第37話 なあ兄弟、俺の言うことを聞いてくれ

 禮次郎は火炎放射に巻き込まれるのを避ける為に、奪い取った紅玉をスーツのポケットに入れつつ、後ろに下がる。

 その姿を見た令也は禮次郎を振り返り微笑む。


「少し時間をくれよ、実はあいつと話すのが一番の目的でな」


 ――組長オヤジさんの話を聞いた手前、邪魔もできねえか。

 禮次郎はそれを見守る事を選んだ。

 すると令也は彼に人懐っこい笑みを浮かべた後、龍之介に向けて叫ぶ。


「いやあ参ったなあ……兄貴、そこを通してくれねえかぁ? シモンちゃん待ってるのよ。あれで結構寂しがりでさあ!」

「できる訳あるかよ。とっくにくたばった筈のお前さんが、どうしてそんな若い頃の姿で、どうしてうちの事務所で暴れているのか、聞かせてもらわにゃ筋が通らねえ」


 令也は龍之介の言葉を鼻で笑う。


「筋! 筋ねえ! 五十年前の兄貴がそう言ったなら俺も考えを改めたがな! 組のシノギに薬を組み込み、俺の孫をこうして餌に使って、その他にも色々汚い真似をしておいて! 今更、はなかろうよ! 俺も! あんたも! なあ?」

「笑わせるなよ兄弟。お前さん、俺と組んでいた頃から、筋だの仁義だの毛ほども気にしてなかっただろうがよ」

「心外だぜ兄貴、俺はあんたに賭けてたんだけどなあ」

「知ってるともさ。そんな醜く若返った姿、何処のどいつから手に入れた」

「それに答えるつもりはねえ」

「まあ良いさ。大方東京のダゴン秘密教団の連中だろう。お前さんがあの肝盗村の巫女を保護して、情婦イロにしていたのは知っているんだぜ?」

「バレてたか。野暮を言わずにおいてくれたのは感謝しているぜ」


 ――ということは、昔話のあの女が俺の祖母ちゃんなのか?

 禮次郎は驚くが、それを顔に出さず、静かに成り行きを見守る。


「なあ兄弟……何故こんなことをした? 理由があるんだろう? 死んだはずのお前がこうして現れて、俺じゃなくて化物に肩入れする理由が」

「簡単なことさ」


 禮次郎には見られぬように、令也は悲しげに笑う。


「あんたじゃ……いいや、あんたですら信念は劣化する。五十年前のあんたが今のあんたを見たらどう思う? 薬を売り、女衒で稼ぎ、権力者共とどっぷりのお前をだよ。間違いなく任侠じゃねえと叫ぶだろうさ」

「それが食っていくってことだろうが。ガキじゃねえんだぞ。そもそもお前はそういうのを気にしない奴だと思ってたがな」

「気にするさ! 俺のあこがれの男が! 醜くなっていくのは見てられねえ!」


 ――哀れだ。

 何時しか禮次郎はそう感じていた。

 禮次郎自身、昔語りの中で英雄だった祖父が醜い有様を見せていることが耐え難くなっていた。

 同じ気持ちを、今の令也は感じているのだろうか。

 禮次郎はそんなことをぼんやりと考えていた。


「何時からか薄々感づいてはいたんだよ。土台無理が有ったのさ、人が人を支配したところで、この街の不幸さえ消せやしない。だから俺はダゴン秘密教団に賭けた。結局、神が人を支配する時代に戻りゃいいんだよ」

「やめろよ令也、情けないってならそいつぁお互いさまだ。お前さんはそれに加えてボケが来ちまったらしい。若い頃のお前は、そんなしみったれたことは言わない男だったんだがな。素直に首を出しな。介錯は俺がしてやるよ」


 龍之介は腰の長ドスを抜き放ち、禮次郎の目の前で令也に向ける。


「……なあ兄貴、夢だよ。俺は夢を見ていたんだよ。何の根拠もなくあいつらに肩入れした訳じゃねえ」


 令也はクツクツと笑う。


「夢?」

「昔、一緒に肝盗村に行っただろう。あの頃からずっと……夢を見ていたんだ。水底の王国……ありゃあ俺の理想だった。戦で死ぬ父親も居ねえ、飢える母親も居ねえ、焼き場で妹を野焼きにするガキも居ねえ、ただ一柱の神によって統治される理想の都市ルルイエ。戦争が起きている間に、俺が見てみぬ振りした全ての哀れな連中の居ない国だ!」


 令也は狂気に染まっている。そんなことは背中から見ているだけの禮次郎にも分かる。


「まだそんなこと言ってるのか……」

「そんなことじゃねえだろ兄貴!? 俺達約束したじゃねえか! そういうことの為にのし上がろうって!」


 龍之介の瞳の中に憐れむような色が交じる。

 ――ずっと罪悪感にかられていたのだろう。

 ――何が有ったか俺には全く分からねえけど。

 ――俺と同じように、何かに出会って、それで狂ってしまった。

 ――クチナシに狂った俺と、目の前の男じゃ、何処が違ったのか。

 ――まあ良い。始末するだけだ。

 禮次郎は音も無く服の袖からもう一丁のデリンジャーを取り出す。

 そして令也の後頭部に向ける。

 ――あいつは俺だ。俺の似姿だ。それでも撃とう。俺はとうに化物を殺すことに狂ってしまっているのだから。

 ――彼我の距離はたかだか十五メートル。普通は無理だが俺ならば当てられる。


「兄貴! ルルイエは浮かぶぞ! もうすぐ浮かぶ! その時にゃ人間の力なんてカスみてえなもんだ! 今ならまだ――今ならまだ!」


 ――ルルイエ。

 その言葉が持つ不吉な響きに禮次郎と龍之介の顔は青くなる。

 禮次郎も詳しい訳ではないが、それが良くないという事は充分分かった。


「なあ兄弟!」


 龍之介は令也の語りを遮る。

 そして少し涙の滲む声で、絞り出すように告げる。


「時代は変わったんだよ。俺達は醜くともそこでまだ足掻いてるんだ。お前が何に成り果てたかは知らんが、今生きて頑張っている人間の邪魔をするな」


 禮次郎は龍之介の瞳を見つめる。

 ――組長オヤジさん。俺も足掻いてるよ。ろくでもねえ世の中で。

 龍之介は禮次郎に向けて小さく頷く。

 ――ああ、やっぱ親子だな俺たちは。

 禮次郎は引き金を引き、背後から令也の右膝を撃ち抜いた。


「あっ?」


 酷くマヌケな声を上げて令也はその場に膝をつく。

 信じられないという顔で禮次郎と龍之介の顔を交互に見る。


「待て……やばいんだ。分かるだろ……お前らならさあ?」

「この馬鹿を焼け」


 令也にむけて火炎放射器を持った黒服の集団がにじり寄る。


「兄貴!? 嘘だろ! 禮次郎と俺は確かに顔も合わせたことがねえ。だけどあんたなら話くらいは――」

「焼け」

「くそっ! こいつを見ても同じことが――」


 そう言って令也はコートの裏のダイナマイトと信管を見せつける。


「禮次郎!」


 龍之介が吼える。

 禮次郎はすぐさま令也の手に握られたスイッチを撃ち抜く。


「ぐああああああああ!」

「話に聞くよりヌルい男だ。耄碌してるんじゃねえか?」

「禮次郎! 龍之介!」

「さあて、お前ら下がってろぃ」


 龍之介は手近な組員の肩を踏みつけ、一気に令也の前まで跳躍する。

 そして、令也の首を瞬時に両断した。


「兄弟。俺たちは……何処で道間違えたんだろうなあ」


 宙を舞う首がゴトリと地下駐車場の床に転がると同時に、龍之介は長ドスを鞘に収めた。

 同時に禮次郎もデリンジャーを服の袖の中にしまう。

 だがその時だ。


「んふふ、まったく、令也さんは本当に自分勝手に動きますね……!」


 男とも女ともとれぬ中性的な声が駐車場に響く。

 次の瞬間、むせ返るような獣臭と共に、地下駐車場の影から阿僧祇シモンが現れる。禮次郎はシモンに拳銃を向ける。


「阿僧祇シモン!」

「おや、嫌な面を見てしまいましたね」


 禮次郎を睨むシモンは顔の一部を仮面で隠している。

 禮次郎はそれを見て笑う。


「また可愛い面してるじゃねえか?」

「ふふ……ああ、まったく。今は貴方に関わり合う暇は有りません。令也さん、多少ボケてますが、それでも命の恩人ですからねぇ」

「ゆっくりしていけよ、色男!」


 禮次郎は引き金を引く。だがその銃弾はシモンの目の前で直角に曲がり、床に突き刺さる。


「魔術か!」

「まあ令也さんもこれで多少は懲りたでしょう。次会った時に容赦はしません。それではいずれまた」


 シモンは令也の首をひっつかみ、すぐさま姿を消す。

 禮次郎はシモンの消えた後の影を見つめ、舌打ちする。


組長オヤジさん。一足先に東京まで行ってくる。ダゴン秘密教団の東京支部にカチコミだ。こいつは根っこからぶんなぐらねえとどうしようもねえ。飛行機の手配を……それと増援も」

「おうさ。帰ってきたらお前の組を用意して待ってるぜ。名前を決めておきな」

「ま、考えておくよ」


 禮次郎は寝転んでいた緑郎の腹に蹴りを入れる。


「起きろ」

「うぐっ! 痛た……何をするんだね君は!」

「仕事だ。今から言うものを手配しろ。後で、お前にもう一働きしてもらうぞ」

「待て! 何処に行くつもりだ!」

「クチナシのところだよ。お前は応急処置でもしてもらってな」


 禮次郎は眼帯を外す。えぐられた筈の目は、緑郎の言う通りに再生していた。

 そしてその瞳はこれまでにない程強く、地下駐車場に差し込む西日を捉えている。

 ――久しぶりにこんな世界を見た。

 禮次郎はその光景に、しばらく言葉を失う。


「どうした禮次郎? ボケっとして」

「オヤジさん。バイクか車、借りてって良いか」

「こいつを使いな。表に停めてあるバイクの鍵だ」


 禮次郎は龍之介から鍵を受け取ると、クチナシの居る病院へと向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます