Cross Over 2 魔眼蒐集客船ヤロール A.D.2018 【世界卵崩壊率3%】
第47話 クトゥルフ神話 探索者たち 鈴森君の災難
それは僕が幼馴染で同居人の伊吹に頼まれた買い物からの帰り道でのことだった。
もう少しで家に帰れるってところで、それは突然現れた。
【
【
頭の中に浮かぶいつもの文字列。
何かろくでもないことが起きるというのは分かる。分かるけど、判定は失敗した。
その文字列に反応する暇も無く、僕に向けて何かが振り下ろされた。
「ぐっ!」
視界を走る白い光。
遅れて後頭部に伝わる鈍い痛み。
うめき声を上げて、そのまま動けなくなる僕。
【
【
中国語?
理解のできない言語が周囲を飛び交う。
黒ずくめの男たちが乱暴に猿ぐつわを噛ませてくる。
薬が染み込ませてあるのか、奇妙な匂いがした。
意識がどんどん遠のいていく。
ビニール袋の中の玉ねぎがアスファルトの上に転がるのが見えた。
*
意識が戻ってくる。
気づけば僕は床に転がされていて、両手を鎖で繋がれている。
見回してみると、檻の中だ。
一体何があったんだ?
僕はどうして急に襲われた?
「世界規模の探索者集団“深淵研究会”ガスライト支部のエース、60億に1つとされる超希少“
女の人の声で顔を上げる。
眼の前に居るのは装飾過多な黒いチャイナドレスに身を包んだ女性。
二人の男を椅子代わりにして、見せつけるように足を組んでいる。
白い羽扇で口元を隠し、熱を帯びた黒く輝く瞳で僕を見つめている。
【
頭の中に文字列が浮かんだ瞬間、女性がパッと笑顔になる。
「きゃー! 生魔眼! 今見えた? 見えた? あれよあれあれあの瞳! 鈴森恭平の
女性は嬉しそうに椅子代わりの男たちに問いかける。
男たちは困惑した雰囲気で答えに迷っている。
女性はつまらなさそうな表情を浮かべ、左右に居た男たちを部屋から追い払う。
「はー……あんたたちに面白い受け答えなんて期待しても無駄だったわね。本当につまらないわ。出てって出てって。てっしゅ~」
男たちは部屋から出ていく。
何が起きたのか全く分からなくて言葉を失っていたが、探索者らしく状況を把握しなきゃ。
「あ、あの……!」
「あら? どうしたのきょーちゃん? 愛の告白? 分かるわ~」
\わけがわからないよ/
【
クトゥルフ神話の知識を試されたということは、眼の前の相手は危険な相手だ。
機嫌を損ねることを言えば殺されかねない。
だが思った以上に親しげな雰囲気だし、意外と質問はしても大丈夫そうだ。
そんな考えが頭の中に浮かぶ。
「僕はどうしてこんなところに連れてこられたんですか? なんで鎖で捕まっているんですか? それになんでそんな親しげなんですか? もしかして昔何処かで会ってたり……?」
「――はぅっ!」
急に女の人は胸を抑えてその場で崩れ落ちそうになる。
なんなんだこの人!?
「やめなさいきょーちゃん……萌え殺すつもり? 私に記憶喪失の幼馴染属性を与えて数多存在するヒロインの一人にしようったってそうはいかないわ。私は貴方の唯一にして絶対、そんな存在にならなきゃいけないの……そう、メインヒロインに!」
「あ、あの……何を言っているんですか?」
「んー?」
羽扇を持ってこちらにかがみ込んでくる。
興味津々といった顔で覗き込まれると、ハッとするほど綺麗な顔だ。
それに……すごい。黒いチャイナ服のせいで痩せて見えたけれども、すごい、大きい。どことは言わないがかなりのもちもちだ。
待て、僕は何を考えているんだ。落ち着け。
「……あー、そっか! 説明してなかったわね!」
女性はポンと手を打つ。
「いくら貴方が経験のある探索者だからって、チャイニーズマフィアに拉致されるのは初めてだったかしら? あたしたち
「そんなマフィア映画じゃないのに……な、無いですよ!」
「そう……じゃあ簡単に教えてあげるわね?」
女性は口元を隠していた扇をわずかに下げて、口が耳元まで裂けそうな程に歪んだ笑みを浮かべる。
「身も! 心も! 私の物にならなきゃ殺す! そうねえ、目と脳だけ残して缶に詰めて、後はポイして
【
――殺される。
ハッタリとかそういうものじゃない。
本当に、この訳のわからない女の人は、僕を殺す。
「あ、あ、あ……」
【
部屋の中の様子を改めて見てみる。
檻の外は女性の私室らしい。
大きなベッド。謎の言語で書かれた書物。パソコン。日本のお酒。それに――ホルマリン漬けの眼球。眼球が大量に並んでいる。
赤い瞳、青い瞳、色の違う瞳、金の瞳、四角い瞳、三角の瞳、捻じくれた瞳、螺旋を描く瞳、様々な瞳がずらりと並んでこちらを見ている。
あれがどうやって集められたのか。
あれをどうして集めたのか。
考えるだけで吐き気がする。
「綺麗でしょう?」
【
無言で女性の方を見つめる。
こんなものを美しいなどとは思わない。
こんなもの、こんな恐ろしいものを。
「へえ……そういう目もするのね」
「貴方は……何者だ」
にっかりと薄気味悪く笑う口元を羽扇の端からわずかに覗かせて、女は好奇と愉悦を湛えた目で僕を見下ろす。
「
丁度その時、部屋に置いてあった時計がジリジリと鳴る。
「あらいけない。次のオークションが始まっちゃう。此処で失礼するわね。貴方は後で心が
シャンと名乗った女は蠱惑的な笑みを浮かべると、舞うような優雅な動きで背を向けた後、ゆらりゆらりと扇状的に身を揺らしながら部屋を出ていく。
【
「オークション……?」
その言葉が妙に気になった。
一体ここは何処なのか。オークションの会場が近いのだろうか?
そういえば先程から床がゆっくりと揺れているような気がする。
わずかに磯の香りもするような……。
もしかして、此処は船の中なんだろうか?
「おお、生きていたか」
呑気そうな男の声と共に両手を縛っていた手枷と鎖が簡単に外れる。
「え? これ……」
眼の前に何処からともなく現れた原稿用紙が集まり、人の形を作り上げ、その中から本物の人間が現れる。
トレンチコートに中折れ帽子、シニカルな笑みを浮かべた男。
「んん~……鈴森恭平だな? 気分は乗らんが鈴森京太郎の遺言を執行しに来た。今から貴様を助け出す」
男は万年筆を僕に向けて、そう宣言した。
「鈴森京太郎ですって……!?」
「俺の名は有葉緑郎。ダゴン秘密教団の関係者だと言えば、貴様にもなんとなく通じるのではないか?」
【
【
「有葉緑郎ってあのホラー作家の!?
「おお、知っているのかい!」
男の声が機嫌良さそうに弾む。
本当に有葉先生なのか……思ったよりも若いような。
有葉さんは帽子を脱ぐと改めて気取った仕草で僕に一礼する。
「有葉緑郎、しがない兼業小説家だ。しかし何処で俺の本を?」
「えっと、伊吹……幼馴染が大ファンで……『この人は宇宙的真実について本当に知った上で描写をしているんだョ!』と勧められて……」
「マジで~!? その伊吹ちゃんって子はよく分かっているなあ! 気に入ったよ! ん、伊吹? ああ、あの……そうか、小説を楽しんで……良かった良かった。ちなみにどの作品が気に入ったんだね?」
最初のテンションは何処に行ったんだろうか。
ずいぶんと嬉しそうだ。
軽い。凄く軽い。
さっきまでの悪そうな態度は何処に行ったんだろう。
「え、えっと、斬魔師シリーズの外伝の死霊少女ティナちゃんが好きです……! 過酷な運命を内に秘めながらも、普段は明るく振る舞っているってギャップが……あとカルカン先生のイラストも! ラスト、能力を」
「鈴森京太郎の孫にしておくには惜しい人材だな君ィ!」
びっくりするくらい気の良いお兄さんだった。
「その、それで有葉さん」
「なんだい? サインかい?」
「いえ、そうではなくて……一体ここはどこで、どうして僕は捕まったんですか?」
「ああ、そんな話かい。簡単に説明してあげよう」
有葉さんがなにもない空間をなぞると空中に巨大客船の画像が映し出される。
「こいつが魔眼蒐集客船ヤロール。俺たちのいる場所だ。おおかた、君の超能力……じゃなくて
「僕の
「あれだろ? 神話生物が見えたり、危ない未来がわかったりとか、そういう奴だろ? 俺はよく超能力って呼んでいるんだが」
「いえ、そうではないんですけど結構便利な
「教えてくれないか? 脱出の為の参考にしたい」
「物事の成否が分かります」
【
それを聞いた瞬間、有葉さんがポカンとする。
今のは有葉さんの
なんだ。この人、何に気づいたんだ!?
「なあ、君ィ、それあまり不用意に言いふらすなよ」
目が真剣だ。
なにかとてつもないことに気づいたんじゃないかこの人。
「そ、それは一体……」
僕の問に答えること無く、有葉さんは僕の入っていた檻を開ける。
「そうと分かったら即退散だ。鈴森京太郎め、自分の孫が鬼札と気づかずに逝ったな? 血の可能性を信じなかったのが奴の敗因だな全く……いや、本末転倒した佐々一族よりは遥かにマシか? ああ、そうか。佐々一族と同じ轍を踏まない為に? いやまあそれはどうでもいいことか」
有葉さんはぶつぶつと呟きながら部屋の中の眼球のホルマリン漬けを次々と手持ちのカバンの中に放り込む。
……あれ?
あの人、なんで正気度の判定が起きないんだ?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます