<第一章:異邦人、ダンジョンに潜れない>4

【5th day】


『了解。現状況は把握しました。マキナ的に、その提案は賛成でッす』

「そうか」

 翌日、マキナが再起動できたので昨日のあらましを報告。

『ああ~ソーヤさん。イゾラから質問があるそうです、替わりますねー』

「あいよ」

 ちょっと気が重い。マキナみたいに軽いノリだと良いが。

『ソーヤ隊員、まず武装コンテナを自爆廃棄した合理的な理由を述べてください』

「僕一人では管理できないとふんだ」

『金銭で護衛を雇うという手段は?』

「人の信用は金で買えない」

 売れるがな。

『監視ならマキナ・ユニットの機能で可能です』

「監視だけならな。君ら、人間に手を出せるか?」

『不可能です。人工知能二条に基づき、人間に直接的な危害を加える事は禁止されています』

「そうだよな」

 当たり前だが、人工知能は人間を傷つけない。それは異世界の人間でも同じだ。人の為になれ、だが人を傷つけるな。その矛盾した誓約は、彼女らを何度も精神的な死に至らしめている。

『しかし、トラップの設営に協力する事はできます』

「そうだな。だが妨害を行って相手が諦めるという保証はない。最悪、ここで一人アラモになる」

 そういえば、イゾラは米国製の拡張プログラムだった。

「僕の判断は間違っていたか?」

『いいえ、正しいです。あなたの行動は間違っていても正しい』

 意地悪な質問をしてしまった。彼女たちは、提案しても逆らう事はできない。

『今日の交渉にはイゾラが協力します』

「いや、それなんだがマキナにやってもらう」

『そうですか』

 声のトーンが下がる。

 え、もしかしてちょっと拗ねた? 意外な反応に戸惑った。

「これには考えがあってだな。ほら、マキナってバカっぽいだろ。それが相手に油断を誘うんだよ。別にイゾラの機能に不満があるわけではない」

『そうですか。替わります』

「おう」

『はーい♪ 馬鹿っぽいマキナです。誤解を招いているようなのでいわせてください。これが素の人格設定ではありません。人間は強いストレス下にあるほど明るく気楽な事を望みます。それにイゾラが堅苦しい設定で作られているので、それに被り混乱させない為の設定です。お気に召さなかった幾らでも変更できますよ? しますか? しませんか?』 

 地雷踏んだ。

「明るく楽しい君が好きです」

『そーですかー』

 この話題から離れたいので、ミスラニカ様を紹介する。持ち上げてマキナの前に出した。

「マキナ。不干渉命令を解除する、ユーザー登録開始。こちら、僕と契約した神であるミスラニカ様だ。挨拶しなさい」

「何じゃお主ら、その円柱の中に二人も入っているのか? 人柱の亡霊か?」

 肉球がマキナのモニターに触れる。

『こんにちは異界の神様。マキナは日本製の第六世代人工知能。宇宙開拓用として作製されました。今は機能修復中ですが、最大で後三人は管理できます』

「ゴーレム的な、あれかの?」

『法で自走は禁じられていますが、ざっくりいってそんな物です』

「マキナ、可能な範囲で尽くして差し上げろ。命令だ」

『了解です』

 アームを出して敬礼をする。

 これからの事を考えて満腹にはできないので、軽くパンとチーズを腹に入れる。我が神には野菜と肉多めの鶏がらスープを用意した。

 少し時間が流れ、待ち人が来た。

「ソーヤ、お前無事だったか」

「ああ、ゲトさん」

 川から待ち人来たれり。

「すみません。心配かけましたか?」

「そりゃお前、あんな荒れて行方くらませば心配もするぞ」

「ええ、それでこれから商会と話を付けてきます。ですので、ちょっと聞きたい事が」

 立ち上がる。今日はお互い、座って語らう事はない。

「あのコンテナ二つ。幾らで売れました?」

「………」

 キャンプ地を精査した結果、一つの事が分かった。

 あの冒険者達は、キャンプ地を荒したがコンテナは盗めていない。あれは簡単に持ち運べるほど軽い物ではないのだ。なのに、引きずった跡はない。馬車や荷車を使った形跡もない。となると、街に運ぶ為には川を使うしかない。

 マキナに聞いた所、防水性の影響でコンテナは水に浮くそうだ。 

 しかし、ゲトさんがやったという証拠はなかった。もしかしたら冒険者が小舟を使ったという可能性もある。

 だが、一番疑うべきだ。

 この人は僕の行動を把握している。留守にする時間と、貴重品のコンテナも予想できる。

 それともう一つ。

「あなたは良い人だ。身内思いで情が深い。僕の事を気に掛けてくれたのも本当でしょう。だから利用しやすい」

「………」

 何ともいえない表情をされる。

「ゲトさん、悪いようにはしない。だから金額だけ教えてくれ」

「金貨二十枚だ」

 安い。

 と、思うのは僕の傲慢か。

「ありがとうございます。一つ、お願いがあります」

「何だ」

「万が一、僕が死んだらこいつを海底に捨てて欲しい」

 マキナに手を置く。

「それとミスラニカ様に余りでよいから魚をあげてほしい」

 我が神の頭を撫でる。

「代わりといっては何だが、ここにある物は好きに売ってくれ」

「オレを信用するのか?」

「します」

 僕の即答に無言が返ってくる。

 僕は愚直にこの人を信用するわけではない。裏切り方を知っているから信用している。その原因を知っているから信用できる。

 ゲトさんの返事はない。そういう応え方もある。

 去り際にいった。

「悪行の神ミスラニカの名において、あんたの行いを赦すよ」



 街に着き、寄り道をして、店に行く。

 昨日の活気は消え閑古鳥が鳴いていた。客の替わりに強面の店員? がズラり。

「あんたさ、昨日今日でこれかよ」

 隣の警務のおっさんが、面倒そうに帽子をいじっている。道ながらに招集してここまでずっとボヤいていた。

「いやでも、今日は僕が冒険者なので」

「仮だ。正式に認めてはいない。何なのだ、お前は一体」

 と、組合長が後ろにいて驚く。

「捨て置こうと思ったが、それでエヴェッタが来て余計ややこしくしたら面倒だ。致し方なく来てやった。だが事の次第では切り捨てるからな、考えて動け」

「了解です」

 感じ悪い店員に案内され、昨日の部屋に移動。

 また変わらず昨日の男、その傍にふくよかな年配の女性。何となく印象に残っていた、昨日会った店員だった。

「どうも」

 軽く挨拶。僕は誰よりも先にソファに座り込み、両足を机に置いた。

 男の引きつる顔。女性の方は何ともいえない顔で、男の背を突く。

「まず、挨拶がまだでしたね、異邦の方。わた、わたし、は、ザヴァ夜梟商会店主を任されている。おろ、ローンウェル・ざ、ザヴァ」

「代わりな、任せてられないよ」

 冷や汗を浮かべガチガチになっている男を下がらせ、後ろの女性が前に出る。

「不肖の息子に代わり私が務めさせてもらいます。ザヴァ夜梟商会、商会長ホルザルド・ザヴァ。まず、度重なる失礼があった事はここに詫びさせていただきますわ」

 恭しく女性は頭を下げる。

 これは、ちょっと予定が狂う。少し不味いかもしれない。

「お連れのお二方もおかけください」

「では失礼して」

 警務のおっさんと組合長が僕の両隣に座る。女性は座る前に男に命じる。

「お前、下のお友達には帰ってもらいな」

「な! でも母さん! 万が一に」

「商人が中途半端な武力をチラつかせんじゃないよ。組合長に暴れられたら近隣の店までなくなるだろ。その補償は私らが払うんだよ。それに、そちらの方はまだ何もいっていないだろ?」

 と、僕に視線が向けられる。

 もう暴れるほどの弾薬は残されていないが、それを露わにするのは軽率だ。

「今日は、まずあんたらの意見を聞きに来た。それだけだ。今日は、ね」

 含みを残して言葉を作る。

「あーそれじゃこっちの仕事をはじめてよいか?」

 警務のおっさんが面倒そうに書類を取り出す。別に誰も止めない。

「えー、ザヴァ夜梟商会さん。あんたらには窃盗の容疑がかけられている。何か心当たりでもおありか?」

「いえ、ございません」

 女性は柔和な笑顔でそう答える。

「昨日、倉庫で爆発があったのは知っているか?」

「私共の倉庫でしたので」

「その爆発はこちらの兄さんが原因だ。何でも、盗まれた物を爆破して処分する仕掛けがしてあったと」

「なるほど、しかしアレは別の商会から預かった物。そうですか、盗品でしたか」

 白々しいのか、本当に騙されていたのか。

「その商会の名前は?」

「いえません。信用問題になるので」

 こう来るよな。

(おい、兄ちゃん)

 警務のおっさんが耳打ちしてくる。

(商会の横の繋がりなんざ、わからねぇぞ。一日や二日で調べられるモノでもない。今日中に済ませるっていったよな?)

 まあまあ、大丈夫。と、答える。

「私たち商会からも、一つあるのですが」

 来た。

「あの倉庫の爆発で甚大な被害を被りました。あそこには、冒険者様から預かっていた値を付ける前の素材が、たんまりとありましたので」

 ダンジョンで手に入れた高額の素材には、買い手が付かない事もある。しかし、値を付けると税金が取られるので、商会、もしくは組合に一時的に預ける事がよくあるそうだ。

「当商会だけの問題ではありません。隣接している倉庫にも被害は出ています。取りあえず、の処置で当商会が補償しましたが、それはもう結構な損害です。ふむ、異邦の方。爆破させる仕掛け、といいましたね」

「ああ」

 僕は小さく返事をする。

「爆破した時、倉庫の中には当商会の人間は誰もいなかったのです。その仕掛けとやらを私共が作動させたとは考えにくい。つまり、あなたが、あなたの意思で破壊を行ったとなりますね。更に、こうも考えられる。当商会の倉庫を破壊する為に、アレを送り付けた、と」

「いやいや、それはないでしょ」

 警務のおっさんの簡単な弁護。

「どうですか。聞けば、その方。悪神ミスラニカの信徒だとか?」

「僕が契約をしたのは盗まれた後だ」

「本当かしらぁ」

 分かっていても腹が立つ。

 でも耐える。今はまだ。

「本題に入ろう」

 くだらない会話も面倒なので少し急かす。

「ええ、そうですね。ザヴァ夜梟商会は、あなたに破壊された物品、並びに他商会への迷惑料、用心棒の治療費。合わせて金貨9705枚を請求します」

「な!」

 黙っていた組合長が声を上げる。

「もちろん、個人で負担できない額は冒険者組合に補償していただきます」

「失礼、ちょっと席を外す」

 組合長に襟首を掴まれ、外に引きずり出される。

「貴様、組合の活動資金一年分近くを請求されたぞ」

「組合長、ご足労いただいて申し訳ないのだが。そもそも物を盗まれたのも、爆破したのも、僕が登録をする前の事だ。だから、万が一はソレで幾らでも言い逃れしてくれ」

 切り捨てる、とかいっておいて何を焦っているんだか。

「本当か?」

「本当です。エヴェッタさんがいればすぐ確かめられたんですが」

「………わかった」

 組合長はすぐ冷たい表情を浮かべ部屋に戻る。後に続く。

「請求の件はよくわかった。だが僕から一つある。爆破した物資は盗まれた物だ。だが、あんたらは商会の信用とやらで犯人を現さない。ならその信用ついでに、僕の失った物資の損失額もあんたらが背負え」

 こいつらが、爆破した残骸を回収して調べているのは知っている。価値も分かっているつもりだろう。

 女性のわずかな逡巡。

 微笑み。

「よ、ございます」

 まず餌先を小突いたな。

「こちらも条件を一つ。我が神に調停を願い出ます。公正な取引を行う為に」

「ああ、どうぞ」

 警務のおっさんに脇を突かれ、耳打ちされた。

(ミネバの姉妹神は、取り立てがエゲツないって噂だぞ。お前金あるのか?)

 大丈夫だから黙っておけ、と返事。

 女性は鳥類の羽を一枚取り出し、掲げる。

「我が神、夜の賢者、知の猛禽、グラヴィウス。その英知を眷属たる我に分けたもうたれ、その慧眼で揺らめく人の世の公正を定めたまえ」

 眩い光。

 女性の肩に、一羽のフクロウが降り立つ。

「我が眷属、ホルザルドよ。我が慧眼を何に使わんとする?」

「異邦者との公正な取引の為、調停を願います」

「良いだろう。我が眷属と競いし者よ、神の名を共に声にせよ」

 小振りなフクロウの視線に少し気圧される。動物のそれではない、人よりも何かを秘めた知性を感じる。役に立たないだろうが、うちの神様がいなくて心細い。

「ミスラニカの信徒、ニホンのソーヤです」

「ミスラニカとな、ソーヤよ。そなたの神は立ち会わぬのか?」

「我が神はご就寝中です。代わりにこいつを交渉の席に座らせたい」

 眼鏡を外してホログラフィックスモードに切り替える。置かれた眼鏡から映像が浮かび上がった。

『おはようございます、異界の皆様方。マキナはソーヤさんの補助を目的とした、こちらの言い方では人工的な精霊のような物です。本日は双方にとってより良い結果となるよう務めさせていただく所存でございます』

 映された14㎝のマキナがペコリと頭を下げる。その姿は、十四歳くらいのツインテールの美少女でフリフリの腹と胸元の開いた上着にミニスカだった。ハートのステッキを持っていなくてよかった。

「何、お前の国の女って皆こういう恰好なの?」

「大体合ってるけど間違ってる」

 警務のおっさんに適当な返しをする。あんた、中央大陸に戻ってこれ広めるなよ。

 マキナを見て、女性が本能的に笑みを浮かべた。やっぱり当たりだ。こいつらまだ僕が金になると思っている。それは間違ってないが、大間違いだ。

「ではまず私から、グラヴィウス様。こちらが請求額と損失した商品の目録です」

 女性が書類を並べると、それは不思議な力で中空に浮かび、フクロウの前に広がる。

「金貨9705枚か、なるほどやや公正ではあるが」

『正確ではありませんね。金貨9802枚と銀貨3枚、銅貨6枚が最新の相場です』

 とマキナ。

『目録にある千年樹の化石片200gと大王亀の肝が朝一で売れています。化石片は二つの商会合わせても在庫は300gも残っていません。値が上がりますので1.8倍の価格に設定しました。そしてこれを、第三級魔充霊薬に調合する為には疑似霊禍の純粋水が大量に必要になります。こちらも目録にありましたので、一樽955リットル辺りに付き1.2倍の価格設定にします。その他は』

「マキナもういい」

 スラスラと答える彼女を一旦止める。女性は驚きを噛み殺していた。警務のおっさんが感心したように声を上げる。

「あんたら、この街に来て大して日は経っていないだろ」

『はい、ですが。この街の相場変動は全て把握しています』

「ソーヤとやら、貴様目を放っているな。ふむ、虫を使役しているか? いやこれは金属か?」

 と、フクロウがクルクルと首を回す。

 この部屋の四隅にもバグドローンを配置していたのだが、バレたか。

「だが不正ではない。財を使い人を使う、技術を使い目を得る、何も変わりある事ではない」

 思ったより理解のある神様だった。

「では、ホルザルドよ。請求額は金貨9802枚、銀貨3枚、銅貨6枚、それで良いな?」

「はい」

 頷く女性。では僕のターンだ。

 プリントアウトして置いた書類を並べる。言語の問題は指さしで説明して行く。

「ではこちらが目録になる。だがこれは破損したコンテナの物だけだ、今現在行方不明の物については請求の対象外にする。マキナ頼む」

『まず銃のアタッチメントに関しては、倍率スコープが三点ありましたので、一つ金貨10枚として金貨30枚を請求します。他は類似する商品がこちらの世界に存在しない為、請求は致しません』

 マジックでアタッチメント類を線引きして消す。

『AK47アサルトライフル が20丁。M1911ハンドガンが8丁。AK47に付いてはザヴァ商会のご子息が一丁金貨100枚の値を付けられましたのでそれに準じます。M1911に付いては、同様の価値でよろしいでしょうか?』

「息子から聞いてるよ。あんな小型の銃なんて私らの世界では考えられない。倍額にしておきな」

『ありがとうございます。では合わせまして、金貨3600枚を請求します』

 女性は笑みを浮かべていた。

「それと、弾薬の請求です」

 さて、最後まで笑っていられるだろうか。

『マキナの調べた所、ドワーフ製の銃器と火薬は現在入荷されていませんね』

「ああそうさね。半年前の事故でドワーフの連中は、銃器と火薬の製造を止めちまったのさ。新しい火薬の製造中に、都市丸ごと吹っ飛んでね。それ以来、残った火薬の管理は国がやっている。正規の市場では流通を禁じられ、値が付けられないのさ」

 え、ドワーフって核でも作ったのか? それと、こいつのご子息は火薬なしの銃を売りつけようとしていた。

『そうですね。こちらの火薬は値が付きません。ソーヤさん、実演をお願いします』

「了解」

 バックパックから肉の塊を取り出し机に置く。厚さは40㎝。

「皆さま方、耳を閉じてくれ。うるさくする」

 警告の後、ガバメントを一発肉に撃ち込んだ。床に転がった薬莢は素早くポケットに入れる。警務のおっさんは、銃声に驚いたのかコミカルな顔をしていた。

『違いを理解していただきましたか?』

「煙だな」

 マキナの問いにフクロウが答える。

『はい、こちらの世界の火薬は、マキナの世界では黒色火薬と呼ばれ、廃れた物です。この無煙火薬を使用した弾丸は、似た性質を持つ別の物であり、こちらで取引を禁じられている物には当たらないかと。如何でしょうか? グラヴィウス様』

 だから、値が付けられないという詭弁は許さない。

 マキナの問いに、

「違いは火薬だけではあるまい。それは良いのか?」

『はい、ようございます。全てをこの世界の住人に明かす事は禁じられていますので』

「何故か? 答えよ」

『マキナたちはダンジョンに潜る為、ここに来ました。それ以上の事は望んでいません。特に戦争の火種になるような事は尚更です』

「商人の最大の稼ぎ場を否定するか。良いだろう、そなたの英知に免じ許す。値を付けよ」

 女性の顔が青ざめた。

 ひとまず勝った。

『ミスラニカ金貨という物があります。偶然にもソーヤさんが仕える神様と同じ名前です。亡国の古金銭という以外にも、これには価値がありますね。小さな魔法を封じ、任意に即発性を持って発動させる。損失した弾丸一発は、このミスラニカ金貨と同等の価値がある物として請求します。魔法の有無はマキナ達の及ばない知識ですので、請求外とします』

「ふむ、公正であるな」

『ありがとうございます』

 動揺が伝わる。

 恭しく頭を下げるマキナと、その後ろで満面の笑みを浮かべる僕を見て、女性は何を考えているのか、知りたいものだ。実に。

 この、欲に沸いた蛆虫共が。

『弾薬は、7.62x39mm弾が2580発。45ACP弾が300発。ミスラニカ金貨の本日のレートは金貨22枚。これを換算しますと63360—――――』

「失礼、グラヴィウス様。調停を中断していただけますか?」

 女性はタオルを投げた。

 焦り顔は親子でそっくりだった。

「ホルザルド。神に調停を頼みそれを止めるという事が、どういう事かわかるのか?」

「はい」

 空気が震える。女性の動揺というよりも、本当に震えていた。

 姿は小さいフクロウ。だが発する圧は得体の知れない猛獣そのものだ。うちの神様の良い所はこういうのが無い所である。

「痴れ者め。これより一年、貴様には加護を与えぬ。野菜の行商からやり直せ」

「申し訳ありません」

「ソーヤ、それにマキナよ」

 フクロウは自らの羽を二枚、嘴で咥え差し出す。

「我が威光を汝らに貸す。この調停の続きを望むなら、それを掲げ我が名を呼べ。新たな調停を望むなら、またそれを掲げ名を呼ぶのだ。さらば、また会おう新しき異邦の眷属よ」

 あまりの僥倖に僕が驚く番だった。いや待て、眷属ってどういう意味だ? と尋ねるまえに、翼が羽ばたき、光の渦にフクロウは消えた。

『マキナそっちの形が良い方ください! きちんと名前書いてくださいね!』

「はいはい」

 よくやったマキナのご褒美に羽に『まきな』と名前を書く。後で怒られないか、これ。

「お二方、席を外してもらえますか?」

 女性の震え声。

「忙しいから帰るぞ」

 と組合長。

「同じく」

 と警務のおっさん。去り際におっさんは、

(ポケットに入れた金物は見なかった事にしてやる。だから二度と巻き込むな。いいな?)

 そんな耳打ちをして消えた。

「んじゃ」

 背筋を正して真面目な顔をする。

「二、三、質問に答えてくれ。いいな?」

「何でも聞きな」

 舌打ち。

 良い態度だババア。

「コンテナを盗んだのは主犯は誰だ?」

「エルオメア西鳳商会、あそこには、バカ息子と付き合いがある若い商会長がいるのさ。昔は、貧民や獣人相手に金にならない商売ばっかりやってたのに、人魚だって女をハベらせてから人が変わっちまった。やれやれ、馬鹿な付き合いに巻き込まれたもんさ」

「知るか」

『マキナの国ではこういう言葉があります。お客様は神様です』

 おい、今時それいうのは悪質なクレーマーだけだぞ。

「疫病神なら目の前にいるよ」

「羽を掲げてやろうか?」

「金貨63360枚なんて国庫を開けなきゃでない額だよ。あんた、商会だけじゃなくて冒険者組合も敵に回すよ? まぁ、王族に奪い返されるのが関の山だね」

 まだ自分が負けていないと勘違いしている。それ所か、逆転できるとも。

 僕も大分限界だったので吐き出す。

「それがどうした? 集めた金貨は海底に捨ててやるよ。大量の貨幣を失った国がどうなると思う? この国は完全に自立して成り立っているのか? 中央大陸から輸入に頼っている物資はどれほどだ? そうだな、確かに僕は殺されるかもしれない。だが、ただ“それだけ”だ。お前らはどうだ? 全ての事の発端は、ミネバ姉妹神グラヴィウスの眷属ザヴァ夜梟商会ローンウェル・ザヴァ、ホルザルド・ザヴァ、お前らが一人の異邦人を怒らせたに始まる。王族も、他の商会たちも、お前らを呪うだろう。いいや、この街全てがお前らを呪う。血の一滴まで誹り、詰られ、その神の名も呪われる。お前らは、この悪名に耐えられるか? 飢えの末に生きたネズミを齧るような赤貧に耐えられるか? それとも血が見たいのか? 金貨22枚の弾丸で親子仲良く手足を飾ってみるか? 僕にはまだ売るほどあるぞ? 答えてみろ、よく考えて、な」

 ババアは油が切れたように固まる。

 飲み込んでやった。

 可能か不可能かはともかく。本当に命しかないのならこれくらいやってやる。僕の神が何だと思っているのだ。どんな悪名も呪いも知った事ではない。

『正確には66990枚ですけどね』

 と、マキナが空気を読まない発言。

「そ、それで。他に聞きたい事はなんだい」

 手が震えていた。婆さんはようやく立場に気付いたのだろう。相手にしているのが、私利私欲を持たない。商人が一番相手にしてはいけない人間だと。

「もう一つのコンテナはどこだ?」

「それは知らない。本当よ」

「キャンプを襲った冒険者を送ったのはお前らか?」

「違う」

「魚人を使って運搬を頼んだか?」

 この返答次第では、本当に手足に風穴を空ける。

「頼んではいない。私らは本当に物を預かっただけさ」

「そうか、取りあえず保留にしておく。あんたらには貸し一つ、いや息子の分も含めて二つだな。しっかりと払ってもらう。逃げれば、羽を掲げるぞ」

 まず、一つ目は一応の勝利を飾った。



 ちょっと拍子抜けというか、肩透かしというか、本命の相手が余りにも簡単だった。

 気合い入れてラスボスに挑むつもりだったのだが、その前の中ボスの方が手強かったという何ともいえない展開。

 タイトルは思い出せないが、こんなゲームをやった記憶がある。

 エルオメア西鳳商会とは銃弾一発で片が付いた。

 ザヴァのバカ息子を連れてエルオメアの店に行き、死んだ目の女性を傍に置いた若い商会長と、さあ交渉しようと意気込んだ時、彼の机に置かれた如何にもな宝珠を見つける。

 それが余りにも無造作に置かれていた事に疑問を持ち。だが、僕はザヴァの件で変な方向に気が立っていたせいか、何のためらいもなくそれに弾丸を撃ち込んだ。

 バカ息子を盾にエルオメアの護衛をやり過ごしていたら、悲鳴が上がる。下半身をピチピチと跳ねる人魚がそこにいた。それと憑き物が落ちて呆けた顔をした商会長。

 記憶がすっぽりと抜けた商会長と人魚姫に事情を話す。

 それで、今回の事は全て解決した。


【6th day】


「使えそうな物はあるか?」 

『完品の銃はAK47が四丁。M1911が二丁。要整備の銃が六丁。後はジャンクです。弾丸の品質に付いては一つ一つチェックしませんと』

 回収した銃器の残骸を並べて、イゾラに状態を確認させた。ほぼ、溶けて煤けた鉄塊ばかりだったが、意外にも使える物があった。ま、それがどうしたという。

「いや、動作チェックはしなくていい。これ以外に商会が隠し持っている可能性は?」

『ありません。三重の監視体制を行いました。見落としはありません』

「了解だ」

 それらを全部ブルーシートで包んで、空にしたコンテナの一つに入れる。破壊されたAKも入れた。懐のガバメントを取り出し、弾倉を抜いてスライドを引く。何か感情が動くと思ったが、別に何も動かず、放り投げた。

「イゾラ、入れ忘れはないな?」

『ありません。あなたこそ、後悔はしっかり入れましたか?』

「問題ない。入れた」

 良いジョークだ。

「ゲトさん、んじゃこの中身を海底に捨ててくれ。かなり深い所にお願いします」

「おう、海底にある狭間に魚人すら近寄れない淵がある。そこに捨ててやろう。この箱はどうする? いらんのならくれ。市場に魚を運ぶのに使いたい。手製の魚籠では大した量を運べん」

「ええ、あげますあげます」

「おう、貰う貰う。んじゃ、まあ、色々あったが。………………またな」

「また」

 コンテナを川に落として、押しながら彼は消えていった。彼のお孫さんは、まだ人間といる事を望んだ。魚人の至宝が足の対価として選んだのは、互いの愛情というオチだった。

 ダンジョンには、人の知が及ばぬ秘宝がごまんとある。彼らの望みを叶える物はいつか見つかるだろう。それを二人で待ちたい、とゲトさんに伝え、砕けた至宝を渡し、僕の仕事は終わった。

 エルオメア商会から医療物資は取り戻した。謝礼の金貨40枚も貰った。ゲトさんが今まで払った身代金に付いては、返すよう渡されたのだが『やる』と彼が受け取らなかったので返却しに行く予定である。結構な額だ。僕の手には余る。

「同じ飯を食って、裏切られ、許し、それでやっと信用できる。人間ってのは本当に面倒な生き物だよな」

「たかがそれだけでの裏切りで、全てを知った気になるな痴れ者め」

 マキナか、イゾラにいったつもりだったが、ミスラニカ様に答えられた。

 彼女は肩に乗ると続いて語る。

「人間は簡単に裏切る。盗む。誹る。妬む。偽る。妾が昔読んだ歴史書の出だしには、こんな言葉が記されていた。『ここに、我々の過ちと愚かさを記す』その歴史書の著者は処刑されたそうじゃ」

『イゾラの世界にも、こんな言葉があります。「歴史とはただ、人類の犯罪と愚行、そして厄災の記録にすぎない」と』

 イゾラがいった。

「何じゃ、お主らの世界もあんまり変わりないの」

『です』

 遠くに、街の大鐘の音。夕闇、草原の果てが茜色に染まる。

 夕飯を作ろうとして、バランスを崩して片膝を着いた。咄嗟にミスラニカ様を落とさないように支える。

「ん、どうしたのじゃ?」

「いえ、恥ずかしい話。ちょっと気が抜けて疲れが」

 そういえば、ここに到着してからろくに寝ていない。ん? そもそもという疑問が浮かぶ。

「イゾラ、僕ここに来て何日たった?」

『六日です。時差を考慮すると七日間です。しかも緊張状態に置かれ、浅い睡眠しかとっていませんね。バイタルが非常に不安定になっています。至急、栄養剤を摂取し就寝する事をお勧めします。明日から、ダンジョンに潜るのですから』

「マジか。曜日の感覚吹っ飛んでた」

 これは金曜日にカレー作らないと。カレー粉あったっけな?

「ソーヤよ。イゾラのいう通りじゃ早く寝ろ」

「では、ミスラニカ様。ご飯作ってからで」

「いらぬ。寝ろ。干し肉か魚でも適当に摘まむ」

「でも」

「寝ろ」

 寝ます。何か視界が明滅して、膝が震えてきたので。

 歯を磨き、濡れたタオルで体を拭いてさっぱりした後、テントに移動して外した装備を隅に放り投げる。下着を替えチノパンとTシャツという楽な恰好に着替えた。

 気温は可もなく不可もない適温。だが夜気で冷えないようタオルケットで体を包んだ。枕は、もう探す気力がないのでなしでいい。

 こっちに来てから牢屋以外では横になっていない。銃を抱いて座して眠っていた。それで体が休まるはずもない。皮肉なのは、銃を手放してようやく安眠できる事か。

 商会はもう手を出さないだろう。盗んだ物が爆発していたんじゃ利益にならない。三人組の冒険者は余罪がゴロゴロと出てきて、組合側で長期拘束が決まった。他の見知らぬ犯罪者は、そもそもこの魚人の領地には怖がって来ない。

 陸の魚人に人間の法が当てはまらないのと同じで、水辺の人間に魚人の法は定まらない。赦すなどと大口を叩いても、僕の生死は最初からゲトさんの良心の内にあったのだ。

 目を閉じると闇、そこに意識が溶け始める。ここに落ちてきた時に見た、ぬばたまの深淵。それでいて温く沁みた暗闇。遠く風鳴りを聞いた。小さい何かが近づく音がした。

 頬に触れる手、浮かぶ頭、後頭部に柔い感触。

 薄く目を開けても闇があった。

 僕は夢を見ているのだろう。

 胸元の開いた黒いドレスの女性だ。こぼれる黒漆の長髪に隠れ顔は見えない。顎や頬、耳に蒼白の肌が見えた。

 誰なのか、何なのか、判断するほど脳はもう機能していない。確かなのは、全てを包み込む泥のような安寧の暗がり。

 その闇。

 溶ける。

 闇に。

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