第62話 最強の邪神よ戦え、今地獄の果てまでも

「時計さん! どうなってるんだこれ! 木帰町は!?」

「見れば分かるだろう! 五里霧中を力技で突破しているのさ!」

「木帰町は?」


 意識を取り戻した時、既にケイはグラーキの発生させた霧の中を爆進していた。

 右手には何時もと変わらぬ葬鬼刀の感触。

 何もおかしなことはない。


「……残されたMr.香食がなんとかしてくれているのではないかな? そういうの慣れてるだろう?」

「時計さん!」


 ケイはそう言って何気なく左腕の時計を見ようとする。

 

「……なにこの腕。いや、待って!? なんか身体がふわふわしてるぞ! 浮いてる! 俺の身体が浮いている!? いや飛んでる!?」


 鈴原ケイは今、神経接続方式によって操縦される正義のスーパーロボットに乗っている。

 彼の視界はロボット側の視界に変わっている。

 腕を見ようとすれば当然ロボの腕を見ることになる。


「ふむ、しばらく時間も有るし説明をしておこうか。君は今、私を通じて人型ロボットの操縦を行っている。人間の身体と機械の身体のフィッティングについては、私が今まで勇気ある子供たちから収集したデータを元に、君の体格に最適化しているから何も心配することはない! なお、飛行中は私がコントロールを行っている。君が気絶していたからね」

「そうか時計さん何いってんだ」


 ケイは苦笑いをする。

 確かに右手を見てみれば、黒く輝く機械の巨腕、そして葬鬼刀というにはあまりに巨大であまりに無骨なデザインの斬馬刀が握られている。

 彼の常識と照らし合わせればもちろんありえないことだ。しかし、現状を否定するような愚かさをケイは持たない。


「だけど……信じるしかないなこれ」


 ケイの視界にホログラムのチクタクマンが現れて力強く頷く。


「そう、これこそが君の怒り、哀しみ、そして明日を望む強い意志を体現するマシン……ケイオスハウル・ソーズマン! 急造故、耐久性に難があるから大事に使ってくれたまえ!」

「いきなり不安になる話やめてよ時計さん!」

「安心しろ! 君の体術と私の戦術データ・リンクを合わせれば大体攻撃は躱して凌げる! あれだよ、いわゆるリアル系!」

「ごめん時計さん何言っているかわからない……」

「あー、失礼! この世界にあのゲームは無かったんだね!」


 二人がなおも霧の中を直進していると、ケイオスハウル・ソーズマンの機体がガクンと大きく震える。

 

「なんだ!?」

「霧の向こう側にたどり着くぞ! 戦闘開始だ!」


 その言葉と同時にケイの視界が一気に開ける。


「――なっ!? なんだよこれ!?」


 ケイが悲鳴をあげるのも無理は無い。

 霧に包まれた木帰村は、朝廷軍の機甲部隊に包囲されていたのだ。

 そして、機甲部隊が抱える最新鋭の戦車の主砲は、誤つことなくケイの乗るケイオスハウルソーズマンを狙っている。

 ケイが絶体絶命と思ったとしても、それは不思議ではない。

 だが――今回は少し事情が違う。


「Pennies from heaven! こいつは思わぬ拾い物だ! 使!」


 ケイオスハウルソーズマンは一瞬で空高く舞い上がり、沈みゆく月光を背に胸の時計の紋章を輝かせる。

 すると、先程までケイたちに向けられていた砲塔が一瞬で川の下流の湖へと向けられる。


「風向き良好、全三十門の弾道計算完了。着弾時付近住民への損害限りなく軽微。まったくもって問題無しだ――Fire!」

 

 砲撃の爆音が山を揺らす。

 それと同時に巨大な水柱が湖に幾つもあがり、脳髄をかきまわされるような不快な高音が周囲に響き渡る。

 

「うっ! なんだこの音!?」

「休眠中のグラーキが起きたんだろうさ! ははっ、モーニングコールには少し早かったかな? まあこの機体の内側は保護されてるから大丈夫さ!」

「外の人は?」

「カウンセリングでも受ければ良いんじゃないかなあ!」

「時計さあああああんっ!?」

「HAHAHAHAHA!!」


 ――成る程、何故自分一人で問題を解決しようとしないのかよくわかった。

 ――時計さんには、周囲の損害という発想が無い。

 ――本当の本当に、この世界の存在じゃないんだ。

 ケイはあまりの事態と目の前の神を名乗る存在の恐ろしさに、思わず震える。

 ――少しでも早く解決しなきゃ!

 ――これ以上被害が増える前に!


「時計さん! 急いで! 湖まで!」

「Of course! 今の方向でやつの存在する座標が分かった! 急降下と共に君に機体のコントロールを預ける。真正面から叩き切ってやれ!」

「ああ!」


 ケイオスハウルソーズマンは一条の流星となり、明けの空を駆ける。

 目指す先は湖の中心、丁度そこには狙うべき邪悪なる神が浮かび上がらんとしていた。

 まず目を引くのは全長20mのケイオスハウルソーズマンを遥かに超える神話的巨体。

 黒くぬめる原形質の表皮、そこから生える凶悪な鈎のついた棘がくまなく全身を覆っている。

 一方、顔から伸びた三本の触手の先端には目がついており、緑色の燐光を薄闇の中で放っている。

 あんこうと蛞蝓の醜悪さを足して割らずに煮詰めたような、奇妙な外見であり、垂れ流す酸性の毒により、湖では魚の死体が無数に浮かんでいる。

 かくて、とぅるふるとしか表現のできない奇妙な鳴き声と共に、邪悪な神は天を睨む。

 なれどその視界に映るのは――


「「夢幻侵食ドリームオブワイヤーズ!」」


 そう、木帰町を守る希望の明星である!

 浮上と同時に脳天から巨大葬鬼刀を叩きつけられたグラーキは、眼球の一つごと頭部を両断されながら、ひときわ高い悲鳴を上げる。


「なんだあれ気持ち悪い!」

「これでも画像処理をしているんだよ? 直視したら即発狂だ」


 湖上に降り立ったケイオスハウルソーズマンは着地の反動を生かして跳躍、ひるんだグラーキの頭上をとる。

 すれ違いざまに踵に装着された衝角ラムで背中の棘を蹴り砕き、その勢いで空中で一回転、更にもう一度巨大葬鬼刀でグラーキの背中を斬りつける。

 対するグラーキも体表に残っていた棘をミサイルのように放ち、ケイオスハウルソーズマンを攻撃する。


「――遅いっ!」


 だが着地の瞬間にケイは動いていた。

 大量の留人に囲まれた場合、足を止めた瞬間に致命傷を受ける。

 極限状況下での経験が、彼に本能的な回避行動をとらせていた。


「良いぞ良いぞ! ケイ! その調子だ!」


 躱しきれないものはチクタクマンの魔術とケイオスハウルソーズマンの装甲でなんとか凌ぎ、ケイは猛攻を続ける。

 

「時計さん! こいつ大丈夫か?」

「関節部に直撃しない限り、今の攻撃は無意味だ! その調子で回避を続けてくれ!」

「よしっ!」


 棘を射出した後に伸びてきた触手を切り払い、衝角ラムを搭載した肩でタックルを仕掛ける。

 衝突のインパクトで、グラーキの寒天質の肉体が大きく震え、遅れて肉体がごっそりと弾け飛び削れる。

 酸性の体液が直撃して、ケイオスハウルソーズマンの表面装甲がゆっくりと溶け始める。


「いかんな、衝角ラムによる攻撃はこちらも損害が大きい!」

「分かった」

「あの遊覧船は無人だ! 武器代わりに使えるぞ!」

「えっ!?」


 ケイオスハウルソーズマンはバク転で背後へ飛び退きながら、左腕で近くにあった遊覧船を握りしめる。


「むっ、ちょうどよくスクランブル発進の戦闘機も近づいているね! 乗っ取ろう」

「どういうことだよ!」

侵食開始モーフィング!」


 遊覧船がケイオスハウルソーズマンと一瞬で同化し、漆黒の戦艦へと変形する。

 それと同時にこちらに向かっていた朝廷軍の戦闘機が脱出装置でパイロットを吐き出し、吸い寄せられるように戦艦の中へと取り込まれていく。

 かくして生まれたのは禍々しい巨大な砲塔、艦隊左右に搭載されたミサイルコンテナ、明らかに係留用ではない攻撃的デザインのアンカーを搭載した戦艦型汎用決戦兵器である。

 剣士ソーズマンとは一体……?


「時計さん!?」

「Shut Up! ぶちかますぞケイ!!!!!!」


 無数のミサイルがグラーキめがけて降り注ぎ、グラーキの棘を用いた弾幕を完封する。そして戦艦から飛び出す四本のアンカーがグラーキの肉体に突き刺さると同時にニャルラトホテプは本来使わない筈のが浮かび上がり、一気にグラーキをケイオスハウルソーズマンの眼前まで引きずる。

 そして引きずられているグラーキめがけて容赦ない主砲斉射が襲う。

 一発一発が小規模なクレーターを作る威力の主砲がグラーキを直撃し、その度に湖の水とグラーキの体液が空高く舞い上げられて蒸発していく。


「今だケイ!!!!!」


 ――こうなったら、やるしかない。

 ――そもそも俺たちの生活を滅茶苦茶にしたのはこいつだ。

 ――というか、こいつがさっさと倒れてくれないと、時計さんが何をやらかすかわからない。

 わずか零コンマ一秒でこれらの思考を終えたケイは、ひときわ高らかに叫ぶ。


「ああ!!!!!」


 左腕の軍艦ユニットを切り離し、ケイオスハウルソーズマンはその上に飛び乗り、上る旭日を背に巨大葬鬼刀を構える。

 鬼に逢うては鬼を斬る。

 仏に逢うては仏を斬る。

 なれば邪神も同じこと。

 悪しきもの、邪なるもの、人の世に過ぎたるもの。

 その一切を切って送るが送り人。


「これが!」

「私たちの!」

「「力だ!」」


 引き寄せられたグラーキを一刀を振り下ろすと同時に、溢れ出した魔力が光の柱となって時空を捻じ曲げる。

 その断層に飲み込まれ、グラーキは細切れになりながら何処か遠くへと送られていく。

 最後の一瞬、ケイはその二つの瞳と目が合った。

 せわしなく動くその瞳は、困惑と恐怖を映しているようにも見えた。

 ケイは光の柱が消えるまで、剣を構え、光の向こうを強く睨み続けた。

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