第50話 偽物の僕、本物の勇気
「さーて、それでは次の商品です! アシスタント、どうぞ!」
僕は壇上の光景を見ることもせずに、有葉さんの方を見ていた。
どうすれば良いんだろう。
恨めしい気持ちは有る。
だがそれが仕方ないというのも分かっていて……。
【
その時、有葉さんに肩を叩かれる。
そして周囲に聞こえない低く抑揚の無い声で囁く。
会場の喧騒に紛れる声は、隣りにいる僕ですら気を抜けば聞き逃しそうな程に小さなものだった。
「これから俺が話す内容に返事をするな。これは六尺四方から先へは届かない声、闇がたりという技術だ。探索者の持つ超人的能力でも、魔術師の学んだ魔法でもない。だからここにいる誰もが気づかない」
僕は了承という代わりに軽く足踏みする。
「壇上を見ろ」
僕は有葉さんに促されて壇上を見る。
新たに運ばれてきたのはホルマリン漬けの脳みそ。
眼球も一緒に漬け込まれていることからすれば、誰かの魔眼だろうか。
「良く見ろ。運んできている男だ」
僕はガラス瓶の乗った台車を押す少年を見る。
僕と同じくらいの年格好。
青みがかった髪、見覚えのある格好。
あれは……僕だ。
「アシスタントとは、よくよく気に入られているようだな君の身代わりは」
自分が不機嫌になっているのが声から分かる。
こんな事をしている場合じゃないと僕は思っている。
今すぐあの部屋の奥に向かって、優奈さんを助けに行かなくてはいけないと。
「それで一つ質問したいんだが、俺が鈴森恭平の身代わり人形を置いてきたところを見たか?」
無い。
有る訳が無い。
そんなの知らなかったからこそ、僕が消えても大丈夫なのかと有葉さんに質問をしたのだ。
「実はありゃ嘘なんだよ」
何を言っているんだ?
「君こそが、鈴森恭平の記憶をコピーした人形で、あそこにいる彼が、
……馬鹿な。
【
【一時的狂気→失神】
【不定の狂気→破壊衝動】
ありえない。ありえない。ありえない。
そんなことはない。だって、だって、だって……いや、そうか。そうじゃないと言い切れる根拠なんて何一つ無い。
逆に、そうだと考えられる根拠は多い。
有葉さんは決して信用できる人物じゃないし、シャンの目を今の今まで欺けているというのもおかしい。彼女だって有葉さんと同じ、いやそれ以上の魔術師かもしれないのに。
それに最初の時点で有葉さんは気が乗らないと言っていた。平気でその程度のことは何よりする。
何も信じられない。どうすればいいかわからない。どうとでもなってしまえ。どうすればいい? わからない。わからない。わからない。わから――
意識が遠のいた。
*
僕は有葉さんの客室のベッドの上で目を覚ます。
有葉さんは僕に笑顔でコーヒーを差し出す。
「やあ、目が覚めたかい。コーヒーを飲み給え」
僕はそれを手に取らず、ただ彼を睨みつける。
「……何故、僕を助けるんですか」
「頼まれたからね」
「何故、鈴森恭平を助けなかったんですか」
「我が身が可愛いからね」
「だったら……最初から誰も助けなきゃ良いじゃないですか! こうやって僕たちを弄んで楽しいんですか!?」
そう聞くと有葉さんは底意地の悪い笑みを浮かべる。
「楽しいとも。人間というのは本当に楽しい。旧支配者の復活に対応して、多少は進化をしているようだが、それでもここまで無力かと思うと……いや、実に笑える」
何かを考える前に腕が勝手に動いていた。
【
有葉さんのすぐそばの壁を僕の拳が叩きつける。
有葉さんは顔色一つ変えずにニヤニヤと笑ったままだ。
「なあ、鈴森君。君はどうしたい?」
「僕が……?」
「月森優奈は既に鈴森恭平の真実について知っているかも知れない。もしも彼女を助けて日常に戻っても、君が偽物であるという事実は遅かれ早かれ明らかになるだろう。だったらあの二人を見捨てて、君が真実の鈴森恭平として生きていくというのも決して悪い選択肢ではないと思うんだ」
「違う! 僕はそんなもの、認められません!」
「即答か。こいつは驚いた」
有葉さんの顔から笑みが消える。
「じゃあどうしたい?」
「僕は……僕は鈴森恭平と月森優奈を助けたいんです。もし僕が鈴森恭平のコピーだとしても、僕の中に有る記憶がこんな終わり方を認めません」
「俺が邪魔すると言ったら?」
「その時は貴方が遺言とやらを執行できなくなるだけです。お好きにどうぞ」
「君がもし助けたとして、既に鈴森恭平と月森優奈は再起不可能なまでに破壊しつくされているかもしれないぞ。
「そんなことをしたら僕は偽物だ。一生偽物のままだ。貴方の言う通り、本当に僕が鈴森恭平の記憶と能力をコピーしただけの人形ならば、僕は他の誰でもない僕になりたい。コピーのまま生きて死ぬなんてまっぴらごめんです!」
「素晴らしい」
有葉さんは急にパチパチと手を叩き始める。
そして機嫌良さそうに幾度もうなずく。
「パーフェクト、最高だよ君。そうそう、男の子ってのはそうじゃなきゃなあ。何より躊躇いや葛藤が無かったのが痛快だ。三人目の世界卵到達者にして、異能により世界卵外殻へ到達した最初の人の子よ。魔術師・有葉緑郎は君に特別に肩入れする」
そう言って、有葉さんは指を鳴らす。船が大きく揺れる。
「なんですか!?」
「
そんなことまでしてたのか!?
本当にこの人何者なんだ!?
いや、そんな事考えている場合じゃない!
「はい!」
僕が客室から飛び出そうとしたところで、有葉さんが僕に向けてブリーフケースをを投げつける。
「さる非合法組織の友人から受けた講義で培った鉄砲火器の知識を元に造った魔法のダイナマイトだ。威力もちょっとおまけしてあるから、お守りがわりに持っていけ。君が投げると着火する仕組みだ」
そんな物投げつけないで。
そう返事する時間さえ惜しかったので、僕は黙って駆け出した。
その時だ。
【
「ちぃっ、こんな時に猟犬かよ! 俺に構わず先にいけ!」
背後から有葉さんの声が聞こえる。
勿論、僕は振り返らずに走り続けた。
*
僕が飛び出すと船内は大混乱。
阿鼻叫喚の地獄絵図になっていた。
あちこちで鳴り響く火災報知器。
徘徊する神話生物。
血と臓物、むき出しの命の臭いがどうしようもなく充満する。
「カジノでも出火したぞ!」
「バーのレジも木っ端微塵だ!」
「海魔が出たぞ!」
「ダゴン秘密教団か!?」
「待て、ハスター信奉者の陰謀だ! ダゴン秘密教団は関係無い!」
「あいつ! 俺の奴隷を盗んだぞ!」
「私の指輪は何処? 何処なのよ!」
酷い有様だが、むしろそれが丁度良い。
有葉さんが何をしたのかは分からないが、今なら一気にシャンの部屋にまでたどり着くことができるはずだ。
僕はとにかく走る。
僕が捕まっていた部屋まで。
今は優奈さんが囚われていると推測できる部屋へ。
特等客室のエリアの一番奥の部屋。
僕がそこにたどり着いた時、部屋の扉を開けて中から優奈さんが飛び出してきた。
「優奈さん!」
僕を見た優奈さんが信じられないという顔で口元を両手で覆う。
「鈴森くん!? なんで!? さっき、あのシャンって人に捕まってて……それで……私の目の前で! ああ!」
「説明は後! 今は急いで逃げよう!」
「お待ちなさい小娘ぇ゛っ!」
部屋の中からは聞き覚えの有る声がする。
恐ろしい声。身体の奥から震えが来る。
壊さなきゃ、壊さなきゃ、壊さなきゃ。
頭の中で声がする。
身体が勝手に動く。何もかもを吹き飛ばしてしまう為に。
【
貰っていたダイナマイトを放り投げ、すばやく特等客室の扉を閉める。
爆音が鳴り響く。
……これでよし。できる探索者の爆破解体スタイルだ。
【ダメージ ??? HP:10→-5 死亡】
死んだ? いくら普通の爆弾だからって……いや、考えている場合じゃない。
今は、少なくとも今は関係ない。
優奈さんの手を強く握る。
「行こう、今度こそ」
「は、はひぃっ!」
声がどことなく弾んでいる。
緊張でもしているんだろうか。
【
【
「あ、待って鈴森君!」
僕もうなずく。
何かを引きずるような水音。
腐った魚のような悪臭。
人間ではない何かが近づいてきている。
【
「あそこに隠れよう」
「そうだね」
【
優奈さんが僕の手を引いて、近くにあったトイレの中に飛び込む。
掃除用具入れをこじ開け、なんとか二人で入ると一息ついた。
「……はぁ」
「しばらく静かにしていれば大丈夫……かな?」
「隠れるのには成功したし、問題無いと思う……けど」
「けど?」
冷静になってみると、狭い空間に二人だと、なんというかこう……身体が近い。
伊吹程じゃないものの、優奈さんも結構……待て、何考えてるんだ。
こんな危ない状況なのに、いやらしいこととか考えている場合じゃないよ。
意外と小さな肩とか、しなやかで無駄のない身体つきとか、シャンプーの甘い香りとか、そういうもので頭の中がいっぱいにしている場合じゃない。場合じゃないのに……!
「あ、あのさ……」
もう少し離れた方が良いかなと聞こうとした時だった。
優奈さんがニコリと笑って耳元で囁く。
「助けに来てくれたんだよね?」
優奈さんの腕が僕を強く抱きしめる。
「う、うん」
「逃げようと思えば逃げられたのに、危ないところを駆けつけてきてくれたんだ」
吐息が耳にかかる。
顔が熱くなる。
「いや、その、僕はただ……」
「良かった。私の知ってる本物の鈴森君だ」
心臓の音が伝わってきた。優奈さんの小さな身体が僕の中に埋もれる。
「最初、あの部屋で鈴森君が捕まっていると思った時、もうだめかなって思ったんだ」
「あれは……あれは身代わりの人形だったんだ。僕を助けてくれた人が用意をしてくれて……」
言葉がうまく出ない。
酷くたどたどしい話し方になってしまっていた。
「だよね。びっくりしたよ。急に膨らんで爆発して部屋のもの全部吹き飛ばしちゃうんだもの……本当に死んじゃったのかと思って……でも、逃げなきゃって……」
優奈さんの声に涙の気配が滲み出す。
「ごめん、ごめんね鈴森君。私、鈴森君が死んだと思って、怖くなってとっさに逃げようとしちゃったの。せめて何か拾って逃げてくればよかったのに……身体が……勝手に……酷いよね? 冷たいよね? きっと伊吹ちゃんなら……」
涙声の優奈さんを、僕は優しく抱きしめる。
そして――
「ん~~~~~~~、そこまでだ!」
そんな時、掃除用具入れが開かれる。
「あ、有葉さん!?」
「きゃあっ!?」
そこに居たのは血まみれの有葉さんだった。
僕と優奈さんは慌てて互いに離れて壁に背中を打つ。
「どうしたんですかその怪我!」
「あ、あの、鈴森君の言う助けてくれた人って……?」
「黙れリア充ッ! 豪華客船上でのアバンチュールは結構だが! 燃えてるからね! 船! 世のボンクラ共の望み通りに爆発したくなきゃついてこいこのリア充どもがっ! さもなきゃ爆発しろ!」
滅茶苦茶不機嫌そうな有葉さんに先導され、僕たちは走り出した。
恥ずかしくて、でも少しホッとして、自然と笑みが
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