そりゃ、神の如き奇跡で人を救えれば気分は良いだろう。相手が美しければ尚更だ。
しかし、ここにいるのは明日も知れぬ間抜けと、ポンコツ人工知能。
それで何ができる?
僕はここに人助けに来たのではない。限られたリソースは選んで使わなければならない。ま、この辺りをイゾラと話すと矛盾が浮き彫りになるだろう。
人助け、ね。
そういうのは余裕のある人間がやる事だ。
決して、僕の仕事ではない。
撃つ。
当たった。
遅めの軽い昼飯を作り、弓の練習をして、できうる限り豪勢な夕飯を作り、弓の練習をする。
この世界の夜は早い。僕の悩みなど知らず、夜が滲む。
発光塗料を矢尻に付け、的の近くにカンテラを置く。幽玄な明かりだ。夜風に鳴く草原が巨大な蛇に思える。
ぬばたまの黒に体を浸し弓を引く。
仕える神のせいか、ひどく落ち着く。夜気も心地よい。
腕の痛みも闇に溶ける。くだらない頭の中身もだ。
矢が当たる。
細く細く呼吸する。
弓と一緒に矢を三本握る。別の一本を矢筒から抜き、静かに矢を番い撃って行く。当たる、当たる、当てる。外す。
呼吸を止める。
次は四本を弓と握る。番え、撃つ。撃つ。撃つ。撃つ。最後の矢をゆっくり引き、狙い撃つ。
うむ。
全部外した。
矢を回収する。傷みがないか簡単にチェックして矢筒に入れる。
一からまた繰り返す。
何度も何時間も。暗闇の中、ただ一人で黙々と弓を撃った。普段使っていない場所が悲鳴を上げていた。痛みは耐えられる。死ぬまでは耐えられる。耐えられなくなったら壊れるだけ。それが、何だというのだろう。
僕は、何なのだろう。
こんな異世界までやってきて、一人孤独に原始的な飛び道具の練習をして。思い切りだけはよく武装を吹っ飛ばして、廃棄して、いや止めておこう。無意味だ。
思考がウジウジすると矢は外れる。
また無心になって矢を番う。狙う。撃つ。当たり外れは、さておき。少し手慣れたからか、矢の風を切る音は鋭くなっていった。成長しているのだろうか? 雑に力んだ結果なのか? 先生に聞こうにも、ご就寝中である。
気楽で良いか、とまた弓を撃つ。撃つ。撃つ。撃つ。撃つ。撃つ。撃つ。回収。撃つ、撃つ、撃つ、撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ、回収。撃つ撃つ、撃つ―――――――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます