<第二章:白紙の冒険者>2


 真昼間というのに、両隣の席では酒で出来上がったパーティが乱痴気騒ぎを起こしている。

 場所は、モヒカンがマスターを営む酒場である。

 ここは冒険者組合の直営店だそうな。

 片方の獣人のパーティは僕らと同じ新米で構成されていた。生死を共にした仲間を称える歌が聞こえる。ここにいないパーティだが、早くも死者が出たそうだ。

 僕らも危なかった。未だに顔色が悪い騎士様なぞ、特にだ。

「豚の代金だけど、金貨34枚になった。一人7枚で、僕は肉貰った分引くので6枚で」

 僕はテーブルに金貨を並べて行く。皆の前に置く。

「すまん、自分は受け取れない」

 騎士様は金貨を僕の前に戻す。

「あんな醜態。祖父の名に傷をつけた」

「そうか、でも受け取ってもらう。失敗する事も冒険者の仕事のうちだ。そういうのは、あんたがリーダーの時にやってくれ」

 金貨を騎士様に返す。

 渋々、納得してくれたようだ。

「いらないってんなら、もらっとけばいいじゃねーか」

「じゃ、シュナちゃんの肉はあたしがもらう」

「おれはいってねーよ!」

 少年少女は昼飯をがっついていた。

 元気があって大変よろしい。

「そうよ、そうよ。わたしなんてチョチョの解説しただけで後は走って転んだだけよ。何なのよアレ、本に載っていたのの三倍はあったわよ。あの馬鹿講師が! 高い金払ったのにこんな事も教えないなんて! ちょっとお酒追加!」

 空になった酒瓶がお姉さんの前に並ぶ。ウェイトレスの獣人が新しい酒を持ってきた。彼女に耳打ちして『次から薄めてくれ』と囁き、制服のポケットに銅貨を5枚入れた。何か、頬にキスされた。猫耳と尻尾の素敵なお嬢さんだ。誰かにスネを蹴られた。

「ん? ん?」

 誰だ? 少年か? それよりさておき。

「えーと、各々方。この後どうする?」

「おれとベルは、宿舎に帰ってグラッドヴェイン様に今日の事を報告する」

 と少年。

「あたしはまだまだ飲む」

 とお姉さん。

「しばらく黄昏たい」

 と騎士様。

「ああいや、違う違う。すまん。僕の言い方が悪かった」

 と僕は訂正する。

「この五人で、これからパーティ組むかだ」

 周囲の喧噪を他所に、急に僕らの席は沈黙に包まれる。

 ん、僕まずい事いったか?

「あんた何いっているんだ?」

 少年に驚き顔を浮かべられる。

「あの親父さんが決めたパーティだぞ。おれらが嫌っていっても固定だろ。誰かが死んだりしたら別だけどよ」

「そうなのか」

 こういう事は伝えてくれエヴェッタさん。

「親父さんって、その有名なのか?」

 聞いてみた。

 更に驚かれる。少年がスプーンを落として、お姉さんは中身の入っている酒瓶を落とした。少女が咥えていた肉を落とす。

 そんなにか。

 騎士様が説明してくれた。

「冒険者の王といえばレムリア王の名が出てくる。そして、冒険者の父と呼ばれるのが親父さん、メディム殿の事だ。自分が知っているだけでも、高名な冒険者の英雄譚に三度登場している。所謂、生きる伝説だな。数少ない、個人でのダンジョン探索を許可されている人でもある」

 凄いな。

 ん? 個人でのダンジョン探索って許可いるの?

「貴君どこの出身なのだ? そういえば服装も見慣れぬ物だ。装備も変わっている。あの機転といい判断力といい只者ではあるまい」

 いえ、悪運が強いだけの只者です。

 僕がどこから説明しようかと思考していると、騎士様がスクロールを取り出す。

「いや、すまない。自分の身の証が先だったな。良い機会だ」

 スクロールを広げる。

『………………』

 全員沈黙した。

「ごめん、読めない」

「おれも」

「あたしも」

 僕と少年少女が文盲を告白する。この世界の識字率ってどんなもんだろうか。

「うーん、三重に見える」

 飲み過ぎのお姉さんは放置。ちょっと困っていると、

「おら、大物のダンジョン豚倒した新米パーティ。親父さんが久々に褒めていたぞ。これ店からの奢りだ」

 モヒカンのマスターが、厚めのベーコンと豆の水煮が山盛られた大皿を置く。

『肉!』 

 少年少女が料理に食いつく。君ら、まだ食うのね。マキナの計算だと二万キロカロリー超えてるんだけど。

「マスターこれ読んでもらえます?」

「いいぞ」

 勢いで頼んだら了承してもらえた。

 近くの席から椅子を持ってきてマスターが座る。

「ヴィンドオブニクルの信奉者、ラスタ・オル・ラズヴァが新たな冒険者の歴史を読み上げよう。スルスオーヴの名において、目にした物をありのままに伝えると誓う。偽りを口にする時、この舌を切り落とし、蛇毒を飲み干そう」

 やや重い宣誓の後、マスターが騎士様のスクロールを手に取る。

「名は、アーヴィン・フォズ・ガシム。中央大陸、聖王国エリュシオン出身。聖リリディアス教の“元”騎士。ふむ、ガシム………お前、処刑人ガシムの孫か? 一日に二百人の首を跳ねたといわれるリリディアス教の執行官」

「いえ、それは尾ひれが付いた話で。二日で百十六人が正しい記録です」

「執行官って、罪人の首はねる人?」

「それも仕事に入るな」

 嫌そうに豆を食べる少年にマスターが答える。続けて少年がいう。

「あんたやっぱりお坊ちゃんじゃねーか。どんな仕事でも中央大陸のお役人だろ。寝てても金入るんじゃねぇの?」

「形ばかりだが貴族の位は貰っていた。母も父も姉も、飢えにはほど遠い生活をしていた」

 それが冒険者である。

 訳ありだろうな。

「ただそれは、大叔父が第七法王の暗殺を計画するまでの話だ。幸いな事に暗殺は未然に防がれた。無論、大叔父やその家族、近い親類はみな処刑された。我が家は祖父の名誉に守られ、自分は騎士級の剥奪。姉は投獄で済んだ。大叔父の名誉の為にいっておくが、彼は立派な人だった。妾のエルフに騙されたのだ」

「立派な人間がエルフの色気に負けっグモ」

 僕は少年の口にベーコンを詰め込んだ。

「人様の家の事情を簡単に口にするな」

 もめるだろ。

「冒険の目的は、姉の免罪だ。聖リリディアス教の免罪符は金では買えない。名誉か栄誉、その為の冒険だ」

 重い空気にマスターが口を開く。

「楽な道ではないぞ。最低でも四十層以上は降りないとな。それか、悪冠付きのモンスターを狩るか。もしくは、途方もない秘宝を見つけるか。道は多いが、何一つ楽ではない。純粋に名誉だけを求める冒険者は今日日少ない。お前のような若者を、本物の冒険者は祝福するだろう。もし笑う者がいるなら、ラズヴァの名の元この拳を叩きこんでやるッ」

 マスターが握り拳を作る。この拳、僕くらいならワンパンで死ぬだろう。人を笑う暇など無いがね。マスターはスクロールを更に広げて目を通して行く。

「緋<あけ>の騎士、ザモングラスに師事。剣術に、馬術、槍術、盾術、弓術、全て印可状持ち。聖リリディアスの初級治療魔法を使える。健康。聖リリディアスの教義により、獣人とのパーティは不可。個人的な恨みでエルフとのパーティは不可。

 ふむ、ではお前らの先輩でもあるラスタ・オル・ラズヴァが、一つ人物評をくれてやろう。アーヴィン・フォズ・ガシムは優秀な前衛になろう。パーティの盾であり剣であり要。希望があるなら、中層の冒険者に紹介しても良い」

「レムリアの王族に、このような人物評を貰えるとは。光栄です」

 アーヴィンが嬉しそうに笑う。

「え、マスター王族なの?」

 僕はそっちの方で驚き声を上げた。

「ああん? いーいんだよ。王族っても優秀な従兄弟殿が勝手に成り上がっただけだ。個人で誇れるようなもんは何もない。世界中をふらふらして終が酒場の亭主だ」

 本気で嫌そうな顔をされたので追及しない。

 嬉しそうな顔をしてから落差で落ち込むアーヴィン。

「しかし、自分は豚に跳ね飛ばされ気をやって」

「お前、落ち込むがよ。ダンジョン豚ってのはかなり強いぞ。本来あれは逃げ方を学ぶ為の敵だ。倒す事を学ぶ敵ではない。ここだけの話だが」

 マスターが小声になる。喧噪に紛れるような声だ。

「レムリア王も、お前のように豚に吹っ飛ばされた事がある。しかもマントに食いつかれ振り回された。あの時、親父さんが何とかしなかったら我らの王は豚の餌だった。これ絶対にいうなよ、店が潰される」

「は、はい」

 アーヴィンはマスターに背中をバシバシ叩かれた。

「次は、どいつだ?」

 少年がベーコンを口にしたままスクロールを差し出す。

「おう。ぶ、豚狩りの少年剣士」

 マスターが爆笑した。僕と女性陣も釣られて笑う。

「やっぱ変な名前付いてるじゃねーか!」

「い、いやすまん。だがダンジョン豚は強敵だからな。ただ、グラッドヴェイン様の試練も豚が出てくるとは変な縁があるのか、ブハハハハハ!!!」

 取り繕えなくなってマスターはまた大笑いを吐き出した。

 少年はマジ切れしそうになっていた。無謀にも片手が剣に伸びている。

 マスターはお姉さんの酒で喉を潤し、スクロールを読み上げる。

「名は、シュナ。アゾリッド群島の出身。主神は樹霊王ウカゾール、そしてグラッドヴェインの眷属。無名の剣技を扱う、か。ふむ、シュナよ。お前の剣技の有り様は人伝で聞いた。低身から繰り出す突き技。記憶にあるどの武門にもない技だ。武門、にはな。師は、獣人だな?」

 シュナがテーブルを叩く。

「………そうだよ。でもおれがイヤで隠してたんじゃねーからな。お師匠が隠した方がおれの為だって、しつこくいうから従ったんだ。おれは、反対したんだぞ! あの人は片腕の身で島民三百人を五十の海賊から守ったんだ。英雄だ。おれの誇りだ。それを、あんたも笑うなら相手になってやる」

 過去、よほど嫌な目にあったのか、シュナは目の端に涙を浮かべていた。

 獣人への差別は、本人だけでなく関係者にまで及んでいるようだ。

「いや、構わん。獣人が武門を名乗れないのは皆知っている事だ。その中に一角の剣士がいても不思議な事はない。確かめたのは、人間で武門を名乗れない者がいるからだ。簡単にいえば暗殺を生業にするような連中だ。昔な、それを隠してパーティを組んだ奴がいた。全員不幸になったよ。ああいうモノは、死ぬまで付きまとう」

 マスターは、重い話を払ってアーヴィンに聞く。

「緋の騎士ザモングラスに師事する者よ。獣人を師に持つ剣士にどんな感想を抱く?」

「正直うらやましいですね。我が師も、血塗れの騎士などと呼ばれていましたが、真に武を目指すなら人間だけを相手にするなといっておられました。聖リリディアス教の名声の為、今は獣人とパーティは組めませんが、自由になった身に教えを請うのも悪くない」

「………………」

 シュナは顔を伏せて照れていた。

 何だ、こいつ可愛いぞ。

「おれが、冒険者を目指したのは」

 シュナは、まだ顔がにやけているのか、顔を半分手で隠していう。何かアレっぽいポーズになっている。

「自分の強さを証明したいからだ。でも自分だけの強さじゃない。お師匠の強さも証明したい」

 マスターが小さく頷く。

「人物評は若く才を持った剣士といった所か。だが調子に乗るなよ。若い者は皆才を持っている。歳を取ってそれを失くさなかった者が名を遺すのだ。まあ、お前ほど豚狩りが上手い剣士はいないと思うが」

「おい!」

 シュナを無視し、マスターはソワソワしながら差し出した、少女のスクロールを受け取る。

「お、お手柔らかにおねがいします!」

「名は、ベルトリーチェ。アゾリッド群島の出身。主神は樹霊王ウカゾール。豊穣の神ギャストルフォの信徒、雨名の女神ジュマの信徒、水明のミドラースの眷属、大亀キャドランの眷属、風穴のルテュガン、落悦のユタ、雷鳴のリュリュシュカ、おい、ちょっと待て。何だこの契約している神の数は?」

 マスターがスクロールを指でなぞる。

「15、20、28、29、30………35。35! これは。許されるのか?」

 物知りマスターが冷や汗を浮かべている。

 シュナがまだベーコンを食べながらベルを指で突く。

「おいベル。35ってまた増えてないか?」

「いや、この街って神様沢山いるでしょ? 暇な時で良いからって頼まれたの。変に拘束したり戒律強制したりする所は断ってるよ。ウカゾール様も『ま、いいんじゃね? 貰える物は貰っておけよ』っていってるし。ご飯くれたりすると断り辛いんだよねー」

 へー。

 そうか、そうなんだー。

 僕の苦労は何だったんだ!

 ここ! ここに! 街全部回って断られた男がいるんだが! 

「もしかしなくても。お前、神媒体質か? 良いのか冒険者やって? それなりの教団で巫女になれば生涯安泰だぞ。食っちゃ寝だぞ。信者から男でも女でも選び放題だぞ?」

「何言っているんですか! わたし、好きな人は打算で選びません! しっかり選定して伸ばす芽は伸ばし切るべき芽は切ります!」

「そ、そうか………女ってのはわからんもんだな。シュナと同じ無名の槍術に、使用できる魔法数は流石に膨大だな」

「はい。数だけは凄いです。自慢です。でも、効果が被っていて今一つです! 手広く契約し過ぎて未だに全体像が把握できていません! ごめんなさい神様! 主にウカゾール様!」

 世の中、神様の行列ができる人材っているんだ。

 ニャーンとした幻聴が聞こえた。

「人物評は、冒険者と見たら器用貧乏だな。だが神媒体質は稀有な才能だ。伸びしろは幾らでもあるだろう。だが、ちょっと安易に契約し過ぎだ。しばらくは控えろ、主神に失礼だ」

「はい」

 ベルはしゅんとした。

(お前ら)

 僕とアーヴィンがマスターに近寄れと指示される。野郎三人でヒソヒソ話。

(いいか、神媒体質ってのは、肉の無い神を体に降ろして信託を出したり奇跡の代行を行う者だ。普通、教団や宗派が囲って滅多に表に出さない人材である。冒険者の世界に四十年いるが今日初めて見た。つまりな、そこらをホイホイ歩いて良い人間ではない! グラッドヴェイン様の宿舎にいる間やシュナが傍にいる時は良い。だがお前ら、それ以外では絶対に目を離すな。攫われて暗黒教団や邪教の巫女にされるぞ。わかったな?)

『はい』

 僕とアーヴィンはヘッドロックをされて無理やり頷かされる。

「?」

 ベルは不思議そうな顔で僕らを見ていた。

 普通の小娘にしか見えない。可愛いとは思うが。

「次、わたしお願いします」

 超絶テンション低いお姉さんがスクロールを差し出した。手が震えているのは酒のせいか?

「名は、ゼノビア。フォスターク出身。すまん、知らぬ土地の名前だ」

「中央大陸の最南端。普通の田舎です」

「それはすまなかった。炎教、大炎術師ロブ派の信徒。蒼天の学院で魔法を習得。すまん、勉強不足でな。魔法の学院といえば、ホーエンス学派かジュミクラ学派になるが、これはどちらになるのだろうか?」

 お姉さんは表情を固めた後、酒をぐびりとやっていう。

「個人の青空魔法教室です」

 それは、わからないよね。

「ふむ、しかしまあ、悪い部分は何もない。基本系統の魔法はバランスよく習得している。十五層までなら問題ないだろう。日々精進してこそ冒険者だ。頑張れよ」

 大分、すっきりとした説明だった。

 ゼノビアさんはかなり不満そうだった。

「………え? 終わりですか? はい、普通です。普通ですよ。普通過ぎて別に何もないですよね。でもね、重たいもの背負っている騎士様と、天才少年剣士に神媒の巫女でしょ! ちょっと異常率高すぎなのよ! わたし何か哀れに見える! 見える?! ハッ」

 僕に視線を向ける。

「あなたはこっち側よね?」

 すがるような顔で見ないでくれ。

 マスターのごつい手が僕の頭に置かれる。

「ゼノビアよ。こいつは異邦の地から来て、街中の神々に契約を断られ、中級の悪徳冒険者三人をボコボコにして一晩中引きずり晒し、原因を作った商会の倉庫を爆破して、脅し、屈服させ、ミネバ姉妹神の羽を獲得した男だ。風の噂では、高名な魚人の神官が背後についているらしい。おまけに、異種族を自分の担当に選んだ変わり者の冒険者だな」

「いやぁぁあぁああああ! わたし薄くなるー!」

「ならない、ならないから」

「って事はお兄さんと買い物いけば割引が?」

「どうだろうか」

 ベルの質問に首をかしげる。一部の商会には出禁くらってそうだが。

「ま、今話したのはあくまで噂だ。尾鰭は付いているだろう」

「じゃ僕のもお願いします」

 スクロールを取り出して渡す。今話された以上の事は書いてないと思うが、こういう形式は大事だと思う。

「では、うむ。ん?」

 スクロールを広げてマスターが不思議な顔をする。

「これは何の冗談だ?」

「は?」

 見せられたスクロールは、この世界の文字がわからない僕でも理解できた。

 白紙だ。

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