<第一章:異邦人、ダンジョンに潜れない>1

【1st day】


『ソーヤさん、ペグの使い方間違っていますよ。それにテントの位置はもっと均等に美しく。あー歪んでいます。そこから右です右、5㎝右です。コンテナも弾薬類は食料医療品から離して置いてください。わたくしの配置場所ですが、このキャンプ地の正確な中心点にお願いします。北、南? ジャイロスコープを再設定してください。物理的な破損が認められてる場合、メーカーサポートにご連絡を。番号は』

「うるせぇポンコツ!」

 良い感じな小川を見つけたので、無事なコンテナに資源を詰み直し、四時間かけてそこに運んだ。流石に平原のど真ん中をキャンプ地にはできない。

 運搬中に問題は次々見つかった。コンテナの半分が文字通りに半分になっていた。ウォーターカッターで切り取ったかのように、すっぱりと。中身もいずこかに消えていた。

 幸いなのは火器が十分に残っている事、それに食料、医療品は目減りしたが元々六人分の一年分。それを僕一人で消費するなら余りある。そして一番の問題は、この人工無能だ。

 三機のユニットは全て損傷していた。

 円柱状のニドカドミウム製装甲がスプーンでくり抜かれたように穴だらけになっていた。一番重要である水溶脳も無事なのは一つだけ。マキナ・ユニットの整備性のお陰で、僕のような素人でも共食い整備で一機だけ稼働できた。稼働だけはできた。

 できたが。

『ソーヤさん、お腹が空きました』

「は?」

『お腹が空きました』

「いや、お前何食べるの?」

『備え付けの100㏄コップに水と3%の砂糖を混ぜてください』

 マキナの中央部分が開き、作業用アームがコップを差し出してくる。面倒だがこれでも僕の生命線だ。仕方なくしたがって砂糖水を作る。あらかじめ鍋でお湯を沸かして置いて正解だった。温くなった水をコップに注ぎ、手で砂糖を混ぜてマキナに渡す。

 ストローが伸びで砂糖水を飲んでいた。上部にあるスクリーンが『美味しい』という顔を作る。

 こういう生き物っぽい動作は、人との親和性を高める効果がある。

『ソーヤさん』

「ん?」

『お腹が空きました』

「は?」

 まさかと、上部を開けて最重要部分である水溶脳を見る。一見すると球体ガラスに入った只の水なのだが、ここに人間に近いニューロンが生成されている。

 人類が偶然手に入れて、溢れるほど量産した代物。十年毎に繁栄と衰退を繰り返し廃滅論まで出たが、結局、色々な制限を受けて今も尚、現代社会に根付いている人工知能という家電。犬に次いでの人類のパートナーと言われている。

 その心臓部は、ヒビが走り液漏れしていた。

「ぎゃああ! ダクトテープ! ダクトテープはどこだ! マキナ!」

『黄色線のコンテナ、A-3部分です。お腹、空きました』

とりあえず、鍋に砂糖を入れてマキナに渡す。黄色線の入ったコンテナに蹴りを入れて転がし、ダクトテープを掻き漁った。

「あった!」

 タオルも一緒に手にして脳の表面を拭き、液漏れ箇所にダクトテープを貼る。応急措置を終わらせた後、マキナ・ユニットの修理マニュアルを見つけて水溶脳の項目を見た。とても簡潔な内容だった。

≪上部配線に接触しないよう。ボンド、テープ、もしくは防水性の袋で包んでください。機能障害を起こした場合はメーカーサポートにご連絡を、番号は≫

 以上である。

 瞬間接着剤を探し当て、ダクトテープを一旦外して液漏れ箇所にドバっと塗る。その上にもう一度ダクトテープ重ね張り。ラップで全体を包んで硬化液を塗りたくる。恐らく、これで大丈夫。

『うん、美味しい!』

 鍋の砂糖水を空にしてマキナは満足そうな表情を浮かべる。マニュアルを指でなぞり音声で命令をする。

「AIJ006マキナ・オッドアイV166S6多重人格統制型・特殊作戦三号機。自己診断を開始せよ」

『エラー当機の形式番号ではございません』

「マキナ、君の形式番号を教えてくれ」

『当機は自己形式を認識できません』

「適当に自己診断して!」

『了解です!』

 鼻歌が流れてマキナのスクリーンにテトリスのような画像が表示された。

 作業を終えて一息吐いた後、猛烈な不安にかられた。

 こいつ駄目だ。

 そもそも、命を預けるパートナーが接着剤とダクトテープで延命しているのか? ない。ないわぁ。

『自己診断完了。エラー検出できませんでした』

 本当に壊れているモノってそれを自己認識できないんだよな。

 僕は半ば諦め達観しだした。最悪、一人でやるしかない。

「はあ」

 とりあえず、ご飯作ろう。

 腹が満たされれば、良い考えは浮かばないかも知れないが、気は紛れる。

 薪を用意しただけの簡易キッチンで調理をはじめる。小川から水を汲んで鍋で火にかける。水は調水キットで検査済み。そのまま飲める。

 鍋に煮干しを入れて出汁をとり、沸騰する直前に火を消した。煮干しを取り除いて味噌を溶く。川に群生していたクレソンに似た植物を恐る恐る口にしてみる。軽い苦味と辛味。舌先に痺れる感覚がない為、おそらく食べられる。ハサミで刻んでいれた。

 異世界クレソン入り味噌汁の完成。

「いただきます」

手を合わせ、ずずっと飲む。悪くない。中東で食べた油の死んだ中華料理より大分まし。腐肉に香辛料を塗した料理や、尋常なく酸い野菜、金が無くて小麦粉と水を適当に混ぜて焼いたヤツより百分まし。

 大豆発酵食品の匂いで、精神が落ち着きを取り戻した。

『副人格起動、広域戦闘プログラム・イゾラ起動。当プロジェクト参加者はご協力ください』

 マキナが何か言い出す。

 箸を置いて耳を傾けた。

『ポータル侵入時の人的被害を報告してください』

「僕以外の人員は不明。到着点から四方5㎞を探索したが痕跡すら見当たらず」

『了解。資源管理を開始、ソナービーコン起動、タグ読み込み、武装コンテナ損傷あり60%損失、医療コンテナ損傷あり70%損失、食料コンテナ50%損失。隊員一名を予定として一年間の活動は可能』

「一つ質問がある。今、救援を頼んだとして応援は来るか?」

 何となしに、無駄だと思っていた疑問を訊ねる。

『不可能です。次にポータルを展開する為には7920時間必要です』

「だよな」

 そんな簡単に開けるなら、僕なんかを急に入れ込まない。

『バグドローンを放出、周囲20㎞、ダンジョン近辺街の地図作製を行います』

 蚊に似たドローンが大量に放出される。造り物と分かっていても鳥肌が立つ光景だ。

「隊員の捜索も頼む」

『否定。ポータル侵入時、行方不明になった方々が発見された前例はありません。稼働が当機だけの状況では、無駄なリソースは割けません』

 本日、何度目かの嫌な予感。

「ポータルに侵入して、異世界に渡れる確率を教えてくれ」

『40%です』

 おいいいいい! 聞いてないぞ! そこ滅茶苦茶大事だろ! そりゃそうだろな! 一人でも無理に入れるよな!

『ちなみに帰還時の確率は』

「聞きたくない。黙れ」

『了解。ソーヤ隊員に意思確認を行います』

「どうぞ」

『物資、隊員の能力を鑑みて、今現在のプロジェクト成功確率は0.2%です。これはあくまでも現段階の数字であり、今後の情報しだいで推移します。人工知能二十四条により、人命の救助保護保存にマキナ・ユニットの全リソースを使用できます。ソーヤ隊員、プロジェクトを放棄しますか?』

「いや、進行する」

 こんな所まで来たんだ。やる事はやるさ。無駄だと思って何もしなかったら、それこそ無意味だろう。 

『了解。補助人格停止。あなたに幸運を』

「どうも」

 ぬるくなった味噌汁を温め直そうか考えていると、

『らららら~♪ ソーヤさん』

「また腹減ったとか言わないよね」

 また陽気に戻ってマキナがいう。こっちは疲れる。

『お客様です』

「は? うん?」

 飛沫の音、背後に気配がして振り向く。初めて出会う異世界の住人は、川から現れた。



「ほー異邦の地から来なさったか」

 と、味噌汁を口にする方は、何というか魚だった。僕の目測では人七割、魚三割といった所。人間のエラに当たる所に本物のエラがあった。瞳は意外とつぶらである。ヒレと一体化した耳。青みがかった鱗に海藻の腰ミノ。貝殻や珊瑚で出来たネックレスをジャラジャラと首に下げている。腰かけたアウトドアチェアの隣には鋭い銛が置かれていた。

「あ、スープ温めましょうか? 冷めてたでしょう」

「いやいや、オレらは熱いもんは口にできん。これくらいで丁度いい」

 スプーンで上品に味噌汁を飲まれている。何か、品がある佇まいだ。もしかして良い所の魚人さんなのだろうか。

 いやまて、こう、はじめての異世界人のインパクトに押されて根本的な事を忘れていた。

「あの………何で僕の言葉分かるのでしょうか?」

 日本語って、魚人の公用語とか言わないよね。

「そりゃお前、オレは神官だ。淵の者だが、バベルの加護くらいは受けているさ」

 バベルってあの塔のあれ?

「そのバベルって?」

「異邦の方じゃわからんか。簡単にいうと、ウチの神さんが上の上の神さんに異種族との意思疎通を頼んでる。思考を持って言語を発声すんなら、大抵の言葉は理解できるぞ」

 リアルタイムにタイムラグもなく? こんな流暢に。え、凄くない。

「これって、こっちの人達は皆が持っているので?」

「別に珍しくはないな。一端の神々と契約しているなら誰でも貰える加護ぞ」

「よしッ」

 一つ希望が見えた。

 言葉が通用するなら交渉も可能だ。こっちで仲間を雇ってダンジョンに潜れる!

「お前もあれか、それ」

 魚人さんが鋭い爪の付いた指で、遠くのダンジョンを指す。

「ええまあ、異邦人でも大丈夫ですかね?」

「陸の事はわからんが、潜るだけなら誰も拒まんはずだ。神々が捨てた尖塔は誰のもんでもない」

 なるほど、だから々の尖塔ね。

「ん」

「?」

 珊瑚を繋ぎ合わせたネックレスを差し出してくる。

「これやる。我らグリズナスの使徒、敵意無しで言葉を交わした者には、装飾を渡す習わしがある。受け取れ。取らないと次に遭う時は敵だ」

「いただきます。ありがとうございます」

 ありがたく貰い。さっそく首にかけた。これたぶんお返し必要だよなと、コンテナを漁ってサングラスを見つけた。

「これよかったら」

「何ぞこれ」

 着けて見せる。

「日差し除けです」

「前が見えんだろう」

「いや、暗いけど見えます」

 渡す。掛ける。

「ほー」

 辺りをぐるぐると見まわしている。

「ほー」

 中々面白い微笑ましい光景だ。

「お、いかん。早く帰らんと孫にどやされる。今日はこれでな」

 空のお椀を置いて、銛を持って立ち上がる。

「お前いつまでここにいる?」

「最長で一年くらいです。もしかして、ここってキャンプしたら不味い所でした?」

「そんだけの期間なら良い。オレらを見て悲鳴をあげず、しかも食事を勧めてきたんは、お前が初めてだ。オレは、モジュバフルのゲトバド」

 たぶん、前の分は地名? だと思ったので僕も答える。

「日本の宗谷です」

「ニホンのソーヤな。川から六スタルツはオレらの土地だ。そこから出るとレムリア王国の土地になる。そこのヒューレスの森は、エルフ共の領地。お前らヒーム種は今絶対に近寄るな、殺されるぞ」

「助かります」

「んじゃまたな」

 ゲトさんは川に飛び込むと、恐ろしい速さで水中に消えていった。

『現在のプロジェクト成功確率は0.6%です』

「ちょっと上がったな」

 幸先の良い出会いだった。

 医療キットとツール類の入ったバックパックを背負い。銃の状態を再チェック。コンテナで見つけたスリングをAKに付け担ぐ。予備の弾倉を四つずつ携帯。コンテナの施錠を確認。マキナもシートを被せて簡単な偽装をする。

「地図の完成状況は?」

 眼鏡型デバイスを付けてマキナと機能連動させる。

『街に地下構造が見受けられる為、全体進行状況は不明。上空映像にロケーターを合わせた物なら表示可能です』

「十分だ。僕の周囲にもドローンを配置してくれ」

『了解』

 それじゃダンジョンに行ってみますか。


 

 古めかしい石造りの街だ。堅牢な壁で囲まれ要塞のようにも見える。

 開かれた大門を潜ると、そこは活気に溢れていた。

 広い石畳の大通りは、様々な人種に大荷物を運ぶ馬車が行き交う。声の行き交う露店、鉄を打つ鍛冶屋、美麗獣人を呼び込みに使う商店。煌びやかな武具の数々に、足を止めるのは冒険者だろうか。美しい異種族に目を奪われた。陶器のような白い肌に砂金のような金髪、長身で美形のエルフ。惜しげもなく肌と鱗を晒している女性は、燃えるような赤い髪と尻尾を持っていた。身の丈より大きい杖を持つグラマラスな女性には、巻き角とモコモコの羊毛が生えていた。ゲームで見たような、フルプレートの鎧に身を包んだ女騎士には感動すら覚える。チャンスがあるなら是非仲間に。

 異国的な香辛料の匂い、鼻に付く薬の香、すれ違う艶やかな香水、爆ぜる鉄と炎の音、流れる人波の隅、狭い路地裏を覗くと暴力の気配を感じた。

 異邦人が異国に感じる疎外感はここにはなかった。多種多様、色彩豊か、魑魅魍魎、混沌、少し目を運べば異形が入る。おかしいものが在り過ぎて、だがそれは当たり前に歩いている。

 自分が目立つのではないかと心配したが、杞憂だ。

 背に極彩色の羽を持つ者や三つ目の種族に比べたら、日本人の僕の地味な事、地味な事。マゲと着物姿に帯刀しても溶け込んでしまう。

 ゲトさんが消えた小川は街の中まで流れていた。他にも水源はあるらしく、マキナの調査では簡単な上下水道が配置されている。それに所々、浴場らしき物があった。可燃性の資源も豊富という事だ。

 デバイスのロケーターを使うまでもなくダンジョンへの道は一本道だ。というか、目的地が大き過ぎて迷いようがないが。 

 二十分ほど歩いてダンジョン前に到着。

 うん、大きい。

 近くに来ると更に大きさを実感できる。マキナの構造計算によると、上方部分だけでも、現代の如何なる素材を用いても作成できない大きさらしい。見た目は象牙に似た材質だが、一応サンプルを取っておこう。最終手段として、TNT爆薬で穴を空けて降るというプランがあるから、破壊できる物なのか確認しておかないと。

 人波に追従して行ったらすぐ入り口を見つけた。ただ入り口というか、何かが破壊した穴。

 中は階層一つを丸々使用している。

 酒と肉の匂い。大きめの酒場には太陽が高いのにベロンベロンになっている連中がいる。酒でアホになってる大人はどの世界でも同じだった。依頼用なのか、大きく長いボードには張り紙が無秩序に張られていた。

 そして驚いた。並んだポータルに冒険者達が出入りしている。

『フィールド安定しています。興味深いです』

「あれってこっち側の技術だったのか」

 マキナも驚いていた。

 受付、らしき物を見つけた。事務員っぽい恰好のお姉さん達が冒険者達を相手している。カウンターが幾つもあってどれに並べば良いのか。

「マキナ、言語の分析は可能か?」

『進行中。現地人に質問する方が早いでしょう』

「はい」

 そうですね。

 丁度、書類の束を持って歩いている人がいたので質問。

「あの、ここ初めてなのですが。どこに並べば」

「はい、新規冒険者登録、ダンジョン探査許可書の発行審査は一番右側の受付になっております」

 鱗と尻尾のあるお姉さんに、素敵な笑顔で教えてもらえた。

 運良く誰も並んでいなかったのでカウンターの席に座る。二本角の無表情な女性だった。長い銀髪が素敵だ。

「………………何か?」

 底冷えするような声で言われた。

「え、あのダンジョンに潜りたいんですが。ここで手続きできると聞いて」

「そうですか。先に言ってください」

「すみません」

 こっちの事務の方は怖い。というか圧が凄い。猛獣相手している気分だ。

「では必要書類に記入をお願いします」

 羊皮紙に似た紙とインク入れとペンを差し出される。記入項目がさっぱりわからない。

「す、すみません。こっちの言語はまだわからなくて」

「そうですか。先に言ってください。代筆しますので口頭で質問させていただきます」

「はい、すみません」

「仕事ですから」

 差し出された用紙がくるりと回る。

「他所の冒険者組合にご登録されていますか?」

「いいえ」

「では新規ですね。出身地とお名前を」

「日本の宗谷です」

「ニホン? 聞きなれない地名ですが、左大陸の方ですか?」

「外というか、異世界からです」

 言って後悔。しまった。これ秘密にした方がよかったか? 前にここに来た連中は人に褒められるような事は何一つしていないはず。追い出されたりしないだろうか? あ、根本的な事を。僕らがここに来るのって、割と秘密だったのでは?

 するとマキナから囁かれる。

『所詮、紙媒体の記録です。危険と判断したらマキナがドローンで忍び込んで修正、もしくは焼却します。適当な嘘を並べて怪しまれるのも不味いので、正直に答えて正解です』

 了解。

「ああ、異邦人ですか。最近では珍しいですね」

 何事もなく記入された。

「当ダンジョンには、どのような目的で訪れましたか?」

「金銭です」

「金銭ですね。一つ重要な注意事項があります。当ダンジョンの規約として、一回の探索で金貨50枚以上の報酬を得た場合、必ず、その一割をレムリア王国に納めてください。

 支払いは金貨、もしくは中央大陸商会の金符、ダンジョン内の素材でも可能です。支払いの納期は、商会が価値を決めてから七日間となります。素材価値の誤魔化し、支払い納期の遅れがあった場合、装備品全てを没収させていただきます。身ぐるみ剥がれて下水に捨てられたくなかったら、馬鹿な事はなさらぬように」

「はい」

 怖いッ。

「身体精神に異常はありますか? また魔術的な疾患、家系、血統の中で呪いを受けた者、近親者が伝染病でなくなった事はございませんか?」

「ないです」

 健康は取り柄だ。

「特定の種族、宗派、国に対し憎悪、嫌悪、敵意を持っていますか? またそれらの感情を他者に向けられていますか?」

「ないです」

 さっと答えたが、先遣隊の事が頭をよぎる。難しい所だ。認識のない他所の文化などは一括りにして考えがちになる。関係ないと叫んでも聴き入られない可能性はある。

「何か?」

「もしかしたら、僕を恨んでいる人達はいるかも、と」

 お姉さんは鋭い目つきで返す。

「明確なソレでないなら記入はしません。気にする事でもないでしょう。ダンジョンに潜るという事は決して一人では行えない事です。仲間を得れば、同時に敵も作ります。名誉を得れば、その倍の妬みや怨みを産みます。ようは、それに潰されない覚悟があるかです」

「それなら問題ないです」

 まあ、僕は逃げ場のない人間だ。他人の負の感情など燃料にしてやる。

「続けます。前のご職業は?」

「傭兵で」

 正しくはないが、そんなもんだと思う。

「宗教には属していますか?」

 えと、うちって浄土真宗だっけ。ああでも、日本人だしもっと大まかには、

「神道です」

「シントーですか。知らないですね。簡単に説明していただけますか?」

「多神教で他所の神様を寛容に受け入れたりします。明確な戒律はないですけど、自然や命に感謝して、特にご飯を食べる時は糧に深く感謝して、人間としての正しい行いを心がけて動き、それに外れる事を恥とする、感覚的でふわっとした価値観の集合といいますか、日本人的な? 空気感のソレとアレな」

 言っていて良くわからなくなった。

「多神教、他宗教にうるさくなく。戒律なし。ご飯を美味しくいただく。ニホン種族独特の感覚的な価値観、ですね」

 大体合ってると思います。

「次に、契約されている神様の名前を教えてください」

「え?」

「契約されている神様の名前です」

 頭が真っ白になる。

 別に現代の神様を疑うわけではないが、こっちの神様って偶像や絵画で崇めたり、手を合わせるもので、相対的な関係ではない。だから契約とかはない。

「一番良いのはこちらの世界の神々ですが、異世界の神々でも問題はないです。そんな前例があったはずですし」

「その、してないです。契約」

「そうですか」

「まずかったりしますか?」

 僕の質問に、お姉さんの表情は変わらない。

「珍しいとは思います。ただ、自らの意思で神との契約を切る者もいますし、神に愛想をつかされて解除される者もいます。生まれながら祝福を拒む血もあります。まずいか、どうかといえば、そうでもありません。もっとまずく、不幸で、憐れな者もいます」

「そうかよかった」

 胸をなでおろす。

「ただ、ダンジョンには潜れません」



 気分が落ち込んだ時、自棄になった時、泣きたい時、そんな時でも人は腹が減る。

 街という集団に身を置くなら、空腹を満たすのに手間はかからない

 金があれば、だが。

 金もなかったら僕はマジで絶望していたかも知れない。

 お姉さんに貰った地図を頼りに、換金所に到着。

 大通りから離れ喧噪が遠くに響く場所。防犯用か鉄製の扉を開けると、若そうな店主が営業スマイルで向かえてくれた。

「いらっしゃいませ、本日はどのようなご用でしょうか?」

 声の明るさと比べ、薄暗い部屋だ。中東っぽい意匠に、大小様々な天秤が置かれている。カウンターの店主の傍に、曲刀を担いだ用心棒らしき屈強な男が一人。僕が部屋に進むと、入り口側に潜んでいた男が背後に立つ。

「これを、ここの貨幣に換えてもらいたい」

 金の延べ棒をカウンターに置いた。

 資金調達用にとコンテナにあった物だ。破損していて三本と半分しかなかったが。

「お待ちを」

 布で延べ棒を拭き取り、角度を変えて隅々まで目を通している。

「お客様。刻印が削られていますが?」

「いいや。うっかり落としてね。事故だ」

「はっはっはっ、まあそういう事にしておきましょう」

 含みのある笑い顔。延べ棒が天秤の上に置かれる。反対側の袋に砂が入れられ、吊り合うと砂袋を別の天秤に置いて、更に丸い金属を置いて吊り合わせる。

「金貨40枚に銀貨8枚。ザヴァ夜梟商会の厳格で公正な査定です。他の商会でも査定なさいますか?」

 マキナの見立てより金貨5枚多かった。

「いや、それで頼む。それと両替もお願いしたい」

「ええ構いませんが」

 激しい相場の変動がない限り、銅貨10枚で銀貨1枚、銀貨10枚で金貨1枚の価値だったはず。

「銅貨と銀貨を50枚ずつ頼む」

「ミスラニカ金貨も当店は取り扱っていますが」

「ミス、なんて?」

 よくわからず聞き返す。

「お客様。他所の大陸から来たので?」

「いや、他所の世界からで」

 ぽろっと口を滑らしてしまった。

「なるほど。その貫頭衣、どうりで見た事のない布材なわけだ」

 しげしげとポンチョ見られる。

「ハハハ」

 僕は適当に愛想笑いを浮かべた。

「これは失礼。ミスラニカ金貨というのは、かつてこの周辺を支配していた三国の共通貨幣です。この古銭、微量ながら魔力が付与されていましてね。今の技術では再現できないもの。希少価値がついてます。今のレートは金貨20枚で1枚の価値ですね」

「いや遠慮しておくよ」

 株とか先物取引とか、僕には荷が重い。

「失礼いたしました。ではこちらで」

 店主は、奥の人間から革袋を三つ受け取る。

「銅貨50枚、銀貨53枚、金貨35枚。お確かめを」

「どうも」

 地味な作業だが、10枚ずつ並べて確認する。

「違いはありませんか?」

「間違いないよ」

 確かに合ってた。

「手数料は銀貨1枚となります」

 革袋から銀貨を2枚取り出して置く。

「ありがとうございます。当商会は冒険に必要な様々な商品を取り扱っております。第一正門の大通りの本店にお越しの際には是非、ご利用を」

「何故、僕が冒険者だと?」

「ここは冒険者の街ですから、冒険者とそれで儲けようとする人間しかおりません」

 ダンジョンに潜れず、くすぶってる奴がここに一人。

 硬貨の幾つかをポケットに入れ、残りはバックパックの中に。

「度々失礼ですが、お客様」

 バックパックを背負い直していると、店主に声をかけられる。

「それは銃ですか?」

「………………」

 この世界に来て驚きっぱなしだが、これは冷や汗を流した。聞いていないぞ。こっちの人間は銃の価値が分かるのか? 

「ああ、いや」

 突っぱねる事は簡単だが情報を得る事は万倍も重要である。慎重に言葉を選ぶ。

「驚いたな、この国にもあるのか」

「ええドワーフ製で、先のエルフとの戦争でそれはもう活躍しました」

 戦争というワードに顔をしかめる。僕がいる内は止めてくれ。

「差し支えがなければ、こちらの銃を見せてもらっても良いだろうか?」

「ええ勿論、よございます」

 おい、と後ろの男を呼び付け店主は銃を持ってこさせる。

 槍のような長銃身、そこには金装飾で、槍を持ちエルフを突き殺す人間が描かれている。設置の甘いトリガー、宝石のような火打石らしき物、火皿には硝煙臭が強く残っている。恐らく黒色火薬。技術的な水準は、十六世紀頃のフリントロック。

「金貨40枚でどうですか? これは歴史ある一品ですからね。これからも値が上がって行くでしょう。こんな機会、今しかありませんよ」

「いや、結構」

「それは残念。では」

 手持ち無沙汰に店主が笑う。

 こっちが見せてやったのだから、次はそっちだろ? という事だろう。

 見えないように弾倉を抜いて、スリングを肩から外しAK渡した。

 一応の礼儀のつもりか、布越しで銃を受け取り店主があれこれと眺める。

「無骨ですね。飾り付けが一切ない。木は普通の物だ。鋼にしてはやけに軽い。部品も多いですな」

「冒険者の間で、銃って一般的に普及しているのか?」

「二年前の事です。ダンジョンで火薬を鳴らしたパーティがおりまして、その階層中のモンスターが全て集まってきたそうです。いやぁ、処理するに冒険者総掛かりだったそうですよ」

 帰ったらすぐサウンドサプレッサーの有無を確かめないと。銃なしでダンジョンを潜る事になったら、予定された作戦が全て使えなくなる。

「ふむ、どうでしょう。金貨80、いや100枚だしましょう。譲っていただけませんかね?」

「悪いね。売れるような物じゃないんだ」

 物欲しげに見ている店主からAKを取り返す。金は魅力的だが、社長に強く言われた事が一つある。技術的な特異点をあちらにもたらすな、だ。

 精鉄、航海術、火薬、銃、薬学、爆薬、細菌、航空機、核、人工知能、ネット。挙げたらきりのない起点となった技術。どこの世界にも、現行の技術を破ろうと挑戦している者がいる。そういった天才に、簡単な切っ掛けを与えれば爆発的な速度で技術は進化し伝播する。その後を想像するのは容易い。

 僕はダンジョンに潜りに来たんだ。戦争の種火を運んできたのではない。

「ありがとそれじゃ」

「あ、お客様。お待ちを、まだ」

 軽く礼を言って換金所を後にした。店主が何か騒いでいたが無視する。

追われても困るので小走りで離れた。狭い路地裏を三回ほど曲がると、迷路のように入り組んだ区画に迷い込む。マキナにナビをしてもらおうかと思ったが、軽く探索するのも一興と足を進めた。

 転びそうなほどの急な段差があったり、馬除けなのか背の低い天井があったり、水没している一帯があったりと中々楽しい。

 喧噪に溢れる光景も良いが、こういう静かでしっとりとした光景の方も心が躍る。児童書の冒険みたいだ。

 流れる水道に沿いながら適当にぶらつく。

 鼻腔が焼けた肉の匂いを捉え、足を止めた。

 腹が減った。

 そう腹が減っていたのだ。緊張と驚きの連続で忘れていたが、僕は腹が減っていたんだ!

 こっちに来て一番機敏に動いた。匂いの先は軒先で店を構えていた。よく確かめもせず一つ購入、銅貨2枚である。ご機嫌にそれを持って歩き始める。

 ケバブのように見えた。厚いクレープ状の焼いた小麦で、煮たんだか焼いたんだかよくわからない肉を包んでいる。

 一口齧る。 

「ん」

 ジューシーな肉汁と小麦の素朴な味わいが良い。贅沢を言えば味付けがシンプル過ぎる事か。しかし、何の肉だ? 鳥っぽいが。豚のようにも。

『警告。敵、接近』 

「何?」

『換金所を出た所から追跡されていました。明確な敵対態勢を取った為ターゲッティングします』

 マキナの警報に足を止める。

ケバブもどきを飲み込んで水筒で喉を潤す。一瞬の逡巡、レバーを引いてAKの薬室に弾丸を入れる。

「何人だ?」

『敵3。二時方向に1、五時方向に2』

「了解」

「接近カウント、5、4、3、2、1」

 男が現れる。視界を回して後ろにも二人確認。着の身着にロングソードをぶら下げた、如何にもゴロツキといった様子。

「何の用だ?」

 待ち構えた僕に男は一瞬表情を崩す。さして深い考えはないのか、声を荒げた。

「金、全部だ。それで命だけは助けてやる」

 ありがたい、わかりやすい。

 ポケットから適当なコインを掴んで放り投げる。金貨だった。鈍い音で金色が石畳を跳ねる。悲しいかな男はそれを目で追ってしまう。

 次に視線を戻した時に、間は十分に狭まっていた。男の顎を銃床で殴りつけた。骨を砕いた感触。振り返り、銃を構える。

 一人の脇腹を、一人の膝を撃ち抜く。ひっそりとした裏路地に銃声が木霊した。少し間をあけて男達の苦悶が漏れる。

『無力化』

「伏兵は?」

『なし』

「いや」

 視線を感じた。目を向けると、さっと角に消える影。土地勘がない場所で追うのは危険だ。

 薬莢と金貨を拾う。弾丸も探そうかとも考えたが、

『注意、接近確認。銃声を聞いた周辺住民だと思われます』

「了解。逃げるぞ、ロケーターを起動してくれ」

 赤闇が周囲を満たし始めた。

 マキナのガイドで人に接触しないよう大通りに戻る。

 更に混んだ人波に紛れ、しばらく歩み、何度か背を気にしながら敵意がないのを確認し、ようやく戦闘で慌てた心臓が落ち着きを取り戻す。

 街灯に、輝く鉱石が入れられ周囲を照らして行く。完全に夜が訪れ、街は別の顔を見せた。

 日の解放感を酒と飯と名声で騒ぎ立てる。じっとりと熱を持った女に、知恵を捨ててアホになった男。歌に、悲鳴に、喧嘩の怒声。

 薄絹一枚で佇む獣人と目が合う。赤い目、頭頂部にウサギのような長耳を持っている。好意か、カモを見つけた笑みかはわからない。すぐ視線を逸らしたからだ。

 混沌とした異種族の宴。ここに入り込むほど、僕はまだこの世界に慣れていない。

 騒ぎを背に少しずつ静寂に身を置いて行く。日の終わりを知らせる為か、大鐘が鳴っていた。

 まだ何の成果も報酬も得ていない。問題を認識しただけの一日。

 初の異世界探索はそんな風に終わりを告げた。

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