<第一章:異邦人、ダンジョンに潜れない>3

【4th day】


 ここは冒険者の街である。

 ごく当たり前の事であるが、揉め事はよく起こる。冒険者とはそういう生き物だ。

 酒の席の喧嘩なら兎も角、窃盗や強盗、殺人に詐欺、パーティ内での報酬の分け前、パーティ同士の報酬の取り合い。そういったモノの間に立ち、処理するのも冒険者組合の仕事である。

 そう僕の受付担当の人は言っていた。

 僕は疑問を口にした。

 冒険者と、そうでない者の揉め事は、誰が処理を? と。

 ここから面倒な話である。

 ここの冒険者組合はレムリア王国の王制の下で運営されている。現国王が冒険者として名声を得た時に、中央冒険者同盟から独立したのだ。

 独立自体珍しい事ではない。派遣される人材は金食い虫だった。しかも移動にとても時間がかかる世界。海を越えるとなると危険もある。追加で頼んだ人材がこなければ、今いる人材に更なる負担がかかる。潰れでもして業務が滞れば、冒険者と志望者達が暴徒になる。自治で運営できるならこれに越した事はない。

 だが、いざ独立して運営を開始してみると問題は次々と浮き彫りになる。

 その一つが冒険者と、そうでない者との揉め事。

 国王は名をはせた冒険者である。皆がそれを知っている。

 罪の天秤はさておき冒険者を良しとすれば、そうでない者がいう。

『流石、冒険者の王。ひいきをなさる』

 冒険者を悪しとすれば、

『王は冒険者の心を忘れた!』

 となる。

 冒険者である前に王である、とは民は見ない。王の前に、高名な冒険者レムリア・オル・アルマゲスト・ラズヴァを見る。

 国民の大半が農奴なら、人気など二の次で良いだろう。しかし冒険者とは戦える者なのだ。それは気を遣うだろう。中には唯一人で国を潰せるような化け物もいる。

 では、冒険者を特別扱いすれば済む話か? 否である。

 冒険者の街だからと言って、冒険者だけで成り立つ街ではないのだ。素材を買い取って流通させる商人が必要だ。それを加工して武具を造る職人が必要だ。胃を支える料理人が必要だ。住む家を造る大工が必要だ。穀物を育てる農奴が必要だ。 娯楽や憩いを提供する者が必要だ。挙げていたらキリがない。

 悩みに悩んだ末、やや本末転倒ではあるが、王は他所に頼む事にした。

 レムリア王国は、中央大陸の王制連盟に加入している。そこから警務官を派遣するよう要請した。

 警務官は憎まれ役である。

 しかも化け物のような冒険者に怨みを買うのだ。口が裂けても楽とはいえない。そして性質上、同盟国に大量の武装と人材は送れない。だから一角の才能と人物が選ばれる。

 僕は、その警務官様を昨日の夜から探していた。冒険者と揉めたからである。しかし疲労と怪我で死にそうである。

 まさかのダンジョンに潜る前に死亡という。ゲームでいえば、チュートリアルも始まっていない状況で、こんな目に合うとは。

 完全に名前負けしている人生だ。妹も名前の割にはツキがないし兄妹そろって何なのだろうか。幸運を呼ぶアイテムでもあれば持って帰りたい。

 その為には生きてダンジョンに行かねば。

 擦るような足取りで移動再開。子供に指さされ、その親に『見ちゃいけません』とされる。そんなひどい姿か、僕。

 曲がり角で遭遇したエルフの二人組に、悲鳴を上げられた。

 一人はよく見るタイプのエルフで弓を携え、長身長髪スレンダーな美人である。もう一人は杖を携え、エルフにしては珍しくやや小柄。ゆったりとしたローブ越しの豊満な胸に目を奪われた。二人とも冒険者の装飾をしている。

「驚かせて、すまない。できれば警務官の、う、げほっ」

 何か血を吐いた。咄嗟に手で押さえて女性の衣服を汚すのを防ぐ。

「あ、あなたひどい怪我」

 杖のエルフが心配そうに寄って来ようとして、

「お姉ちゃん。関わっちゃダメ!」

弓のエルフに手を引かれる。うん、正しい。僕でもそうする。

「せめて簡単な治療魔法を」

「こいつ絶対やばい奴だって、無視無視。何でアタシらがヒームの世話なんか」

 女性の同情など引きたくないが、一縷の望みで頼み込む。

「すまん。礼は、する。警務官の駐屯所、を。場所、教えて………くれないか?」

「ここを真っすぐ進んで、看板に大きな角笛がある酒場を右に。そこからすぐです。誰か人を呼びますか?」

「結構。助か、った」

 礼に金貨を何枚か渡そうとして、手が血で汚れていたので石畳に置く。

「では」

 鎖を持つ手を握り直す。牛歩で移動再開。小さい声は聞き取れなかった。

 何ぞ歌でも歌いたい気分。

 それで映画のスタッフロールの背景になるのだ。ま、問題は、何もしていないし始めてもいない事だが。

 酒場を見つけ、そこを右に。思ったより駐屯所が近くて幸いした。もう50メートル歩いたら死ぬ。絶対死ぬ。戸を叩いて、呑気な返事。気が抜けたせいか、足に限界が来た。戸を開けながら倒れ込む。

「うぉおあ!」

 おっさんの悲鳴が響く。制服姿で帯剣している。ひし形の鍔が特徴的な帽子。

「あんた、警務、官?」

「そうだが、どうした?」

「これ」

 鎖を渡す。

「何だこりゃ」

 訝しげに警務官は鎖を伝って外に行った。

 うっげ、と声。

 そこには冒険者三人組に穴を空け、鎖を通して絡め巻き、手足を折って拘束した団子状のモノがある。苦悶のうめき声が漏れているので、まだ死んでいない、はず。

こんなもん引きずっているせいで色々な人に逃げられ、道を聞けなかった。

「舐めるな、と言ったな」

 恨めしそうな瞳に笑ってやる。

「僕を舐めるな、冒険者」

 満、足。

 胸がスーッとする。爽やかな達成感と共に、僕は死んだ。



 生きてた。

「………………………!」

「………………………」

「………………! ………………?!」

「………………………」

「………………………!」

「………………………!」

 男と女の声が遠くに聞こえた。

 ああ、嫌だ。死んだ二親を思い出す。消えて灰になったのに人の記憶にこびり付くな。こういうのを呪いっていうのか。

「この待遇はおかしいです! 彼のどこに不備が?!」

「変に肩入れをするな。私や貴様は一体誰を保護し、協力する立場だと」

「では腐った麦を狩るのも仕事のうちでは?!」

「そんな事をしてみろ、組合だけではない国王にまで飛び火する。頭を冷やせ愚か者」

「まあまあ、お二人共。詳しい話は彼が目を覚ましてからでも」

「それじゃ、今からでも始めましょう」

 僕は簡素なベッドから起きて、口を開いた。

エヴェッタさんと、背に小さな翼がある少年、それと警務官がいた。

「ソーヤ! 無事ですか!」

 エヴェッタさんが近づいて格子に手をかける。僕は今、思いっきり牢にいた。

「い、痛っ」

 あ、全身が痛い。肉が、骨が、ギシギシと軋んでいる。それと何故か皮膚が熱い。熱いが、怪我の熱じゃなく外側からカラっと焼かれたような熱。

「よかったな、あんた。通りすがりのエルフが魔法使ってくれなかったら、右腕落とす所だったぞ」

 そういえば、ロングソードを骨で受け止めたっけ。

 右の五指をワキワキと動かしてみる。軽い痛みはあるが神経も筋も問題ない。凄いものだ。

「そのエルフ、名前は?」

「知らん。名乗らなかったが、おっぱいがでかかった」

「マジすか」

「おう、こう! もう。これもんだ!」

 警務官は胸がでかいジェスチャーする。隣にいる控えめな方が白い目で見ていた。

「ソーヤ。大丈夫そうですね」

「すいません。何か心配かけて」

「大方の想像はついていますが、何があったか話してください」

 詰め寄るエヴェッタさん。

 握った格子が悲鳴を上げている。

「おっと悪いな、角付きの姉さん。それはこっちの仕事だ。同席は許すから、質問は先にさせてくれ」

「………はい」

 彼女は表情が怖いまま了承する。

 警務官のおっさんは、机を近づけ、紙とペンを用意し、座った。

「まず、兄ちゃん。ニホンのソーヤで名前は間違いないな?」

「ええ」

 すらすらとインクのペンが走る。

「あんたには、冒険者三名に対しての傷害が疑われている」

「ええ」

 状況を話す前に気絶したからそうなるよね。

「弁解はあるか?」

「まず、僕が根城にしているキャンプ地から財産が奪われました。その犯人が冒険者三名です。運良く見つける事はでき、負傷はしましたが拘束し、ここに運び今に至ります」

「その奪われた財産は発見できたか?」

「いえ」

 あの狭い部屋にはコンテナは到底入らない。尋問するにも時間がなかったし、伏兵を恐れてあの周辺に長居もできなかった。

「では、あんたが財産を奪われたと証言できる者はいるか? 証拠でも構わない」

「………いえ、ないです」

 まずい。

 これはまずいぞ。マキナが再起動できていれば、いや、こっちの世界の人間にあんな訳が分からない物を見せて納得してもらえるか。

「冒険者達の塒は調べたが、異邦の品らしき物は見付からなかった。連中、お世辞でも品行方正とはいかない奴らで、評判も悪い。商人の子飼いであくどい仕事をしている、という噂もある。だがしかし、物証がないとなると。残るはあんたがボコボコにした結果だけだ。軽く殴られましたなら黙殺するが、あれはちょっとなぁ、見過ごせないだろう」

 ぐうの音もでない。

 考えなしの行動だったと今更に後悔だ。

「それともう一つ、兄さんには悪い事がある」

 え、これ以上何が?

「身の証に付いてだ」

 警務官はペンを置いていた。

「中央大陸の法下に法ると、まつろわぬ者、神と契約をしていない者はそれだけで罪となる。捕縛し、聖リリディアスの執政官の元に連れて行かなければならない。ちなみにこの執政官、九割を死刑にして一割を実験玩具にしてる」

「んなっ」

 魔女狩りかよ。

「個人としては、そんな連中に兄さんを預けたくないわけだ。もっというと、十日前に着任して、とんぼ返りで中央大陸に戻りたくねぇ。人いないから、そっからまた此処に戻ってくるんだぜ。何ヶ月、船の上だよ」

「ええと、片道どのくらいかかるんで?」

 良心と打算の混ざった話の後、聞いてみた。

「よくて六か月だな」

 奇跡的に無罪を勝ち取っても詰みだ。

 よし、相談する所を間違えた。逃げよう。装備は………全部取り上げられていた。

「そこで、冒険者組合のお二方に相談していたんだが、そっちで特例を設けて臨時でも何でも良いから、この兄さんを冒険者にしてくんない? そうなると警務の管轄では無くなるし、船旅もなくなる」

 何て仕事のできる怠け者なんだろうか。少し感動した。

「僕からも是非お願いします」

「断る」

 即答であった。

 答えたのは翼付きの美麗な少年。獣人にしては他が人間っぽいし、そもそも翼は小さすぎて飛べるとは思えない。まるで観賞用のそれだ。子供にしか見えないが、この世界での見た目の判断材料は役に立たない。

「レムリア王国冒険者組合、組合長のソルシアだ。異邦の方。一つだけはっきりさせておこう。まつろわぬ者に、神々の遺産を手にする資格はない。以上、仕事があるのでこれで」

「組合長! そこを何とかお願いします!」

「離せ!」

 簡潔にいって去ろうとする組合長を、エヴェッタさんが腰に抱き着いて止める。姉弟のじゃれ合いのように見えて微笑ましい、とか思う僕は、脳が現実から逃避している。

「端神を含め、どれだけの神から契約を断られた! 前代未聞だ! しかも敵対した相手を団子にして街中引き回し晒すとは。こんな素行を知って契約する神などいない!」

 まあ、正論です。

 自業自得な部分もあります。

「せめて一日だけ猶予を、もう一度街中の神様に頼んでみます」

「あの、エヴェッタさんそれは申し訳ないです」

「ソーヤ、少し黙りなさい!」

 お母さんか。

 しばらく、組合長とエヴェッタさんの不毛なやり取りを眺める。警務官は、どこか諦めた顔で、

「船、予約するか」

 と呟く。

 残念、僕の冒険は終わってしまった。

 そんなモノローグを頭に流した。

 ダンジョン、潜りたかったな。くどいようだが、まだ何もしていない。後できそうな事は、悪いが警務のおっさんを気絶させて逃げるだけだ。………逃げてどうなるのだろうか?

 すると、

「話は聞かせてもらったぞ。簡単な事ではないか」

 まさに天の声。

 牢の窓から、格子をすり抜け小さな影が降り立つ。

「え」

 灰色の猫だった。

「この愚か者め、墓穴を深く掘り過ぎじゃ。這い上がるのに半日かかったわ」

「いや死んでたでしょ」

 脈は取ったはず。血も固まっていたし、瞳孔も動いていなかったぞ。

「フフん、あれくらいの死は数刻で去るわ」

 すげぇな、この世界の猫。

「ソーヤ。お主、契約を交わす神を探しているとな」

「そうですミスラニカ様。もしかして、誰か紹介してくれるとか?」

「痴れ者め、妾が契約してやろうといっているのだ」

「は?」

 え、これ神様? うっそだぁ、飯食って寝た後、腹を空に向けて後ろ足をピクピクしてる神様なんていないだろ。

「異邦の方、今ミスラニカといったか?」

「え、はい。もしかして有名なんで?」

 組合長に聞かれ、聞き返す。

「かつて、この右大陸には三つの王国があった。今では再現できない強力な技術と文明を擁した国々だ。永華を誇ったそれらを、たった一人で滅ぼした女がいる。名を、ミスラニカ。悪行と謀略で神の座を得た女だ」

「どや」

 ミスラニカ様は誇らしげに胸を張った。

「信徒が絶え、既に消滅したと聞いていたが」

「潔く消えるような貞淑な身なら、妾は神になどならぬ。何せ、牢でネズミを食い漁って生き延びたのだぞ」

 て、事は、ミスラニカ様は元人間か。

 容姿次第では僕の信仰心が違ってくるのだが。

「ほれソーヤ。契約するのか? したいだろ? どーだー」

「します!」

「えーどうしよっかなぁ~お主散々と失礼かましてくれたしのぉ。ま、頼み方次第じゃな」

 我ながら惚れ惚れする動きを見せた。

 両膝をついて背筋を伸ばす。正座である。両手はまだ腿の上。滑らかに低頭。勢いをつけてはいけない。下手な勢いは、相手に威圧感を与える。床に付けた両手でひし形を作る、額は指の厚さくらいに浮かす。床に擦り着けるのは衛生的に良くない。品は大事。

「お願いします! ミスラニカ様ッ! お願いします! 何とぞ! 何とぞぉぉおおっ!」

 これぞ日本国技にして、最大の奥義、土下座である。

 気持ちは飢饉時に年貢を取られる、お百姓である。僕の後ろにはお米の幻想が浮かぶ。

「え………うん………………良いぞ。恥ずかしいからもう止めよ」

「異邦の方一つ忠告してやろう。悪行の神に仕えるのは、神を持たぬ事より苦痛であると」

「僕の国にこういう言葉がある。捨てる神あれば、拾う神ありだ。もう黙ってろ、小僧」

 悪神だがね。

「その体勢では何をいっても様にならぬぞ」

 ミスラニカ様のごもっともなツッコミ。

 そういえば、エヴェッタさんは部屋の隅で丸くなっていた。放置。

「始めるぞ、旧国の習わしにそって騎士の儀礼をせよ」

「すみません、何の事やら」

 やれやれとミスラニカ様。

「左の片膝を着いて左腕を右肩に置く、右手は五指を開いて地に着け、妾に見えるようにな」

 いわれた通りにした。

「首を垂れよ。良いというまで妾を見るでないぞ。決してな」

 空気の重みが変わった。

 猫の気配ではない。人が佇む気配。ひたり、と足音。裸足の爪先が見えた。

「暗火のミスラニカが問う。汝、我が剣となり渇望を満たすか? その剣に栄誉無く、その血に栄え無く、その魂に安らぎ無し。それでも尚、否無きものなら沈黙で答えよ」

「………」

 答える。

「悪計のミスラニカが問う。汝、汚泥を啜る屈辱すら己が力とし、成す事を成し、得る物を得、奪うものを奪う。そして王者を謀り、英雄を屠る事すら厭わないか? 否無きものなら沈黙で答えよ」

「………」

「悪行のミスラニカはその沈黙に応えよう。剣無き騎士よ。信念無き者よ。まつろわぬ異邦者よ。悪名を恐れず、誉れを望まず夢を持たぬ、“際”の強き者。妾はそなたの罪咎を赦す、そなたの偽計を赦す、たとえその身が災禍の暗き種火になろうとも、妾だけは全てを赦す。故に――――」

 耳に触れる細やかな髪の感触、柔らかな肉が肩に触れ、何かが甘くもたれかかる。蠱惑的な女の匂い。耳元で魔性が囁く。

「その血と骨、怨嗟の響きまで、妾のものじゃ」

 首筋に湿った唇を感じた。舌が這う、指が顔を滑る。心臓に針で刺されたような痛み。一瞬の息苦しさの後、臓物を吐き出し悶え息絶える自分の死を幻視した。

 震えは飲み込む。

 臆するは男子の恥だ。

「ここに契約は成された。面を上げよ」

「はい」

 僕の前には灰色の猫がいる。

 それは神の影法師。姿は見せかけ、中身は恐ろしい。だが何よりも、傍に立つ者が悪魔であろうとも、一人よりマシと思える。

 それと気になる事が一つ。

「警務のおっさん! うちの神様、どうだった?!」

「おう、流石傾国の美貌。怖気が走る恐ろしい美人だったぞ」

 く、超見てぇ。

「お主、いい加減にせよ」

「おし! 後は冒険者組合の仕事だな。出て行け」

 僕は無事釈放となった。

 返却してもらった装備品を確認して外に出る。すると組合長に話しかけられた。

薄く侮れない笑み。

「では異邦の方。悪行の神とて、神は神。冒険者組合はあなたの登録をお待ちしています。あの三人については、登録後に相談しましょう」

「ソーヤ、待ってますからね!」

 かなり遠くにエヴェッタさん。あの人、猫が怖いのかミスラニカ様が怖いのか。

 そのまま受付に行ってもよかったが、一旦彼らと別れ、キャンプ地に戻る事に。

途中ミスラニカ様が駄々をこねたので、新鮮な豚肉を買って帰る。

 荒れたままのキャンプ地に帰還。

 真っ先に、キッチンだけは何とか形に戻した。

 まな板に載せた肉の大きさに心が躍る。筋を切る為に包丁を入れた。その後、軽く塩胡椒して小麦を軽く振る、揉む、叩く。しばし放置。

「あ」

 大事な事を忘れていた。マキナの再起動を確認する。タスクは59%まで完了していた。安堵にため息が漏れる。これなら明日には動いているはず。

 それともう一つ大事な事。

「あの、ミスラニカ様。猫ですよね、やっぱり食えない物も猫と同じですか? 中毒で死んだりしません?」

「端神でも妾は神じゃ、食あたりなぞせぬ」

 まあ、死んでもすぐ蘇るが。機能が死んだままの眼鏡デバイスをかけ、玉ねぎを輪切りにする。これの素焼きが屋台で売っていて、それを猫の獣人が食べていた。つまり、彼らの消化機構は人間と変わらないのだろう。川から取ってきたクレソンは一口サイズに千切る。

「グハッ、目が、目が沁みるぞ。何じゃこれは」

 神が玉ねぎに痛みを覚え転がっていた。サクサク切って放置。ニンニクを擦って醤油に入れる。蜂蜜を少しだけ追加。

 フライパンを火にかけ、バターを投下。量はケチケチしない。

 良い感じに溶けたら肉を贅沢に並べる。バターと肉の香り、昨晩からの断食に胃が悲鳴をあげた。だが、焦らずじっくり焼く。肉は厚い、新鮮と怠けて手を抜いていけない。

 薪の曖昧な火力に苦労しながらフライパンを着けては離す。

 ひっくり返して同じ作業。人、いや神に振る舞うのだから緊張する。額に汗を流してフライパンを動かした。頃合いを見て包丁を入れる。ほどよくジューシーで火の通りは万全。一口サイズに切り、ニンニク醤油をまんべんなく垂らし、火を近くに炙り振る。

 バターの濃厚な香りに食欲を促進させるニンニク醤油が混ざる。それに肉汁の跳ねる音。

 空腹時には殺人的だ。

「ソーヤ限界じゃ。はよ」

「神様、あなたの塩分排出量って人間基準で良いのでしょうか?」

「たぶん変わらん。はよーはよー」

 神が背中にぶら下がって急かす。

 味見に切れ端を口にした。美味し。うん、この豚肉はどう調理しても美味いだろう。どこで育てているのだろうか。

 焼けたものを皿に豪快に盛る。ミスラニカ様はスンスンと鼻を動かし、それに齧り付いた。

「熱っいい!」

 飛び跳ね転がる。よく転がる神様だ。フライパンに残して置いた肉汁で、玉ねぎとクレソンを炒める。塩少々。

 完成。ちょっと簡単ではあるが、遅めの朝食、早い昼食、異界豚のバター醤油ソテーに、付け合わせの野菜炒めである。

「はーい、ミスラニカ様。あーんして」

 フーフー冷ましながらフォークで刺した肉を献上する。

「あ、熱っ。あッつい! ハフ、ハフフ」

 文字通り猫舌らしく苦労しながら肉を咀嚼する。

「まあまあじゃ」

「左様で」

 口の周りをペロペロと舐めていた。

「お主はどうするのじゃ?」

「僕は後でいいです」

 そういう礼儀はわきまえるつもり。恩を受けた以上、それに応えるのは人の道理だ。そんな事もできないのなら、獣以下。ゴミだ。歪んだ愚か者でも、僕は人間でいたい。

「ふーん」

「?」

 ミスラニカ様の神妙な顔つき。

「他に皿は無いのか?」

「ありますよ。そこのコンテナに。持ってきましょうか?」

「良い。それより目を瞑るのじゃ」

「へいへい」

 両手で顔を覆って目を閉じた。

「見るなよー絶対見るでないぞー」

「はいはい」

 皿と食い物の音。

「もうよいぞ」

 目を開けると声は少し遠くに。傾いたテントの影から聞こえる。

「絶対、覗くでないぞ! 覗いたら呪うぞ!」

「了解です」

 肉だけが、がっつり目減りしていた。別の皿に移したようだ。まあ、猫の状態だと食べにくいよな。

「いただきます」

 以下、黙々と飯を食べる。

 しかし、気になる。気になって仕方ない。味に集中できない。覗きたい。見たい。うちの神様の真の姿が見たい。人伝に聞いたせいで妄想が広がる。でも鶴の恩返し的な、姿見られたら契約解除とかありえるし、神の機嫌取りも信徒の仕事だろうし。

「あ」

 気づいたら皿は空に。しまった………全然味に集中できなかった。

「ミスラニカ様、ゆっくり食べててください。僕、コンテナの方向いて作業していますから、用事があったら声かけてください」

「よきにはからえ」

 落ちていたマニュアルを拾い。必要項目を探し、見つける。

 マキナガイドなしでのコンテナ捜索手段。簡易探査機は、全てのコンテナに取り付けてあった。でかい懐中電灯のような形をしている。というか、明かりも点けられた。ここでは無意味だがラジオ付きである。USBで他の機器に繋げられ、嬉しい手回し充電器付き。

 探索したいコンテナの番号をセレクト。医療、武装コンテナは3と4と。

反応なし。

 探査範囲をマニュアルで確認。50mだった。中々厳しい。しかもあくまで簡易的な機能、コンテナに近づいたら音の強弱が変わるくらいだ。正確な方角まではわからない。ないよりか幾分マシな程度。

 他に使えそうな物がないかと探す。

 無駄骨に終わった。

 背後で水と食器の鳴る音。一瞬、気にはなったが集中する事がある。

 返してもらった装備品を軽く点検したが、やはりAKはもう駄目だ。幾ら頑丈でメンテナンスフリーでも、物理的に真っ二つでは役に立たない。ガバメントは七発入りの弾倉が二つと心もとない。豚を切れなかった山刀だが、人体には易々と潜り込んだ。すぐ再生されたけど。

 冒険者って、皆ああなのだろうか。

 後はカランビット、随分前に貰った物だが未だに使い慣れない。刺すなら普通のナイフで良いし、軽作業の名残であるグリップエンドの穴も邪魔。反った刃で自分を傷つけた事もあった。そも、これの使い方を見せてもらったが、ディフェンダーナイフといえば良いのか、カウンター気味に相手の手や首を狩る技は、相当な熟練を積まないと無理だ。まあ、つまりはお守りである。これに頼るような状況には陥りたくない。

 資材で駄目なら知識と、マニュアルをもう一度熟読する。

 簡単、医療マニュアル。

 図説、サバイバルガイド。

 漫画、緊急時シミュレーション。

 漫画、人工知能の歴史。

 専門、マキナ・ユニット修理手順。

 当マニュアルは、他装備品と同じくバイオテロメア技術により一年ほどで完全に分解されます。

 あんまり役に立たない、と思ったが濡れて閉じていたページがあった。

 ここだけ素材が違う。後から足された手書きのページだ。しかも急いでいたのか走り書き。

『隊員、及びマキナ・ユニットが死亡、もしくは行動不能になった場合の緊急措置、危険。繰り返して書くが危険であり、最終手段として記す』

 割と今その最終手段が有用だった。



 そもそも、あの冒険者崩れを雇い。コンテナを盗んだのは誰か?

 僕の予想では商会か、王族だ。

 冒険者単独という説も切れないが、金にするにも流すにも商会が必要だ。それに冒険者の横の繋がりは広いし、組合が目を光らせている。やはり、資金と人を雇える商会が濃厚である。資金があり、人を動かせる点では、王族というのも濃い可能性の一つだが、もし、それが主犯だと僕は詰みだ。だから商会が犯人と予想し、動く。

 当たり前だが、警務官の尋問では冒険者達は無言を通した。というか、ちょっと痛めつけ過ぎたせいで面会できない状態らしい。

 昼を過ぎて、また街に足を運ぶ。

 眠たげなミスラニカ様を肩に乗せ、予想した倉庫街で反応を見つけた。

「すみません。これはどこの商会の持ち物で?」

 偶然、倉庫番らしき男に遭遇したので訊ねる。

「ザヴァ夜梟商会だよ」

「どうも」

 にんまりと笑いそこを後にした。

 換金所も営む、ザヴァ夜梟商会の本店はすぐ見つけられた。

 大通りの中々立地の良い場所である。

 中に足を運ぶと、勢揃いした数々の武具が僕を迎えてくれた。どんな状況でも、男の子だからこういう品々に囲まれると心がときめく。

 愛想の良い店員は活気良く、それに乗せられた冒険者達が金を落とす。そんな店だ。

「いらっしゃいませ。本日は何かお求めの品はございますか? よろしければ案内を致しますが」

 年配の女性に声をかけられる。ふくよかで品のある人だった。こういう感じの人に、装備を進められたらアレコレ買ってしまうだろう。

「すまない。店主にお目通り願いたい」

「失礼。どのようなご用件でしょうか?」

 呼吸を深くして、なるべく圧を出すように低く声を出す。

「そちらが所有している異邦の品、全てを買い取りたい」

「………」

 沈黙が返ってくる。急に笑顔は消える。女は人を呼んで耳打ちする。

「こちらの方を、上へ」

 二人の屈強な男に連れられ店の二階に。

 そこは来賓用の部屋なのだろう。見た事のない動物の剥製や、金細工がされた家具、実用性のない煌びやかな剣が飾られている。それに高そうなソファとテーブル。窓を閉め切って薄暗い。

 男が一人待っていた。

 換金所であった男だ。

 こういう仕事の代表をするには、かなり若いと思う。才があるのか、財があるのか、その両方を持っているのか。

 さて。

「下がれ。客人と二人にさせろ」

 命令通り、護衛は下がる。

「さて、おかけください」

「どうも」

 いう通りに、豪勢なソファに座る。おお、フカフカだ。肩から降りたミスラニカ様が丸くなる。

「異邦の方、あなたの面白い話を聞きましたよ」

「ああ、冒険者を三人ばかり“丸めた”事とか」

 小さい笑い声。

「では、それで。ご用件は?」

 白々しい。

「連中が奪った物を返してもらいたい。今なら、見なかった事にしてやる」

「返せ、と申されても。はて、何の事やら」

 そうなるよね。

「あんたらの管理している倉庫に連中が奪った物が保管されている、といったら?」

「惜しい」

「?」

 言葉の意味する事がわからない。

「いや、実に惜しい。異邦の方、あなたは素晴らしい技術をお持ちだ。我々の理解が及ばない力を持っている。それに度胸もあり腕もある。でも、惜しい」

 隠そうともしないのは、自信のあらわれか。

「あなたは一人だ。倉庫の物は声の一つで移動できる。警務でも呼びますか? それとも冒険者組合でも? どちらにしても間に合わない。いくらでも白を通せる。実に惜しい。位置を把握しているという事実を伝えなければ、まだ少し、わずかに可能性はあったでしょうに」

「でもさ、仮に取り戻せたとして、また盗られたら意味ないだろ?」

 こいつのいう通り、今の資源を守るのは僕一人では到底無理だ。取って盗られを繰り返せばすぐ疲弊して動けなくなる。護衛を雇おうにも、半端な金では足元を見られジリ貧になる。そもそも、そいつらに奪われないかと疑心暗鬼だ。

 大変、愉快そうに男は笑う。余裕の勝者の笑みだ。

「物分かりの良い事で。それでまだ、売れる物をお持ちでしょうか? 次は失くす前にお持ちください。適正な価格で買い上げますよ」

「いや、そんな物もうないさ」

「では」

 出て行けと、手を横にやる。

 完全に寝たミスラニカ様を担ぎ、ソファから腰を上げた。

「最後に二つだけ良いか?」

「何なりと」

 本当、余裕だな。

「ここで僕が暴挙にでないという確信でも?」

「あなた銃は失ったでしょう? それにそうなれば、こちらもそうするだけで」

 指を鳴らす。外で待機していた男が入ってくる。デカくて強面の男だ。それ以上の感想はない。

「彼は凄腕でね。商会と揉めた冒険者を何人も畳んでいる」

 左様で。

「窓、開けてもらえるか?」

「おい、開けろ」

 命令通り、その凄腕さんがわざわざ窓を開けてくれる。眩しさと外の喧噪、丁度良く、倉庫がある方向である。

「あんたらが奪ったコンテナには、緊急時の措置として、こういう物が仕込まれている」

 先ほど、機能を連動させた探査装置を操作する。カチカチッと赤いボタンを二回押し、一秒間を開け、五秒押し込み続ける。

「いわゆる自爆装置だ」

 遠雷に似た音。

 間欠泉のように煙が上がる。もちろん倉庫の場所だ。何かしらの布か、スクロールか、木のクズが空を舞っていた。女性の悲鳴、男の歓声、人の注目が注がれる。派手さは無いが、仕込まれたTNTはしっかり役割を果たしたようだ。

「な、な、何を、な」

「吹っ飛ばした。爆発させる魔法くらいあるだろ? それと似たようなもんだよ。まあ、倉庫の中の物とか全部駄目になっているだろう」

「………あ、ああ」

 魂が口から出ていた。あの倉庫って、何か貴重品でも保存していたのか? なら僥倖である。

「あ、すまない。やっぱりもう一つ良いか?」

 返事を待たずガバメントを抜く。凄腕さんの両足を撃ち抜いた。流石にかわいそうなので、急所は外す。驚いたミスラニカ様に爪を立てられた。

 男は、油が切れたロボットのような動きで後ずさる。

「今日はこれで失礼する。冒険者の登録をしてこないと。明日、もう一度、この時間に来る。それまでに準備をしておけ、では」

 薬莢を拾い、ゆるりと部屋を後にする。階段を降りると、店の人間が客から店員まで大騒ぎを起こし、外に向かっていた。その流れに紛れ消える。通りに出てからは、追っ手を警戒して裏通りに入った。角を幾つも曲がり安全を確認する。

「うむうむ、お主。中々悪であるの」

「えー悪いのは向こうでしょ」

「悪を正すのが正義じゃ。悪を潰すのは悪であろう?」

「なるほど」

 そんな会話をしてダンジョンに着いた。

 向かうのは受付である。

 その前に、ミスラニカ様は入り口辺りに待機させる。

「すみません。登録をしたいのですが」

「はい。お待ちしていました」

 と、エヴェッタさん。

「では、前回の続きからです。契約されている神様の名前を教えてください」

「ミスラニカ様です」

 すらすらとペンが動く。その後、隅々まで指でなぞり確認していた。

「しばらくお待ちください」

 書類を持ってエヴェッタさんが席を立つ。後ろの組合員に教えてもらいながら、スクロールに貼り付け魔法らしき光をあてる。ちょっと嬉しそうな顔をして戻ってくる。僕も嬉しい。

「仮登録が終わりました。二日後の早朝、朝の鐘が鳴る前、必要装備品の受け渡しと実地講習があります。ここに集合してください。遅刻厳禁ですのでお忘れなく」

「はい」

 よし、まだ一歩ともいえないが前進した気がする。

「関係ありませんが、ソーヤ。倉庫街で魔法の暴発があったとの事です。犯人は逃走中。危ないので近づかないように」

「はい」

 その日はじめて、気分よく街を後にできた。こんな日がこれからも続くと良いな、と切に願う。

 ま、無理だろう。

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