第40話 ダゴン秘密教団東京支部爆破セレモニー

 六畳一間の和室で、香食令也は東京からの電話に応対していた。


「……それで、今回の失態はどうするつもりだね。我々の貴重な戦力を田舎ヤクザとの争いで損ない、成果らしいものも無しか」


 電話の向こうから聞こえる苛立った声に、香食令也は溜息をつく。

 ――馬鹿な連中だ。

 ――人を超える力を得ているにもかかわらず足の引っ張り合いか。


「お言葉ですがね理事長。我々は既に勝利しているのですよ。我々の目的はなんですか? 大いなるクトゥルーの復活でしょう?」


 しわがれた令也の声。

 それもその筈、クチナシの心臓を奪われたことで魔力の源を失った今、見た目を若く保つ為に回す魔力は無い。ショゴス=トゥシャの力を発揮するだけで精一杯だ。

 それでも令也は何一つ心配していなかった。


「貴様の詭弁は聞き飽きた。我々がいくら儀式を行っても不可能だった神の復活を、貴様のような新参者ができる訳がなかろう」

「ほう、お言葉ながら口先八丁の男が、清水会という巨大組織を作れるとお思いで? あれの対神話生物部門は俺が基礎を組み上げたものですよ?」

「知っている。だからこそ、完全に我々の同胞となっていた貴様とその妻を受け入れたのだろう。我々は君に命令の実行を求めているのだ。阿僧祇シモンを引き入れて、聖母教会残党のネットワークを利用し、北海道各地で撹乱を行うまでは良い。だが肝心要の決戦で敗走が続いているようでは……我々も不満になろう」

「いやぁ……痛いところを突かれましたな。しかし現地調達のみで戦線を維持するのも限界がありましてね。ハンニバルではないのですから」


 令也は言外に東京支部からの支援が不十分だったことを責めたつもりだったが、電話の向こうの男はエラからごぼごぼと音を立てるばかりで返事しない。


「ともかくだ」


 ――つまんねえやつだな。

 令也は相手が会話をする気が無いことを感じ取り、表情を歪める。


「東京から貴様の居る肝盗村に、高位の魔術師を十二名送った。明日の朝六時には海路で到着する予定だ。ダゴン秘密教団北海道支部の占拠と、北海道支部の理事の身柄の確保を命じている。貴様は存外によくやったよ……


 ――手柄が欲しいか。

 ――ったく、馬鹿の所でやるNo.2はこれだからいやなんだ。

 令也は溜息をつく。


「かしこまりました。しかし十二名ともなりますと、東京支部のセキュリティは大丈夫なのですか?」

「安心しろ。ここには対魔術・対物理攻撃に備えた128層の魔術結界、支部の内部には無数の海魔、魔術師以外の生命を拒絶する論理防壁がある。何やら近くまで来て妙な真似をしているようだが、無駄というものだよ。最悪の場合は私自身が出迎えてやるさ」


 理事長と呼ばれた男は自信満々に言ってのけると電話を切った。


「……どうだかなあ」


 ――少し、裏から手を回しておくか。

 令也は自らの計画に少々変更を加えることにした。

 ――東京に禮次郎が居るってなら、さっさと始末しておくのも悪くはない。

 ――あいつだ。佐々総介の存在が何故か盤上から消えている今、俺の脅威になる存在が居るとすれば、俺の血を分けたあいつしかいない。

 ――いや違うな。佐々総介が現れたとしても……俺は……。


「シモンちゃーん」


 令也が呼ぶと襖を開けてシモンが顔を出す。


「いかがなさいましたか令也さん」

「なんか嫌な予感がするから明日の昼に予定してた儀式の準備急いでくれる? 生贄不足しててもいいからさ」


 シモンはニコリと微笑む。

 

「ではダゴン秘密教団の北海道支部から拉致した人魚たちから卵をとるスピードをあと少し上げておきましょう。あれは良い供物になりますので」

「できるの?」

「これでも私は黒き豊穣の女神に仕えるものですよ。少し脳を弄って、死ぬまで卵を吐き出させますよ。どうせ今日の儀式が終われば用済みなのですから」

「や~るぅ~!」

「ありがとうございます」


 令也は急に真面目な顔をしてシモンに尋ねる。


「……なあシモンちゃん、今夜は一杯どうだ? もうそんな時間なんて無いかもしれないしよ」

「そんな暇は無いでしょう? 他に用がないなら失礼しますよ」

「冷たいねえ」

「……全て終わったら、相手して下さい。積もる話もありますから」

「いいぜぇ」


 令也はそれを聞くと優しい笑みを見せた。


     *


 午前三時。

 東京都蜷川区北部。

 禮次郎はビルの屋上から、ダゴン秘密教団東京支部の建物を眺めていた。


「近くのビルの中に居た人間は暗示魔術で帰宅させておいたぞ。教団の連中の邪魔は無かった。恐らくこちらの攻撃を予測していなかったのだろう」

「誘い込まれた可能性も有るなあ」

「んん、じゃあやめるのか?」

「やるよ。佐々先生、徹夜で作業手伝ってくれたんだぞ。もう三十代なのに」

「……三十になると徹夜がきつくなるそうだな」

「らしい」


 禮次郎と緑郎は苦い笑みを浮かべる。


「ねえ禮次郎」


 隣りにいるクチナシが顔を上げ、携帯を見せる。


「禮次郎、竜二さんからメール来たよ。清水会の人たち、何時でも行けるって」

「よし、最高だ。開始すると電話しておいてくれ」

「うん。僕たちを困らせてくれた連中だし、徹底的にやっちゃおう!」


 クチナシは禮次郎にニッコリと笑う。


「ああ、今回苦労をかけたお前には、特等席で見せてやる」

「わっ!」


 禮次郎はクチナシを肩車する。


「えへへ……恥ずかしいな」

「あまりいちゃつかないでくれるかな君たち」

「さていくか」


 禮次郎は聞こえない振りをして、起爆装置のスイッチの一つを入れた。

 次の瞬間、ダゴン秘密教団の本部が有るビルのが轟音を立てて崩れ去った。

 真ん中から二つになったビルは重力に従い、隣のダゴン秘密教団のビルへとスライド。高さ30mはあろうかという巨大な建物の上半分が、教団のビルへと瓦礫となって流れ込む。


「すごい……本当に佐々先生の計算通りだよ禮次郎」

「ああ、未来が視えるってのもあながちウソじゃないのかもな」

「ははは! だが見ろ香食君! 耐えているぞ! やはり対物理攻撃の結界が有ったか! 東京の連中の魔術も捨てたものではないなあ! あれだけ巨大な建物を守りきっているぞ!」


 当初、驚くべきことに、教団のビルは瓦礫に耐えていた。

 だがそれも暫くの間だけ。

 禮次郎が起爆装置のスイッチを次々入れると、教団のビルの周囲にある建物が次々と破壊され、その瓦礫が完璧な計算の元に教団のビルが有る方へと叩き込まれる。

 隣りにあった図書館などは、上半分が綺麗に吹き飛んで、ビルの壁に直撃した。

 それでも、教団のビルは立っている。


「たった一点だけだ」


 その惨状を見ながら禮次郎は呟く。


「そうだよな、有葉。いくら身内で、手の内を知っているからと言って、その魔術結界にほころびを入れられるとしたらそれが限界だ」

「まあそうだねえ……しかも俺と同等の魔術師があのビルから一人でも邪魔しに来たら難しい」

「でも、邪魔しに来なかったんですよね、有葉さん」

「ふふっ……君たちは実に悪運が強い」


 禮次郎は返事の代わりに鮫のような笑みを見せる。

 そして最後のスイッチに手をかける。


「たった一点……それで十全にことは運ぶ」


 禮次郎が最後のスイッチを入れた。

 それと同時にダゴン秘密教団東京支部のビルが文字通り

 地下下水道に有葉緑郎が仕掛けた爆弾が、対物理結界の隙間から、教団のビルが立つ土地にヒビを入れたのだ。

 するとどうだろう。

 これまで雨あられと浴びせかけられた瓦礫の重みに耐えかね、土地が沈み始める。

 土地が沈めば、土地からの魔力供給で成り立っていた結界そのものが弱体化する。

 これまでに浴びせかけられた質量攻撃により、既に揺らいでいた結界は更に薄くなる。しかも、クチナシは既に清水会の実働部隊に連絡を入れていた。


「――あ、ありがとうございます。すぐに撤退して下さい」

「どうしたって?」

「禮次郎、仕事終わったって」


 クチナシがそう言った直後、ビルの脇腹に佐々総介が徹夜で魔力を付与したロケットランチャーの爆炎が咲いて散る。それこそが最後の一撃だった。

 

「北海道名産、佐々先生がよなべして用意してくれたロケットランチャーだ」


 魔術に耐える為の結界、物理攻撃に耐える為の結界、それらの両方に対応する物理破壊性能と膨大な魔力が篭った兵器だった。

 ただ撃ち込むだけでは、教団ビルの結界を幾ばくか破壊して終わりだっただろう。すぐに結界は再生され、無為な一撃として終わっただろう。

 だが、結界を支える魔力は不足し、物理的負荷が常に結界を苛み続けるならば話は変わってくる。

 それは神秘の力に助けられ、ギリギリのところで保っていたダゴン秘密教団のビルにとって、とどめの一撃クーデグラだった。


「ビルが……折れた!」


 クチナシが叫ぶ。

 折れていた。どうしようもなく真っ二つになっていた。

 壊れた結界に注ぎ込んだ瓦礫の残りがビルを破壊し、傾いた際にかかった自重に耐えきれずに損壊部分から折れたのだ。

 そしてその瓦礫の重みでさらに土地は沈み、残っていたビルの根本も地面の中へと飲み込まれていく。

 佐々総介に支援を受け、有葉緑郎の手引で現れた香食禮次郎という天変地異カタストロフに見舞われたダゴン秘密教団のビルは、こうして跡形もなく崩れ去った。


「クチナシ、携帯寄越せ」

「はいはーい」


 禮次郎は電話の向こうの組員に告げる。


「竜二さん、上手く行ったよ」

「よう、香食の坊主。生きてるか?」

「天国から電話がかかるかよ」

「何だお前さん、自分が天国に行けるとでも?」

「さあ? 後はそっちについている北海道支部の魔術師と連携しながら、あいつらの注意をひきつつ北海道まで陸路で帰って下さい」

「囮ってことだろ。任せておきな。可愛い不良息子の晴れ舞台だからな」

「お願いします。その間に別働隊を展開させて、こちらに向かわせて下さい。東京支部に居る理事長とやらのタマとってきます」


 禮次郎は赤く血走った眼で瓦礫の山と化した教団のビルを見つめていた。

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