第55話 厳戒集落オブ・ザ・デッド

「どういうことなんだ……その、時計……さん?」

「分からないという顔をするのも無理は無いね」


 Mr.クロックは「(^_-)」という表情を画面に表示すると、順序を追って話し始めた。


「最初に基本となる原則を教えよう。君たち人間の住む世界は一つだけではない。世界は、無数の可能性を持つ無数の平行世界と時に重なり合い、時に反発し合いながら、存在している」

「ファンタジー小説みたいだな」

「ああ、異世界物……そういう表現もあるね。そんな感覚で構わない。私は幾つもの世界を渡り歩き、その度に相棒となる勇気ある少年を見つけ、悪と戦ってきた。いずれも心に正義を秘めた素晴らしい少年たちだった……彼らは全員私の大切な友人だ」

「待ってくれよ時計さん……それってまさか、今回は俺にしようって考えているのか?」

「That's light! その通りだよ鈴原ケイ! 私が軍の情報網を用いて調べてみたところ、祖父と共に軍の救援が無いまま数日間戦って、村を守りきったとある! お陰で戦争で焼け出された人々の為の疎開地が一つ確保された! 戦争初期における混迷の状況で、この木帰町が避難先として守られたことによる効果は実はとても大きい。私の試算によれば、間接的なものも含めると、君は数千人単位で人間を救っていることになる! 私と組む前から優れた業績を上げていた人間も居たが、ここまでの働きをした人間は居ない! 君はまさしく勇者だよ!」

「実感が湧かないよ時計さん……」

「まあそれは無理もあるまい。ちょっと私を、というか私の憑依しているこの妖神ウォッチを腕につけてくれないか? ここから先の会話を誰かに聞かれては不味いから、できるだけ近くで君と話したい」


 ――こんなものつけて大丈夫なのか?

 不安に思ったケイは枕元に妖神ウォッチを引き寄せて、顔を近づける。


「HAHAHA! 信用してもらえていないみたいだね」

「当たり前みたいに軍の情報網を用いたって言う相手を信用なんてできないよ」

「軍の回し者ではないぞ? 魔術を使ってこの世界の原始的なインターネットへ少し介入しただけさ」

「胡散臭い……」

「そう言ってくれるな。私はこの世界より遥かに技術の発展した異世界からやってきた神だ。これくらいの魔術、できて当たり前だよ」

「魔術?」

「旧支配者や外なる神に由来する力の総称さ。私は人間の魔術師が扱うよりも遥かに高度な魔術を扱える。なにせ神そのものだからね」

「なあ時計さん、旧支配者とか外なる神ってのは知らないけど……それってつまりお前も邪神ってことじゃないのか?」


 一瞬、沈黙があった。


「何を馬鹿な! 私はあくまで人の世の平穏を願い、人々の生きる姿を愛する神! 人間のことなど虫けらとも思わない彼らとは一緒にしないでいただこう!」


 ――やっぱり胡散臭いぞこいつ。

 ケイはそう思ったものの、目を細めてMr.クロックを見つめるに留める。


「SHIT! ああ! 何故だ! 勇気ある子どもたちは何故皆私を疑う! 実に理不尽だ! いやだがつまりやはりMr.スズハラも有資格者ということで……ええい面倒だ! 私と契約してスーパーヒーローになりたまえ!!!!」


 Mr.クロックが「(●`ε´●)」みたいな絵文字を文字盤に表示させたところで、ケイの住む恐山家の扉がガタガタと鳴る。


「ケイ君! まだ起きているかい! 少し困ったことになった!」


 それは今朝ケイと一緒に兎谷老人の死体の搬送をした若い駐在さんの声だ。


「今行きます!」


 枕元でブーブー言うMr.クロックを置いて、ケイは玄関に向かう。

 扉を開いた彼が見たのは信じられないものだった。


「兎谷のお爺ちゃん!?」

「無理を言って葬儀場から抜け出してきたんじゃよ……今朝はお世話になった。ケイ君……面倒をかけてすまんかったのう」


 玄関先には傘を差した駐在さんと、レインコートを羽織ってピンピンした様子の兎谷老人が立っていた。

 留人特有の香ばしい臭いは無い。

 生きていた。


「困ったことというのはこれなんだ」


 ――確かに、なにこれ?

 兎谷老人の元気な姿にケイも困惑を隠せない。


「なんじゃなんじゃ! せっかく人がこうして元気にしておるというのに! 最近の若い者は冷たい! そんなんだから儂は真夜中に睡眠薬をホッピーで飲んで孤独死したんじゃぞ! に会わなけりゃ大変なことになるところじゃったわい」


 ――神様?

 ケイは聞き覚えの有る言葉に目を見開く。


「なんじゃ、気にしているかもしれないから話しやすくしてやったというのに。あ、香食薬局の小僧には言うんじゃないぞ! 本気マジで怒られるからのう!」

「待って、兎谷のお爺ちゃん。その神様ってなに?」

「ああ、それがお爺ちゃんさっきからそう言って聞かないんだよ。神様に会って生き返らせてもらったって」


 ――時計さんの言う邪神ってこれか?

 ――でも、何故そんなことを?

 ケイの頭の中はハテナで一杯になる。


「なる、ほど……?」

「お、お前ら疑っておるな! 本当じゃ! 本当に神様に会ったんじゃ! そりゃあもう黒髪ショートの美しい……」


 そこまで言ったところで駐在の青年が兎谷老人の台詞を遮る。


「ともかく! 少しこれからのことについて話し合いたいんだ。新しい集会場まで来てもらえるかな? いきなり故人が起き上がっちゃったものだから、みんなびっくりしちゃって……留人って訳でもないし」

「わ、わかりました。少し支度をしてからでいいっすかね? それと爺ちゃんに報告を……」

「そうだね。僕も無線で都に聞いて……え゛っ」


 駐在さんの顔面が一気に青白くなる。


「どうしたんです?」

「無線機が壊れてしまっているみたいだ。ケイ君の家の電話を貸してもらえるかい?」

「ああ、どうぞどうぞ」


 だが、恐山家の固定電話も通じなかった。

 ケイは外部への連絡ができない状況から、一年前の事件を思い出す。

 戦争初期、大共亜帝国による留人兵器の使用によってこの国の都は文字通り壊滅した。

 その際、ケイの住む木帰町は都からの情報が途絶え、何が起きたか全く分からなくなってしまっていたのだ。

 

「駐在さん。都以外に無線で連絡してみてもらえますか? 俺は電話が通じるか試してみます」

「ああ、頼むよ」

「なんじゃ? どうしたんじゃ?」


 首をかしげる兎谷老人にお茶を出しつつ、二人は片っ端から連絡を試した。

 だが、何処にも繋がらない。

 一年前は電話こそ繋がったものの誰も出ない状況だったが、それとも異なることは二人にも分かった。

 若い二人が顔を青くしていると、兎谷老人がひょこひょこと歩いてきて肩を叩く。


「お二人さん、茶でも飲んでおちつきんさい。まずは集会所に集まっている皆にもこのことを伝え、話し合うのが先じゃろ? まあまずは座って、今度は儂が淹れてやろう。実はコーヒーも好きでのう……それはまあ今度淹れてやろう」


 兎谷老人のお茶で落ち着きを取り戻した二人は、ひとまず集会所に向かって情報を共有することにした。


     *


「ずいぶん遅いお帰りじゃないか! Mr.スズハラ!」


 疲れた表情のケイを出迎えたのはMr.クロックだった。

 ――爺ちゃんが居ない家も寂しかったけど、こいつが居る家ってのはなんとも帰るのが不安になるな。

 苦笑いを浮かべる。


「ただいま」

「先程玄関でバタバタしていた件はどうなったんだね?」

「兎谷のお爺ちゃんは一旦座敷牢で様子見をして、大丈夫そうだったら普通に生活してもらうことになったよ。外部と連絡がつかない件に関しては、明日にでも軍の人が車で外まで様子を見に行くってさ」


 Mr.クロックは少し黙り込んでから口を開く。


「それ以外に何か言っていなかったか? 兎谷老人は死んだ後の記憶を持っていたりしなかったかな?」


 ――妙に鋭いな。

 ――やっぱりなんか知っているのか。


「そういえば神様に蘇らせてもらったって言っていた。これもまさか時計さんの言う邪神って奴らのせい?」

「Hmm……やはりか。断言はできないが、確かに死者の蘇りは邪神が関わっている可能性が高いね」

「じゃあ兎谷のお爺ちゃんは本当に生き返っているのか?」

「それは生前とまるで同じ状態になっているという意味かな? それならば答えはノーである確率が高い。完全なる死者蘇生が難しいことは、魔術師にとって常識だ」

「じゃあ……兎谷のお爺ちゃんは留人のまま、なのか?」

「私はそのように推測している。この町を覆っている霧の影響かもしれないね」

「霧?」


 Mr.クロックは驚いて目を丸くする。


「君たちは気づいていないのかい? 夜だからか? 既にこの町は既に正体不明の霧によって包み込まれている。魔術的な結界の類だろう」

「そんな……また魔術かよ。なんでも魔術だな」

「そうだとも、この世界は邪神によって作られた。ならば全ての理は魔術に通ずるというものだ」

「難しい話はやめてくれよ?」

「OK! Simpleに行こう! ともかく、この状況を利用している存在が居る。死者の蘇りはその為の布石だろう。まだ相手の目的は読めないが……手遅れになる前に私と共に動くことを推奨するよ」


 ケイは黙って俯き、しばらく瞳を閉じる。

 しばらくしてから彼は顔を上げ、Mr.クロックに問う。


「なにか知っているのか?」

「そうだとも! だが、それを教えるのは私に協力すると確約してもらってからだ。そうだな……例えば、何故その日記を読むのを私が止めようとしたか、なんて知りたいと思わないか? 君には全て教えよう。なにせ、私の相棒となる訳だからね」


 ――あのタイミングで割り込んできたのは偶然じゃなかったのか。

 ――爺ちゃんにも連絡がつかない今、俺ができることは時計さんの力を借りるくらいだ。

 ――それに時計さんも俺の力が必要らしい。信用できるかどうかは怪しいが、協力をすべきなのかもしれない。


「……分かった。俺は何をすればいいんだ」

「共に戦って欲しい。私が力は授けよう。君には人間としての感性を使って、この村で何が起きているのか、何を成すのが正義なのか、私に教えて欲しい。君の思う正義に、私は手を貸そう。君の推察したように、邪悪な神の気まぐれと何ら変わらないが、それが私なりの人間の世界を守る方法だ」


 ――成る程。子供ばかりをパートナーに選ぶ理由が少し分かる。

 胡散臭さに似合わない真っ直ぐな言葉に、ケイはMr.クロックへの好意が生まれているのを感じつつあった。


「俺は送り人だ。人間と戦いたくない。ましてや香食さんはこの村唯一の薬剤師だ。簡単に疑いたくはない。だけど、今何が起きているか見極める為に、一緒に行動する。それでいいか?」

「No problem! 問題ないさ! 今から君と私はパートナーだ! よろしく頼むよMr……いいや、ケイ! まずは私と共に調査活動と行こうじゃないか! 結論を出すのはそれからでも遅くはないからね!」


 ――どのみち、この事態について知っているのは時計さんしか居ない。だったら、俺は……この町を守る為にはこれしかない。

 ケイは妖神ウォッチを手首につける。

 まるでそれはケイの為に誂えられたかのように、しっくりと馴染んだ。


「Thanks! 君の信頼に感謝し、報いようではないか! まずは私の持っている情報について公開しよう!」

「ああ……よろしく頼むよ、時計さん」


 二人は互いの目を見つめあう。


「さ、まずは眠ろうか。ケイ! もう十二時をとっくに過ぎている!」

「大丈夫だよ時計さん。子供じゃないんだから」

「いいや、これからの調査は誰が敵か誰が味方かを人間である君の目で判断することが必要になる。君が睡眠不足による判断ミスを起こせばそれは我々二人の破滅を意味しかねない! 君の体調をベストにすべきだと強く推奨する!」

「分かった、分かったよ。じゃあおやすみ時計さん」

「Good Night! 意地の悪い夜鬼ナイトゴーントが君を悩ますことのないように!」


 ケイは妖神ウォッチを手首から外すと、電気を消して瞳を閉じた。


     *


 翌朝、木帰町にはざわざわとした不穏な空気が漂っていた。

 空は晴れ渡っているにも関わらず、町の周囲を取り囲むように白い霧がかかっており、どうにもチグハグな有様となっている。


「こりゃどういうことや」

「連絡がつかんと思ったら霧まで……」

「向こうはどうなっとるんじゃ」

「軍人さんの車が早く戻ってきてくれれば良いんじゃが」

「また何か恐ろしいことが起きるんかいのう……」


 異常に気づいた村人は家から出てめいめい好きなように話し合っているが、結論は出ない。

 そんな時、霧の向こうから車がやってくる。

 運転しているのは軍服姿の佐々木姫奈だ。

 昨日の柔らかい笑みとは異なり、厳しい表情で口を真一文字に結んでいる。

 車の中から降りてきた姫奈は、首を左右に振る。


「駄目でした。外にも出られません。我々はこの霧によって外と分断されている可能性が高いかと思われます。しかし留人の大量発生は確認されませんでした」


 危険な状況だと理解した彼らの動きは早かった。

 一年前の事件で生き残った木帰町の住民、生々しい戦争の経験を経た疎開者、いずれも行動せねば死あるのみだと身体で理解している。


「あんがとねぇ軍人さん」

「まずはバリケードや」

「備蓄食糧はどれくらい有ったか確認しとくれ」

「今回は畑からの収穫が確保できるから気が楽じゃのう」

「はっはっは、この町来てからドンドン健康になるわ。若いもんにはまだまだ負けん!」


 積極的に動く老人たちを見て姫奈は安堵の溜息をつく。


「私もできる範囲でお手伝いいたします。銃火器の扱いもできますから、もし何かが有った場合は皆様をお守りします」


 前回の留人大量発生事件から一年。

 木帰町は正体不明の怪現象を前に再び厳戒態勢へと移行しつつあった。

 だがそうして盛り上がる人々の中、一人冷ややかな瞳で霧の彼方を見つめている白衣の男が居た。


「……やっと始まったか」


 男の名は香食禮次郎。

 この木帰町に本来存在してはならない筈の異分子探索者である。

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